41, 11才 ③
・・・***・・・(ケイ)
知り合いの伯爵子息や集まっていた友人たちに挨拶を済ませると、二十分は経過していた。僕がテラスに戻ると、予想通りリフィの姿はなかった。サリーかカルド、若しくは別の誰かと一緒にいるのかと思いながら会場を見渡すと、顔を強張らせたカルドが急ぎ足で寄ってきた。
「ケイ。リフィを見てないか?」
「見てない。サリーと一緒なのかな」
カルドの顔色が変わった。
「サリーもあいつを見てねぇんだ。それで今は休憩室とかを見に行って貰ってる」
「……詳しく聞かせてくれる?」
カルドの言いたい事を理解した僕は、リフィと別れたテラスに向かいながら、話を促した。
「おれが先にこのテラスに来たんだ」
「僕と目が合ってから大体どのくらいかわかる?」
「たぶん十分くらいだと思う。話が切れた頃合いで、すぐ抜け出したからな。あいつを少しでも一人にしておくと変な事態になりかねねぇし」
それはよく解ると、僕は深く頷いた。リフィが聞いたら怒りそうだけど、今の事態がそれを証左している。
テラスに人気はなく、辺りの会場内にも人は疎ら。僕はカルドを会場の光を遮らせない所に立たせて、一人でテラスに足を踏み入れた。何の香りもせず、壁に傷跡も血痕もない。テラスから出られる庭も暗くて、人の痕跡があるか解らなかった。――魔法が使えたら…。そんな思いを振り払って、冷静になれと落ち着かせる。
「ここに来て姿が無かったから、サリーか誰かの所にいるんだと思って会場に戻ったんだ。それで丁度テラスに行くサリーに会った。おれがここに居なかったって言ったから、手分けして会場を探そうと見て回ったけど、見つけられなかった」
続きを促しながら、僕はテラスの床をじっくり見た。衣装が汚れるのも構わず膝をつき、目を皿のようにして何かないかと探す。
「それでおれがケイの所、サリーが休憩室や女性用の更衣室や化粧室にいないか探しに行く事にして別れた。もしかしたらと思ったけど、ケイの所にも居なかった」
テラスの床にも何もない。それでも端の端まで見たら、テラスの石床と庭の地面の隙間に、白い珠を見つけた。僕がそれを手に取ると、カルドを見つけてサリーがやって来た。
「カルド。あ、ケイもいたのね。休憩室や化粧室、女性用の更衣室を見たけど、やっぱりいないわ」
「マジかよ…って、何を持ってるんだ?」
僕は二人に掌にのせた真珠の珠を見せた。サリーが息を飲んで、自分の首飾りを外した。掌の珠と並べて見比べ、手袋を嵌めた指で珠を摘まんで、月光に翳す。目を凝らすと、真珠に三日月がぼんやり浮かび上がった。
「私のと同じ月光真珠…。私のは壊れていないから…」
「リフィのって事か?」
愕然としたサリーに、カルドが表情を固くした。
「この彫り細工はリフィの考えで、ルディ様に腕のいい職人を紹介して貰って作った試作品だから、私とリフィの首飾りしか無い筈よ。夜会で壊れないか耐久性を試していたの」
「ま、まだ偶然ここで壊れて、リフィの姿が見えないだけかもしれねぇだろ」
「誰もこの真珠を知らないとはいえ、商売人のリフィが人前で壊れる可能性がある物を、私に付けさせたままにしておくと思う? ここで私やリフィの首飾りが壊れたら印象に残って、改良して売りに出しても、あまりいい印象を持たれないかもしれないのに。考えられるとしたら、何かあると見越してわざとリフィのだけ壊れ易く作られていた可能性ね」
サリーがカルドの言葉を否定した。商売に関しては凄い信頼感だ。二人が焦燥と途方に暮れた様子で、馴れない出来事に体の震えを隠しながら僕を見てきた。
「僕が探してみるよ。だから、二人には偽装を頼みたい。それと、サンルテア家の馬車に人がいるから事情を話して欲しい」
二人が首肯した。
「おれが馬車置き場に行って話してくる。その後はサリーに合流する」
「私は休憩室を借りて、リフィとケイと私たちがいるようにするわ」
「二人にも用事や都合があるのに巻き込んでごめん。後でお礼するよ」
「それなら、おれに護身術を教えてくれ」
「私はケイがモデルになる事と、会社の商品を模倣している商会の情報で手を打つわ」
「何で二つも頼んでんだよ、サリー」
「折角の申し出だもの。利用しなくてどうするのよ」
「護身術と情報だね。わかった、詳細はこの件が済んでから連絡する」
「然り気無くモデルの件を省いたわね。まぁいいわ。だから絶対にリフィを連れて帰って」
平常を装って軽口を叩きながら、サリーもカルドも青ざめていた。油断していて動きにくい格好とはいえ、あのリフィが拐われた。それ程の手練れがいると見て間違いない。
サリーが「余裕があったら、誰かテラスに近寄らなかったかそれとなく話を聞いてみるわ」と硬い笑みを浮かべた。カルドも頷いてくれて、僕は二人に感謝する。
「それなら、これを使って」とサファイアのカフスボタンの片方をサリーに手渡した。テラスで落とし物を拾ったから尋ねていると言えば、下手に勘繰られる心配もない。このボタンを僕がしていたと返答があっても、今もこうしてテラスにいるのだから問題はない筈だ。
「……あ」
「どうしたのよ、カルド」
「リフィがいるか、この端のテラスに向かっている途中で一人、すれ違った奴がいたんだ。特に気にしてなかったけど、殆ど周りに人気がなかったし、もしかしたらここから来たとか?」
「誰よ、そのバカ!」
「ぐぇっ」
