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12才 ② (ケイ ・ アッシュ)

お待たせした揚げ句、予定の本編でなくてすみません。

つまらな…真面目な話?です。

読まなくても本編に支障はありません。




 年を越して冬の気配が和らぎ、もうじき春の訪れも感じられそうな気候でも、まだ暖炉の火は欠かせない。

 夕食後のお茶を飲みながらソファーに座り、膝上の本ではなく、暖炉でぜる薪をリフィが難しい顔で見つめては、何やら悩んでいた。

 

 それを横目に見ながら、僕は一人掛けのソファーで報告書や任務依頼の書類に目を通した。

 いつもなら、暖炉側のリフィの足元に丸まったアッシュがいるが、精霊の仕事で眠りについた大地の様子や異常がないか、春に向けての栄養が蓄えられているか、今年も土の精霊王と大陸中を見て回っている為、不在だった。


「リフィ、また難しい顔をしているよ。少し前から何か悩んでいるみたいだけど、どうかした?」


 何か仕出かす前に相談に乗るよ。本音を呑み込んで、僕は水を向けた。

 年の暮れに、度々何かを考えているのは気づいていた。それが年明け、先月の終わり頃から物思いに耽る事が増えた事も。特に何も動こうとしていない事も。


 リフィが何の感情も読ませない顔で、僕を見つめてくる。時折、暖炉の炎が星色の瞳に映り込み、揺らめいた。

 リフィが何か言いかけ、「何でもない…」と口を閉ざして、本に視線を向けた。心なしか不機嫌に見える。

 硬い雰囲気に、しつこく聞くのは止めて「何かあったらいつでも言ってね」とだけ返すに留めた。


 ちょっとだけ、リフィの悩みにもしかしたら、という心当たりがない訳でもない。

 僕は、書類の中に紛れるようにしてあった暗号文を黙読して、吐息を押し殺した。陛下たちからの呼び出しだ。

 まだ冬の気配が残る夜は、静かに更けていった。



*・*・*・



 僕にも、リフィに言えない事や言ってない事は沢山ある。任務の事や国の施政に関わる事、貴族の世界の事柄についてや出来事等、他にも秘密は多々ある。


 王の執務室の隣にある小会議室から出た僕は、詰めていた息を吐いた。

 陛下たちも漸く腹を決めたらしい。去年の暮れから随分と時間がかかった。上が何かを決めないと、下っ端の僕は何も動けない。例え僕の命に関わる命令でも、決定権は僕にないのだから。


 帰ろうとしたら、同じドアから出てきた硬い表情のスピネルに呼び止められた。仕方がないので、彼の執務室に向かう。歩きながら『大波』の草案について、僕が意見を書き加えた箇所や内容を、変更した箇所の通りに修正したと言われた。その方が理にかなっているからと。

 特に興味はなかったので、「そうですか」と頷くに留めた。


 優しげな王太子の顔が強張って、苦しげだ。回廊には等間隔で衛兵たちが立っているのに、それはいただけない。「スピネル、顔」と前を向いたまま呟けば、ちょっと驚いたスピネルが僕を見て、戸惑いながらも困ったような微笑みを浮かべた。


 イナルとキースの所在を聞けば、執務室にいるそうだ。衛兵が開けてくれた扉から部屋に入り、扉が閉ざされるなり――「ごめんっ!」と、スピネルが勢いよく頭を下げた。


「父たちが母の為に、その……」


 僕は部屋に防音の結界が作動している事を確認して、書類を持ったまま呆気に取られる親友二人を見た。それから、二人にも神妙な顔で頭を下げられる。


「そういうの、やめてくれる?」


 取り敢えず、ソファーに移動して四人で座った。イナルが淹れたお茶を飲む。

 三人とも、陛下たちからの命令を知っているようだったので、僕から話す事はあまりない。


「陛下の命令で、国の決定だからするだけで、仕事や命令に私情は挟まないから安心しなよ」


 三人が三人とも何とも言えない顔をする。どんな言葉も必要ないと言っているのに。

 僕はお茶を飲み終えて、話を切り上げる事にした。席を立って扉に向かう。


「…貴方はそれでいいのですか、ケイ…」

「さっきも言ったけれど、私情は挟まないよ。命令だから従う。イナルもそうだろう。最善を尽くすだけだ。ただもっと早くに決断して欲しかったとは思うけど。前は割と即決していたのに」

