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38, 10才 ②

長いです。



 ・・・ *** ・・・ (ケイ)




 ギリギリまで顔を合わせるのを拒絶して、深く頭を下げたまま不動のリフィ。

 普段なら「お会いできて光栄です」くらい社交辞令で言うのに、それすら拒絶した。本当に殿下たちに会いたくなかったんだと、僕はしみじみ思う。


 本来なら不敬だけど、スピネルもイナルも平民の少女が緊張しているのだろう、くらいにしか思っていないらしい。

 自分たちに会う事を嫌がる者がいるとは、今まで会わないよう避けていたとすら、考えていないようだった。


「気にしなくていいよ。非公式の私的な訪問だ。こちらこそ急に邪魔してすまなかったね」


 スピネルに声をかけられたリフィが、小さく吐息した。渋々と、それでいてどこか怯えたように顔を上げる。二人は気づいてないが、僕はリフィが嫌がっているのが手を取るようにわかった。


 複雑な内面を隠し、完璧な微笑を張りつけたリフィ。

 スピネルとイナルは、呆けたように彼女を注視した。そのままお互いに無言の状態が続き、戸惑ったように、リフィが僕を見てきた。はっと我に返った二人が無駄に咳払いをして、場を取り繕うように誤魔化す。

 スピネルが口を開き━━コンコンコン。


「どうぞ」


 響いたノック音に、僕はこれ幸いと入室を促した。私的な場だから、二人の事は気にしない。「失礼致します」と扉を開けたのはクーガ。入ってきたのは、長い白灰色の髪を一つに括った鋭い緑の目をした十二歳くらいの少年。整った容姿で、同年代のスピネルより体格も大きく、風格や威圧感がある。


 少年━━人型のアッシュは、リフィを見るなり不機嫌になり、心当たりがあるのかリフィが肩をそびやかした。……ナニやったの、リフィ…。


「やっぱりここにいた!! 勝手に動くなって言っただろ、リフィ。いくらケイが心配だからって、一人で行動するなよ。また変なのに絡まれて拐われそうになったらどうするんだ!」


 ……へぇ。ちょっとその話、詳しく聞きたいな。

 リフィがぶるりと震えて、僕を見てくる。何か弁明しようとし、王太子たちの存在を思い出して口を閉ざす。……はぁ、本当にタイミングが悪いな、この二人。


 心配して来てくれたのは嬉しいけど、リフィやアッシュと世間話も出来やしない。でも幸運な事に、これ以上二人にリフィを紹介しなくて済む。


 僕の目配せに気づいたアッシュが、軽く顎を引いた。スピネルとイナルを一切無視し、ずかずか歩いてリフィの前に立つと、その手を掴む。


「ほら、ケイに客が来てるんだ。帰るぞ、リフィ。大体、仕事はどうした?」

「今日の分は終わらせてきた」

「本当にお前はこういう時ばっかり…」

「ごめんね、アッシュ」

「何への謝罪だよ?」

「アッシュとの約束を破って、言わないでここに来たから…」


 殊勝に反省するリフィに、見下ろしたアッシュが一つ嘆息した。


「仕方ねーな、許してやる。だから、今日は帰るぞ。ケイには━━明日にでも家に来てもらえ。それでいいよな、ケイ?」


 強引に話を進められたけど、僕に異論はない。ほぼ一緒に暮らしているけど、それを感じさせないアッシュの配慮に感謝した。僕は「わかった」と頷く。

 アッシュがリフィの手を引いた。


「邪魔したな、ケイ。そーだ、これ見舞いだ」


 アッシュが何気なく青い木の実を放ってきたので、受け取る。ヒシラの実だった。王族でも滅多に手に入らない品物で、これ一つで十数万はする。実に気づいたスピネルとイナルが目を丸くした。


「それ食って早くよくなれ。お前が怪我したり、何かあるとこいつが落ち着かなくて無茶をする」

「ありがとう、アッシュ。気をつけるよ。リフィも来てくれてありがとう」

「あの、ケイ」

「明日、君の所に行くから、その時でいい?」


 本当に来られるか気にしていたリフィが、「うん!」と満面の笑みを僕に向ける。

 ……可愛いな。可愛いんだけど……スピネルとイナルを一瞥すると、王太子は唖然とした顔で赤面し、イナルも珍しく目元を赤くしながら視線を泳がせていた。━━うん。リフィは全くこの二人が眼中になくて、僕の来訪が嬉しくて返した笑顔だってわかっているけど………この二人、邪魔。

 ふと、リフィが二人の存在を思い出したように、若干目を逸らしつつ、慎ましやかに一礼した。


「御前、失礼致します」


 先程のものとは明らかに違う、張りつけたような作り物の笑顔。二人の表情が引き攣った。

 アッシュがリフィの手を引いて部屋を出ようとして、イナルが咎めるように呼び止めた。


「待ちなさい。あなた、先程から殿下に挨拶もせず、無礼ですよ」

「いいんだよ、イナル。彼はとても強い精霊だ」


『眼』があって気づいていたスピネルの言葉に、イナルが驚く。一方でアッシュは、ふんと鼻を鳴らした。


「オレに指図するな。従わせたいのなら召喚して契約を交わせ。ま、お前らの実力じゃ十年経っても無理だろーけどな。それと、忠告だ。オレ様のお気に入りに手を出したり、迷惑をかけたら赦さねーぞ」

「なっ!!」

「じゃーな、ケイ。お前もさっさと休めよ」


 アッシュは強めにリフィの手を引いて、出ていった。呆気にとられるスピネルとイナル。


「な、何なんですか、あの不遜なのは!」


 イナルが激怒し、僕は笑いそうになるのを堪えた。さすがアッシュ。いい釘を刺してくれた。

 この国で精霊は、王族かそれ以上に尊い存在とされている。どの場所でも、王族でも自由に物を言えて、人民は共存する精霊を敬うよう教わって育つものだ。━━リフィは例外だけど。