「サリー、落ち着いて。カルドの首を絞めたら答えられないよ」
僕とサリーがカルドを見ると、「よく覚えてねぇ」と困った顔をした。サリーが無言で首を絞めにかかる。
「仕方ねぇだろっ。テラスに行く事しか考えてなかったし、知らん貴族に声をかけられるわけねぇし!」
「客商売するなら覚えておきなさいよ、このバカルド」
「無茶言うなっ…て、あ、そういや赤いダイヤ柄の蝶ネクタイしてた、たぶん。赤でおれの服にも合いそうだと思った気がする」
「人が絞れるけど、この会場に赤の蝶ネクタイなんて結構な数じゃないの。でも探す価値はあるわね」
サリーがカルドを解放して僕を見てきた。
「こっちは私たちに任せて、行ってケイ。伝言と聞き込みとその赤蝶ネクタイ探しは私とカルドでするから」
「ああ、任せとけ」
「二人ともありがとう」
僕はその場で二人と別れて、人気の無い庭の奥へと足を進めた。そのまま最短距離で塀を越えて、精霊避けの石の範囲から離れる。塀から敷地の外へ降り立つと、少し離れた地面で微かに光った白い珠を見つけた。子爵邸を覆っていた精霊避けの範囲外に出る。
リフィに意識があるのか、拘束されているのか、何人一緒にいるのか、どこに向かっているのか。何も解らないけれど、無事を願って僕は、風の精霊王と側近のウィンに捜索の力を借り、それからアッシュに呼びかけた。
・・・***・・・(リフィ)
ああ、またコレか。
ふっと浮上した意識でそう思った。けれど、いつもと違って薬の影響だけでなく、殴られた腹が痛い。おまけに荷物のように肩に担がれて走られているので、腹部が圧迫されて尚痛い。うぅ、頭に血が上る。胃の中の物が迫り上がる感じがして、最悪な気分だ。
視界には、男の背で揺れる一つに結われた白い長髪。見事に真っ白な直毛。月光を弾いて艶やかなのが余計に腹立つわー。引っ張ってやりたい。そんな衝動を堪えて、私は視線を辺りに走らせた。
月の傾き具合から、時間は一時間…三十分も経っていなさそう。こんな短時間に目を覚ますなんてサッスガ私~、体が頑丈で頭痛も感じないほど薬にも慣れてきたのね――って、嬉しくねーわ。ワタシか弱い女の子っ。くそぅ、頑張って鍛えた弊害がここに!!
儚く拐われる女の子がいいよー。で、イケメンに助けて貰う。無いとは思いつつ一度は憧れるよね、乙女として!! 頑強な我が身がニクいっ!
多分そう言ったら、アッシュに無理だろって失笑されそうな気がするけど。最近は拐われる前に犯罪者を半殺しにして『影』に後始末を丸投げしていたからなぁ。
そんな一人ノリツッコミをしながら、今朝の朝食からどうしてこうなったのかを思い出して状況を把握した。
あの平々凡々男! 確かあれがサルバドーロ伯爵子息っ。特徴が無さすぎて流しちゃってた。油断していたのがバレたら、絶対に大魔王が降臨するっ! ――よし、隠す方向で話を考えよう。
誘拐男は雑草伸び放題の林の中を歩き、東に向かっていた。
えぇと、子爵邸から北や西には他の貴族邸が離れつつも広がっていて、南は王都でも庶民の住む地区で、北東部に草原や森林が広がっていたと思う。
気絶する前に男の顔を見た時、耳に精霊避けの石で作られたピアスをしていたから、この男の近くでは精霊魔法は使えない。描き貯めた魔方陣はいつものバッグの中だ……面倒だなぁ。どうやって逃げたもんか。
めっきり過保護なケイなら、残してきた手がかりを見つけたら、直ぐに駆けつけてくれそう。問題は助かった後のお説教と、こいつがどれだけ私の情報を持っていて油断しているか。……ぅぅ、視界が反転して気持ち悪っ。
青白い顔でぼへっと考えながら、私の魔力を込めた最後の月光真珠を叢に落とした。
首飾りを壊したあの時、真珠を三つしか拾えなかった。でもコイツらも、薄暗くて誰がいつ来てもおかしくないあの状況で、全ての真珠を拾う事も、処分や隠す事も出来なかった筈。
せいぜいテラスの床から庭の方に払い落とすか、粗方回収出来たとしても、幾つかは庭に転がったので、一粒でもケイや、御者や従者として追従している『影』が見つけたら、きっと私を探してくれると思う。
辛うじて、薄く意識のあった塀越えの後に一粒を落とした。固く握り締めていた左手と違い、緩めておいた右手の真珠もここに来るまでに消えていた。精霊たちを使って探せば、簡単に真珠を見つけて逃げた方向を絞れる。
不意に強く腰を押さえつけられて、男の肩が殴られた腹に当たって圧迫された。
「……起きたか。つーか、目ぇ覚ますの早ぇな。やっぱサンルテアの姫だけあって、薬にも慣れてんのか」
掛けられた声は低くも高くもなく、焦燥や苛立ち、好奇心や嗜虐的でもなく、面倒臭そうなものだった。強いて言うなら、ちょっとだけ楽しそうだ。
「……あぁ、また変態誘拐の部類かな。ロリコンと変態はお断りしている筈なのに。――マジしつけぇ」
つい本音が漏れたら、体をぺいっと地面に投げ捨てられた。
か弱い女の子に何たる仕打ち! 拐ったからには責任をもって丁重に扱え。
睨みあげたら、見下ろす胡乱げな眼差しと合った。ナンですか、その珍妙な生物を見る目は。
「……。…お前、一応お嬢様だよな? リフィーユ・ムーンローザだよな? 身代わりじゃねぇよな?」
「正真正銘リフィーユ・ムーンローザですが何か?」
無言の睨み合い。じろじろと髪や顔や体を見られる。……ナゼ誘拐男に私が疑われているの? 失礼じゃない!?