「それだけ悩む案件で決めにくかったんだろう」


 キースが真剣に僕の目を見返してきた。僕が大事だから、今日まで陛下たちが悩んだというように。

 以前に何度か死にかける任務を命じられていたから、今更何も響かなかったけれど。言う必要がない事なので、キースの気持ちだけ有り難く受け取っておいた。

 スピネルが泣きそうに顔を歪めた。


「何でそんな風に割り切るんだ。国の命令だからって…そんな…」

「そういうものとして育てられた。国の歯車として役割を果たすように。それに、王族の君がそれを言う?」


 スピネルが言葉に詰まった。僕を案じての言葉だとは解るけど、王太子としては不用意な発言だ。


「君は将来、僕たちを使う立場なんだから、受け止める事はしても否定はするな。それに陛下たちの命令は、今確実に打てる最善手だから」

「……ムーンローザ嬢に」

「頼んでも確実に受けてくれるとは限らないから、逆らわない僕への命令なんだ。若しくは、そうする事でリフィを巻き込めないかと思っている。国からの命令なら、僕や両親に契約書で制限をかけていない。ただ僕たちの命に関わる場合で万が一何かあれば、陛下たちにも大事なものを懸けてもらうとそれだけ」

「ムーンローザ嬢に知らせ」

「そのつもりはないから、勝手な事はしないように。これ以上、平民の彼女が本来関わらない事に、国に、関わらせたくない。繋ぎ役として僕を間に置いたのに、結構な頻度で独自にリフィと接触しようとしては失敗したんだから」


 知らなかった三人が驚く。ただその後で、イナルとキースはそれもそうかと片や無表情、片や苦い顔で納得し、優しいスピネルは契約があるのにと、呆然としていた。必要な事と理解しようとしていても、まだ潔癖な所があるみたいだ。


「ケイはムーンローザ嬢が陛下たちから今回の依頼を頼まれて引き受けていたら、どうしましたか?」

「全力で止めたよ。というか、そんな話はさせない。陛下たちも知っているから、彼女じゃなく僕に言ってきたんだ」

「ケイなら断れないからですか?」

「違うよ。リフィの命に関わる事に手を出したら、僕も母も敵対するから。そうなったら母に逆らえない祖父や父、サンルテアと微妙な距離感が出来るからね」


 僕は微笑んで振り返り、三人の反応を窺った。



・・・***・・・(イナル)



 ケイが去り、ぼくは閉じられた扉を呆然と見ていました。それは殿下やキースも同じで、ケイの言葉にそれだけ衝撃を受けたからです。去り際に、彼は微笑んで告げました。


『陛下たちには四年前に宣言してあったんだ。もしリフィの命が危ない時、僕はそちらを優先するって。それが不安なら、僕が男爵位を継ぐ前に爵位を返上するし、剥奪しても構わないって』

『そんな事…』


 当惑しきりのぼくは、返す言葉が見つかりませんでした。


『それと陛下たちも僕抜きでリフィに接触した事を、僕が認知していると解っているよ。口には出さない上で色々と揶揄からかってくるけど、端々に情報を紛れ込ませているから。だから三人が気にする必要はないと思う』


 ぼくたちは唖然としました。ケイが反応を窺っていた事にも気づかない程に。

 お互いに素知らぬ振りで会話をするケイや陛下たちの姿が思い浮かびました。ケイは本当に、ぼくたちよりも早くに一人で、あの海千山千の陛下方と渡り合ってきたのだと実感します。


 陛下たちがケイに下した命令は、王妃様の治療でした。医療や回復魔法が発達している宗教国家トレア。そこで御殿医を務めたソール医師が、月数回という少ない秘密裏の往診の中で、病の原因を突き止めたのが、年が明ける少し前。


『王妃様は衰弱死の呪いがかけられております。緩やかに穏やかに、五、六年かけて死に向かう、気づきにくい呪いであり、体に馴染み過ぎていて解呪がとても難しい。このままではあと数ヶ月、長くとも一年以内に……』


 王妃様が体調を崩したのは四年以上前からです。

 城内の出来事は全て王家の管轄。国内や他国の内部調査に国の隠密を放っていますが、対外的な仕事は『影』が主体です。対照的に、城での王族や重鎮の護衛や調査は『影』よりも彼らに一日の長があります。


 ですが、いつからそうなったのか、誰が仕掛けたのか、時が経ちすぎていて調べようにも限度があり、それが内密にともなれば、彼らでも皆目検討もつかず、何も解りませんでした。