 三年前も、王様たちにアッシュで牽制をかければ話は簡単だった。けれど、始めから圧力をかけて国に翻意があると疑われるのも、サンルテアに力が集まりすぎると警戒されるのも、困るから出来なかった。リフィも精霊を人の権力圏に巻き込もうとは考えていないようだったから。


 もし王たちに、提案に応じて貰えなかった場合は協力を頼もううと思っていたけど、人と関わりたくないアッシュや超然とした精霊王たちを俗世に引っ張り出して、利用するのは気が引けた。


 特にアッシュは僕たちを気に入ったから側に居るだけであって、契約している訳じゃない。いつでも去れるし、彼の存在を教えて、すり寄ってきたり、捕まえて契約しようとする人間を近づけたくなかった。それに、益々リフィの特異性を見せて、国に欲しがらせる理由を与えたくなかった。


「ケイ、彼は何者だい?」

「大地を統べる後継者━━次の土の精霊王です」


 二人が驚き、目を剥いた。


「ケイトスが契約を? それともさっきの子が?」

「どっちもしてませんよ。ただ気に入られて一緒に居るだけです。かれこれ五年目の付き合いになります」

「……そんなに、契約してないのに側にいるのか?」

「はい。大抵の頼み事はきいてくれます。まぁ、そういうわけで。リフィには近づかないで下さいね。何やかやと言ってましたが、アッシュの一番のお気に入りは彼女なので」

「彼はアッシュというのですか」

「僕が付けた仮の名だけどね。真名とは別だよ」


 二人が呆れたように僕を見てきた。「ケイも充分気に入られている」と言われて、頷いておく。実際に気安い仲だ。

 イナルが困ったように吐息した。


「そうやって牽制して、ぼくたちに会わせないようにして……あなたが婚約者を決めないのは彼女が理由ですか」

「何とでもどうぞ。ただ、これだけは言っておくよ。面白半分で関わるのは辞めて下さい」


 真面目な顔で告げると、スピネルが興味を引かれたように軽口を叩いてきた。


「━━本気ならいいと?」

「駄目です。たぶん、二度と会う事はないでしょう。僕も彼女も会わせるつもりも会うつもりもありませんし、彼女が望まない限り、王家や高位貴族たちは接触禁止と、陛下や宰相様が三年前に誓約しました。だから、二人もこれまで会っていない。詳しくは父君にお聞き下さい。それでも接触しようとするなら、サンルテアが阻みます」

「どうしてそこまで…」

「彼女は命の恩人なんです。父も同意していますよ」


 突然もたらされた情報に、二人が息を飲む。サンルテアの名を出した事で、冗談ではなく本気だと伝わっただろう。

 それから僕は、少し呆れた目で二人を見た。


「そもそも二人とも、厳選された婚約者候補がいるでしょう。正式には決まっていなくても、これまで家が情報を集めて精査した優秀な候補者たちです。それなのに、平民の子に近づいたら、高位貴族や他の貴族たちの機嫌を損ね、反感を買いますよ。彼女にも害が及びかねない。もし手を出そうとしたら、高位の令嬢だろうと容赦なく返り討ちにしますが」


 半分冗談、半分本気で口調は柔らかく告げた。二人の様子を見ながら、真剣じゃない雰囲気に少し安心する。王たちすら知るリフィの特異性と素性に興味はあっても好意はないから、まだ大丈夫かな。


 それに、リフィは名乗っても、二人は名乗らなかった。これは知り合ったとは見なされない。

 不意に思案していたイナルが、顔をあげて僕を見た。


「あの髪…ケイ、彼女とはもしかして……会った事が…? 確か…図書館にいた……」


 イナルの思いがけない言葉に、スピネルが軽く驚く。さすが優秀な未来の宰相だ。記憶力がいい。味方としては頼もしいと思いながら、動揺を隠して僕はあっさり認めた。━━気づかれた。再会して思い出すのが学園って話と随分違う。

 シナリオとやらが変だとも聞いてはいたけど…。


「そうだよ、君が話してみたいと言っていた図書館で会った子で、三、四年前まで第二王子が気にかけていた平民の子」


 スピネルが思い出したように、「城下に出かけてから、ブレイブが騒いで気にかけていた子か」と懐かしみながら納得したように頷く。それから、何か思い当たったように僕を見てきた。


「……それって、私が見かけた子でもあるのかい? ブレイブの話した子の特徴と一致しているとは思っていたし、珍しく二年くらい前にケイが城下でのことを聞いてきたのって…」


 僕は深く心の中で嘆息した。……二人とも気づいた。

 イナルもスピネルも困惑して互いの顔を見て、僕を見てくる。どうして今まで教えてくれなかったのか、そもそも知らない振りをしていて従兄弟ってどういう事なのか。平民の子に王たちが関わっているのは何故なのか。


 二年前はイナルに罪悪感を感じていたけど、今は少し馴れてしまっていた。申し訳なさがあり、説明が億劫でも、リフィの要望に沿うようにしたい。

 というより、こうしてバレた際の説明をリフィは用意してくれていた。


 僕は応接室に場所を移し、クーガにお茶の用意を頼んだ。テーブル越しに二人と向き合い、三人だけになってから口を開く。

 リフィが貴族といった身分や社会的地位が高い男性が苦手で、酷く拒絶反応が出る事を。……本当はそんな事ないというか、限定された人たちなんだけど。


 当然その理由を聞かれたので、僕は用意されていた答えを返す。

 商会主だったリフィの父親が秘書と浮気し家に寄りつかず、借金を残して蒸発した事から始まり、部下が裏切って横領したり、母娘で変な男に言い寄られた事、何度も誘拐された事や殺されかけた事、信頼していた名うての商人が拐って監禁してまで嫁にしようとした事等を話した。