「……はぁ。柄悪りぃにも程があんだろ、お嬢様…」
「ワタクシ生まれも育ちも平民ですので」
「それ平民関係ねぇよ。取り敢えず平民に謝れ」
「腹パンされて拐われた挙げ句、どうして気分よく『良きに計らえ』と言えると思うの?」
「…いや、拐われたお嬢様はそんな事言わねぇだろ。つーか、言ったらおかしいだろ」
「良きに計らえ」
「言っちゃったよ。マジで言いやがったよ。お前、本当にサンルテアの姫かっ? って、さっきから顔色悪…」
「う…っ、もう…ダメ…吐きそ……っぷ!」
「はぁぁぁああぁ!?」
――――暫くお待ち下さい――――
「マジ信じらんねぇ。何なんだオマエッ!」
「一般市民です」
「吐いてスッキリした顔で答えんなっ! あり得ねぇ、サンルテアとか肝が据わってるとか、そんな話じゃねぇよなコレ――って、よく解らないみたいな顔して首傾げんなっ! 恥じらいとかないのかっ」
そんな事を言われても、酔っ払って気持ち悪いのに眠れなくて吐き気を我慢出来ない時は、吐いた方がスッキリするんだよ。それと似たようなもの。そこに恥じらいを求められてもねぇ。生理現象というか、自然の流れには逆らうべからずでしょ。
ふはぁー、夜風が気持ちいい。
「そもそもあんなに強く腹パンしたのが悪い。ワタシ女の子。しかも、運び方が雑過ぎる。あれじゃ気分悪くなって吐くのは当然」
「……そんな所で繊細さを出すなよ…」
私は無視して、男の腰に吊るされていた小さな水筒の水で口を漱ぎ、誘拐男が掘った穴を、リバースした物と一緒に埋めた。
後から思い出したら転がりそうな羞恥心も乙女としての黒歴史も、ここで埋めておく。必死にまだ子供とか、こいつが悪いと自己暗示をかけて。
兎に角、心に固く誓ったのは。
――次から全料理制覇するのは止めておこう。デザートまでコンプリートするのは危険。
水筒の水を全て飲み干して、空の器を男に返した。
地面に座って棒と手袋で穴埋めしたので、ドレスと手袋が土で汚れたけど仕方ない。何とか立ち上がったけれど、馴れないヒールのせいか、ドレスの中で足がぷるぷると震えた。よたよたしていたら、舌打ちした男に抱き上げられた。
突然の浮遊感に驚きつつも男の両肩に手を置いて、私は改めて誘拐男の美貌を観察した。
月光を浴びて艶めく白銀の長髪。高く結われた髪が背中で跳ね、均整が取れた体躯に流れる。病的なまでに白い肌はきめ細かく、王太子たちと同様に顔立ちが整っており、月下で見る姿は格別に美しかった。腹立つ程に。美形、イマイマシイ。
赤い目と合い、鬱陶しげに顔を顰められた。
「何て面してやがる。お前、オレが怖くねぇのか?」
「怖くない。それよりも、サンルテアの関係者と解っているのに油断しすぎじゃない――『白い悪魔』さん?」
男が驚くよりも先に、私は両手を肩から男の首に移動させて、怪力になる魔方陣を仕込んでいた手袋に魔力を込め、頸動脈を圧迫した。男が対抗しようと魔力を自身の服に込め、魔方陣が一瞬浮かんだ。腕で私を振り払おうとする。
でも魔力の扱いは私が上。凄腕の暗殺者『白い悪魔』が、魔法ではなく、己の鍛えた体と高い戦闘技術で依頼を全て達成している事は、知る者は知っていた。魔法はあくまでも、魔方陣を補助として使用しているだけって事も。
おまけに敵は油断していた。
私の演技力が素晴らしかったというのもあるよね~。
振り払おうとしたのか、捕まえようとしたのか、適当に振られた腕を避けた。頸動脈を押さえたまま、雑技団のように倒立からの後転で、男の背後に降り立つ。
同時にダメ押しで、すぐ近くに落ちていた尖った木の細枝を、手袋に魔力を込めたまま男の下半身を狙って投擲。それが魔力で強化された服の上から、男の臀部に見事刺さった。ちょっとだけ。
「ぇっ」
「…っぅ…?」
……えぇと…。――よし、逃げよう!
逃げるが勝ちだ。今の内に、何もなかったように、何も見なかった事にして。ヒールの靴底に仕込んであった魔方陣に魔力を込めて、スタコラサッサと私はその場を離脱した。背後から罵詈雑言が聞こえた気がしたけど、空耳だね。
姿を眩ませようと林の中に戻って、駆けていく。
細いヒールで木の根や蛇や地面の段差等に気を付けながら、全力で走るけれど、追いかけてくるロットバルトの気配は感じていた。最短で子爵邸に戻ると思われているからか、迷いなく距離を詰めてくる。
脚力強化の魔方陣を使っていても、そんなの追手も同じ。たた動きにくい格好と靴で土地勘が無く、全快とは程遠い私と違って相手は大怪我もなく、動きやすくて丈夫な服と靴。おまけに逃げる算段をつけていたから土地勘もある。
私は真っ直ぐ逃げず、横道に逸れた。どうせこのままじゃ目視されて、追いつかれる。
それにしても。
防がれるか、避けようとして枝が胴体か太腿にでも刺さってくれたら御の字で、逃げる時間が稼げると思ったのに……いや~まさか、尻に刺さるとは。
狙ってやってなかっただけに、私も一瞬戸惑っちゃったよ。誘拐男だからいっかって、流したけど。ぷふーって、逃げながら笑ったけど。
「っ」
余計な事を思い出したせいで、足元の注意が疎かになった。暗がりでヒールが木の根に引っ掛かり、転倒。見ればヒールが折れていた。
私は周囲の気配を探りながら巨木に背を預け、一度呼吸を整える。
少し離れた木立の間でロットバルトが足を止めた。
横道に逸れて距離感が掴めなくなった私を探すように辺りを見回して、慎重に子爵邸に向かっていく。精霊避けの石の範囲から外れた。
私は辺りに近寄ってきた精霊たちに、ケイやアッシュに無事を報せてとお願いした。と言っても、アッシュはあの男が近くにいる限り、この辺には来られないだろうけど。ついでに精霊魔法で、自分に不可視と防音結界を張ってから、もう片方のヒールを折って、辺りを警戒しながら離れていくロットバルトの気を逸らす為、別方向に思いっきり振りかぶって投げた。奴に当たるよう念を込めて。私とは逆側から飛来したように装い、適当に風を操る。
「ってぇ! ナニが…って、ヒール!? あのゲロ女ぁっ!!」
何か痛そうな音と罵声がした。まさかとは思ったけど、ざまぁ。結果オーライ、ナイス私!
