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13才 ② (リフィ・ケイ)

長いです。

分けてお読みください。

改稿されていても、誤字等の修正で内容に変更はありません。



・・・***・・・(リフィ)



 シャンデリアの明かりがあるものの、光源が絞られた仄暗いフロアに、所々笑声が上がる。シャンデリアの下で身を寄せた娼婦と歓談し、紫煙を燻らせながら酒を呷《あお》り、フロアの席を占拠する強面の面々…。


 一体、何処のマフィアの集まり!?


 私は乾いた微笑を貼り付けて、心の中で盛大に突っ込んだ。

 気の良いオジサンや素敵な商人、お大尽がお気に入りの娼婦と陽気にお酒やお喋り、音楽や歌を楽しんでから、事前に取ってある部屋にしけ込む。それが普通で、皆さんここが天国とばかりに、明るく上機嫌で財布も口も貞操観念も緩むのに、実際は…。


 頬に深い傷があったり、眼帯で傷痕を覆っていたり、剥き出しの腕に裂傷痕、見事な筋肉に覆われたゴツくて固い体格の持ち主揃い。客達の威圧感が半端ねぇというか――どう見ても堅気の人じゃねーわ。

 フロア全体に、重苦しい微妙な緊張感が漂う中、笑顔で酒を準備してにこやかに話す娼婦のお姉様は流石プロだね。


 限られたお得意様の中でも、上客しか入れないフロアの筈なのに、どう見てもヤクザの集まりにしか見えない……。強《あなが》ち間違ってないけど。

 誰も彼も、ラカンさん直属の部下や王都の裏社会を纏めている一廉《ひとかど》の人物ばかり。わぁ、見覚えのある人が沢山いる~…。


 他人の空似と放置したかったけど、知らん顔は出来ないらしい。何しろ美人な高級娼婦達を放ったらかしで、酒を飲みつつ、煙草を吸いつつ、娼婦と話をしながらも、全員がこっちを見てきやがる! ――何か私が監視されてるみたいなんだけど!?


 いつもと違う店の雰囲気に、やって来る常連客達が、フロアから向けられる威圧と鋭い視線にビクッとして「……今日は止めておくよ、また今度…」とか、急用を思い出したとかで、四割が帰って行った。――ああっ、折角の金蔓が!


 それでもフロアの圧力を物ともしない胆力のあるお客様が、お酒を飲んで、音楽を聴いて、娼婦と談笑して、普段通り楽しんでいた。

 私は、アイシスさんの側でお酒や氷や替えのグラスを用意したり、つまみやタオルを運んだり、皿を下げたり、アイシスさんやお客が歌う時は音を取ったり、細々と働いていた。


 たまに酔ったお客さん数人に話しかけられたり、一緒の席で話そうと手を掴まれたり、肩を抱かれたり。

 その度に長老の幹部の誰かが立ち上がって近寄り、或いは部下に命じてお客さんをフロアから連れ出して行ってしまう。


 殆どの娼婦は何も言わないけど、この子って何者なの? 的な目で見られる。売られてきた商家の娘じゃないの、と。

 ファラエナの中で長く勤め、それなりの地位にいる娼婦のお姉さんには、私を見守っているのがシランと同列の幹部、ラカン長老の腹心の部下だって気付いている人も多く、触らぬ神に祟りなしと遠巻きにされた。……この人達がいたら、これ迄の私の設定とか意味無いよね! ていうか、営業妨害で訴えたい!!


 他に、王都の裏社会でそこそこ地位のある男が馴れ馴れしく声を掛けてきたと思ったら。今度は、客として隅の席にいた『影』達がざわついた。

「幾ら可愛いからって見習いに手を出すのはご法度だろ」と、チャラ男に変装したセスが私と男の間に入り、一触即発の空気が流れたら、「酒の飲み過ぎだ、頭を冷やせ」とラカンさんの部下のルカスが、男を連れてフロアを出て行った。二度と戻ってこなかった。


 強面のむさ苦しく暑苦しい長老側とは別に、フロアの片隅でラッセルやセス、他二人の『影』と何故かいる、ケイトス・サンルテア男爵。


 髪を黒に染めて眼鏡をかけて大人しくしているけど、場違いと思える程、上等な服を着て洗練された身のこなしでソファーに座って、静かに果実水を飲んでいた。

 高貴な坊っちゃんがお忍びで遊びに連れてこられました感が出ておらず、綺麗なお姉さん達に囲まれて話しかけられているのに、つまらなさそうにしている。――羨ましい! 美女に囲まれたその席を私と変わって欲しい!


 なんて、今ではそんな余裕の軽口も叩けるけど、気合いを入れたファラエナ勤務初日。

 フロアに足を踏み入れた瞬間、受けた私の衝撃は計り知れなかった。

 何せ客が、チンピラと『影』達で、ラカンさんとケイまでいた。ほぼ全員、顔見知り。


 何でいるのナニしてるの何でこんな事になってんの!?

 めっちゃ混乱しながら、心の中では盛大な突っ込みの嵐だったよ!


 コルメがいて私もいるから、『影』が数人、客として来るとは思っていた。

 同時に『影』に自分達の縄張りを荒らされない為に見張りも兼ねて、長老達が誰かしら送り込んで来るとも予想していた。――まさかトップ自ら足を運んでくるとは思いもよらなかったわ! それも連日連夜通い詰めるなんて、誰が予想するよ!?


 見習いデビュー初日から、今日までの五日間、少し人が変わっても基本はずっとこの面子。似たようなやり取り。あ、でも、今日はラカンさんがいない。代わりに幹部二人と腹心の部下が三人いるけど! そして相変わらずフロアの半分以上が顔見知り!


 そんな異様なムードの中、長老側の幹部を知らないアホが、私にちょっかいかけようとすると、『影』の空気がピリッとして、ルカスや幹部の雰囲気もヒリつく。娼婦のお姉さん方と他の客に緊張が走る。何か罪悪感に襲われて、私の肩身が狭くなる。

 ……あの、コレは何の嫌がらせデショウ…?


 シランが営業妨害だと締め出してくれる事を期待してたんだけど、してくれなかった…。何でも、たっかいお金を払ってアイシスさんの指名を奪って、客として来店しているそうで。

 ――この人数でいる必要ある!? 誰か止めろよ。


 ケイもラカンさんも多忙なのに、ここに通う為だけに無理して、仕事を死に物狂いで終わらせて来ているとか――心配させて御免ね!

 でもナニこの遠い親戚一同が授業参観に乗り込んできて、子供の成長を見守っていますみたいな状況! 私が居たたまれなくて恥ずかしーわ!!


 もう初日から、どれだけ問い質して、不満と文句を言いたかった事か。ええ勿論、赤の他人、ただの客と見習いなので、視線の全てを総無視してますが何か。


 私の不機嫌を感じ取ったのか、ケイ達もラカンさん達も馴れ馴れしく話しかけては来なかった。

 そのまま意地の張り合いのように、互いに口を利かず、この五日間を過ごしております。


 始めは見習いの衣装であるホルターネックドレスが恥ずかしいやら、気まずいやらだったけど、流石に五日目ともなれば馴れた。

 顔見知りの皆も私を見た時は、ギョッとした顔で呆け、凄く戸惑って目を逸らしたり、頭を抱えたり、重苦しい息を吐いたり。

 何その反応。何か文句でも?