 ソール医師が言うには、王妃様が治る見込みは少なく、可能性としては解呪と回復治療を同時に行う事。それも大分根が深い呪いなので、解呪に大量の魔力が必要で、且つ緻密な魔力操作が求められるとの事でした。

 それは術者に多大な負荷がかかり、最悪どちらも命を落としかねない、と。それ程、発見が遅く時間が経ちすぎていたそうです。


 王妃様が体調を崩しがちになって、あと数ヶ月で五年になります。悩んでいた陛下たちは決断を下しました。

 状態回復や治癒の力が一番発揮される光属性。それを最大限で使うには、光の精霊王と契約していて魔力保有量が多く、魔法の扱いに長けている者――ケイに白羽の矢を立てました。


 我が国で最高峰の魔法の使い手。それも外部の者に頼めず、探すにも時間がかかる中で、内部事情を解っている裏切らない忠臣の実力者。……優秀過ぎる故に使い勝手がいい国の駒なのでしょう。個人的に思う事はありますが、国としては有り難く喜ばしい事だと…解って、います…。


 王妃様が治るかどうか、辛うじてケイだけ助かるか、両者共に亡くなるか、生きるか。重い責任を負わせました。

 陛下もさぞや苦悩なさった事でしょう。スピネルは何も選べずに今も悩み、他に道はないかと探しています。


 ケイに任せきりになる事に不甲斐なさを感じ、居てくれて良かったと感謝し、何故彼がと状況に苛立ちと悲しみ、無視しようとしても焦燥が忍び寄り、胸が痛いです。

 ですが、同時に少し、安堵もしていました。


 陛下の命令を受けたケイが、昔みたいに何にも頓着せず、自分の命にも執着していないように見えたので、国よりも一人の少女を優先すると言った事は正直意外でしたが、嬉しくも思いました。


 貴族として育てられた答えとしてはいけないのでしょうけど、人形のようだったケイトスに、誰かを想う事、生かそうと自分や国よりも優先する何かが出来た事、寂しい気もしますが、喜ばしい事だと感じました。その事だけでもムーンローザ嬢には感謝しています。

 出来れば、ケイにも王妃様にも無事でいて欲しいのですが…。


 大丈夫、でしょうかね。

 ケイは死んでも構わないとは、もう思っていないようなので。


 ぼくでは残念ながら変えられませんでしたが、どんなにか非情で冷徹な判断を下しても、人のようではないと悩んでも、ぼくの考えを理解出来ると言ってくれた親友が、生きると決めてくれたのなら、嬉しく思います。


「イナル、キース。頼みがあるんだ」


 その声に、思考から現実に戻されました。考え込んでいたスピネルが、顔を上げてぼくたちを見ていました。



・・・***・・・(ケイ)



 スピネルたちと別れた後、僕は城で騎士団に所属するモレク・ルドルフの様子を見に行った。

 城で客としてではなく、騎士団の寮に入って一年。真面目に鍛えている彼に、何故か懐かれていた。なので、週に何度かは騎士団に顔を出して訓練をしたり、特務騎士として簡単な任務に参加して行動を共にしていた。


 今日は少し話をして、訓練に参加した。何も困る事なく、騎士団に馴染んでいるようで何よりだ。

 暗くなった午後六時前にムーンローザの館に帰宅すると、仁王立ちでリフィが待ち構えていた。


「た、だいま」

「お帰りなさい」

「えーと、どうして怒っているの?」


 僕はちょっと当惑しながら、不機嫌なリフィを見た。

 柔らかな金色の双眸で睨まれるのは初めてではないけれど、怒っているのは久し振りだ。


「ケイ、私に何か隠している事はない?」

「色々あるかな。任務とか国政の仕事とか」

「それは仕方ない。けど、そうじゃなくて。単刀直入に言うと、明日、王妃様の危険な解呪に挑むって本当?」


 やっぱりその件か。僕は「本当」とだけ答えた。


「所でリフィ、箝口令が敷かれたその話は誰から聞いたの?」

「ソール先生と精霊から」


 堂々と悪びれなく答えられて、僕は嘆息した。先生にも精霊にも陛下や僕から口止めしておいたのに、リフィにあっさり話してしまうあたり、彼らの優先順位が窺える。


「それと、お母様やお父様、ドラヴェイ伯爵からも」

「え?」

「意外だった? 先生も精霊たちもお父様たちも皆、ケイが大切で失いたくないから、国の命令でも悩んでたんだよ。私にも内緒にしていて……あの手この手で吐き出させるのに時間がかかったよ」