自画自賛しながら、投げた直後にその場を移動した。防音の結界があるとはいえ、ヒールのない靴はペタペタと煩くて余計に動きにくい。彫ってあった脚力強化の魔方陣も、転けた時に枝で引っ掻いて壊れ、効力が消えた。無属性で作り直すにしても、アレは魔力消費が激しく集中力が要るので、今は無理。
私は壊れた靴を脱いで、三重になっているスカート生地の一番内側を破り、細長く裂くと、それを両足に巻き付けた。これで多少の怪我を気にせずに動ける。寧ろ、前より動き易くなった。
裸足で土の上を走った事はあっても、障害物のある林の中、それも暗闇の中を走る訓練はしていない。毒虫や石や木の根、何かを踏んで足裏を怪我して走れなくなったり、血の痕を残したら厄介だ。治せるとしても痛い思いはしたくない。
私はドレスを両手で絡げ、風魔法で補助して全力ダッシュ。それでも動きにくい格好だから、魔法の出力は弱い。
多分、向こうがカマルナ子爵邸。ロットバルトから一定距離を離れ、遠回りしながら向かう。
誘拐の仲間がいないとも限らないから、見張りがいる可能性のある自宅やサンルテアに転移するのは気が引ける。『白い悪魔』が追ってきたとして、相手が出来るのは『影』でも幹部数人。
お母様たちを巻き込みたくないし、辞去の挨拶をしてないから一度戻ってまた来る羽目になる。それよりは近くのケイたちと合流した方が被害が少なくて安心。
早く早くと焦りつつも、息を潜めながら足を動かした。
ケイたちも急行してくれているし、魔法で私を捕捉している筈。大きく迂回して子爵邸に向かっていたのに、ロットバルトが追って来た。しつこくて執念深い奴だな。
逃走ルートが把握されないよう、ジグザグに逃げていたのに距離が縮まった。不可視と防音の結界があるのに、ものともせず解っているように追ってくる。精霊避けのピアスをしているロットバルトが近づいて来るせいで、弱い下級精霊たちがどんどん去っていく。効果範囲から出た時はあんなに居たのに。
……もしかして…、奴にも精霊が見えている、若しくは存在が感じられるとか、或いは何か他の要因が?
そんな事を考えていたら精霊が消えて、視認された。「見つけたぜ、バカ女っ!」って、何でスピードアップしてんの!?
うむぅ、やっぱり魔方陣を日常的に使い馴らしているだけあるのかなぁ。年季が違う。なんて、考察している余裕がなかった!
「うげぇ、ストーカーしつこいー!」
「誰がストーカーだっ! お前に恨みがないとでも思ってんのか!?」
「拐われた恨みならございますがっ?」
「お前の恨みは聞いてねぇっ。この短時間で暴言吐くわ、食い物リバースするわ、変なトコばっか攻撃してくるわ」
「ざまぁ」
「……ブッコロス。鼻で嗤ってんじゃねぇ、よっ!」
ロットバルトの姿がぶれたと思うと、前方で何かにぶつかって足が止まった。見上げると、林立する拓けた場所で、眼前に立つ無表情の『白い悪魔』。――無駄に綺麗で怖い。同時に純粋な殺気が明確に私に向けられていた。
腹を決めて、先手必勝と顎、腹に拳を放つと、避けられ、いなされた。右手首を相手の右手で捕まれて、直ぐ様、背を向けて左肘を相手の腹部に打つと左手首を捕まれて、背後から覆い被さるように立ったまま押さえ込まれた。睨み会う視線が交差する。
「……容姿に惑う事なくオレを観察し、殺気を受けても気絶する所か逃げずに迎え撃つとは、お前は本当に何なんだ…?」
ちっ、隙がない。こんな動きにくい格好じゃなかったら、互角に渡り合えそうなのに!
背後からかかる殺気に、私も少しでも油断したら殺すと静かな殺気を纏って対抗した。肌を刺す痛い程の気迫がぶつかり合う。
その緊迫した空気が、三人の闖入者たちによって壊された。
ロットバルトが表情を険しくして、現れたケイとラッセル、セスを見る。「次期当主と『影』かよ」と舌打ちが聞こえた。強く警戒しているのか、背中への密着度が上がった。
対するケイたちも、私を押さえ込むロットバルトを見て、『白い悪魔』と気づき驚いたものの、隙なく臨戦態勢に入る。離れる両者の微かな息遣いさえも聞こえそうな、耳に痛い夜の静寂。
互いが互いの隙を窺い、行動の先を読もうとするが、力が拮抗している為に動きが見えず動けず、私がいるせいで両者が攻めあぐねて沈黙し、膠着していた。
そして、私はその状態に三分で飽きた。
焦れったい。緊張感無さすぎだけど、捕まっている私が言う事じゃないけど、絵面にすると格好いいのかもしれないけれど、面倒臭い。
「……一ついいか?」
口火を切ったのは、意外にも誘拐男だった。ちらりと目線を向ければ、一瞬だけ面妖なものを見る目と合った。
「…こいつは一体、何なんだ?」
「……自分でサルバドーロ伯爵から依頼を受けて誘拐しておいて、今更それを聞くのか」
「知るかよ。オレは金回りがよくて、音に聞こえし『影』とサンルテアとやり合うってゆー面白そうな話に乗っかっただけだ。あのバカ息子がコイツにご執心で、何度腕のいい奴を雇って誘拐を失敗しても諦めねーんだと。必死だったからかオレにまで話が回ってきた」
「まさしく子供のお使いだね」
我ながら上手い事を言い当てたと思ったら、ラッセルとセスが笑いを堪える顔をした。そして図星を指されたのか、拘束する両手首に力が…って今、明らかに骨からミシって音がしたよ! 痛っ! 女の子には優しくデショウ!?
