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――第98章・第四階層――

第三階層――


 レイが料理を仕上げるのを、少女たちとケイは見守っていた。

 やがてレイは料理をナギサに差し出す。彼は貝料理を一口食べた途端、目を見開いた。


「なんという出来だ!」

 ナギサは息を呑む。

「ぜひ教えてくれ。こんな料理、どこで覚えた?」


 レイは肩をすくめた。


「うーん……実は、よく分からないの。まだ全部がぼんやりしてて。ちゃんと覚えてるのって、ある日目が覚めたらライゼンっていうドラゴンに捕まってたことくらいで……」


 ナギサはさらに料理を口へ運ぶ。


「家族とか友達はいないのか? 普通、親族の誰かくらいは声をかけてくるもんだろ」


 レイは首を横に振った。


「私のことを何か知ってそうなのは、オマリロさんだけ。でも、あの人あんまり喋らないし……。それでも、私を受け入れてくれたから、それで十分なの」


 ナギサは黙々と料理を平らげた。


〈好感度:↑〉


 食べ終えると、彼はトーテムシールを取り出した。


「この素晴らしい料理への礼だ。これを受け取ってくれ」


 そう言って、レイにシールを差し出す。


〈トーテムシールを獲得しました。〉


 少女たちはようやく安堵の息を吐いた。


「やっとかよ……」

 ザリアがうめく。

「レイ、行こう」


 レイが仲間たちと一緒に部屋を出ようとすると、ナギサが彼女を呼び止めた。


「待て。……また来るか?」


 レイは頭をかいた。


「えっと……どうだろ?」


「まあいい」

 ナギサは静かに言う。

「記憶が戻るといいな。お前が、もう一度ちゃんと“完成”できるように」


「うん! 頑張ってみる……!」


 リカがレイの腕を引き、四人はポータルへ飛び込んだ。

 戻った先は第一階層。男組がそこで待っていた。封印された扉は一瞬だけ光を放つ。


「みんな戻ってきた!」

 ソウシンがはしゃぐ。

「どうだったの?」


「マーマン相手に色仕掛けさせられた」

 ノノカが吐き捨てる。

「しかもその前に天井まで走らされたし」


「楽しそうじゃねえか」

 ガクトがからかうように笑う。

「まあ、とにかく進展はあった。次の階層を見てみようぜ」


 一行は次の施錠されたゲートへ向かう。するとUIが浮かび上がった。


〈フロアレベル:4。パーティメンバーはランダムに選出されます。受諾しますか? 拒否しますか?〉


 ガクトが一歩前に出る。


「受けるに決まってるだろ。さあ、誰が行くんだ?」


〈選出中……〉


 まばゆい光がハン、ソウシン、リカの身体を包んだ。


〈4名を選出しました。〉


「四人?」

 リカが眉をひそめる。

「でも三人しか――」


 その瞬間、ソウシンのシャツの中からエメルがぬるりと這い出し、一同を驚かせた。彼女は若い少女ほどの大きさに戻る。


「おっ、あたしも行けるんだ!」


「アンタも!?」

 リカが声を上げる。

「外でいなくなったのかと思ってた!」


「いなくなってませーん!」


 ソウシンはエメルの頭をなでた。


「ペットがシャツの中に入れてって言ったんだ! ぬるぬるしててあったかいよ!」


 リカは頭を振る。


「うわ……もういい。ほら、行くわよ。二人とも。それと……」


 彼女はハンを一瞥してからポータルに入った。

 ソウシンは気まずそうに頭をかく。


「行こう、ハン兄!」


「……最悪だ」


 三人もまたゲートをくぐる。

 残されたゲートは濃い緑へと色を変えた。ガクトは不安そうに見つめる。


「あいつら、本当に頭引っこ抜き合わねえだろうな……」


「もしあの裏切り者が親友に触ったら、私があいつの頭を引っこ抜く」

 ザリアが冷ややかに言い放つ。


「ていうか、なんであいつを連れてきたの?」

 ノノカがため息をつく。

「スライムの方がまだマシだった」


「マスターが連れていけって言ったから……」

 レイがしょんぼりと答える。

「マスターの言葉の方が、あの悪魔よりずっと大事。でも……マスターを助けて、それでマスターにあいつを追い出してもらえたらいいな」


 ガクトが咳払いした。


「おいおい、やめとけ。なんだかんだであいつもチームメイトだろ」


「違う!」

 少女たち全員が即座に否定する。


「今日だけはチームメイトだ」

 ガクトはきっぱり言う。

「オマリロを助けたいなら、使える戦力は全部使うしかねえだろ」


第四階層――


 リカ、ハン、ソウシンは、海のど真ん中にそびえる巨大な塔の頂上へと降り立った。