「ぇ……」


 それなのに口を割らせたんだ……。お祖父様やお父様からも…。リフィの聴取力が上がっている事に、僕は少し戦慄した。

 リフィは誤魔化しは許さないと、僕を真っ直ぐに見つめてきた。その視線に、居心地の悪さを感じる。


「……引き受けたんだね」

「命令だから。君には関係ない事だよ」


 口にして、しまったと思った。事実だが、言い方が悪い。今日したばかりの話の詳細を知っている事に動揺して、つい素っ気なくなった。

 リフィが傷ついていないか、僕は気まずく思いながらも、無意識に逸らしていた目で正面を見た。



・・・***・・・(リフィ)



「わかっているよ」


 ケイの言葉に、胸が痛んだ。

 国に関わる事に、私は関係ない。そうでしょうとも。裏でちょこっと王様たちと会っていても、表向き、私はただの一般市民で、貴族の世界に口出し出来る立場じゃないし、その立場を拒否して放棄したのは私自身。


 解っているんだよ。私が勝手に怒っているだけだって。

 国や王族を避けている私に皆が遠慮して話せなかったのも、国の命令に逆らえないのも。


 実際に王様たちから秘密裏に王妃の話をされても、ケイやソール先生を通してでも、王妃の治療依頼が来たら私は拒否した可能性が高い。

 それでも、腹立つわー。


 王妃の治療のために、内緒でケイを犠牲にしようとした事に。それを黙っていたケイに。知る術のない自分自身に。ケイを巻き込んだ事に。


 本当は解っている。

 王様たちから話が聞けるよう少しでも信頼を得るのなら、貴族サンルテアの娘という立場を利用すればいい。

 対外的に、王権の影響を受ける貴族の世界に、足を踏み入れたように見せれば、王様たちは少しだけ安心する筈。


 薄っぺらな従順の意を取り繕っただけでも、王の支配下にあると示せば、表面的に両親やケイの為にも私はそう振る舞わざるを得ないから。


 でも、そこまでの覚悟はなかったんだよ。

 私が王家や国と関わろうが、シナリオも何も関係ないと上手く消化して、サンルテアの娘として振る舞えれば、母や周りを悩ませずに済んだとしても、関わる覚悟を持てなかった。


 決断を先延ばしにし、友人を救って欲しくても娘に言えないと苦悩する母にも、気づかなかった。

 話すか悩むソール先生や母を見ても、言葉にされないと解らなかった。

 何せ、私に王妃様と関わる気はなく、名医の先生に任せてそれで終わりと、勝手に完結していたから。


 今だって本当はちょっと面倒臭い。ケイやお母様が関わっていなかったら放置していたと思うし、母に聞いた神殿で必死に祈るリル王女の話や、午後に内緒で訪ねてきたケイの友人であるイナルやキースに頭を下げられて明日の話を聞かなければ、呑気に過ごしていた。


 私も悪かったと思うよ。

 自業自得とはいえ、関係ないと言われても仕方ないし、そう振る舞ってきたのも私だ。


 王家や国と関わる覚悟もつもりもないのに、ケイのピンチを黙って見過ごせないし、完全に自分の都合で今回だけは関わる気になっている。

 目が合ったケイが、嘆息した私をじっと見つめた。


「リフィ、何を考えているの?」

「誰かに迷惑に思われようと、勝手に動こうと思っているよ」


 ケイが微かに息を飲んで、真剣な顔になった。


「それはダメ」

「何で?」

「王妃様の容態について詳しく話を聞いている筈だ。当然、治療者の」

「だから、でしょ」

「駄目だよ。認められない。君が危険を犯す必要は」

「ないね。それも知ってる」

「だったら」

「ケイが犠牲になると聞いて、私が平然としていられると思うの?」


 瞠目したケイに、腹が立った。私はそこまで薄情と思われていたんですかねぇ?