 私もこの衣装に最初は抵抗というか、戸惑いがあったよ。けれど旅の恥はかき捨て。期間限定のお仕事と割り切った。

 私は着なれてきた自分の服を見下ろす。


 ざっくり言うなら、肩も腕も出した薄紅色の膝下丈のワンピース。但し背中が腰の少し上まで開いている。しかも前身頃から続く生地を首の後ろで結んでいるだけだから、解《ほど》けば腹まで布地が自由落下。Vネックから、服の脇から簡単に手が入るので、防御力皆無。服はシンプルで可愛いんだけどね。


 濃緑色に変えた長髪をポニーテールにしているから、ほぼ背中が隠れて助かっているけど、スースーする。

 髪を纏めて少し項を見せた方が素敵よ、とアイシスさんに言われ、殆どの子が背中を晒していても、無理です。もっと隠したい位なんで。


 元奴隷や背中に傷がある子以外、見習いは一律同じ衣装。ただスリットを入れたり、ワンポイントの特徴を付けて、他の見習いより客に印象付ける事は可能。

 一人立ちした人は好きなドレスを着られるものの、殆どが見習いよりも露出度がアップしていた。それを安く見せず、上品に自身の魅力を引き出して着こなす姿は、素直に格好いいね。


 衣装を見れば、娼婦との違いは一目瞭然なので、お客が見習いに手を出す間違いは起こりにくい。

 たまに悪酔いして見境がない人や、前後不覚となって襲う人もいるらしいけど、未だに最悪の事態は無いとの事。


 接待の宴会や、娼婦を買っても時間制なので、きっちり店を出る時間や人数、宴会の時間が管理され、フロアから席を立って長く戻って来てないと男衆が館内を探すので、大丈夫らしい。

 見習いを少しでも傷付けたり、おいたが過ぎる場合は容赦なく出禁になる。実際、過去に何人かいるそうだ。


 また魔力が多い酔っ払い貴族の客が暴れても、ファラエナを含めた各娼館には大規模な魔力封じの結界があり、館内では入館前に起動させた危険の無い魔道具以外、誰も精霊魔法も、魔方陣も使えない。

 ここ数年で、魔力封じの道具も精霊封じの魔石もだいぶ流通するようになっていた。

 

 私は娼婦のお姉様方に気に入られ、構われているケイをちらりと見た。コルメの会談は明日。来るとしてもその日だけと考えていた思惑が外れた。

 心配させたなぁ、と少し反省。きっと後から知らされるお母様達も凄く驚かせてしまう。


 ケイの席にアイシスさんが付く事は無いけれど、毎日毎日、まだ十代の可愛い子と綺麗な子がケイの席に付いて、両脇を固めていた。次世代の看板娼婦候補二人が付くなんて豪勢だね…。


 初日こそ、どちらが指名を貰ってパトロンにするか、若しくは妾になれるかもと燥《はしゃ》いでいたのに、年下のクールな客が靡かなすぎて、どちらが振り向かせるか形振り構わなくなってきている。


 何日も存在を無視された事の無い美少女二人が、躍起になって振り向かそうとして、しなだれかかったり、腕を絡ませたり、胸を押し付けたり……火花散るガチバトルが凄いわー。


 それを平然と受け流し、然り気無く遠ざけたり、腕や体を離したり、適当に相槌を打って流すケイ。……うちの子流石、という気持ちと、ちょっと淡白すぎない、という気持ちと、お姉様方近寄りすぎ、という気持ちと、心配かけて申し訳ないという気持ちと、何か…少し落ち着かない。


 ケイに間違いが起こったら、どうしよ…。

 喜べばいいのか、ケイならのめり込むことは無さそうだから大丈夫と流せばいいのか、お父様とお母様に申し訳なくなると嘆けばいいのか……何だか日に日に、少し悶々と考えてしまう。


 取り敢えず、ケイの護衛を怠って美女に現を抜かしている、セスは殴り、ザップ、ギルはメイドの恋人に証拠の記憶玉を渡すとして。ラッセルが心ここに在らずなのが少し気になる。

 ……少し前に悩ませたアレが原因かな…。


 ここにいる『影』は彼らだけ。コルメが贔屓にしている娼婦のフロアには別の『影』達が付いていた。

 それとは別に、ファラエナに来たがった他の『影』達が、休暇を取って来ようと画策していた事があった。――何故か、女装した娼婦として。


 私がここに来る前日の事。

 演技や女装、男装に詳しいお嬢に判断して欲しいと、呼び出された。別に詳しくは無いよ、普通だよと返しつつ話に付き合ったのは、よく失言をしてはラッセルとかと女装して謝罪に来た事がある面々だったから。ちょっと面白いもの見たさで、つい。

 そこに帰宅したケイも混ざってきた。


 呼び出された『影』達の部屋に向かい、身長があって幅もあるドレスの後ろ姿を見た瞬間、逃げ出したくなった事は内緒デス。

 振り向いた五人を見て、扉を閉めて帰ろうとした本能をどうにか抑え込んだ。

 引き攣った顔で逃避しかけた私を、我に返ったケイが腕をつついて現実に戻したけど、戻さなくて良かったのに!


 ケイが、これどうするの? と死んだ目で問い掛けてきた。

 んなもん私が知りたい。

 一言で彼らを言うなら、ごつい人たちが新たな扉を開いた。


 期待した目で感想を求めてくるオカ……元『影』じゃなかった、今も『影』の逞しいオネェ様に扮したゲテモノ方。

 ケイと揃って混乱しながら、その姿での潜入は却下して、廊下に逃げた。

 早足でリビングに戻り、ケイと目が合う。


『……アレどうするの、リフィ?』

『……………新しい『影』だね。まぁ、問題はない、から、いいんじゃない…?』

『よくないよっ!? あんな珍種な『影』どう扱うのが正解!? 何で彼らは新しい扉を開けちゃったのっ。絶対リフィが関わったせいだよねっ!?』

『それは………無きにしもあらず?』


 認めたくはないけど、否定も出来なかった。


『疑問形で言わないで。彼らに新たな扉を開かせる原因となった女装は、リフィしかやらせてないからっ』

『きっとストレスが溜まっていた中で、本当の自分を見つけて解放したんだよ。優しく見守ってあげよう』

『ワケ解らない事を言わない。絶対、面倒だから僕に丸投げする気だよね? どうするの、さっきの全員、ラッセルの下に新しくつけた奴ばかりだった…』


 落ち込むケイを宥めつつ、発想の転換でそういう『影』の部隊があってもいいじゃない、面白くて斬新だよ、と慰めておいた。きっと私も、尋常ならざる衝撃を受けて、気が動転していたんだね。

 もういっそ女装バーでも開業して、面白い客を集めて情報収集専門店にしてみたらどう? 出資金なら出すよ! とやけっぱち気味に提案した気がする。

 クーガが夕食ですと呼びに来て、話はそこで終わったけれど…。


 翌日には見習いとしてここに来たから、放置したままだった。結局どうしたんだろ…。

 ラッセルの新しい部下らしいけど……うん、多分ラッセルなら大らかにイイ感じで彼らを纏めてくれる、筈…。

 心の中で応援だけしておこう。


 そんな事を考えていたからか、視界が陰った事に反応が遅れた。酒臭さに逃げたくなったけど笑顔の仮面を貼り付けて、腕を掴んできたアイシスさんの客を見上げた。


「どうかなさいましたか?」


 抵抗しそうになる体を抑え、腕を引かれるまま立ち上がった。

 頭皮が目立ってきた腹回りが膨《ふく》よかなオジサン。確かアイシスさんの常連客の連れだったかな。


 地方で名うての商人らしく、ファラエナに来て感激し、お酒を沢山注文して景気よくお金を落としてくれていた。

 出来上がった赤ら顔で上機嫌に、にこにこ笑っている。ぽよぽよした体格と相まって、人のよさそうな感じ。


「酔ったから、少し歩くの手伝っておくれ」


 告げるや否や、寄り掛かるように抱き付かれた。お、重っ!

 ムリムリムリ。私が潰される。肉圧が凄くて酒臭い~。


「漏れそうだから、トイレまで案内してよ~」


 甘えてきても可愛くない。

 アイシスさんや他のお姉さんが、両脇からすかさず男を支えて私から離した。見習いの子が男衆を呼びにフロアを出て行く。


 膝をつきそうになった男が、どうにか自力で立ち上がり、アイシスさん達が手を離す。「飲み過ぎですわ」と席に誘導するが、「だいじょーぶ」と笑顔で男が断った。

 そこに見習いの子が、黒服の男を連れて戻ってきた。


 足元が覚束ない男を黒服が支え、「自分が案内します、クロス様」と廊下に連れ出そうとした。その際に、何故か私の手が掴まれた。おまけに「一緒に行こうよ~。そこまで付き合って~」と絡まれた。面倒臭い酔っ払いめ。


 アイシスさんが止めようとするのを、目で制止した。手を握る力が強くて、顔を顰めそうになるのを堪える。

 アイシスさんを指名した大商人が、娼婦達が離れて周りが寂しくなったので、少し不機嫌そうにしていた。


「お姉様、少し外してお客様に付き添っても宜しいでしょうか?」

「ええ、構わないわ。何かあったら彼に任せて、お戻りなさい」


 ナンバーワンの目配せに、黒服が目礼で応えた。男に肩を貸して連れ出す。

 その過程で手を引かれるままに、私は席を立った。長老側もケイ達もぞろっと動き出そうとしたのを流し見る。掴まれた左手首にある腕輪に右手で触れ、大移動を止めさせた。

 全員が追って来たら、普通に怖いから!!