 浮気の件は母にとって汚点だけれど、口にしないだけで大体の人が知っていて同情的だから、今更隠す必要もない。まぁ、言ったらお父様たちが黙ってないけど。


 個人的な話をしていいのか困惑したけど、リフィは構わないと言った。感情豊かな子供の同情を買って近寄らなくなるなら何でも利用する、なんて飄々とうそぶいていた。

 そうして正当な理由を与えて、僕が友人たちに責められないようにする為に。その場合、リフィの体験した境遇が酷ければ酷いほど効果は絶大だ。


 ……本当はそんな弱味を見せたくない筈なのに。

 二人を見れば、リフィの思惑通り、同情的で痛ましげな顔をしていた。リフィを利用する自分にうんざりしながら、僕は彼女の要望通り、そういう理由で避けているから近づかないよう説得した。トラウマだと言っておけば、関わろうとはしないだろう。


 エアルド━━リフィの実父が生きている事は陛下たちも知っているから伝えた。その件で、お母様は国と取引をしていたから。

 自分の元夫のした事だからと、死亡偽造を不問に付す代わりに、定期的に体調を崩して塞ぎ込む王妃の話し相手になる事を承諾した。最愛の王妃の為に王はその話を呑み、エアルドの扱いは死亡のままだ。


 そして父も、王領を荒らしていた闇ギルドの一つ、暗殺ギルド『瞬』の壊滅に手を貸して、取引は終了した。『瞬』は、早い殺人を得意とし、気づいた時には瞬きの間に殺されていると言われたギルド。


 王領の管理人が、『瞬』の幹部が懇意にしている娼婦の身請けをしようとしたらしく、命を狙われて、周囲の役人たちも巻き込む傷害事件が起こった。そんな情けない不祥事を隠蔽する為、またその娼婦に何も情報を渡してないか探る事も含めての大仕事。


 父がこの半年、その特別任務に追われていたから、通常の『影』の仕事や騎士団と連携する仕事は、僕が代わりを務めていた。……本当に、大変だった…。

 これまでを振り返っていたら、考え込んでいたスピネルが首を傾げながら、僕に銀の目を合わせてきた。


「駄目だ、さっぱりわからない。どうしてさっきの子と父たちが関係してきて、貴族と関わらない事を了承したのか…それを王も宰相も承知しているとは……」


 難しい顔をしているスピネルから、深く思案するイナルに目を向けた。イナルはリフィが何か重要な駒だと予測しているみたいだけど、どうやって平民の少女が王たちと関わったのかと疑わしそうだった。


「情報は『影』でガードしているので、知る人は限られています。ここ数年、彼女の事を調べる者が増えたから余計に。ただサンルテアに国と敵対する意思はないので、王家の密偵だけは放置していました。だから、情報を集めた陛下たちから話を聞いて下さい。きっと色々と知ってどう扱っていいものか悩んで、結局今の状態━━現状維持を陛下たちも選択したと思うので」

「どういうことだ?」

「詳細は各々、父君に問い合わせて下さい。契約に基づき、僕かリフィから話を聞いた今の二人になら、陛下たちも話せますから」


 僕から話を聞くよりも、王たちから話を聞いて、国としての見解や対応を知り、どう動くか自分たちの立ち位置を確認した方がいい。きっと僕と二人では立場が違うから。

 リフィと親戚の僕の意見を正しく読み取ったイナルが、当惑した顔で頷いた。


「……随分と以前からの話のようなので、そうします。……ケイはずっと知っていたんですね…。知らなかったのはぼくや殿下やキースばかりという事ですか」

「僕が知っているのは、六年前から仕事に関わって、サンルテアの役目を担ってきたからだよ。それに、彼女は僕の命の恩人なんだ。……三年前の事件がなければ、陛下たちがリフィに気づく事もなかった……」

「三年前って………まさか、『大波』の…」


 スピネルとイナルがはっとした。

 政務に少しずつ携わるようになり、二人とキースも政策や過去にどんな事があったか、裏側や時代背景も含めて少しずつ知らされている。


 そして、王太子として任せられている案件というか課題の一つに『大波』対応があった。当然、三年前の全容を知っている。ロクな対応がとられず、僕やサンルテアの領地が国から見捨てられ、死にかけた事も。


 陛下たちにも、当時の事を訊かれた時は包み隠さずに僕の知る真実を話して構わないと言われた。とは言っても、リフィの事を除いて、だけど。

 あの一件は、僕が精霊王たちをギリギリで召喚して事なきを得た事になっているから。


「……何なんだ、一体…」


 スピネルとイナルは混乱していたが、僕が口を閉ざせば城での主だった行事や出来事の世間話をして、護衛たちに見守られて帰っていった。呉々も養生するよう念を押して。


 一人残された僕は、息を吐き出した。

 きっと近い内に、王たちから呼び出されるだろう。リフィは大人しくしていたけれど、取り巻く環境に影響がなかった訳じゃない。恩恵を受けたサンルテア領は特に。


 他にも今日の件の詳しい説明や、僕に怪我を負わせた新人騎士の事で話がある筈だ。幸い、リフィには突然現れた魔物のせいで負傷したと伝えてあり、真実は教えていない。

 僕は冷めた紅茶を飲んで、体調を万全にしようと部屋に戻った。




 ・・・ *** ・・・ (リフィ)




 まだ心臓がドクバク騒がしい。

 屋敷内をアッシュに手を引かれながら、わたしは何度目かの大きなため息を吐いた。ついでに、スカートの下で震えていた足から力が抜けて、通路に膝をついた。アッシュが驚いたように振り返る。


「ごめん…、少し、待って…」


 情けない事に、繋いだ手どころか全身が震えた。もう一回深呼吸して、大きく息を吐き出す。あー、マジで怖かった…っ!!