「……オマエは立場を解ってんのか。てゆーか、マジで何なの。この場面で言う事がそれかよ。助けを求めるとか他に何かねーのか」
「ヤメテ、私の為に争わないでっ…とか?」
『……』
「全員で沈黙するのはやめよーよ」
一応、この場面に適した女の子っぽい台詞を頑張って当てはめてみたのに。急な無茶振りに精一杯応えたのに! ナゼに全員で仲良く変な顔をして、物凄く残念というか可哀想なものを見る目になるかなっ。
「なぁ、コイツ本当に何なの」
問いかけながら、左手首も右手首と一緒にまとめて拘束され、自由になった男の左手で頤を掴まれて、顔をロットバルトの方に向けさせられた。首が痛かったので、もっと丁寧に扱えと睨んでおく。
「確かに見目がこんなに極上なのはそう見かけねーし、あのバカ息子が執念深く求める気持ちもわからんでもないが…。オレの好みじゃねーんだよなぁ。もう少し成長したら一晩くらい相手にしてやってもいいが、食指が動かなさそうだ…」
え、ナニ。今ガチで喧嘩売られなかった?
こっちだって願い下げだー!
「サルバドーロ伯爵家だとバレたって事は、報酬もパァ。だから今夜は止めとけって言ったのにあのバカ息子。早く着せ替え人形が欲しいって」
ヒィッ、まさかの変態発言がっ……てか、アイツいくつだよ! 何で子供の内から特殊な方向に進もうとしてんの!?
「伯爵もサンルテア領を活性化させ、王都で一躍人気になった劇団の創設者であり、王妃と友人の娘は役に立つと欲しがったから。コレがそんなに凄いお嬢様には見えないってのに」
明らかに喧嘩を売られていると見て間違いないね。
本来なら闇に引きずり込んで報復する所だけど、クールで大人な私は、鍛えられたスルー力を発揮して水に流そう。
「オレとしては破格の報酬があって、裏で最強と名高い『影』とそれを牛耳るサンルテアと戦うのが面白そうだったから、この話に乗っただけ。肝心の報酬がダメになったから、コイツは売り飛ばす。伯爵じゃなくても欲しがる金持ちや貴族はいるだろ。オレはコレを貰って逃げるが、伯爵たちは好きにしろよ」
頤から手を離して、気怠げながらも袖口から鋭利なナイフを取り出し、少し離して私の首筋に当てる白い悪魔。追ってくるなら傷つけると、無言で脅してきた。ケイたちも私も警戒を強めた。
ラッセルが挑発するように嗤う。
「オレたちとやりあわなくていいってのか?」
「放っておいてもお前らはこのお嬢様を追ってくるだろ。今はこの珍妙な不確定生物が、変な事をしでかす前に連れ去る方がいい」
さっきから何か、人扱いされてなくね…?
そして何でケイたちも、ナニやらかしたの的な目で私を見てくるんでしょーか。私の鋼のハートが少し傷つきました。とっても心外です!
「こう言っちゃあ何だが、お嬢は見てくれがイイだけで他はその……色々アレだから、売って詐欺扱いされても知らねーぞ?」
……あれ…?
セスの言葉に、無言で私から目を逸らすケイとラッセル。大きな嘆息が私の旋毛にかかって「やっぱりか…」と、背後からは何か納得したような声。
「はっきり言って、コレよりも次期当主の方が色気があるというか、まだ食指が動きそうだ」
背後霊の如く張り付いている男を見れば、少しの憐憫と扱いに困るものを見る赤い目。――メチャクチャ失礼だ。ナゼに誘拐男にそんな目で見られなくちゃいけないっ!? てゆーか、何で味方が私の心の柔らかい部分を抉ってくるの? 全員で精神攻撃しかけてくるの止めてもらえませんかねぇ!
私だって言われなくても解ってるよ! がっちり盛装を着込んだうちの天使の方が、肩も腕も首や胸元すら出した私よりも、そこはかとなく色気が滲み出ているって。敗北を感じて、事実と認め――自分で思っていて、哀しくなってきた!
「……もうコイツら全員滅びればイイのに…」
「同感。僕にとっても賛辞じゃないから」
ケイの殺気が膨れ上がる。おぉ、久々に八割くらい本気の殺気。痺れるねぇ~。
蒼白な顔で震えるラッセルとセス。ビリっとした空気に一瞬反応したロットバルトは、興味深そうにケイをまじまじと見て、理解不能といった表情で私を見てきた。え、さっきの発言といい、コノヒトやっぱりアッチ系の…。
「――お前また妙な事考えてんだろ」
「リフィ、感情が顔に出過ぎ」
バレてた。初めて見たわマジかー、って顔に出てた。
だってケイたちが来てから、密着している私よりも、とても熱心にうちの天使に目を向けていたから…てっきり。
「強い奴を警戒すんのは当然だろ――って、お前がドヤ顔すんな」
呆れたように見下ろされるけど、私に向けられている左側のナイフは全くブレない。
「オレが気にしてんのは、誰が相手をしてくれるのかって事だ。当代のサンルテア男爵が最強って話だから、本当はその妻でも拐うか領地を困らせて、最強にお出まし願おうかと思ってたんだが娘も大事に守られているって聞いてな。『影』とも戦ってみたかったし、自慢の『影』が負ければもっと強い奴が出てくるだろ」
――は? 今、何て言ったこの戦闘バカ。
聞き捨てならない事を言ったよね?