 浮かしかけた腰を全員が戻す。フロアの席でお姉様方が、客を離すまいと密着すると、八割がデレッとして、お姉様達に夢中になった。心中でお見事、と拍手を送っときました。

 位置を教える腕輪兼通信機のがあるから大丈夫、と意図が伝わったのか、ケイも動かなかった。咄嗟に両腕をお姉様に掴まれたせいかもしれないけど。


 突き刺さる客の視線を無視して、私は廊下を歩いた。

 店の規則を守るお上品な皮を被った客とはいえ、向けてくる視線は好色なものが多い。

 見習い初日から、水揚げの際は是非とも自分がという立候補者や、言い値で買うと言ってのけたお大尽が沢山いたそうで。――私ったらモテモテ……なんて、嬉しくねーわ。滅びろ変態!


 六階フロアのお手洗いが混んでいた為、五階に降りる事になった。手を繋がれたまま、私も付き合う。

 娼婦や黒服の男衆に支えられて歩く客達や、興奮した彼らと個室に入っていく娼婦のお姉さん。酒瓶を持って彷徨する客に、廊下で蹲ったり、倒れ込んではお姉さん方が付き添い、見習い達が人手を探しに去っていく。


 駄々をこねるクロスを宥めすかして、私は何とか男トイレに連れ込まれるのを阻止した。危なかった…。酔っ払いの馬鹿力を耐えて手を離させ、乙女としての尊厳は守ったよ!


 大人しく黒服とクロスが戻るのを、トイレの入り口から少し離れて待っていたら。酒瓶を持った陽気な酔っ払いに絡まれた。


「おやおやこれはまた、将来が楽しみな別嬪さんだなぁ~。誰付きの見習いだ?」


 陽気で人がよさそうでも、結局は用事があってここに来ている訳で、お客様でも警戒が先立つ。

 そこを笑顔で「光栄な事にアイシスお姉様に付いて勉強させて頂いております」と返すと、男が少しの間呆け、笑った。


「そりゃあ、すげーな! 納得だわ! 未来のこの店の看板を背負って立つんだな~」


 励ましているのか、バンバンと背中を叩かれた。酒臭いし、痛い。止めろ。

 男性客がふらついて、寄り掛かるように肩に腕を回された。

 倒れそうになり、踏ん張って支えた。このお客の担当のお姉様を探すけれど、辺りに見当たらない。見習いも黒服の付き添いもない。


 その辺に転がして放置したいけど、客が蹲ったり、倒れているのを看護するお姉様がいる傍ら、人目の付く場所でそんな事は出来ない。

 他の誰かに押し付けたくても、皆さん忙しそうに酒や料理を運んだり、前後不覚の酔っ払いの面倒を看たり、客を部屋に送ったり。……仕方ない。


「お客様、宴席はどちらの会場ですか?」

「んあ~…」

「どちらで飲んでましたか?」

「そこ…、すぐそこ」


 今にも眠りそうな目で、手を少し上げて答えてくれたのはいいけど、手をヒラヒラさせているようにしか見えない。取り敢えず、半分背負うように支えたまま、解る方向に進んでみる。

 ……重いし、酒臭いし、肩や背中にかかる服越しの体温が何か嫌だ。おまけに人の髪の毛に顔をくっつけて、嗅ぐのを止めて欲しい。投げ捨てたろか。


 ヒラヒラと手が示すままに角を曲がった。重い、と苛立ちながら雑に引き摺り、奥へ進むと。

 空いている個室の部屋へ倒れるように押し込まれ、毛足の長いアイボリーの絨毯に前のめりで倒れ込んだ。


 咄嗟に手を付いて顔面をぶつけるのは避けたけど、酔っ払いの下敷きになった。

 背中にのし掛かられ、魔力も使えないので、怪力を発揮して押し退けられない。何とか退かそうともがき、相手を起こそうと声をかける。


「重っ、潰れるから退いて下さ」


 ぬるり。

 項に生暖かい感触がして、ぞわわわっと、背筋に悪寒が走った。


「ミーナちゃ~ん、今日も慰めて~」

「違っ……っ!」


 肩から剥き出しの背中を撫でられ、防御力の無い側面から腹部に両手を差し込まれそうになる。相手の思惑を察し、手が胴に回る前に、自分の両手を相手の手に重ねて押さえ込んだ。


 両脇腹で何とか留めたけど、微妙に指先が服の内側に入り込んで、くすぐったくて気持ち悪い。

 指の腹で脇腹を撫でられ、肩と背中を唇が這い、吐息がかかって――もう無理。お客様は神様じゃありませんっ!

 堪えきれず、撫で撫でしてくる左右の人差し指と中指を掴んで、反らすようにボキッと折った。


「ミーナちゃん、肌スベスベだね~。可愛い~な~」

「ミーナ違う!」


 酒で痛みに鈍感なのか、神経が高揚しているのか、全身で体重をかけられながら、背中の中程をペロッと舐められて、身の毛がよだつ。


「――…っ!」


 大声を上げて助けを求めようとし、頭の片隅の妙に冷静な部分で、騒ぎを起こしたら明日の会談が頓挫して、コルメに逃げられないかと考えが一瞬、過った。

 ここに来たのも、こんな格好をしているのも、コルメを捕まえてメリアを解放して、遊びに来る偉い騎士や貴族、商人の弱味を握って、お金を巻き上げて、娼婦のお姉さん方から今後も上手く情報を貰えるようにする為……って、何かする事が多いな。


 逡巡《しゅんじゅん》していたら、ちゅっと肩甲骨近くの肌に奇妙な感触。やっぱ気持ち悪い。ムリムリムリ、今すぐぶちのめ――…バレなきゃ叩きのめしてもいっかな。


 吹っ切れて動こうとしたら、ドアの開く音がした。一瞬後、べごぉっと体の芯から叩く音と、「へぐぶっ!」と声がして、気色悪かった体温も重みも無くなった。

 体を起こして振り返ると、冥界を統べるに相応しい大魔王様がイラッシャイマシタ…コワッ。


 荒ぶる自身を抑え込もうと深呼吸する魔王様は、少し上がっていた足を絨毯に着けた。酔っ払いを蹴り飛ばしたんですね、解ります。暑いのか、ケイはシャツのボタンを外して、眼鏡を取った。光の無い濁った目が、絨毯を転がって失神している酔っ払いに向けられていた。


「ん~ミーナちゅわ~ん…」

「……」

「……」


 このオッサン、鋼メンタルか! 絶対、何本か骨が折れているのに強いな! 大魔王様がイラッとして、始末するかみたいな空気になってるよ。抹殺確定の雰囲気が流れているこの状況で、桃色の夢を見られるってある意味凄いわー。

 私も殺気に当てられて、怖くて震えているとゆーのに…。


「………リフィ」

「ハイッ」

「何でこんな事になっているの……」

「えーと、これは事故でですね…」

「…――へぇ。事故で、襲われていたんだ?」


 ヒイィッ!? コワッ、魔王様の笑顔が怖い! 目が笑ってないよ!?