 何で出てきたのかな、すっかりいないものとして扱っていただけに、この安心できるサンルテアの屋敷で邂逅してしまった事がショックだった。


 ゆっくり立ち上がり、心配する困り顔のアッシュに、へらっと笑ってみせる。大丈夫、震えは収まった。わたしより大変なのは対峙しているケイだから。


 本当なら自分でどうにかすべき所を、ケイが逃がしてくれた。もちろん、アッシュがタイミングよく現れてくれたお蔭でもある。……任せてきちゃって大丈夫かな、まだ完治してないのに…。


「…アッシュ」

「………仕方ねーな。この屋敷で、お前の部屋で大人しくしてるんだぞ。グラウンとチョコを森に置いてきたから、オレ様はちょっと異界に戻るが、絶対に部屋で大人しくしてろよ?」

「アッシュ~」


 感極まって、わたしは抱きついた。

 土の精霊から、わたしが動いた事を聞いて、実の採取を弟妹に任せて、慌てて駆けつけてくれたらしい。嬉しい、もふもふ状態だったら、もっと嬉しい。


「………お前は……もーいい。とにかく、ここにいろ。あいつらの事なら、心配ねーよ。ケイがどうにかしてくれる。必要ならオレも少しくらい協力してやるから、お前は妙なことを考えずにいろ」

「ありがとう、アッシュ。ケイのために滋養強壮によく効くお茶を作っ」

「止めをさそうとすんなっ!」



・*・*・*



 失礼なアッシュをはよ行けと追い払い、わたしはサンルテア屋敷内にある自室に向かった。強固な結界を張って、ベッドに倒れ込む。相変わらず、ふかふか。わたしが来なくても、しっかりと清潔に保ってくれている事に感謝だね。


 成長するにつれて、一人暮らしの条件を色々と緩めてもらい、ここへの訪問も宿泊も減った。他にもケイのお蔭で、お母様と話し合いの場ができて、やたらとお茶会や王族に関わらせようとするのも辞めてもらった。


 母は母なりに、わたしを心配してくれたようで、わたしにいい人との出会いを求めて、また母たちに何かあっても事情を知り、わたしを守れる王族━━友人である王妃に託したかったらしい。


 気遣いは嬉しいけど、わたしは恐怖したよ。だから、きっちり話し合って、全部わたしに任せて貰った。お茶会攻撃がなくなったと安堵したのも束の間。


 今度は攻略対象者とニアミスが続いて、辟易した。極めつけは今日の事。まさか、こうして正面から会う事になるとは。それもわたしを隠してくれたケイも巻き込んで。


 これはわたしが学園に通わない事への補正?

 このまま学園に通わなければ、学園の生徒という繋がりもなくなって、攻略対象者を偶然見かけても、少しくらい顔合わせても、知り合いにはならなかったのに!!


 気づけば、爪が食い込む程きつく手を握っていた。

 ざわつく不安な心と、今までの努力が無駄になった事への怒りと、遣る瀬なさと、悲しみ、無力感。協力してくれた事への申し訳なさ。色んな思いがごちゃ混ぜになって、感情が荒れ狂う。

 ……うまくいっていると、思ったんだけどな…。


 悩んでいても仕方ない。

 ぐちゃぐちゃな感情は置いといて、わたしは起き上がり従兄弟の様子を精霊を使って窺おうとして、王太子の存在に苦い顔になる。


 ケイの話では精霊たちは見えていないけど、『眼』で魔法の気配は何となく感じられるらしい。つまり、覗き見がバレる可能性が高いわけで。━━盗み聞きが出来ない!


 他の手だてを考え、ふと、王太子は魔力があっても『眼』の使い方も魔法の技術も練習中というケイの話を思い出す。

 もしかしたらバレない可能性が━━あ、魔王ケイがいたから無理だ。王太子たちは騙せても、あのハイスペック従兄弟を欺くのは至難の技だ。


 煩悶はんもんとしながら、手慰みに本棚から読了した本を手に取り、ページを捲ること三十分ちょい。

 外が騒がしくなった気配に、窓からそっと窺えば、お忍び用とはいえ造りのしっかりした大きめの馬車や、馬の手綱を握るお忍び姿の騎士たち十人。姿は見えないけど、隠密の護衛が三人。


 馬車に乗り込む人影が見えて、瞬時に身を隠した。

 そのまま仰々しい一行が去る音を聞いて、ケイの所に向かおうとし、ドアの前で足を止めた。……万全じゃないケイに面倒な相手をさせて、疲れているのに押し掛けたら、確実に迷惑…。


 わたしは嘆息した。

 ……王太子たち二人は、たぶん大丈夫。王様たちとの契約があるし、例えわたしの存在を知って脅威と思おうが、これまで通り接触は出来ないし、わたしも関わる気はない。


 何かあって国に力を貸すにしても、話はケイを通して料金制で行われ、わたしの存在は秘匿される。王様たちが上手く説明するでしょ、あの不吉な爆弾には関わるなって。というか、そう説得するよう契約を交わしてある。


 あの二人も、わたしに興味があるんじゃなくて、ケイが関わっていたから興味をもった感じだった。現れたアッシュにすぐ関心が移ったのがその証拠。お蔭で、知り合わずに済んだからよかった。


 残る問題は、ケイが友人に責められていないか。

 ……上手くいったかな。三十分くらいで話が済んでいるから、納得して父親たちに説明を求めに帰ったんだと思うけど…。

 黙っていた事で、サンルテア領地やケイにとって不利に働かないとは言い切れない。契約書があっても、二人が心情的にケイを避けるようになったら━━申し訳なさでいっぱいになる!