「今も『影』と次期当主が釣れた。まんまと『宝』を奪われ、その上、領地や妻も手を出されたらサンルテアと『影』の名に傷がつく。虚仮にされて怒った本気の強い奴らと戦い、そいつらを倒せば、統率されたこの国の裏社会が壊れる。オレはいい暇潰しが出来るって寸法だ」
ケイたちが眼光を鋭くして、逃がすまいと本格的に構えた。ロットバルトは悪魔のように愉しげに嗤い、理解を拒絶した悪魔の言葉を、私はもう一度反芻した。笑いが込み上げてくる。
小刻みに震える私に興味を引かれたロットバルトが、俯く私を覗き込んできた。目が合ったので、嘲ってやった。相手の頬が引き攣った。
「あははっ」
「何が、おかしい?」
「全部。特に勝ち逃げ出来ると自惚れている所が」
「何だと?」
「――お母様たちに手を出したら、殺すよ?」
真っ向から悪魔の血のように赤い目と睨み合った。冗談抜きの殺意を込めて、本気で相対した。
「誰であろうと、サンルテア領に、私の大事な人たちに手を出すのならそれに見合った対価をかけてもらうから」
悪魔が微かに息を飲んだ。お互いに目を逸らさない。殺伐とした睨み合いは、ナイフを持った左手で、ぐいっと髪を引っ張られた痛みで強制終了。ついでに私の恨みは倍増した。
乱雑に運ばれ、形振り構わず逃げたお陰で、折角綺麗に結って貰った髪型も化粧も崩れてボロボロ。髪飾りは辛うじて髪に引っ掛かっている状態。左半分は髪が全部下りていた。
その髪を力任せに引っ張られたせいで、頭皮と毛根に大ダメージだよ! 禿げたらコイツもツルツルにしてやる。
私への乱暴に、ケイたちの雰囲気が変わる。今にも飛び掛かりそうな殺意が凄い。私も首を仰け反らされて痛いっ。ナニを不思議そうにじっと観察してんのかな、この悪魔!
ちらりとケイたちを見て、「ふぅん」と、睨み付ける私へと再度視線が向けられた。
「前言撤回。怒っている顔はソソられる。好みじゃねーが、綺麗だと認めてやるよ。もっと苛めて見たくなる」
ここで愉しそうに笑って、変態発言をかましてくるとは。
見事にぶち壊されたシリアスな流れ。流石に私もびっくりしたよ。変態からの視線に、心が暗く淀み、自分でも表情が死滅していくのが解る。
ナイフが首から離れたのは嬉しいけど、体の密着具合が増したような……気のせいじゃなかった。ケイたちを挑発しているのか、反応を楽しんでいるのか、変わらず髪を強く掴んだまま私を観察っていうか、顔近っ!
何ですか、肌スベスベ自慢ですか。イラッとするー。なんて呑気に変態から現実逃避していたら。
ぺろりと。頬を舐められた。汗で化粧崩れて土とか汚れがついてどろどろなのに…――ヒィッ、変態だーっ!
軽く恐慌状態。思い出したくない過去の変態たちが、フラッシュバック。頭と心がスッと冷えた。
生気を失う私に構わず、赤い目でケイたちの反応を窺い、凄まじい殺気を浴びる『白い悪魔』。挑発か隙を作ろうとしているのか。頬から耳まで男の舌が這い、ゾゾゾ…ッと背筋が震えた。――気持ち悪い。
止めは、頭皮の痛みが麻痺した頃。ナイフを持った武骨な手に脇腹から左胸までを撫でるように触られた瞬間。もう変態無理、と。――ブチッと脳内で何かが切れる音を聞いた。
・・・***・・・(ケイ)
挑発して僕たちの隙を窺っているのは、解っていた。
それでも反応してしまうのは、リフィだったから。『白い悪魔』が背後からリフィに密着して、ナイフを向けて、殺気を向けて、傷つける事に躊躇なく髪を引っ張り、見せつけるように頬を舐め、手が体を這い――膨れ上がった怒気や殺気がいつ爆発してもおかしくなかった時。
均衡を崩したのはリフィだった。
突如、その場を支配するような強大な殺気に当てられた。瞬く間にそれが消えたと警戒したら、リフィが能面のような表情で静謐な殺意を纏い、踵の一点に力をのせて男の脛を蹴りつけていた。あまりに自然な動作の為、ロットバルトや僕たちの意識も突然の殺気に虚を衝かれ、反応が遅れた。
見掛け以上の力で脛を蹴られた男の体が僅かに後退。同時に、両手首を掴む男の右手をリフィが自分の内側に引き込み、握りが緩んだ左手に左肘をぶつけてナイフを落とさせ、両手首の拘束を解きながら流れる動作で背負い投げた。
投げられた空中で、ロットバルトが左手で新しいナイフを腰から抜き、受け身を取りつつリフィを切りつけた。避けたリフィだが、ほどけていた髪が一房だけ舞った。
ロットバルトが離れまいとナイフで追撃した。リフィは回避をしながら、距離を取ると見せかけて男の懐に入り込み、鳩尾に拳を打ち込んだ。
右手で拳を受けようとしたロットバルトだが、それもリフィのフェイント。手刀で左手首を叩かれて、ナイフを落とした。――多分あれ、手首を痛めた。
ロットバルトが焦った一瞬の隙に、リフィが容赦なく股間を狙って左足で蹴りを放つ。それを両手で掴んで止めたが、リフィは既に動いていた。しっかり掴まれ固定された左足をそのままに、右足を浮かせて体を捻り、顔面を蹴る。ギリギリで躱したロットバルトだが、顎先を掠めた。普通なら脳震盪を起こして気絶している。
相手がよろけた際にリフィが左足を戻し、後退したロットバルトに重圧をかけながら睨み付けた。油断なく男を注視しながら、「変態ホロビロ、滅殺、抹消、世のヘンタイ一掃、全切除」と呪文のように冷淡な声で、無表情に唱えていたのが怖かった。
鬼気迫る様子に、僕たちは手出しはおろか何も言えなかった。
恐らく、常々嫌悪しているロリコン変態と『白い悪魔』を同類と見なし、過去の変態たちを思い出して、我慢できずにぶちギレたのだろうけど。――リフィが暴れなかったら間違いなく僕が殺ってた。
ギルドマスター並みという凄腕の暗殺者『白い悪魔』を相手に、動きにくい格好や武器無しのハンデを背負いながら、互角以上に渡り合ったリフィ。
ただ単にキレて叩きのめしただけとも言えるけど、その勇姿に。
――トクン…。
僕の隣でラッセルとセスが見惚れていた。僕の目から光が失われるのが、自分で解った。
……あのさ、リフィ。何で二十歳以上離れたオジサンたちをトキめかせているの…? やめてくれる!? どこにも需要ないから!! 一体どこを目指しているのかなっ、この従兄弟はっ!