 ああでも、待って私。この大魔王様は助けてくれた恩人で、決して悪い人では無い筈。話せば解る! だって…。


「リフィ。君、ちゃんと解っているの? 僕が間に合ったから良かったけれど――、……何でへらへら笑っているのかな…?」

「うん、ケイが見習いのフィーという設定を忘れて、私に接触してきたのが珍しいと思って」


 ケイが軽く息を飲んで、瞠目した。……自覚無しとか、珍しい。

 急いで駆けつけたと解る程、荒い呼吸。それだけ焦って心配させたのは申し訳無いけど、助けてくれた事に感謝した。

 ケイが失態に少し動揺しつつ、不機嫌に目を細めた。


「リフィ、君本当に」

「解ってマス! 助けてくれてありがとう。心配させたのは申し訳ないけど、来てくれて嬉しかったよ。もうね、私の妄想というか、都合のいい夢でも見ているのかと思う位、タイミングばっちり! 驚いたし格好よかったよ。イケメンに間一髪で駆けつけられて助かるとか、コレは話によくあるご都合主義な展開で、ときめいて恋とかに落ちちゃうパターンだから。まぁ私が相手なんて申し訳ない限りだけ、どっ!?」


 膝をついたケイに、正面から抱き締められて驚いた。


「無理しなくていいよ。混乱を隠そうと茶化して饒舌、焦ったように早口で話さなくていいよ…。……怖がらせて御免。一番怒りたいのも嫌だったのも、リフィだよね」


 ……おかしいな。安心したせいか涙腺が弛んで、じわりと涙が滲んで零れた。絨毯に座り込んだままケイの服を掴んで、顔を押し当てて泣きました。

 多少鼻水が出て不細工でも、気にせず吐き出した。


 泣く事に全力だったので、ケイに宥められるがまま。

 何か、髪を優しく梳《す》かれながら、背中を撫でられつつ、額やこめかみにキスされた気が…。……深く考えると、ダメージが大きくて居たたまれなくなるから、止めとこう。

 もう本当に、外も中身もイケメンなんて! 流石ハイスペック従兄弟!! うちのケイが格好よすぎる問題。頼りになり過ぎだよ~。


 しかも懸念事項にもバッチリ対応。私が戻って来るのが遅かったから、少し歩いてくるとケイだけ席を立ったので、特に騒がれていないと聞き、胸を撫で下ろした。

 途中、クロスを支える黒服に遭遇して、恐らく私なら先に戻ったと言う男衆に、嫌な予感がしたケイが、腕輪の位置情報で私の居場所を調べて駆けつけてくれた事に、感謝を込めて拝んでおきました。


 感謝している間に、ケイは部屋に備え付けてある洗面所兼浴室に向かい、タオルを濡らして戻ってきた。

 絨毯に座り込んだまま拝む私の後ろに座って、濡れタオルで項や肩、背中や腕を拭ってくれたのはいいんだけど、力がこもっていて少し痛かった。


 恥ずかしさもあって、「もう大丈夫」とタオルを奪って逃げようとしたら、腕を引かれてあっさり尻餅をつき、背中からケイの腕の中に戻りました。



・・・***・・・(ラッセル)



 壁の時計を見て、オレは顰めそうになる顔を、どうにか微笑のまま保った。

 遅い。お嬢が戻って来るのも、様子を見に行った若が戻って来るのも。


 お嬢に絡んでいた客が黒服と戻ってきて、五分が経過していた。

 やっぱ何かあったか?

 それとも、若とお嬢でしっぽりとしけ込んで――……無いな。うん、ねぇわ。


 どんな美女や美少女、魅力的な異性に迫られても、紳士然として隙がねぇのが若だ。それが色気のイの字もねぇお嬢とどうにかなるなんてねぇよな。


 あの衣装のお嬢は、高いスペックを発揮して数年後が楽しみな極上の見習いに見えたが、中身は変わってねぇし。一応、イイトコのお嬢さんだからな、分別も常識もある若が間違いを犯すとも思えん。


 寧ろ、背も伸びて益々美形になって色香が出てきた若が、見習いや娼婦を多数引っかけて、身動きが取れないでいる可能性の方が高いな。


 鈍感なお嬢は、若のポテンシャルの高さは認めてんのに、見守っているっつーか、うちの子凄いって感じで、自慢げにしてっから。

 お嬢が若に引っかかってくれたら、オレら的には一番いーんだけどなぁ…はぁ。


 お嬢が居れば、この先どんな艱難辛苦があろうと、若は頑張って生きようとするし、乗り越えられる気がすんだけどな。

 何せ今の若があるのはお嬢のお陰だと、『影』も『夜』もボス達だって思って感謝してる。


 本来なら、男爵を継いだ時点で若をボスと呼ぶべきなんだろうが、まだジルベルトの旦那は現役を引退してねぇし、総合的に取りまとめているのはドラヴェイ伯爵の現ボスだ。


 それも何れは若が引き継ぐんだろうけど、どうしても未だ、もう少しだけ子供として扱ってやりてぇ。

 こんな世界に早くから関わって、子供ながらに必死にオレらを守ろうとしてくれる若だからこそ。


 オレはこの場をセスに任せて、気配を消してフロアから廊下に出る。お嬢の居場所はっと、五階の…コレは個室か…?

 何でそんな所に…。多分、いや絶対、若もここにいるよな……。

 買われた娼婦と客が一夜を過ごす個室に――。


 そこまで思考が至って、サーっと血の気が引いた。

 体が勝手に最速で動き出す。

 何でそんな所にお嬢と若がいんだよ!?


 廊下の客や男衆や娼婦、見習いの間をすり抜け、階段をひとっ飛びで、踊り場から五階に着地する。

 ああもう、何で必ずお嬢に問題が起きるんだ!?


 お嬢のせいとは限らねぇが、十中八九お嬢だろ。

 変なのに目をつけられたり、妙な事に巻き込まれたり、何かこう厄介事になるのは、大抵お嬢だ!


 頼むから、若が理性的であってくれよ!

 確かにあのお嬢は他のヤロー共に見せたくねぇし、何つーか囲いたくなる気持ちも解らんでもねぇが、まだ一線を越えるのは駄目だ!!


 ねぇとは思うが、最悪な展開――若がお嬢を襲っている状況を考えながら、オレは個室へと駆けていく。

 いくら若が理性的で紳士でも、まだ子供で誘惑に逆らえず本能のままに若さが迸る…なんて事があるかもしれねぇ。

 頼む若、お嬢が美味しそうに見えても、手ぇ出すなよ!

 オレは祈りながら個室のドアを開け、目を剥いた。


「――って、若が襲われてんのかよっ!?」


 普通逆じゃねぇ!?

 開けたドアを素早く閉じて、体を部屋に滑り込ませたオレは、驚愕して思わず声を張り上げた。


 若に押し倒されているか、最悪お嬢が服を剥かれている可能性を考えていたのに。オレの目の前では、絨毯の上に仰向けになった若が、ギラついた目のお嬢に押し倒されていた。


 若の髪が乱れ、羞恥からか目元や頬が微かに紅潮していた。お嬢を押し留めようと抵抗しつつ、胸倉を掴まれて乱れたシャツから鎖骨からその下の綺麗な肌が少し覗いている姿は扇情的で、そんな気の無いオレですら固唾を呑んだ。

 何で露出の多いお嬢よりも若の方が、魅力的なのか……まじで不思議だよなー…。


「……ラッセル…?」


 地を這うようなお嬢の声が怖ぇ。

 疚しい事なんかねぇのに、失礼な考えを見透かされた気がして、すんませんと謝りたくなる圧力がある。


 一先ず若の上から退かそうとしたら、お嬢が静かに離れて、オレから少し距離を取った。

 衝撃的な場面から立ち直ったお陰か、部屋を見渡す余裕ができたオレは、絨毯の上で気絶する酒臭ぇ男に漸く気付いた。……気分が悪くなり、顔が凶悪に歪む。


 何となく見当がついた。

 この酔っ払いが原因だ。多分お嬢か若に返り討ちにされて、ここで倒れてんだろう。そんでもって、新手が来たかと警戒したお嬢が、助けに来たのが若と気付かず襲いかかって、さっきみたいな状況になった。


 迂遠《うえん》な物言いが苦手ながらも遠回しに確認すれば、お嬢が小さく首肯しつつ、最後は顔を背けた。

 え、何だよ、じゃあ何で若を組敷いてたんだよ。

 服の乱れを直した若を見ると、当惑混じりの困った笑顔を浮かべた。


「ちょっと悪ふざけが過ぎたんだよ」



・・・***・・・(ケイ)