 ドアの前をうろうろしながら悩んで、結局我慢できなかったわたしは自室を出た。

 ケイの部屋に向かう途中でクーガに会い、部屋で休んでいると聞いて、疲れさせた自分を責めたり、ケイに罪悪感が半端なかったり、怪我が気になったり……色々と複雑。


 着いたケイの寝室の前で、躊躇いつつも扉に手を伸ばし、気配を消して小さくノックした。返事がないけど気にせず入室し、ベッドの膨らみを見つけて近寄った。

 疲れた青い顔に、泣きたくなってくる。


 わたしは治癒魔法を行使した。

 柔らかな光がケイを包み、光が収まっていく。健やかな寝息に安堵して、布団を首元までかけ━━ガシッ。……ナゼか捕獲されました。

 ケイが体をゆっくり起こす。


「狸寝入りは卑怯だと思います」

「こうでもしないと何だか色々と考え過ぎて、僕が返事をしても逃げそうだったから」


 逃げ帰るなら始めからここに来てないので、「それはないよ」と返す。

 ケイがベッドを出て、起き上がった。隣室のソファーへと手を引かれながら、わたしはケイの動作にぎこちなさがないか注視する。よし、問題なし。


「そうかな。いつもなら遠慮なく部屋に突入してきたと思うけど。だからきっと、僕に迷惑をかけ過ぎたとか、少し離れておこうとか、いっそのこと旅に出てみようとか、長期のギルド依頼でも受けようかとか……あれ、ナニその悟ったような顔。どうかした?」

「…何でもない。宇宙人に会ったら、こんな感覚かなと」

「うちゅうじん?」

「未知の生命体」

「そっくりそのまま返したい」

「何を言うの。どこからどう見ても一般市民なのに」

「……そうだね」


 ナニその間は。よしよしと頭を撫でて慈愛の眼差しを向けるのやめい。

 ケイが口を開こうとして、バタンッと扉が開いた。少年姿のアッシュが不機嫌顔で歩いてくる。あ、既視感。なんて呑気に思っていたら、ガシッと頭を片手で鷲掴みにされた。


「お、ま、え、は~! どうして少し前の話を忘れられるんだ! 大人しく部屋にいろって言ったよな?」

「痛い痛い痛い、暴力反対。少女虐待。か弱い女の子に何するの」


 部屋で大人しくしてなかった件は悪いと思いつつ、ペチペチとアッシュの腕を叩いた。流石にアイアンクローは酷いと思う。乙女にする仕打ちじゃないよ!

 アッシュが頭を解放して、デコピンをしてきた。


「オレは部屋にいろって言ったよな? お前は頷いたよな。何で、ここにいんだよ」

「ケイが心配で。でも、約束破ってごめんなさい」

「……ちっ。本当にお前は…」

「まぁまぁ、二人とも心配してくれてありがとう。気を遣わせてごめんね。もう大丈夫だから」


 ケイの微苦笑に、アッシュも怒りを鎮めてくれた。わたしも後でご機嫌取りにもふもふを撫でてあげよう。━━どピンクのフリフリワンピースを着せて。ふっふっふ、有言実行しますとも!


 妄想していたら、アッシュに顔を顰められた。何となく失礼な事を思ってそうな気がする…。

 ケイが微かに笑い、アッシュがそちらに目を向けてスンスンと鼻を動かす。


「さっきより血の臭いがない。確かに傷は塞がったみたいだな」

「アッシュのくれたヒシラの実のお蔭でね。リフィも治癒魔法を使ってくれたから」

「けど、無理はさせられねー。こいつに付き合っていたら、気が休まらないだろ。オレも今日だけで何回もハラハラした」

「そうみたいだね」

「待って、勝手に動いて悪いとは思ったよ。でも、そんなに心配する程、わたし弱くないから大丈━━スミマセン、何でもナイデス」


 何でか二人同時に威圧された。

 真っ黒な笑顔の圧力と刃物よりもヤバそうな鋭い眼が、怖かったです。何で二人ともお説教モード…。とりあえず、反論したら余計に煩くなるので白旗をあげたら、アッシュに手を掴まれた。


「リフィは家で大人しくしてろ。お前が変に暴走する方が大事になる」

「わたしの扱いが酷いっ」


 厄介事が勝手にやって来るのであって、わたし何もしてない…ハズ。変なのに好かれるのも、寄ってくるのも不可抗力でしょ。


「そもそもお前が居ても役に立たねーだろ」

「それは聞き捨てならない。わたしにだって看病くらい出来るよ……って、ナニその疑わしげな目は! アッシュなんて、後でセクシーポーズ追加のフリフリ写真にしてやるー!」

「はあっ!?」

「そうと決まれば、帰ろう。思い立ったが吉日。帰ったら写真撮ろうね~」

「意味わかんねーっ!」


 何かヤバイと逃げ腰のアッシュの手を握り直した。

 まず、どピンクのフリフリワンピースを着せて、それから犬のセクシーポーズ……ってどんな風にするのが正解? まぁ何でもいいや、とりあえずお腹向けさせて降参させよう。その後はもふり放題~!


 うきうきと妄想畑にお花を咲かせていたら、掴んでいた手が消失した。見ると、アッシュが人型からいつもの獣スタイルに転じて、逃げた。ケイの後ろに隠れる。尻尾がペタンと絨毯についているのが可愛い。


「大丈夫だよリフィ、君が看病できるってアッシュだってわかっているから。それに、僕も君が近くにいない方が不安だから、居てくれると助かるよ」


 なんとっ、素敵な殺し文句を頂きましたっ!

