――第89章・三人の伝令――
港区――
シオンは仮面を外し、ザリアをじっと見据えた。
「……ああ、ザリア、ザリア、ザリア」
彼はザリアの槍を片手で握り潰した。ザリアがすぐさま次の槍を形成すると、シオンは喉の奥で笑う。
「お前、昔の同期の一人を思い出すな。ああ……あいつも、お前と同じ目をしてた」
仮面が再び顔を覆う。
「オマリロとの時間は楽しめたか? もう終わりだ」
シオンがザリアへ襲いかかる。だがその瞬間、オマリロが彼女を素早く抱え上げ、自分の背へ乗せて安全圏へ下がった。
第七の伝令は、さっきまでザリアがいた場所の地面を叩き割り、二人を睨みつける。
オマリロはザリアを下ろす。ザリアは涙をこぼしながら、彼にしがみついた。
「マスター……!」
オマリロは彼女の頭を軽く撫でる。
「少女」
「先生……ハンが裏切ったんです! 伝令たちに手を貸して、ファイルまで渡して……全部……! 私、あいつの嘘を見抜けませんでした! どうか、許してくださ――」
オマリロは片手を上げて、彼女の言葉を止めた。
「少女は悪くない。すべて直す」
ザリアは目元を拭う。
「ほ、本当ですか、先生……?」
オマリロは頷いた。
「伝令は処理する」
第七がゆっくりと立ち上がる。その目は怒りで燃えていた。
「お前のせいだ! お前が俺をこうした! 俺を連れ戻せ! 俺は、お前の弟子の中で一番の才能だった! それなのに、お前は俺を見捨てて死なせた!」
紫と白の混じり合ったエネルギーが、彼の全身へと満ちていく。
オマリロが杖を鳴らした。
「少年、やめろ」
「ジュゲン堕落――モンスターの覚醒!」
人間のものとは思えない唸り声が響いた。
彼の鎧には闇のエネルギーが走り、全身を包み込む。さらに仮面には二つの目が増え、オマリロを不気味に見据えた。
「先生、あいつ……何を……?」
「下がれ、少女!」
シオンが腕を振る。
すると、ビルほどの巨大さを持つ刃の群れが街路を裂きながら飛び、周囲の建物を次々と崩壊させた。
ザリアは路地へ飛び込んで身を伏せる。
シオンはさらにその刃をオマリロへ放つが、オマリロは強烈な黄金の光弾でそれらをまとめて押し返した。
続けてシオンは巨大な槍を形成し、オマリロへ投げつける。
「これがお前の望みなんだろう? お前が吐く嘘! お前が利用してきた人間たち! お前は俺たちの父だった! それなのに、都合が悪くなった途端、俺たちを奈落ダンジョンに閉じ込めた! 何十年もだ! 今度はお前も来るんだよ!」
シオンはオマリロへ突っ込み、組み伏せる。
しかしオマリロは瞬時に転移し、逆に彼の首を掴んで地面へ叩きつけた。
「少年は檻に戻る。そこしかない」
第七は右腕でオマリロを薙ぎ払い、振りほどく。
そのまま帯電した斧を二本形成し、追尾するようにオマリロへ飛ばした。斧は着弾と同時に爆ぜる。
煙が晴れる。
その中心では、オマリロとシオンが正面から打ち合っていた。
第七の動きはどんどん荒れ、笑い声が街中に響き渡る。
「正気を失ってる……!」
ザリアは歯を食いしばる。
「マスターを助けないと!」
ザリアは飛び出し、槍を振るってシオンへ斬りかかる。
だがシオンは片腕だけで受け止め、後ろ蹴りを彼女の胸へ叩き込んだ。
ザリアは吹き飛ばされながらも、槍をシオンの仮面へ投げる。
シオンはそれを掴み取った。
その隙にザリアは顔面へ蹴りを入れるが、シオンはむしろ笑う。
「これが新しい筆頭か。なるほどな。なら、まずはこいつの臓物を引きずり出して、お前の家中にぶち撒けてやる! お前は何もかも失う! 何も残らない! 俺たち以外はな!」
シオンがザリアを殴ろうとした瞬間、オマリロがその拳を掌で止めた。
第七はそのままオマリロの顔を殴る。だがオマリロは耐え、滑るように距離を取る。
「少年は今なお過ちを理解しない。手遅れだ。檻だけが救い」
「ハハハハ!」
シオンはオマリロのこめかみを狙って腕を振るう。