 僕も気が動転していたというか、怒っていたんだろうなぁ。普段、あそこまで怒り心頭に発する事が無かった。

 気付けば男を蹴り転がし、仕事中なのを忘れてリフィと呼び、息苦しくてシャツのボタンを二つ外した。けど、どうにも不快と苛立ちが収まらず、捕まえて誰にも渡しちゃいけない、僕の側に置いておくのが一番いい、っていう独善的な考えに支配されそうになった。


 そのせいで、リフィを慰めながら独占欲を剥き出しにした。

 感情を隠さずに泣くリフィが、自分の腕の中にいる事に安心して、彼女を落ち着かせようと髪を撫で、子供をあやすように背中に触れていたのに。

 途中から、ざわつく自分の心を宥める為に、髪や背中に触れて、額やこめかみや目尻や頬に口付けていた。


 リフィは気付いていないというか、気にしていないというか、一心に泣いていた。そのお陰で、僕は少し冷静になれた。

 泣き止めば、リフィは取り乱していたのが嘘のように、騒ぎがコルメの耳に入り、逃げられていないかと、任務を案じた。


 確かに大事な仕事だけどね、僕は君が心配だよ。

 気に病まないように、大丈夫だと話して聞かせたら、安心してくれたから良かったけど。


 コルメの方はリフィのお陰で情報も証拠も集まり、後は関係者を集めた席で捕まえればいいだけ。

 気付かれて逃げられても、王都での深い(・・)関係者や潜伏先候補、地方の関係者も既に把握済みだ。リフィのくれた写真で面も割れている。包囲網は出来ており、王都から逃がすつもりはなかった。


 拝まれて感謝されている間に、僕は濡らしたタオルで気になっていた背中を見た。浄化魔法が使えれば、何度も念入りに掛けたけど、生憎この館では使えない。

 だから神経質な迄に、素肌が見えている項や腕、肩、背中や脇腹を力を込めて拭いた。


 警戒していないのか、されるがままだったリフィ。恥ずかしそうに、「もう大丈夫」と僕からタオルを奪って、拭く面を替えたタオルでもう一度拭いた部分が、触られた場所なんだと何となく解った。

 痕跡は何も無いけれど、ムカムカした。


 タオルを持って洗面所に向かおうとするリフィを見て、逃がさないと無意識に体が動いた。手を引き、背中から戻ってきたリフィの腹部に腕を回す。


 驚いたリフィが「どうしたの?」と僕を気遣ってくれたけど、上手く答えられなかった。

 リフィの左肩に額を預けて、目を閉じる。肌に掛かる息が擽ったいのかリフィが身動ぎ、反応する姿に少し溜飲を下げて背中に頭を押し付けた。その時に誤って頬や唇が接触して、「ふひひぃっ」と妙な奇声がしたけど、無視した。


 何とか、「今後はなるべく、こういう姿を他の人に見せないで」と絞り出せば、何を言っているんだと自分で恥ずかしくなった。

 熱を持った顔を隠すように俯くと、「解った」とリフィが静かに頷いた。何故か振り返って僕を見ようとしてきたので、顔を隠そうと抵抗した。


 そんな小さな攻防の後、リフィがふっと笑って肩の力を抜いた。宥めるように、胴に回した僕の腕を軽く叩く。

 何だか子供扱いされた気がして悔しいけど、受け入れておいた。


「大丈夫だよ。今回のは酔っ払いが人違いして、暴走しただけだし」

「……リフィ、解ってないでしょ。好色な目で見られていたのに気付かなかった?」

「ね、変態はお断りだっていうのに。出禁にされたくないから、客が規則を守って統制されている所は、流石ファラエナだよね」


 解っていないリフィが歯痒くて、僕は喰ってかかる。


「そうじゃなくて! 今回は間に合ったから良かったけれど、もし次にもっと酷い目に遭ったら……というか、そもそもこんな酔っ払いなんてその辺の階段から転がしておけば良かったんだよ」

「舌打ちしながら黒い事言わないでっ!? 天使の美貌が台無しだよ? お姉様方も驚いて離れちゃうから」

「……別にいいよ。寧ろ構わないで欲しい」

「何と…! ケイさん、あなた今、私と世の男性の殆どを敵に回しましたよ!?」

「え、敵になるの!?」


 何でか話が予想外の方向に流れた。


「そもそもね、ケイが男女問わず誘惑しちゃうのは…悪くないけど、程々にして欲しい。大いに誑《たぶら》かしてくれていいんだけど」

「…いいんだ…」

「うん。ただ変なのは引っ掻けないでね。ちょっと怪しいオジサンとかの誘いには乗らないで」

「何で僕が諭されているの…?」

「『影』達が、ケイなら誰でも誑《たら》しこめる色気があるって絶賛していたから心配で……」

「明日から訓練を五倍にしよう」


 僕は即座に、不眠不休で三日位働かそうと決意した。よくも余計な事をリフィに吹き込んでくれたね。リフィは面白そうな事を簡単に信じて、突き進んでいくから厄介だっていうのに!


「ていうか、心配するならリフィでしょ。こんな格好をして、勝手に誘惑されて襲うバカがいても不思議じゃないから」

「誘惑されるバカね…今の所いないから大丈夫。私に引っ掛かるロリコン変態がいたら、全財産と身ぐるみ剥いで簀巻きで川にドボンだったんだけど、いなかったよ。準備していたのに。それに私よりケイの方が、お姉様達にアプローチをかけられて、お客のオジサン達にも熱心に見つめられていたからね!」

「えっ!? いやいやいや、無いから」

「安心して。簡単には嫁に出さないよ」

「その前に嫁にはなれないからね!? ていうか、何コレ、何で僕が狙われている前提で話が進んでいるの!?」

「ケイが照れてる~。可愛い~」

「リフィっ!」

「大丈夫。ケイは私が守るから!」

「頼もしくて不安だけど、そうじゃないよ!? 僕は君を心配していて真面目な話を」

「うん、真面目な話。ケイが美人で心配しているよ! 『影』達が、男にモテるのはどっちっていう賭けで、どいつもこいつもケイに賭けやがったから。覚えとけよこんちくしょー」

「……地獄直行コースの訓練でもさせとこうかな」

「かくいう私もケイに賭けたんだけど」

「何でっ!?」

「うちの美人でハイスペックな従兄弟が心配で、私よりあり得そうだから。実際こんな風に、オジサンに押し倒されたらどうするの!?」


 家に戻ったら、『影』を全員埋めると決意しつつ、リフィに押し倒された所で、折り悪くラッセルが入ってきた。

 誤解が無いよう話した筈なのに、俯いたラッセルが両手で顔を覆ってしまった。


「あんたら本当に何やってんだよ…。こんな所でイチャつくならもう付き合っちまえよ……」

「何を言うの、ラッセル。ケイはお姉さん達と遊んでもいいけど、きちんとした貴族の血筋の美人なお嬢様を貰うんだよ。――本人がお嫁に行きたいと言わない限りは!」


 その時は私が協力する、と意気込むリフィに、僕とラッセルが、死人みたいな顔になった。


「…リフィ。言ってやったとドヤ顔で僕を見るのは止めてくれる?」

「若、何かすまん」


 ラッセルに励まされた。はは、腹が立つのは何でだろう。


「……つまりリフィは、僕が誰とどうなろうが構わないって事?」

「え、構うよ。ケイはアホな選択はしないし、変なのに引っ掛かったりしないし、貴族だから柵が多いとは思うけど、笑って過ごして欲しいし、幸せになって欲しいと思っ――赤面ケイがレアで可愛い! てか、何でラッセルが悶えてるの?」