敵であるロットバルトの「本当にこいつは何なんだ」という問いの答えを僕も知りたい。何でか憎い敵の気持ちがよく解る!
このまま戦闘続行は不利と、冷や汗を流しながら退路を確認するロットバルトと、本気でヤル気満々のリフィ。――うん、完全に『殺す』事しか考えてなくて、暴走しているね。
「この借りは必ず返すぞ。覚えておけよ、リフィーユ」
「変態ブラックリストには登録済み」
「そういう意味じゃねぇ。今回オレが貰い損ねた報酬も含めて、次こそは高値で売り飛ばす。売り甲斐があるように育って――無理か。変わった趣味の売買先を探した方が早いな」
「変態に売られた喧嘩は、高値で今買うけど」
「せいぜいイイ女に育っておけ」
小馬鹿にするように鼻で嗤って、『白い悪魔』が去っていった。直ぐ様ラッセルとセスが追跡する。同様に、跡を追いかけようとしたリフィの手を、僕は掴んで止めた。辺りには僕とリフィだけになる。
「離してケイ。ここで仕止めなくちゃ、お母様たちに変態の魔の手が」
感情を封じたような声が悲しくて、胸が痛んだ。消耗しているリフィにこれ以上、無理をさせたくなくて、僕はあやすように抱き締めた。
「大丈夫。確かに『白い悪魔』は脅威だけど、あしらえない程じゃないから。ちゃんと僕たちだって強いから」
落ち着かせるように頭を撫でながら声をかけ続けると、目の焦点が合う。正気に戻ったリフィが詰めていた息を吐いて、脱力した。支えると、ぎゅっと抱きつかれた。
「………疲れた」
「うん。お疲れ様」
「……助けに来てくれて、ありがと」
「あまり役に立ってないけどね」
「そんな事ない。一人で逃げるのは不安だったから、追ってきてくれて嬉しかった」
「…君が知らせてくれたお陰で。間に合って良かった」
拾った三粒の真珠を見せながら、安堵の息を吐く。他にも精霊が知らせに来てくれたお陰で、位置がはっきり解り、駆けつける事が出来た。
僕は頬の土汚れを取ろうとリフィに手を伸ばし、水魔法でロットバルトの唾液の跡を拭うように浄化した。更にもう一度リフィの全身に、浄化魔法をかけた。僕たちを挑発する為に触って……次来たら、八分殺しにしよう。
・・・***・・・(リフィ)
何だか恐ろしい気配がして、ぐでっと疲れていた体を起こすと、魔王様が召喚されていた。多分、悪魔や地獄の鬼も裸足で逃げ出すと思う。
疲労困憊のこの時に、まさかの魔王降臨。え、無理だよ。相手する気力無いよ。
目が合って、ちょっと固まる。
少し離れて立って、じっと女の子にあるまじきズタボロ状態を見られて、何だか居心地が悪いのですが…。
「折角綺麗だったのに、勿体ない。早く助けてあげられなくてごめん…って、何で驚いてるの?」
「え、いや、綺麗って…。サリーやカルドにはよく似合っているって誉めていたけど、私には何もなかったから、いつも通りに見えてるんだーってちょっとがっかりしたけど、納得していたのに」
ナニコレ。恥ずかしい!
久し振りにまともに褒められた気がする! それもケイに!
何か嬉しいかも…。あ、ヤバイ、ニヤニヤしている場合じゃなくて、ここは余裕ぶっこいて大人な対応を~。仕事して、私の顔の筋肉。今すぐ澄まし顔を作って!
「そっか。ごめんね、いつも以上に綺麗だったから、僕も口に出すのを忘れて見惚れていたみたい」
如才ない素晴らしい答え! それも控え目に、はにかむ微笑み付き。おねーさんは貴方の未来が心配です!