 エメルはソウシンの腕の中に着地し、またスライムの塊に戻る。


「んー、高いとこだねぇ……」


 リカは一気に顔色を変え、冷や汗を流す。


「やば、やば、やば……っ! 降ろして、降ろして、降ろしてぇっ!」


 ハンが咄嗟に支えようとしたが、腕が触れた瞬間、リカは激しく振り払った。危うくそのまま落ちそうになる。


「リカ姉!」

 ソウシンが叫ぶ。


 エメルがすぐに腕を伸ばし、彼女の身体を支えた。


「まだ死ぬなよ! 食べる前に死なれたら困る!」


 リカはその場に膝をつき、荒く息をつく。

 ハンはそれを見て、心の中で呟いた。


「……死ぬ方がマシってくらい、俺に触られたくないのか。

 なんでマスターは俺を連れてきた……?」


 そのとき、上階から水でできた階段が下へ伸びてきた。だが同時に、天井から毒を含んだ水がゆっくり降下し始める。


〈規則:最下層へ辿り着け。〉


「動いて! 早く!」

 リカが叫ぶ。


 一行は慌てて階段を駆け下りる。

 ハンだけが少し遅れ気味だった。


 毒水は触れたものを溶かしながら迫る。

 次の階層へ着くと、今度は銛を持った海のゾンビたちが現れた。


「ひっ!」

 エメルが悲鳴を上げ、ソウシンのシャツの中へ潜り込む。

「守って! あたし食われたくない!」


 リカは両手を合わせ、シールを生成した。


〈シール生成:鉄皮。〉


「行って!」

 リカが告げる。

「物理攻撃は通らない!」


 ソウシンはすぐさまゾンビの群れに突っ込み、彼らをまとめて塔の外へ弾き飛ばした。

 背後からさらに押し寄せるゾンビに対しては、ハンがキューブで拘束を放ち、そのまま海へ引きずり落とす。


 塔全体が大きく揺れた。

 一行はさらに下層へ落下し、次のフロアへと叩きつけられる。そこには扉があり、彼らはすぐさま中へ飛び込んだ。


 だが入った瞬間、透明な水の壁が出現し、ソウシンとエメルをリカとハンから引き裂いた。


「みんな!」

 ソウシンが叫ぶ。


 リカはすぐに壁を叩く。だが壁は衝撃を吸収するばかりだった。


「ソウシン! その速さで振動させてみて!」


 ソウシンが水壁に触れる。

 だが高速振動にも壁は耐え、そのまま逆に水流を叩き返し、四人を吹き飛ばした。


「分断された、ってわけね」

 ハンが呟く。


 エメルがソウシンのシャツから這い出す。


「まあ、少なくともゾンビからは逃げられたし。……って」


 彼女はリカがハンを睨みつけ、ハンがその視線から逃げているのを見て言葉を切った。


「……だよね」


 ソウシンは立ち上がると、奥へ続く通路を見つけた。


「行こう、みんな! 先に進めば合流できるかも!」


 ソウシンはエメルの腕を引いてトンネルを駆けていく。

 その一方で、リカも自分側の通路を進み始めた。ハンは距離を取りながらその後を追う。


 やがて二人は別の部屋へ辿り着く。

 そこは奇妙なパズル部屋だった。各所に北・東・南・西と記されたノードがあり、水路がそれらを繋いでいる。奥には水槽、その上にはボタンがある。


〈潮流を導け。〉


 中央には青く光るコア。

 その両脇には二つの踏板があった。


 リカは真っ先にハンを押しのけ、ボタンを押す。

 水は流れ出したが、北ノードで止まる。


〈罰則:オーバーフロー。〉


「そうじゃない」

 ハンが言う。

「ノードの向きを変えて、水路を繋げるんだ」


「アンタに指図されたくない!」


 リカは無視して自分の踏板に乗った。

 南と西のノードが回転するが、やはり北で水は止まってしまう。


「もうっ……! なんで動かないのよ! このクソパズル!」


 ハンは自分の踏板に乗った。

 北と東のノードが回る。


「今だ。押せ」


「助けなんていらない!」


 リカは後ろへ下がり、鋭く睨みつける。

 ハンは大きく息を吐いた。


「……いい加減にしろ」


 ハンはリカの腕を掴んだ。


「やめろ。みんなそうだ。いい加減にしてくれ。

 嫌いなのは分かる。俺だって自分が嫌いだ。

 でも今考えるべきはそこじゃないだろ。マスターは危険な目に遭ってるのに、お前はここで感情だけで動いてる」


 リカは彼を突き飛ばした。


「説教しないで! 全部あんたのせいじゃない!

 私たちがこんな目に遭ってるのも、全部!

 マスターはあんたのマスターじゃない!

 あんたがしてきたことって、迷惑しかない!」


「そうかもな」

 ハンは静かに認める。

「でも、お前が原因で二度とあの人に会えなくなるのは嫌だろ?