 相変わらず、天然タラシというか、天然無自覚テロリストだね…。深い意味はない素直な本心って事は解るから、本当に質が悪い。


「………何かもういいや」

「何が?」

「その内、リフィに今日の分も含めて、沢山ある貸しを返して貰おうって話」

「……お手柔らかにオネガイシマス」


 僕はにっこり笑い、リフィの手を引いて部屋を出た。

 大丈夫。リフィに出来る範囲で、精一杯返して貰うから。早ければ今年の学園で、遅くとも来年には。

 両親の賛同はあるし、お祖父様も喜んで承諾してくれた。

 リフィを説得する自信はあるし、少しずつ他の道を潰せば多分、問題ない。


 ぶるり、と震えたリフィ。

 ラッセルが同情するように彼女を見て、「冷えたんだな。フロアに戻ろうぜお嬢」と、背中を押そうとし、僕を見て手を下ろした。


「若。オレはあの男を片付けてから、シランも交えてルカスと長老とちょっくら話してくるわ」

「解った。こっちは心配しなくていい」


 ラッセルを置いて、僕はリフィをフロアに連れ戻した。アイシスがほっと胸を撫で下ろす。

 何事も無かったように僕も自席に戻り、今日も最後まで残ってから、ファラエナを出た。いつもなら帰宅するけど、その日はラカン長老の所に向かった。


・*・*・*


 翌日。

 賑やかな宴会が始まったのは、離れの建物からだった。

 言葉巧みに営業したシランが、長く利用してくれて、高級娼婦を何人も宴席に呼んでくれたお礼に、とコルメに提供した場所。


 王都でのコルメ関係者が離れに集う。予め聞いていた客の人数に達せば、作戦が開始された。お酒を飲ませて酔わせ、出し物としてダンスをしますと娼婦達が席を外し、封鎖された離れで捕物が一斉に開始された。

 娼館ファラエナには迷惑をかけず、他の客に知られる事も無く。コルメが懇意にしていた幼馴染みの娼婦も、捕らえた。


 貴族が関係した事件だから、派遣された精鋭の騎士五名と、街の治安を守る警備隊の面目を保つ為に、警備隊一班で事にあたり、『影』は逃げ出す者が他にいないか、姿を見せずに全体の監視。一時間もあれば、完全に捕縛と鎮圧が完了した。


 リフィには今日の事は伝えてあったけれど、いつもと変わらず、アイシスの側に控えて微笑んでいた。

 明日の見習いを終えれば、リフィもメリアも解放されて、また日常に戻るだろう。

 フロアの隅でお茶を飲みながら、僕は届いた二通の手紙とここに来る前に会った幼馴染みを思い出して、吐息した。



・・・***・・・(リフィ)



 ケイに話があると執務室に呼ばれたのは、娼婦見習いを終えて男爵邸に戻ってから三日後だった。

 その三日間は久々に羽を伸ばして、街を出歩いたり、幼馴染みのサイラスやマルコ、サリーやカルドとお茶して近況を話したり、特製健康茶作りに精を出してみたり。


 お母様には未だ内緒だけど、ジルお父様に見習いの件は話してあったので、その調査結果と取り調べの進捗を教えて貰っていた。知らなかったとはいえ、関わっていた人達には注意と軽度の罰金、利用しようとした者や貴族は罰則と罰金、身分の降格や剥奪等、厳重な処罰が下された。特に実行班と黒幕には。


 あの後も娼館ファラエナは通常通り営業されていて、居なくなる私に少し驚いていたものの、人の出入りが激しいせいか、そういうものと受け入れられた。

 事情を知るお姉様方には、またいつでも遊びにきて手伝うようにとか、ステラのチケットを念押しされた位で、何人かのお姉さんや見習いの子に恨まれた以外は普通だった。


 マシューの方も無事にメリアと落ち着いて話す機会を得て、一昨日から休暇をとっているので、姿を見ていない。ただ二人で出掛ける前、物凄く感謝された。

 一件落着。めでたしめでたし。


 廊下を歩いて執務室を訪ねると、ケイが書類を読み込んでサインしていた。

 ソファーに座ると、補佐していたクーガがお茶を二人分用意して、終わった書類を全て持って退室した。

 一つ息を吐いたケイが対面に座り、お茶を飲む。カップを戻すと、私を見て笑った。


「リフィ、あれから三日経つけれど、充分に休めた?」

「お陰様で。快適に過ごしているよ」


 私もにっこり微笑んで返した。


「そういえば、陛下達が体を張って調査してくれた君に、褒美を与えたいと、昨日、石の間に招待していたと思うのだけど」

「サボっちゃった」

「そっか。それなら仕方ないかな」

「うん。ていうか、なるべく接触しないよう契約条件にあるのに、何かと国の事だからってすぐ呼び出そうとするよね」

「そうだね。注意はするんだけど、君に会いたくて仕方ないみたいだ。それを何かと理由をつけて断る君も、大概だとは思うけどね」

「公に何の関わりも無い一般人だから。それに、四回に一回は十分位会ってるよ。後はきちんと理由をつけてお断りしているから。今回も馴れない任務で、家に戻って安心したのか体調を崩したって建前は返したよ」


 普通に街で遊んでいたけど。

 お手紙に褒美の要望は伝えておいた。不敬だろうが何だろうが今更だし、そもそも関わりたくない。始めからそう言っているのに。


「所でリフィ。その話とは別に、君は随分と勝手に動いてくれたみたいだね」

「何の事?」


 穏やかに笑うケイ。笑顔ですっとぼけたけど、私は無言の圧力を感じて冷や汗が流れた。あ~コレ、バレてるわー。

 答え合わせをするように、ケイが口を開いた。


「王都の情報なら『影』より自分の方が知っているかもって、ラッセルに豪語したのは君だよ」


 そんな事もありましたねぇ。

 私はお茶を飲んで、聞き流した。


「その言葉通り、君は早くからマシューの件を知っていたんだね。マシューに出された悩ましい条件も。だから、大事な宴会が重なっている時に、アイシス付きの見習いとして育ててきた少女を商人ルディに頼んで、引き抜いた。その費用は君持ちで。それで丁度よく、自分を売り込んだ」


 サンルテア男爵家と長い付き合いで、サンルテア領地に本店を構える商人ルディ。

 何でか気に入られてるんだよね。あのお月様みたいな顔をしたふくよかで小柄なお爺ちゃんに。

 私の反応を探るようにケイが見てくるけど、ドーナツを食べているので喋れません。


「マシューだけじゃなく、他にも理由があったね。例えば、数少ないサンルテアのメイドを諜報活動として使わせない為。恋人のいる彼女達は、仕事であれば閨事もこなさないといけない。父の代になって、無くなっていた事を僕の代で復活させて恋人の『影』やメイドの恨みを買わないようにしたんだね。彼女達というか今迄サンルテアにいた使用人は、そのままドラヴェイ伯爵家に移って、両親の側に仕えていたから。――そして、僕達に危険が及ばないようにしたのも本当だったんだね」


 おぉぅ、そこ迄バレてた。流石ケイであり、『影』の実力と誉めればいいのかな。気付かないで欲しかったんだけどなぁ…。

 お茶を飲み干したので、私はお代わりをケイと自分のカップに注いだ。



・・・***・・・(ケイ)



 僕は優雅にお代わりを飲むリフィを見ながら、話を続けた。

 事件の発端であるコルメ・ブロッコを王都に引き入れたのは、さる伯爵夫人だった。

 彼女は沢山の画家や音楽家の才能ある少年をパトロンとして援助し、他の気に入った子を自分の側に侍従として雇い、支援している事で有名だった。


 一方で、少年達を慰みものにしていると小さな噂もあった。

 伯爵の屋敷ではなく、王都の秘密の屋敷で囲って遊んでいると。

 彼女も今回の事件の被害者とされているが、大分前から媚薬として薬を使用していた。それでいて、亡くなった下位の男爵夫人や子爵夫人の侍従少年達を欲しがり、断られた事があった。


 それを恨んで、致死量の薬をコルメに売らせた。腐っても伯爵夫人。下位のご夫人方が断れる筈もなく、少年愛好家同士としての付き合いもあったから余計に突っぱねられなかった。

 被害者達が懇意にしていた商人を洗っても、コルメの情報が出ない筈だ。紹介して懇意にしていたのは、伯爵夫人だったのだから。


 彼女はターニャ夫人と同じく、小さな少年少女のマナー担当で、よく好みの自分よりも立場の弱い少年達を手込めにしていたらしい。

 ここ最近、その対象となったのが、サイラスとマルコ、カルドの友人である商人の息子、そして僕だった。


 まぁ初めて会った四年前の誕生会以降、何度かお茶会等で声をかけられ、困った事や何かあれば、いつでも私の元へいらっしゃいと言われて、熱い眼差しで見られていた記憶はある。大勢の人前でしか会話せず、近寄らせないよう距離を作っていたけど。