・・・***・・・(ケイ)



「……僕は、犠牲になるつもりはないよ」


 リフィの言葉に感動して胸が詰まったけど、どうにかそれだけ返した。今は真面目な話と、頬が熱を持って照れそうになるのを堪えた。


 嬉しかった。

 リフィが怒っているのは、僕を惜しんで、だ。それを喜ぶ自分を自覚したから、余計に恥ずかしい。


 僕の返答に、リフィが少し意外そうな顔をした。「本当に?」と疑ってくる。


「ケイの事だから、前みたいに仕方ないと受け入れかねないと思っていたんだけど…」

「……君が僕をどう見ているのか、ちょっと話し合いたくなったよ」

「理想的な国に仕える貴族の鑑だと思っているよ」


 如才なく淑女然と微笑むリフィ。僕も笑顔でこたえた。

 それはさておき。

 リフィが城に、それも厳重に魔法にも人にも警備され、限られた十数人しか知らない王妃の元へ、陛下たちに知られずに近寄るのは難しいと説得する。


 かといって事前に陛下たちに話すと、国の判断で僕を危険に晒せば、リフィが自分から勝手に(・・・)出てくると認識される。


 これ迄、国の命令にサンルテアが従う危険な案件に、自身は関わらず黙認してきたリフィを、陛下たちが何の対価もなしに引っ張り出せると思わせる事になりかねない。


 それを危惧したら、リフィはどうって事はないと答えた。どうやって王妃の元へ行くつもりかも。どう誤魔化すつもりかも。


「バレても、それはそれで構わないよ。その時はたっぷり恩を売りつけて、いくら国の命令とはいえケイの命を軽んじた事についてネチネチと文句言っていびるから」

「……仮にも国主に対してそんな強気な発言が出来るのは、リフィだけだろうね…」

「任せて!」

「褒めてないからね!?」


 最早、淑女や令嬢の発想や言葉とは思えない。本人は可憐にうふふふふ、と笑っているけど、怖いから。

 知らず、吐息が零れた。


 気づけば、張り詰めていた気分も、焦燥も、強張った体も、リフィを見たら、ふっと弛緩した。

 さっきも今も真面目で重大な話をしている筈なんだけどなぁ。失敗したら最悪、死刑も有り得るのに。


「大丈夫だよ、ケイ」

「ん?」

「一人より二人いた方がお得でしょ。これでも魔力の扱いは得意だし、魔力も沢山あるから。それにケイもいるし、大抵の事は何とかなる気がする。だから、大丈夫」


 聞きようによっては、凄い信頼の殺し文句だ。他意はないと解っているけど。


「……国の一大事に関わる事なのに、楽観的過ぎない?」

「九割は確信だよ」


 気負いなく告げたリフィに、僕も少し毒される。

 明日に備えてご飯食べて寝ようと、リフィがダイニングに僕の手を引いて向かう。

 自然と口元が綻んだ。



・*・*・*



 結果から言えば、王妃の解呪は無事に成功した。


 翌日の早朝に、診察鞄を持ったソール先生が、王妃の部屋で待つ僕と陛下方の元へいつも通りやって来た。

 陛下たちはリフィが来るんじゃないかと期待していたようだけれど、姿はなかった。


 結界を張った静謐な空気の中で眠る王妃。

 極秘事項なので、普段通り仕事をすべく陛下方は退室し、部屋に残ったのは僕とソール先生のみ。


 完全に二人だけになった部屋に更に結界を重ねて、異空間入れ物となっている診察鞄をソール先生が開けば、リフィが出てきた。変装の指輪で姿をシェルシーお母様に変えて。


 もし王妃に見られても、心配で母が駆けつけた事にすれば、見咎められない。母にだけ事前に姿を借りる事も告げてあった。

 それから早速、光の精霊王と補助役で水の精霊王も召喚した。


 二人で協力しながら、牙を剥く呪いを弱らせ、互いに補い合い、リフィが解呪を、僕が体力回復と生命維持を分担して、最深部まであった呪いを取り除いて浄化した。


 ソール先生が眠る王妃を診断し、「もう大丈夫だ」と表情を緩めてから、僕もリフィも詰めていた息を吐き出す。

 額に出た玉の汗を拭って、笑顔で手と手を合わせた。


 精霊王たちにはお礼を言って帰ってもらい、一息ついてからリフィは診察鞄に戻っていった。

 それから陛下たちを呼んで成功した事を報告し、大層感謝された。


 まだ少しソール先生が往診する事を話し合い、目覚めた王妃と陛下たちが言葉を交わし、改めて王妃にも感謝された。

 解放されたのは午前中で、精神的にどっと疲れた僕は、真っ直ぐ帰路につく。