 隠れたアッシュが「嫌な予感…」と顔を覗かせた。わたしはにっこり笑う。頼られたからには、頑張らなくちゃね!


「任せて。ケイが望むのなら、怪我が治るまでケイ付きの専属メイドとして至れり尽くせりな快適ライフを提供するよ。快適過ぎてもうわたしなしでは過ごせない体にしてあげましょう!」


 気合いを入れて、拳を作った。アッシュが「妙な言い方をするな」と迷惑そうな顔になる。


「介護はバッチリ任せて」

「……言葉が残念だ。深い意味はねぇと思っていたが」

「あ、生活介助だね」

「どっちにしろ残念だ。色気がねぇ」


 期待されたからには優秀なメイドになってみせる!

 安心してと告げたら、「いや不安だらけだ。ケイは近くにいないお前が何かやらかさないか不安なだけだ」とアッシュが呟いて、胡乱げな目を向けてきた。

 やり取りを聞いたケイが、少し前屈みになり、肩を震わせて笑っていた。


「相変わらずだね。二人が元気そうでよかった」

「よくねーよ」

「そうだよ、ケイはまだ安静にして。薬は飲んだ? 喉は乾いてない?」

「大丈夫だよ、リフィ。スピネルとイナルの事も、陛下たちの件も大丈夫だから」


 穏やかに微笑まれ、わたしは拳をほどく。無意識に入っていた体の力が抜けて、ほっとした。本当に何て優秀な従兄弟なのか…。


「ありがとう、ケイ…」


 ケイがここまでお膳立てしてくれたんだから、後はわたしの方から王様たちに圧力を━━。


「やめて、それは止めといて。ややこしくなるから」

「大丈夫だよケイ、わたし出来る子だから」

「知ってるから、止めて。僕が陛下たちと話をつけてくるから。それが間に入ってやり取りを任せられた僕の仕事だよ」

「……それもそうか。でも、病み上がりなのに」

「いやいやいや、大丈夫。すっかりよくなったから、リフィは大人しくしておいて」


 焦ったように止めるケイと、頷くアッシュ。反論しかけて、やめた。二人の負担になるなら、今回は大人しくしておこう。譲れないものはあるけど。


「それじゃ、殿下たち用の契約書を作成しておくから、サインを貰ってきてくれる?」

「………もし渋られたら?」

「王都と国の結界が壊れて危険に晒される国民の命と、わたしに関わらない事を天秤にかけて、平然としていられるのなら」

「うん、ちょっと落ち着こうか。それって陛下たちと交わした契約より条件が強力になってない?」

「わたしの将来の安全がかかっているからね。保険をかけとこうと思って」


 例え魔女と罵られようが、化け物と呼ばれようが、サインをもぎ取ってみせる! 契約を破った際のペナルティは何がいいかな~。国家価格の賠償金請求なら、一生懸命稼げばわたしもギリギリ支払えるし、向こうには大ダメージを与えることが出来るね。そんな風に思案していたら。


 深く深ーく息を吐いて、ソファーに座るケイ。その足元でぐったりしながら「やっぱりリフィを閉じ込めておいた方が…」と呟くアッシュ。今の内にもふもふ堪能~。

 しゃがんで、ふさふさの尻尾を撫でながら、わたしは苦笑するケイを見上げた。


「……契約書にサインを貰えるよう努力するよ」

「よろしくお願いしますっ!」


 契約をもぎ取るためなら、後一回くらい接触もやむ無しと覚悟していたけど、しなくてすむなら断然その方がいい。アッシュが言っていた通り、ケイになら安心して任せられる。


「ありがとう、ケイ」


 笑顔を向けると、仕方ないというように微笑み返された。


「わたしも張り切ってケイのお世話を頑張るよ!」

「え…? 冗談じゃ」

「今日のわたしは有言実行な気分なので、遠慮なくこき使って……って、何で青ざめるの? やっぱり具合悪い? 着替えてベッドで休んで。今、薬とお茶を持って来るから」


 立ち上がって扉に向かおうとしたら、ケイに手を掴まれて隣に座らされた。折角、閃いた新しい配合のお茶を作ろうと思ったのに。小さく息を吐いたケイが、こてんとわたしの肩に頭を預けてきた。


 ふ…ぉおおぉぉっ!? 何コレ、可愛いっ!!

 さらっさらの髪にハーブ系のシャンプーの香りだ! お触りオーケーってことですかっ? 撫で撫でしていいとっ?

 目を閉じる美麗な従兄弟をガン見する。


「どうしたの? 気分悪い?」

「…疲れただけだよ」


 わーい、お触りし放題~。気分がドキドキと高揚する! 大丈夫、犯罪者じゃなくて従兄弟のスキンシップだよ!!

 ケイが動かないのを確認して、えいやっと、わたしの左肩に頭をのせたままで、きゅっと抱き締めておく。


 ふぁ~、髪が艶々、キューティクル。羨ましい! いや、わたしもサラサラだけども……アッシュの温かなふわふわ、もふもふとはまた違った触り心地。可愛い~な~。

 癒し魔法を使いながら、頭を撫でときました。


 少し血の気が戻ったケイの顔色を見て、わたしも毛並みを存分に堪能して満足した。━━ええ、アッシュの不審者を見る目はスルーしました。


 同時に、王子たちと会った恐怖や混乱も収まったので、何が今回の想定外の邂逅を引き起こしたのか、原因を考えていた。わたしも王子たちも、この屋敷に来たのは大丈夫と思っていたケイが怪我をしたから。