 そんな伯爵夫人の黒い噂を知ったターニャ夫人から、友人の話として悩み相談を受けたのが、今も交流のあるリフィだった。

 本人は誰の事か察したけど、ターニャ夫人を宥めつつ害の無いただの噂だったから放置した。


 けれど、表で王都有数の商家をまとめるサイラスに代わり、王都の裏の仕事を任された側近のマルコから、話が届いた。

 狙われた自分達の友人と、夫人の本命が僕であるとの情報を受け、まずリフィは真相を確かめに動いた。


 子息の時と違い、男爵だから迂闊に手を出されないなんて事はなく、夫人は今回の薬を流行らせ、男爵となり社交界に出てくるようになった僕に、一服盛って既成事実を作るつもりだったらしい。

 その計画を知ったリフィが、何とか全部上手い事利用してお掃除したい、と立てた作戦が今回の見習い騒動だった。


 但し、まだあくまで噂の域や、計画の内で確たる証拠が無いから、僕達に知らせて不安を煽り、不快な思いをさせないように本当の目的を隠して、コルメの情報と捕縛、マシューの為とした。

 何もなければそれでよし、裏があれば芋蔓式に伯爵夫人から何か出てくると考えて。

 結果、伯爵夫人を捕まえた。


 噂を調べてみると、伯爵夫人が過去に援助したのは、貴族の反感を買った零細商家や、没落前の男爵子息や子爵子息だった。

 親が援助の為に、夫人の侍従見習いにする契約を結び、合法的にしていたから見逃されてきたが、そもそも没落したのは、伯爵夫人や協力者が権力を笠に着て、裏から手を回したせい。


 サイラスとマルコ傘下の、友人一家にも同じ事をしようとしたので、長老側が動き始め、そのままいけば事態は不味い事になっていた。

 下手したら、長老側と貴族の対立化を表面に浮き彫りにして、王都の経済が荒れた。それによって王都で『影』が動きにくくなるのも困り、僕にちょっかいを出すのもリフィは見過ごせない。


 妙な薬が下位貴族や豪商の間で流行り、サリーやカルド、サイラス達にまで影響が及び、両親を悩ませるのも嫌。

 メイドを使った潜入捜査を試んで痼が残り、何かの時に裏切られたり、身重の母を守る事を僅かでも躊躇われない為に、仕事を受けさせたくない。


 それら諸々の事情の他に、マシュー達の件や、匿われているコルメ、なかなか『影』が情報を集められない娼館に恩を売るのも悪くないと総合的に考え判断した結果、リフィが潜入捜査をする策を思いついた。


 払う対価も犠牲もリフィ一人で少なく済み、上手くいけば一石二鳥所か三鳥にもなり、何よりリフィ自身の不安が解消され、家族の身の安全が保証される。

 それでルディ、話を持ち出したマルコに少し協力を依頼して、今回の結末に至った。


 何もなければ、マシューとメリアの手助けになり、コルメと協力者を一網打尽に出来て、王都の経済も荒れず、シランに恩を売り、僕達が狙われた事を知る事無く、リフィが見習い修行をしただけという表面の話で終わった出来事。本当の思惑を誰にも知られること無く。

 リフィが嘆息して、認めた。


「誰に聞いたの?」

「サイラスから。始めの違和感はマルコが少し僕に遠慮がちだった事だけれど、久し振りに会った友人が貴族になった事への戸惑いかと思っていたら、サイラスが僕に注意を促し、伯爵夫人と友人の事を相談してきた。それでマルコが少し前に何度かリフィに接触していた事を思い出して、リフィが見習いをする事になった切っ掛けの少女を探せば、引き抜いたのがルディ傘下の商人。マルコとルディを問い詰めたよ」


 先日届いた二通の手紙を見せると、リフィが吐息した。


「そこからバレたのかー。マルコにはしっかりサイラスの手綱を握るよう釘を刺しておくんだったなー」

「僕に相談して欲しかったよ」

「変態おばさんに狙われているって? ただでさえ忙しいケイやお父様お母様の負担を増やすなんて嫌だよ。それもまだ確証が無い曖昧模糊な段階だったのに」


 悪びれなく、お茶を飲んでドーナツを食べるリフィ。

 確かに、早い内から変な事に煩わされなかった分、任務や男爵家の仕事が捗った。平行して学園に通う準備や支度、手続きも無事に終えられて、両親も忙しい中で新しい生活に慣れてきた。


 何よりリフィは知っていたからね、変なのに狙われて付きまとわれる鬱陶しさと恐怖と不気味さを。

 お陰で僕にストレスや精神的疲労は無かったけれど、見習いに行くリフィにやきもきさせられたから変わらないかな。


 隠れた思惑に気付いた時は、どうして解った時点で僕に知らせてくれなかったという苛立ちと悲しみと、僕達を案じて守ろうとしてくれた喜びと安堵と、で胸中が複雑になったけどね。

 何事も無くて本当に良かった。


 ただいつも、僕やアッシュ、若しくはクーガか父には、不足の事態に陥った時の保険も兼ねて、事前に少し教えておいてくれたのに。

 それが無かったのが気になって問い掛けたら、ドーナツを食べなから少し考えて、教えてくれた。

 この前、チェシーに会った時に言われたんだ、と。


・*・*・*


 それは、たまにあるお互いの近況報告の時の事。


『時々妙な事に巻き込まれるか、厄介事に首を突っ込む以外は、貴女の日常は普通のようですけれど、リフィはご自分が変えた運命《シナリオ》によって、他の方の人生が大きく変化したらどうしようと、悩んだ事は御座いますか?』

『勿論、考えたよ。ケイやお母様を助けた事で、別の場所で誰かが亡くなったり、未来が予測困難でチェシーの教えてくれたシナリオが、もっと酷い展開になるかもしれないって話でしょ』


 お茶を飲むリフィに、チェシーが勢いよく頷いた。


『そうですわ。極端なお話ですが、世界滅亡なんて事になりましたら、未来を変えなければ良かったと後悔をするかもしれませんもの』

『でも、そうならないかもしれない。なったとしても私は、母やケイが生きている事を望んだから仕方ないよ。それに、何か変わったとしても、全部が私の責任とは思わないかな。そもそもシナリオ変えた影響で世界が壊れるなんて言っても、言われた人達は、何言ってんのお前って感じでしょ』

『……普通(その通り)ですわね…』

『それで、チェシーはどうして急にそんな事を気にしたの?』


 呑気にスフレを食べるリフィを見て、嘆息が出る。


『……何度か王妃様や公爵夫人のお茶会を、父の了承を得た上で、理由をつけてお断りしましたの。そうしたら、どうしたのかと問い合わせが多く、更にお手紙が届きましたわ。人によっては、ご子息の婚約者に考えていると仄めかされまして…』

『他の令嬢より親しく家同士の付き合いがあるから、攻略対象者の婚約者になり得たのに、それに反する行動をした結果、話を元に戻すような働きかけが面倒臭い、と。これを無視、或は更に逸脱した行動をしたら、どんな影響力があるか怖いって事?』

『ええ。王妃様と公爵夫人は、わたくしより身分が上ですので…って、何ですの、そのお顔』

『面倒だなって顔。がんばれー』

『声援に全く心がこもっていませんわよ!?』


 チェシー護衛のフリッドに、新しいケーキを頼んで貰い、リフィはメニューを閉じた。


『仕方ない。王妃より上の最高権力者を使うか。貸しはあるし、あの件を解決すれば、向こうから褒美でもって言うから、それを利用しよう。理由も体調が悪いと断ったのに、上の身分から手紙を頻繁に送られたら休めるものも休めない所か、気にしすぎて更に体調が悪化しているって訴えが父親から出た事にすれば、相手に罪悪感を与えてチェシーの繊細さがアピール出来るよ』