 揉めてる時間が長いほど、助けに行くのも遅れる。

 今大事なのは何だ? 俺を拒絶することか、それともマスターを助けることか」


 リカは怒りに震えながら一歩下がる。


「嫌よ! 私はもう二度とあんたを信じない! 絶対に!」


 そう吐き捨てると、彼女は駆け出し、ハンを一人残していった。


「……だよな」


 ハンは髪をかき上げた。


「ソウシンとエメルの方が、まだマシだといいけどな……」


そのころ、別ルート――


 エメルは棚の上で足をぶらぶらさせながらくつろいでいた。

 ソウシンは部屋の中央を見回す。


 そこには、地上に浮かぶ巨大な青い水晶の心臓があった。


〈海の心臓を運べ。〉


 ソウシンはそれを持ち上げようとする。

 だがびくともしない。


「エメル! 手伝って!」


 エメルは面倒そうに目を細めたが、結局そばへ寄って反対側を持ち上げた。

 二人で支えると、ようやく心臓は宙へ浮く。奥への通路も開いた。


 彼らは通路を進んでいく。

 だが足を踏み出すたびに床がひび割れ、崩れ始める。


「上だよ、エメル!」


 天井が破れ、毒水が流れ落ちてきた。

 それはソウシンに直撃する寸前、エメルが巨大なスライム状に変形して彼を包み込み、水を弾いた。


「エメル! 水!」


 スライムの中から顔だけを出したエメルが叫ぶ。


「平気! 毒なんかスライムには効かない!」


「おおっ!」


 二人はさらに奥へ進む。

 天井の崩壊は激しさを増し、通路全体が毒水で満ち始めた。

 エメルは空いた腕で二人をぐいぐい引っ張りながら前進する。


 出口は見えている。

 だがついに床が崩れ落ち、エメルは腕を伸ばして二人を支えた。


「しっかりつかまってて!」


 ソウシンはエメルの身体に触れる。


「ジュゲン操運者――伝送・第二ギア!」


 その瞬間、エメルは弾丸のような速度で加速した。

 彼女は伸ばした腕でドアノブを掴み、そのまま扉へ激突する。

 背後では通路全体が崩れ落ちていった。


〈試練完了。あと一つ……〉


 エメルはソウシンを離し、海の心臓は鮮やかな青に輝いて消えた。


「まだ終わってないの!?」

 エメルがうんざりする。

「毒水まで耐えたのに!」


 ソウシンは彼女をぽんぽんと撫でた。


「みんな今は元気ないけど、きっとまた明るくなるよ!」


一方そのころ――


 リカは壁にもたれて座り込み、顔を腕に埋めていた。

 顔を上げると、そこにハンがいる。彼女は歯を食いしばった。


「近寄らないで」


「この階層を抜けたらそうする」

 ハンは答えた。

「そのあとは好きなだけ嫌えばいい」


「近寄るなって言ったの!」


 そのとき、天井から毒水が滴り始める。

 ハンは顔を手で覆った。


「ここで死ぬか、クリアしたあと二度と口きかないか、どっちでもいい。選べ」


 リカはゆっくり立ち上がり、ハンを平手打ちした。


「分かった。

 でも終わったら、あんたとは何もかも終わり。

 私も、私の友達も、マスターも、二度と関わらないで」


「……分かった」


 リカは自分の踏板へ。

 ハンはキューブからワイヤーを伸ばし、開始ボタンを押した。


 水が流れ、ノードを通過していく。

 リカは自分の踏板を離れ、水路がハン側へ切り替わる。

 潮流はハンの通路を走り、ついにコアへ到達した。


 コアは強く輝き、扉が開く。


 リカは一度も振り返らないまま通路を進んだ。

 その先にはソウシンとエメルが待っていた。


「やっとか」

 エメルがぼやく。


「リカ姉!」

 ソウシンが飛びつく。

「できたね!」


「……さっさとトーテム取るわよ」


 水でできた階段がさらに下へと続く。

 ハンは少し遅れてその後を追った。


 一行は塔のさらに下層へ近づいていく。

 リカが先頭を走り、ソウシンとエメルもそれに続く。


 頭上の毒水は、さっきまでよりも早く降下していた。

 そして、それがハンに迫った、その瞬間――


 彼だけが突然、別の場所へ飛ばされた。


???――


 ハンが目を覚ますと、そこは妙な沼地のような空間だった。

 目の前には、一人の護衛が宙に浮いている。


「ほう」

 その護衛が言う。

「目撃者が来たか」


「なんだよ……ここ……?」


 ハンがまばたきをすると、護衛の前にはもう一人、別の存在が立っていた。

 黒紫がかった鎧。

 翼。

 そして大きな漆黒の大剣。


 その人物が振り向いた瞬間、ハンの目が見開かれる。


「……マスター?」


――

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