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お茶の席、もしくは悟りへの道(2)

「さて、本題に入る前にひとつ」


 パトリック様が私の頭にぽんと手を乗せると、グレール夫人とシャルロッテ様の方へ顔を向けた。

 ごしごしと頭を撫でるパトリック様の手の動きに合わせて私の頭がヘッドバンギング。やめてください酔ってしまいます。


「初対面から婚約を決めるまでが早すぎたからな。母上たちが怪訝に思ってるだろうから言っておくが、オレは特にこいつに結婚の強要はしてないぞ」


「本当にそうなのかしら?」


 シャルロッテ様が眉をひそめている。グレール夫人も同意見らしい。


「ええ。ここまで会話していて思ったけれど、ジェラルディーヌさんは少し押しに弱い方でいらっしゃるわ。

 パトリック、貴方の強引な物言いにはっきりと拒否の意を伝えることができるようには思えないのだけど」


「おいおい……息子を信じろよ」


「いつも言っていますけどね……貴方は時々突拍子のない言動をすることがあると自覚なさい。

 まあ、これは魔法使いの人間全般に言えることだけれど」


 グレール夫人はぴしゃりと言って私へ視線を向ける。その目には慈愛があるように感じた。


「貴女のような愛らしい方が嫁いできてくれるなら大歓迎ですけどね。かといって、我が家の名誉に誓って無理強いはしたくないのよ。

 だから貴女の気持ちを教えて頂いてもいいかしら? 愚息の前で言いづらければ、蹴り出しますから」


「け、蹴り出っ……いえ、それは大丈夫です」


 扇子をすっと持ち上げたグレール夫人を急いで止めると、パトリック様をちらりと見た。グレール夫人とシャルロッテ様の険悪な視線を気にした様子もなくお茶を楽しんでいる。


「あの、確かに恋愛感情ですとかそういった感情で今回の婚約へ至ったというわけではございませんし……私の身分はとても低く、この伯爵家にふさわしくないことは理解しております。

 ですが、パトリック様にはお気遣いいただいていますし、私の身の振り方についても具体的に考慮くださっています。もし皆様がご不快でなければ……ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」


『不快だなんてとんでもない!』


 私が頭を下げると、グレール夫人とシャルロッテ様が同時に声を上げた。


「ですが、いいのですか? このパトリックですよ。苦労させられますよ?」


「そうです。兄は本当に自分本位ですし、女心はわかっていませんし、粗雑ですし、良いところを無理矢理挙げようとしても次期伯爵だということ以外見つからないような人ですよ?」


「貴女なら伯爵とまではいかなくても、もっと良識のある、穏やかな、きちんとした男性と結婚できますよ? なんなら、わたしが手伝うことだってできるのですから」


「そうです。兄なんかより、もっと優しくて将来の心配のないひとがたくさんいらっしゃいますよ」


 私は困り果て、言いつのるグレール夫人とシャルロッテ様を交互に見つめた。


 これは、遠回しに反対されているんだろうか……?


 私は高位貴族に嫁げるような教育を受けたことはないし、頭も良くないうえに、長いものに巻かれるように徹底的に躾けられた下っ端気質でもある。

 そのうえ後ろ盾の少ない低い身分とくれば、この婚約は反対されて当然だ。そんな私の問題点をあげつらうようなことをなさらないだけ温情がある反対のされ方をしている気がする。

 やはり辞退するべきかと考えつつ隣のパトリック様を見上げると、さすがに好き放題言われていることが不本意だったのか眉をよせている。


「念のため聞くが、身分がどうのっていう理由で反対するようなやつはうちにはいないな?」


 パトリック様の言葉にグレール夫人がため息をつく。


「それはもちろん。ジェラルディーヌさん自身に問題なんてないわ。

 けれどそれよりも貴方自身の性格がねえ……もっと気の強いお嬢さんでないと、貴方相手には保たないわよ。彼女のようなおとなしい子を嫁がせたらかわいそうでしょう」


「うるさいな。そういう理由ならオレはこいつがいい」


「ひえっ」


 ティーカップを置いたパトリック様はそう言うなり私の椅子を引き寄せた。

 もちろんこれは不作法極まりない行為である。



 というか、それ以前に! すごく恥ずかしいんですが!



 パトリック様の腕から逃れようと足をばたつかせてもがくが、例によってがっちりと腰を抱えられてしまっている。


「まだ初対面から短い間しか経っていないが、ジェリィもオレの性格は十二分にわかっているはずだ。

 それでも婚約すると決めたんだから今更撤回はしない。だろ?」


「え、えと……」


 私が言葉に詰まると、むっとした顔をされた。

 そして腰に回されていた腕が一本から二本になった。


「あれだけ説明したのにまだ迷うか……こうなったら、既成事実でも作ってやろうか」


「ひっ!?」


 そろりと腰から上にのぼってきたパトリック様の腕に震え上がった。


「や、やめて! ください!!」


 足をそろえて床につき、身をかがめてから伸び上がるようにして頭を振り上げた。


 ごっ、と鈍い音がした。


「ぐっ」


 渾身の頭突きを受け、両腕の力が緩んだところでその手をふりほどき、椅子ごと身を引いてパトリック様のそばから脱出した。離した椅子の背を盾にして侵攻を警戒する。

 しかしこちらの頭頂も甚大な被害を受けています。特別石頭と言うわけではないので、痛みで悶絶しそうだ。


「いて……くっそ、油断した」


「そういうのはだめです! だめです!」


 パトリック様があごをおさえてうめいているところに、作法も忘れて叫んだ。


「うー……さすが堅物のレオナール殿の娘だな……」


「堅物とかは関係ないです! ない、で……」


 そこまで叫んでから周囲に視線をやって硬直した。

 驚きに硬直する侍女、額をおさえている執事。ここまではわかる。

 だが、怒りの形相をしたグレール夫人がティーポットを両手で振りかぶり、同じく怒りをにじませたシャルロッテ様がティースプーンを逆手に持って立ち上がっていたのは想定外だった。

 しかも二人とも完全に殺る気の表情だ。


 うわあー! やっちゃったー!!