「お帰りなさい」と疲労が見えるリフィに笑顔で迎えられ、母が来る事を知らされて、僕たちはリビングで待つ事にした。

 相当疲れていたのか、隣り合ってソファーに座り、会話をしている内に僕たちは眠ってしまった。


 起きたのは、母とメイリンがリビングに入る直前。

 僕たちの様子を見たシェルシーお母様は、柔らかな笑みを浮かべて礼を言い、無事でよかったと安堵した。


 早々に帰る母たちを見送り、僕は寝息を立てるリフィの元へ戻った。手を取って疲労回復の魔法をかけておく。

 顔にかかる薄翠の髪を避け、表情を緩めた。


 死ぬつもりはなかった。

 以前なら覚悟していただろうけど、今回は死ねない、死にたくないと考えていた。その思考の理由は、リフィがいたから。


「ありがとう」


 眠るリフィに感謝して、僕は彼女を部屋のベッドへと送り届け、執務室へと戻った。


・*・*・*


 後日スピネルたちには、リフィに報せないよう言ったのに知らせた罰をと思っていたけど、結果的に上手く収まったので、リフィ要望の女装写真で手を打った。


 協力者は王妃様と陛下と宰相。

 王妃様は面白そうだと話に乗り、陛下と宰相が欲しい商品があるらしく、リフィに少しでも値引きして貰う為に息子たちを売ったようだ。


 王妃が衣装等を準備し、生け贄を呼び寄せて写真撮影会となった。

 僕は何も知らずにやって来た三人の新たな犠牲者なかまを生暖かく迎え、巻き込まれるのを避けて獣型のアッシュと共に部屋の隅に下がった。


 アッシュが遠くを見る目で、若干の同情を滲ませながら撮影を見守る傍ら。僕は誰の影も形もない空間に、「何をしているの、リフィ?」と小声で呼び掛けた。

 不可視と防音の完全無欠な結界の中で、気配だけ感じ取れる。


「本当に、何でここにいるの!?」と問い詰めれば、「ステキな女装が見られると聞いて」と真剣に返された言葉に、脱力しそうになった。

 バカなの? 何でそんな事で危険を犯してここまで来るかな!?


「ケイはしないの? 寧ろそれメインで楽しみにして来たのに…」

「そんな事でここまで来ないでよ…」

「そんな事じゃないよ! めっちゃ重要だから。ここで写真と映像をとっておけば値引き交渉に応じなくて済むし、代わりに王様たちの女装写真で値引きを考えると言えば、嫌がらせが出来て恥ずかしい写真よわみをゲット出来るでしょう?」

「最低だな。そもそも正規の五倍の値段で吹っ掛けているくせに」

「アッシュうるさい」


 リフィが開き直ったように告げた。


「別に個人の楽しみで、趣味だからいいでしょ」

「傍迷惑な趣味ヤメロ。つか、この情報はどっから入手したんだよ、何でこんな事に能力を無駄遣いしてんだよ!?」

「ふっふっふ、私を甘く見るなかれ。こんな面白ネタで楽しい出来事に参加できないなんて勿体ないじゃない。ケイやアッシュが可愛く綺麗に着飾ると聞いたら、魔物の巣窟の中だろうと異空間だろうと、どこにいたって駆けつけてみせる!」

「んな事を力説すんなや! それこそストーカーだろっ」


 ……何か体の力が抜けて、笑いが込み上がってきた。

 リフィとアッシュの軽口を聞くのも久し振りだな。


「何で自分から残念な変態に成長しようとしてんだよ!?」


 どうしよう、アッシュに一票を入れたい。


「そもそも本当に駆けつけてきたら、普通にこえーわ!」


 全くもってその通り…。でもリフィなら出来そうというか、絶対やる。――と考えて、ふと思った。

 それを逆手にとれば、リフィが何処かに行方をくらませても誘き寄せて探せるんじゃ…。今こうして釣れたように。僕やアッシュが女装をすれば。


 そこまで考えて、精神的に強烈なダメージを負った。この作戦は有効でも、やる方に相当な覚悟がいるな…。


 楽しげにシャッターを切るリフィを見ながら、もし雲隠れされたら最終手段として使うかとバカな事を考え、今日も平和だなぁと親友の勇姿を遠くから、笑いを堪えて見守った。






・・・***・・・(おまけ・アッシュ)




 勢いよく男の体が、吹っ飛んでいった。

 完全に見世物と化して、周りに集まった野次馬から歓声が上がる。


 王都でも歌劇場や音楽ホールや美術館等の芸術が集まる街の一画。リフィが関わる劇団『ステラ』の公演が行われている劇場アーラの付近で、野次馬が囲んでいたのは一人の少女と三人の男だった。