 どうして従兄弟が怪我をしたのか、詳しくは知らない。

 協力を頼まれた『影』の一員として仕事に関わる時を除いて、わたしは任務に口出ししなかったし、ケイの仕事に関わるつもりもなかった。


 突然現れた魔物のせいと話は聞いたけど、おかしいよね。騎士たちを庇った事も聞いたけど、ケイがそう簡単に魔物にやられるわけがない。それに、わたしが暴走しない為とはいえ、怪我を隠そうとした事が怪しい。いや、リル王女の時も隠そうとしたけど。それは掠り傷であって、こんな大怪我じゃなかった。


 何より極めつけは、わたしの身内が大怪我をした時は必ず教えてとお願いしてあった下級精霊たちから、何の連絡もなかった事だ。四年前のように、父が無事だったから連絡がなかったわけじゃない。今回はケイが大怪我をした。傷つけられたのに。


 口止めできるのは、ケイやアッシュくらい。

 怪我の事を聞いた時にアッシュも驚いていたから、隠したとしたらケイだよね。


 治療も終えて無事だったから心配させないようにした。わたしを気遣ってくれた、任務だから詳しく話せないだけ。そんな理由も思い浮かんだけど、ぶっちゃけて言えば、怪我をした事が気に食わない。勝手を言っているのは承知の上で、納得がいかない。


 いつもなら放っておいたけど、ちょっと調べてみよう。この怪我がなければ王子たちと鉢合わせなんてしなかったし━━何より、わたしからこの超絶可愛い天使を奪おうとしたなんて、赦せねーですものね?


 偶発的な現象なら、腹立たしく思いはしてもまだ納得する。強制力があるなら用心して、母とケイの周囲に気をつける。人為的な何かなら━━どうしてくれよう、この怒り。

 なんて、冗談は二割くらいにしておくとして。


 何はともあれ、無事でよかったよね。

 治癒魔法が効いたのか、疲れていたのか、静かに寝息を立て始めた従兄弟に安眠の闇魔法をかけて、そっとベッドに転移させた。


「さーて」


 わたしは立ち上がって体を解すように、ぐぐっと腕を天井に伸ばした。アッシュも起き上がって、お座りする。

「どうするんだリフィ、帰るのか?」と訊かれて、わたしは微笑して首を横に振った。


「まずは見習いメイドになります」

「………は?」

「ケイが万全な状態になるまでは、今回の迷惑をかけたお詫びとしてお世話するよ」

「いや、それは更なる迷惑にしかならねーだろ」

「え、アッシュもメイドになりたいの? 任せて! そんな事もあろうかと、どピンクではないけど黒のワンピースとレースのメイドカチューシャを用意しておいたから。特注品だよ!」

「何でんなもん用意してんだっ!?」

「アッシュのコスプレ衣装は一通り用意してあります!」

「何で自信満々に言った!?」

「サリーと協力して作り上げた力作揃いだよ。犬耳メイドだねぇ」

「嬉しくねぇっ。そして着るとも言ってねー!」

「安心して、二人揃って可愛いメイドになるから」

「ちがっ、そういうことじゃねーだろ!?」


 わたしは喚くアッシュを速やかに捕獲した。暴れるアッシュのお腹を撫で撫でして落ち着かせ、扉を開けながら、まずはクーガに話そうと階下を目指した。━━後でカタログ用の写真を撮って、サリーと商談しよう。



・*・*・*



 戸惑いつつもわたしのお願いにクーガが了承し、母に賄賂としてアッシュのメイド写真を渡す事を確約して、翌日から一日限定のメイド見習いが決まった。


「こいつは何か色々と間違ってる……」と、落ち込むメイド姿のアッシュがぐったりしながら呟いていたけど、スルーで。「似合ってる、美犬、可愛い!」と、自信を持つように絶賛しておきました!


 それから、よく休んだ寝起きのケイに朝の挨拶をしたら、呆けて固まられた。珍しくも可愛らしかったので、こっそり写真にしといたよ!


「幻覚を見るなんて疲れてるんだな…」と遠い目をしたから、「よく休まれるのはいい事ですわ、ケイトス様」と笑顔で二度寝を推奨したら、青ざめて震えられた。きっと、わたしとアッシュの完璧なメイド姿に感心したんだと思う。


 朝の飲み物を断られ、傷の様子を診る以外、着替えの手伝いや身嗜みの世話、予定の確認に部屋の掃除、ベッドメイク等も何故か全部断られたけど。


 朝食後、お母様に相談したら、ケイトス君もお年頃だからと微笑まれ、「誤解を招きそうな発言は止めてくださいっ」とこれまた珍しく慌てたケイに、お世話不要の理由を懇切丁寧に疲れた様子で説明された。年相応に慌てるケイが可愛かったです!!


 わたしが、普段は家でルミィとしていてお掃除とか得意だから下着の洗濯もドンと任せてと売り込んだら、「お願いだからヤメテ…」と生気のない目で言われた。ついでに俯いて顔を覆ってしまった。たぶん、積極的で献身的なわたしとアッシュのメイドっぷりに感動したんだと思う。


 お詫びだから気にしないでと言っても、「ムリ、心臓に悪すぎる…」と肩を落とすケイ。病み上がりで疲れているようだったから、可愛いもふもふメイドのアッシュに癒されるよう、そっと側に置いた。アッシュも無表情で静かだったので。


 午後になって母がメイリンとお茶会に出掛け、クーガが「ケイトス様、旦那様が手伝って欲しい案件があるそうです」と声をかけたら、素早くケイが反応して「ちょっと行ってくるから、大人しくしてて」と、メイド服を脱いだアッシュを連れて仕事に行ってしまった。

 無理はしないと約束したので、「行ってらっしゃいませ」と見送ったよ。


 因みに『影』たちには、とても好評でした。

 大絶賛されたのは嬉しいけど、用もないのに「メイドさん」と誰も彼も声をかけてきて煩かったから、「声をかけて呼び止める度に一万バールで用件だけをお伺いしますわ」と笑顔で返したら、「あんな新人メイドどこにもいねぇ」と誉められた。


 お世話するケイがいなくても屋敷の他の仕事を手伝って、ついでに庭師と花壇の世話をしていたら、騎士団長に付いて補佐をしていた為に見舞いが遅くなった、とキースが訪れた。━━なんつータイミング…。


 丁度、庭師マルクによる大規模な花壇改造計画を土精霊たちに手伝って貰っていた時だった。

 本来なら玄関に向かう所を、騒がしい気配に興味を引かれて庭に回ってきてしまったキース少年。バッチリご対面しちゃったよ!