「申し訳ありません!」


 二人の形相を見て思わず床に膝と両手をつき、額を床にすりつけた。ジャパニーズ土下座アゲイン。


「え、ちょ……ジェラルディーヌ様……!?」


 シャルロッテ様のとまどうような声が聞こえる。


「次期伯爵に手を上げてしまったことはお詫びいたします! ですが正当防衛を認めていただきたく! 情状酌量していただきたく……!!」


「待って待って待って落ち着いて、ジェラルディーヌさん落ち着いて待って立ってお願い待って」


 グレール夫人の取り乱した声も聞こえる。


「待ってくださいまし! どうか顔を上げてください。

 わたくしたちはジェラルディーヌ様に対する兄の無体が腹に据えかねただけで、貴女を責めているわけではないのです」


「ええ、そうです。ですからお願い、顔を上げてちょうだい。

 むしろ、気弱だと思っていたジェラルディーヌさんがきちんと自衛のできる子であることに安心したわ。

 これからも、ああいうときは痛めつけて躾けてくれれば良いのですからね」


「いえ、それは……」


 床についていた腕を引かれ、その力に負けてそろりと顔をあげる。シャルロッテ様とグレール夫人が私をそっと立たせてくれる。


「どうか頭を下げないでちょうだい」


「そうです。お詫びしなくてはいけないのはわたくしたち……なにより兄ですから」


「ですが」


 いや、どんな理由があろうと次期伯爵に頭突きはまずいと思う。公式な場所ではないから外に漏れることはないだろうが、だからといってやって良いことではなかった。

 途方に暮れながらも二人にうながされて再び椅子に腰を下ろすとその横ではパトリック様がくつくつと笑っていた。そんなパトリック様にシャルロッテ様がさらに眦をつり上げた。


 どうしよう……カオスだ……


 こほん、と咳払いしたグレール夫人がきっと強い眼差しをグパトリック様へ向けた。


「パトリック。ジェラルディーヌさんで決めたのね?」


「ああ」


「そう――ならば、きちんとなさい」


 パトリック様はグレール夫人の言葉に目を瞬かせた。が、すぐに真剣な表情に戻り姿勢を正してうなずいた。


「そのつもりだ」


「それならば結構。

 既成事実だので……ジェラルディーヌさんの尊厳を踏みにじるような無体を強いるようであれば、わたしたちが許さないと心得なさい」


 グレール夫人は手に持ったティーポットをちらつかせながら言う。

 それを見て、パトリック様ではなく私が震え上がった。


「あ、あの! パトリック様! 本題! 先ほど本題があるとおっしゃっていましたよね!?

 それ、それに行きましょう!」


「ああ。そうだな」


 グレール夫人へ向けてホールドアップした私がパトリック様へ訴えると、動じていないパトリック様がティーカップ片手にあっさりとうなずいた。


 動じてほしい! 切実に!


「さて、本題だが」


 涙がちょちょぎれそうな私の必死の視線もどこ吹く風で、しかし真剣な顔でパトリック様は口火を切った。


「これからしばらくジェリィとシャルの身の回りのことだな。しばらくは二人とも安全とは言えないだろう。

 特にジェリィは細心の注意を払うべきだ」


「そうね」


 パトリック様の言葉にグレール夫人は手に持っていたポットを侍女へ返しながら鷹揚にうなずいて見せた。そして優雅に椅子へ腰かけ直す。

 ようやくティーポットが殺る道具から貴族の嗜みの道具に戻ってくれた。よかった。


「差し当たり、まずはこいつに手を出したら伯爵家うちを敵に回すことを周囲にわからせる必要がある。

 というわけで、母上はこいつに伯爵家としての身の振り方を仕込んでもらいたい」


「いいわ。喜んで引き受けましょう」


 パトリック様の言葉に、グレール夫人は微笑んだ。


「あの……」


「貴女は腰が低すぎます。人当たりが良いのは美点ですけど、それも相手を選ぶ必要があるのはおわかりね?」


「はい」


 グレール夫人の言葉に私は姿勢を正した。

 強くたくましい姉三人にあごで使われ生きてきた十数年。末っ子ゆえに出る杭になることからひたすら逃げて生きて来た私にはなかなか難易度が高いが、立ち振る舞いで衝突が減るならそれに越したことはない。


「よろしくお願いいたします」


 私が神妙に頭を下げると、グレール夫人は微笑んで首肯した。

 そしてパトリック様が続ける今後の話に耳を傾けた。

ここでひとまず更新打ち止め。

再開するかは未定です。ご迷惑をおかけします。

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