 倒された男らは兎も角、相対するリフィは女優と勘違いしてもおかしくない程の美貌を誇っている。

 戦う姿は凛々しく勇ましく、オレ様としては無関係を装いたい。なので出来る限り野次馬の輪に混じりつつ、何かあれば手助け出来る位置に獣型で座って様子を見ていた。


 痙攣しながら立ち上がろうとする男らに、オレは憐れみの目を向けた。喧嘩を売った相手が悪かった。

 オレはこんな騒ぎになった原因を回想した。


 事の発端は、売り出し中の『ステラ』の新人女優の三人娘が体を壊した事だった。

 熱狂的なファンは有り難いが、迷惑と紙一重なようで、始めは熱心に応援してくれた男共が、徐々に劇団員が共同生活するアパートや休日にも付きまとい、行動の詳細が綴られたファンレターを毎日届けるストーカーになった。

 リフィ曰く、春は変なのが出始めるらしい。


 他の団員にも迷惑がかかり、女優の娘らも怯えて体調不良や演技訓練に支障が出てきた。

 事務所で事情を聞いたリフィがイイ笑顔で「任せて!」と立てた親指を、「ぶっ潰す」と下に向けた所で、こーなる事は確定してたんだろーな…。


 そうして訓練の為に劇場にやって来た新米女優の三人。その後を尾行してきた三人の男。男らが劇場に入る裏口で娘らに声をかけ、恐怖した三人娘が悲鳴を上げて周りに嫌がっている姿を印象付けた迄は良かったが、予想外に人が集まってしまった。


 そこにリフィが間に入り、娘三人を庇って男らと対峙した。穏便に「ファン活動についてお話がありますので事務所に来ていただけませんか?」とお願いから始まったんだが…。


 悲鳴を上げられた事や衆目や突然の事に混乱し、興奮した男共が大声を上げて「オレらファンのお陰でここまでこられたんだぞ!」やら「出禁にするなら報復すっぞコラァ」と威嚇し、怯える新人を庇う別の団員をおどかして殴ろうとし、「うちの大事なお嬢様方に何手ぇ出そうとしてくれてんじゃー!」と、リフィが怒ってぶん殴った。