社交する上では、素敵なお言葉。聞いた女性たちが頬染めて胸キュンしそうだけど、他に沢山色んなのを引っ掛けそう。あの『白い悪魔』もソソられる言うてたし、他にもそんなのが出てきたら…。
「ケイなら大丈夫。気を強くもって」
「……何で僕は励まされたの? 今の流れ、おかしくない? 生温いその目もやめて欲しいんだけど」
「ラッセルたち大丈夫かなー。このまま家に帰りたいけど、挨拶しなくちゃいけないし、取り敢えず会場に戻るか」
私的な夜会とはいえ、初参加の席で勝手に帰るのは気が引ける。私が拐われたのを体調不良で誤魔化していると聞いて、これ以上の失態は避けようと戻る事にした。変な噂をたてられて、両親やケイたちに迷惑をかけないようにしないと。
もう魔力を温存する必要はないので、無属性魔法でボロボロになった服を再生というか、綺麗に直して。靴は作って。何だかいつも以上にどっと疲れた…。
それからは、移動魔法でケイと精霊避けの範囲外のカマルナ子爵邸の近くに戻り、そこから侵入して休憩室でサリーたちと合流した。移動魔法で戻る前に、ラッセルとセスから連絡があって、発信器の代わりとなる魔道具をつけたが、逃がしたとの事。ケイはそのまま戻るように指示したそうな。
サリーやカルドに心配されたけど、元通りで無事な姿を見て安心してくれた。いい友人を持ったな~。
ただ流石に髪型は魔法で元通りとはいかず、サリーに簡単に整えて貰った。
疲れたから早く帰ろうと、辞去の挨拶に向かえば案の定、髪型や首飾りについて訊かれた。エミルの取り巻きたちも何かあったのかとネタに興味津々だね。
変に拐われたや襲われた等の不名誉な噂をたてられないよう、事前に口裏を合わせていた通り、頭が痛くて休憩していた事にして、その為にきつく結ってあった髪型を緩くハーフアップに直し、壊れた首飾りについては、頭痛緩和の為に外した事にして、サリーと私は無事に挨拶を終えた。
実際に色々あって疲労していた姿が、儚げに見えたようで結果オーライ。
それでも面白おかしく話したい人は何処にでもいるもので、そんな人には、ケイが私に「心配だから僕が送るよ。親戚なんだから遠慮はいらない」と声をかけるのを見れば、口を閉ざした。ついでに嫉妬の視線を感じたよ。
これからはそういうのも上手く回避してチケットを売り付ける社交が求められるのかー。いや、待てよ。社交もいいけど、ケイをダシに使って、ケイと話す切っ掛けを作りたいお嬢様たちがチケットを買ってくれる方向に期待するのもアリじゃない?
不埒な事を考えたけど、サンルテアやケイを利用するのは気が咎めるから止めとこう。
サリーと別れてケイと馬車に乗り、御者に扮したラッセルが馬を走らせた。ケイ曰く、既に去っていたサルバドーロ伯爵子息と伯爵家には『影』を向かわせたらしい。
父――サンルテア男爵も緊急で城に向かわせ、私が『白い悪魔』に拐われた事や今後も狙われる可能性、誘拐の依頼主がサルバドーロ伯爵家である事、少し前に掴んだ不正の証拠や私の誘拐を企んだ依頼書等を渡しているそうで……めっちゃ大事になってる。
「安心して。伯爵家はきっちり潰すから。リフィに手を出せばサンルテアが黙ってないっていうアピールと牽制にもなって丁度良かったよ」
素敵な笑顔の従兄弟に、私は「…ソウデスカ」としか、返せなかった。黒いとか、いつ堕天使に変化したのとか、怖くて口に出せなかった…。
取り敢えず、誘拐が減ってくれるのは大歓迎なので、そういう事にしておこう。
あちこちと連絡するケイを横目に、私は馬車の揺れに身を委ねながら、眠いなぁと目を擦り、口を手で覆い、あくびを一つ。
「そういえばリフィ。サルバドーロ伯爵子息に用心するよう注意したのに、どうして拐われたのかな?」
目が覚めて、眠気も吹き飛びました。
シマッタ、何も言い訳を考えてなかった――!! 無事でよかった、めでたしめでたしで終わってくれない雰囲気だ、コレ。
「…ごめん、今は疲れたから話はまた後で」
考えるのを放棄して、先延ばしにする。
もう体力気力ともに限界。魔王の相手をする余裕がないよ。目を閉じて寝たアピールすれば、優しいケイは起こさない筈!
そう思って振りをするつもりが、相当疲れていたらしく、そのまま眠ってしまった。
*・*・*・
翌日、よく寝たとサンルテアの自室で起きるなり、ケイとアッシュが現れて朝食より先に、尋問が行われました。アッシュもご立腹で、「素直に話して反省するまで触らせねー」と無体な事を言ってきた。
どこで覚えてきたの、そんな台詞!
きゅるるるるぅ、と哀愁を誘う私の腹の虫。昨日リバースして、胃の中が空っぽだから余計にお腹が減っているのに、朝食のお預けをくらってマス。おまけに直ぐ近くにもふもふの癒しがあるのに、お触り厳禁。何の拷問デスカ。
「……あのケイさん、何で私は味方に窮地に立たされているのでしょーか」
「君が話を聞き流すうっかりをやらかして、商売に欲をかいて、危険人物に警戒を怠った結果だね」
爽やかな笑顔で断言した黒い天使。
……ソウデスネ、心当たりがありマス。
加えてお母様に「無事でよかった」と抱きつかれて止めをさされ、誤魔化す気力もなく、ありのままを話した。これも魔王の策略のような気がしたよ。
お説教は後で、まずは朝食の時間になった。けどそこで、問題が一つ。
普段の物とは違う馴れないドレス姿で頑張り、最近訓練をサボりまくった結果、少し筋肉痛になっていた。
そのせいで、気遣ってくれたケイに一日介護されて、両親を含めた使用人たちに生温い視線を貰ったよ。……羞恥という名の拷問でした。
重いドレスでも三十分は動けるようになろう、と決意した瞬間だった。
そうして、またいつもの日常に戻り。
体調は如何ですかと心配して、サリーと共に家に来てくれた主催者の子爵子息エミルが、実は美しいもの好きなオネェ男子で仲良くなったり、伯爵家がケイの宣言通り潰れたり、週に何度かは『影』の訓練にも真面目に顔を出している内に秋が終わり、冬になって年を越した。
そして、一つの転機となる十二歳の夏がやってくる。
ここまでお疲れ様でした。
十一歳編はこれで終了です。
本当でしたら、あと一話、十一歳編のエピローグ的なものでオネェ男子エミルとのやり取りを載せようかと思っていたのですが、そこまで書く力がなく、本編には関係ない話でもあるので割愛しました。
と言いつつ、その内出てくるかもしれません。
次は番外編を挟んで、十二歳編にいきたいとふわっと思っているだけです。何も考えてません。まずは来月も投稿できるように頑張ります。