 でも、大丈夫。奇しくも二度目の遭遇。しかも前日には王子たちとの対面も乗り越え、『影』曰く、より一層、図太く面の皮が厚く成長したわたし。━━お礼に後で、『影』たちに健康茶を飲ませました。


 何はともあれ。偶さかケイが外出していて、何だコレ状態になったけど。

 目が合ったキースには驚かれたものの、サンルテアのメイドなら投げ飛ばされたもの納得が行くと頷かれた。━━ソウダッタ、わたし今メイド。


 何かもう面倒臭いので、誤解を解かないことにして「どうも、メイドです」と名前を教えることなく、ケイは不在だとやり過ごした。ええ、すぐに駆けつけてくれたクーガに後を任せて、とっとと退散しましたとも。

 キースは、穏やかなクーガに友人の不在を説明されて促されるままに、すぐ帰って行った。


 そうしてケイが不在の間に、彼の部屋の掃除をしながら、前回の任務について調べてみた。流石に目につく場所に重要な任務の書類はなかったけれど、メイドたちと仲良くお喋りしながら、怪我をしたのがルドルフ地方で、領主からの依頼任務だった事を教えて貰った。そう言えば、昨日ケイが読んでいた本もルドルフ地方についてだった。


 ちょーっと、精霊の耳目を借りてルドルフの騎士団の様子を窺う事にした。『影』に聞けばケイと父に伝わるのでそっちは使わず、屋敷内の仕事をしながら、調べられるだけ調べて何食わぬ顔でケイとアッシュ、昨夜は帰れなかった父を出迎えた。


「これは随分と可憐な見習いメイドだね。わたしの専属にならない?」と美形貴公子な父に勧誘を受けながら、抱き上げられた。「おいくらですか?」と笑顔で雇用金額を確認したわたしに、クーガがふらりとしたけど、きっと働き過ぎだね。


「お父様、悪ふざけは止めて下さい」

「ふぉっ?」


 胴体に腕が巻き付いてきて父から離され、ぬいぐるみのように手足をぷらんとさせて、ケイに後ろから抱き抱えられた。

 ジルベルトお父様が楽しげに笑う。今日も爽やかイケメンですね!

 呑気にほけほけしていたら。


「リフィには、庭で会ってしまったお客様について聞きたい事があるんだ」


 ……ヤバイ、鳥肌が……。毛穴が全開だー…。

 そぉっと首だけ後ろに回したら、にこっと微笑む麗しの従兄弟どの。アハハ、調べ事に夢中で、そっちの対策をすっかり忘れてた…。


「わたし、これから夕飯の準備が」

「本日の見習い業務は終了しております。奥様からもディナーは家族でと言付かっておりますれば」

「待って。まだお手伝い」

「お疲れ様でございました、リフィーユ様」


 晴れやかな笑顔でクーガに労われた。


「それじゃ問題ないね。話を聞かせてくれるかな、リフィ? キースに城で会うなり、仮面少女は僕の家のメイドだったんだなと、言われた僕の驚きを理解してくれるでしょう?」


 そんな面白い展開があったなんて! キョトンとするケイを見て、写真にしたかった…っ。というか、仮面少女ってナニ!? いや、わたしの事だとは思うけどっ。知らない人が聞いたら、不審者がサンルテアのメイドをしてるって変な噂が!


「……お父様、ご免なさい。今から自首してきます」

「え?」

「ついでに仮面少女についての記憶を見聞きした全員から奪って参ります」

「いやいやいや。待ってリフィ、大丈夫だよ。誰も聞いてなかったから」


 従兄弟の弁明にほっとした。目を瞬かせたジルお父様が、笑いながら手を伸ばして頭を撫でてくれた。イケメンの撫で撫で~。にへーっと頬を緩めながら、借りてきた猫のように大人しくしておいた。


「………それじゃ、夕食までナニがあったか詳しく教えて貰おうかな」

「ぅげっ」


 冷んやりした声に、背筋が強張った。アッシュがケイの足元から離れて、父とクーガの方へ移動する。

 ケイに「よいしょ」と、荷物のように肩に担がれた。……お、怒ってる? 魔王様デスカッ?


「な、ナニもなかったよ? 名乗らなかったし、すぐクーガに任せて退散したからっ」

「それも含めて話を聞くよ。僕も城での事を教えるから。本当に君は、僕を驚かせるのが得意だね」

「狙ってやってないよ!? 偶然だから!」

「昨日の事があったのに、今日はすっかり油断していたようだけど」

「くっ、反論デキナイ…ッ!」


 目線で助けを求めたら、父には苦笑され、クーガには頭を下げられ、アッシュには顔を逸らされた。……オカシイナ、味方がいない。

 夕食まで後一時間…つまり尋問時間も一時間…。

 わたし覚悟を決めて、大人しく連行された。




長文の読了、お疲れさまでした。



次は番外を挟んで、十一歳編になります。気分を変えて、番外編は三人称にしようかとボンヤリ考え中です。

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