 団員たちが「団長…」と頬を染めていた…。


 数分前の出来事を思い返し、オレは嘆息した。

 まーた問題を起こして……オレ知らねー。

 はふーっと溜め息を吐くと、男共が血走った目で起き上がった。


「うるせぇクソガキ。こっちはファンであり客だぞ」

「うちの団員を怖がらせて公演に悪影響を及ぼし、他のお客様に迷惑をかける方は、うちの客じゃありませんのよ」

「何だと、このガキャァ」


 リフィが殴りかかってきた男の拳をしゃがんで避け、男の懐に深く踏み込んだ。間近でリフィと目が合った男が、息を飲んで怯む。


 屈伸運動でリフィが体を伸ばしながら、右拳を突き上げた。ガチンと噛み合う音と、「ぐかっ」という変な声がした。

 リフィが拳を突き上げたまま、決まった、とばかりに尻餅をついた男を見て、ふっと笑った。それをオレは、また変な事を考えてんなアイツ、と半眼で見やる。


 集まっていた野次馬から「おぉーっ」と歓声が上がり、拍手が送られた。それに軽く手をあげて「ども、ども」と満更でもなさそうに応えていたリフィが、不意に固まった。


 リフィの視線の先を辿ると、綺麗な貴婦人と日傘を持っている美人侍女がいた。

 驚いた顔をしたサンルテア男爵夫人と、目を瞬かせていたメイリンに、にこりと微笑まれたリフィから血の気が引いた。


「…やッべぇ、お母様に見られた……」


 微かな呟きが聴こえた。


 リフィが取り繕うように微笑み、野次馬という名の観客に向かって、芝居がかった動作で優雅にお辞儀した。


「ストーカーにも負けず訓練に励み、最高の舞台に仕上がりました。本日の公演は午後四時に開場、五時半の開幕となります。どうぞ皆様、奮ってお越し下さいませ」


 すかさず宣伝口上し、魔法で光の花を降らせた。観衆が、わっと騒ぐ中、リフィがチラシを持った団員に目配せして退場した。

 ついでに男役の女優が迷惑男共をふん縛り、被害に遭った娘役の女優に「大丈夫かい?」と寄り添うと、黄色い悲鳴が上がっていた。

 ……醜聞から宣伝への転換と効果が絶妙だな…。


 オレは呆れながらも劇場の裏口ではなく、路地へと逃げたリフィの後を追った。

 丁度、物陰からメイリンが現れ、直ぐに踵を返したリフィの退路を母のシェルシーが塞いだ所だった。逃亡虚しくリフィが捕獲されていた…。


・*・*・*


 その後はサンルテアの屋敷に連行され、麗らかな春の庭でお茶をしながら説教が始まった。

 オレはその様子をのんびり見守る。


 カチャリ。


 シェルシーが紅茶を一口飲んで、カップをソーサーに戻した。お手本のように美しい所体だ。艶やかな紅唇こうしんから、悩ましげな吐息が零れた。

 対するリフィは悄気ていて、沙汰を待つ罪人に見えた。……あ~、平和だ…。


「事情は理解したわ。何の被害もなく無事に捕まえられて良かったとも思うわ」

「……はい…」

「でもね、人前で捕物劇をやっちゃうのは流石にやり過ぎだと思うの。わたくしはリフィちゃんの元気で活発な所が好きよ? 先程のアッパーカットも、入射角も振り抜きも見事で綺麗だったわ?」


 珍しくオレとリフィの反応が同じになる。二人とも目が点になっていた。


「……シェルシー様、確かに大変素晴らしかったのですが、話が逸れています」

「…こほん」


 シェルシーが咳払いをして、仕切り直した。


「元気なのはいい事なのだけど、見慣れない街の人からすれば、やっぱりリフィちゃんの行動に驚いてしまう人が多いと思うの。ほら、リフィちゃんもお年頃でしょ。誰かが見初める事もあるでしょうから、お願いだから、もう少しお淑やかにして?」

「はい…気をつけます」


 そうだな。あれじゃ、百年の恋も醒めかねねー。オレ様も「嫁の貰い手がなくなるぞ」と有難い忠告をしてやる。

 何故か、恨めしげに睨まれた。


「別にいいですぅー。私の凶暴性を理解してくれる人を選ぶから」

「嫁き遅れコースまっしぐらだな」

「うるさい、もふもふ…」

「――リフィちゃん?」


 かけられた声に、リフィの肩が跳ねた。どんどん青ざめていく。


「………何デショウカ、お母様」

「久し振りに少し、淑女のおさらいをしてみましょうか?」

「………ハイ」


 そんなこんなで、リフィにはどっさりと課題が出された。因果応報だなー。



・・・***・・・(リフィ)



 ムーンローザの館に戻って、母に出された文学史やマナーや、古代詩や刺繍を、お風呂に入った後も終わらないと嘆きながらこなしていたら。


「こんな時間まで何をしているの?」


 任務から戻ったケイが、リビングのソファーに座る私の背後から、手元を覗き込んできた。

 私は疲れているケイに昼間の経緯いきさつを簡潔に語って聞かせた。別名、ただの愚痴とも言う。


 因みにアッシュは薄情にも早々に寝やがりました。自業自得だって付き合ってくれなかったの、あのもふもふ! 確かにそうだけど、腹が立ったから明日は可愛く着せ変えようと目論んでおります。ええ、八つ当たりです。


「さっきまで刺繍を三図案終わらせて、今は詩集を読み始めた所だよ」


 時計を見ると、気づけば午前零時近い。

 ケイは笑いながら、私の愚痴に付き合ってくれた。本当にいい子だね~。


「頑張るのはいい事だけど、お母様は明日までに全部こなすようにと言ったの?」


 私はハッと息を飲んで、まじまじと苦笑する従兄弟を見た。目から鱗が落ちた気分。


「そいつぁ盲点だったかも…」


 ショックで聞き逃していたのかもしれない。今も何だか、頭が回らない気がする。よし、寝よう。


「でもこの詩で区切りがいいから、もう少しだけ頑張る」


 開いたページに目を向けると、ケイが丁度、その古代詩を読み始めた。

 耳元で読まれる熱烈な愛の詩に、深夜の変なテンションか、課題の疲労か、鼓動がいつもより速い気がした。

 幼い頃よりも落ち着いた低めのいい声で…。つい聞き惚れそうになる。


「あまり根を詰めすぎないようにね。お休み」


 天辺か、後頭部か。

 髪の毛にキスされて、放心した。


 ……えーと、こういうのは何て言うんだっけ。…あ、わかった。思い出した。この状況というか、心境を知ってる。

 古典的だけど。


「ぎゃふん」


 私は自身の膝に覆い被さるように、突っ伏した。





お付き合い下り、ありがとうございました。


別になくても構わないこの話を、なぜ必要に思って書き始めたのか自分でも謎でした。


次こそは本編です。今月中に投稿出来たらと考えております。m(_ _)m

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