『……貴女って恐れ知らずですわね…』

『運命に喧嘩を売る位だからね』


 しれっと答えると、チェシーの表情が少し曇った。


『攻略対象者が本気で貴女を思い、好きでも、それはシナリオだからと信じませんの?』

『それケイにも言われたねぇ。確かに私は疑ってかかると思うけど……』

『けど、何です?』

『彼らは私の過去や、以前に会った事も知っていて、城でも遭遇して、何度か話しかけられた事も、少し話した事もあるよ』

『ええ、そうお聞きしましたわ』

『再会してから二年以上経ったけど、契約に基づいて接触してこなかった。それが答えでしょ』

『契約のせいではなく?』

『攻略対象者としてヒロインに絶対惹かれる訳じゃなく、彼らが本人の意思で、欲する程、私に魅力と価値がないって判断しただけ。興味関心が無かったんだよ』

『成る程、仰る通りお話のように熱烈に求めるなんて、現実でそう見かけませんものね。……リフィは求めて欲しかったのですか? それとやはり、契約があるから接触出来ないでいるとは考えませんの?』

『求める所か、関わって欲しくない。後、契約の抜け道はあったよ』

『抜け道?』

『うん。確かに接触不可だけど、王様たち同様に政務に関わる彼らが、国として理由を作ってケイに命じたり、友達として頼む分には、契約の限りじゃない。気付かないか放置したか、契約書を読んで抜け穴がないか見つけようともしなかったって事』

『そうですわね、夢見る乙女の思考かもしれませんが、否定する貴女を信じさせられるほど論理的に説明して囲い混んだり、情熱的に真っ直ぐ気持ちをぶつけて向き合って、絆される可能性すら始めから捨てていたのでは、そういう事ですわね』

『だから、チェシーがもし仮に私を学園で虐めても、悪役令嬢だと彼らは思わないよ。寧ろ、私が何企んでるか怖い、関わらずケイに任せておこうとしか思わないんじゃない?』

『………それは、貴女が悪い気がしますわ。彼らがそう思い込むよう誘導したのは、リフィでしょう。って、してやったりと笑うのはやめてくださいませっ!』


・*・*・*


「……ごめん。その話を聞いても、何で今回の件を教えてくれなかったのか察せないかな」

「うん。まぁちょっとね、今回のは実験と、話はお願いを兼ねていたんだよ」


 言われても、話が見えなかった。僕は益々首を捻る。


「実験とお願い?」

「そう。もうすぐケイは学園で寮生活。お父様達は伯爵邸。私はムーンローザの家。これ迄と違って離れて暮らして、ケイもお父様達も忙しくて、いつでも何とか出来るとは限らないでしょ? だから、常に気にかけなくても、助けや保険がなくても、私は大丈夫だよって実験の証明。勿論、遠出したり、何か少しでも怪しい事に関わりそうな時は連絡するけど、心配し過ぎないでねっていう事と」


 リフィが一度言葉を切って、思案した。僕は気になって続きを促す。


「……弟妹が出来るでしょ」

「そうだね」

「その子の方を気に掛けて欲しいなっていうお願い」

「それは勿論だけど…。……ああ、シナリオ変えた影響で産まれてくる子に何かあったらどうしようって心配したんだね。チェシーもその事を心配していたの?」


 リフィが嘆息混じりに頷いた。過保護な事は解っているというように。

 そうだね、生まれる迄に何かあったら不安だって、身代わりのお守りを三つも作って母に渡していたからね。


 という事は、娼館の潜入捜査にメイドを使わせないようにしたのも、母の為でもあったのかな。関係に痼が残って裏切りとか、守るのを躊躇ったりしたらとか、言っていたものね。

 過保護の君は、各精霊王と側近の内、誰か二人が常に見守るよう、陛下の警護より厳重に手厚く配置しているのにね。


「君の不安は解るけれど、それこそ相手が各国で信仰されている各神とかが相手じゃないと、話にならないと思うよ」

「でも万が一」

「無いから」

「けど、もしかしたら」

「無いね」

「じゃあその神様が」

「出現した事は無いんじゃないかな。精霊王だって珍しいから。他に不安はある?」


 この際、聞くだけ聞いて、変な方向に暴走される前に不安を減らそう。リフィが頤に手をあてて真面目に考え込む。


「……学園でケイが先輩に目を付けられて」

「うん」

「嫁に」

「一番無いよ」


 皆まで言わせず遮った。リフィが良かったと本気で安堵する笑顔が可愛いけど、凄く複雑だった…。

 嘆息して、他に気にかかる事が無いか考えるリフィを見る。


 リフィの方が、僕達と離れる事に不安が無くて、安心させようと考えていたと思うと、ちょっと面白くなくて、子供な自分に衝撃を受けた。

 基本は寮生活でも、家から通う事を特例で認められているから、月に何度か戻るつもりだった事は内緒にしておこう。

 僕も大概、過保護なのかなぁ…。


・*・*・*


 新種の薬の事件が片付き、僕が入寮する為、屋敷を出る日。

 リフィは『影』や両親と共に、「行ってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれた。何かあったら、いつでも頼ってねと。


 始めの内は何事も無く、平穏に過ごしていた。

 戻ってきたアッシュも、僕とリフィに交互に付いて側で過ごし、ムーンローザの家には『影』が交代で常駐。


 リフィは劇団に通いながら、サリーと遊んだり、たまにソニアやクレールとお茶会に出たり、神殿の依頼を受けたりしていた。

 他に冒険者として簡単な依頼を受け、父の仕事を手伝い、お祖父様の短い旅に付き合ってもいるらしい。


 僕の方も新入生という事で、行事やオリエンテーション、平民が通う事の説明や規則の確認や試験、歓迎のお茶会と毎日、忙しく過ごしていた。


 キースと同じクラスなのは嬉しいけど、スピネルとイナルが生徒会に入れと勧誘に来るのは、面倒なので逃げた。

 時間を見つけて帰れば、驚いたリフィに歓迎された。


 そんな風に一ヶ月が過ぎた五月七日の朝。

 母子ともに無事に、弟が誕生した。

 知らせを受けた、家族や友人、『影』達、領民や家族が喝采し、後日領地でパレードが開かれた程、その日は歓喜に包まれた。


 僕も直ぐ領地にいる家族の元へ駆けつけた。

 リフィは興奮して喜び、アッシュが大地の祝福を弟に授けてくれた。

 お祝いに賑わい、それが落ち着いた夜。

 少しリフィが気になって訪ねたら、丁度部屋から出てきた。咄嗟に隠れて、後を付ける。


 また何か変な事に巻き込まれるか、企んで、一人で動こうとしてないかと考えていたら。

 リフィが一つの部屋に入った。急いでいたのかドアが少し開いたままだ。僕は隙間から覗き込む。


「無事に生まれてきてくれてありがとう」


 リフィは一人、弟を抱き締めながら、涙を流した。


「運命《シナリオ》の予定にない事は嬉しくて、今後、貴方に何かあったらと考えると不安だけど、大丈夫。私、運命《シナリオ》を潰すのは結構、得意なの」


 リフィが柔らかく微笑んだ。

 弟をベッドに戻し、じっと眠る姿を見つめた。

 きっとリフィは考えている。どうしたら、あの小さな家族を守れるのか。

 運命《シナリオ》がいつ弟に牙を剥かないとも限らないから。


「必ず私が守るからね」


 僕は部屋の前から、そっと離れた。

 廊下から両親とメイリンが歩いてくるのが見えて、静かにと合図を送る。四人で弟の部屋を覗くと、傍らでリフィが眠そうにしていた。


 ドアを静かにノックした母に気付いたリフィが、笑顔で駆け寄ってくる。

 きっとまた無理するんだろうな…。

 廊下から僕の足元にやって来たアッシュを見て苦笑したら、後で僕に何を言われるのか内容が解ったのか、面倒臭そうに嘆息した。

 察したようにリフィの側に歩み寄るアッシュに感謝し、憂いを隠して笑う彼女を見た。

 無茶をしないよう見守るのはいつもの事だ。






お疲れ様でした。

次はケイのいない本編十三歳編リフィの話の予定です。

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