オマリロはそれをかわし、今度は無数の刃を一斉に放つ。
シオンも同じく刃を形成し、正面からぶつけ返した。さらに爪を伸ばし、建物ごと斬り裂く勢いで乱舞する。
一般人たちが逃げ惑う中、ザリアは出口の方向を指差して叫んだ。
「みんな逃げて! 早く!」
第七は首を不自然な角度に曲げ、ザリアを見た。
ザリアも槍を握り直し、真っ向から睨み返す。
次の瞬間、シオンは彼女の目の前にいた。
ザリアは槍でその爪を受け止める。だが肩口を浅く裂かれる。
ザリアは何度も突きを放つが、シオンは片手だけで全て弾いた。
「ふん」
ザリアは頭部へ蹴りを叩き込み、一瞬だけ彼をよろめかせる。
だがその直後、彼女はまるで玩具のように投げ飛ばされた。
オマリロがそれを受け止めた、その時――
第七の周囲に舞うように現れた無数の刀が、二人へ向かって一斉に射出された。
その頃――
ガクトはユカと激しく打ち合い、ソウシンたちは残るドッコウ団の相手をしていた。
「なんでこんなことになってんのよ……」
ノノカが顔をしかめる。
「私たちが最初からここにいれば……!」
リカが悔しそうに言う。
「ハンさえいなければ、まだ家もあったのに! 今は何もなくて、そのうえあいつら、私たちの最後の希望まで奪おうとしてる……!」
「そんなことさせない!」
レイは叫ぶ。
彼女は月光弾でミズキとコウイチを押し返す。二人はそれをかわした。
「やつらには、全部払ってもらう!」
レイが地面を踏みしめる。
すると月光が地中から噴き上がり、前方のドッコウ団員たちをまとめて眩惑した。
ソウシンがその隙を突いて突撃し、全員をなぎ倒す。
一人がノノカへ掴みかかったが、ノノカはそれを投げ飛ばし、レイの前へ放る。
レイはすかさずその男を吹き飛ばした。
ユカは両手を地面へつき、巨大な氷の丘を形成。その上へ乗る。
「ジュゲン魔法士――氷河葬滅!」
波のような氷撃が何度もガクトを襲う。
ガクトは両腕を交差させてそれを耐え切り、兜を外して氷丘へ投げつけた。
氷丘に亀裂が走る。
「リカ! ちょっと手を貸してくれ、嬢ちゃん!」
「はいっ!」
リカは両手を合わせ、印を生み出す。
〈作成されたシジル:サイフォン〉
ユカの放った氷の波がリカへ直撃する。
リカはその冷気に震えながらも、正面から受け止めた。
氷撃は反射し、ユカの氷丘を粉々に砕く。
ガクトはリカについた氷を払い落とした。
「ナイス!」
「ありがとうございます……!」
ミズキとコウイチはユカと合流し、ノノカたちはガクトの背後へ回った。
「ガクトさん、どうします?」
ノノカが問う。
「分からん!」
「分からないってどういうこと!?」
ノノカが絶句する。
「カイダンチョウでしょ!」
「いや、だってこれは完全に想定外だろ!」
ガクトはあっけらかんと言う。
「洗脳された仲間を助けるとか、そういうのは俺らよりお前ら向きだ!」
レイが光の盾で三人を閉じ込めようとする。
だがミズキはそれを拳と蹴りで叩き割った。
上空にはヘリが現れ、さらにドッコウ団員が降下してくる。
「最悪……」
リカがうめく。
「これ以上ひどくなるとかある? もうめちゃくちゃ……!」
敵が迫る。
ノノカはソウシンを持ち上げると、そのまま敵陣へ放り投げた。
ソウシンは丸くなって転がり、まるでボウリングの球のように敵を薙ぎ倒していく。
コウイチは黒い網で彼ら全員を拘束し、ユカはさらに氷撃で動きを封じた。
「くっ!」
ノノカが顔をしかめる。
「動けない!」
「誰から処刑する?」
コウイチが問う。
「まずはカイダンチョウから」
ユカが冷ややかに言う。
彼女が攻撃を放とうとしたその瞬間、空の上から大きな声が轟いた。
「ジュゲン変性者――黒曜石の剣闘士!」
巨大なケンタウロス型のゴーレムが地上へ叩きつけられ、戦場全体が震える。
ノノカは目を見開いた。
「……お父さん!」
アツシは後ろ脚でドッコウ団を蹴散らしつつ、拳でミズキとコウイチを地面へ叩き込んだ。
ユカは後退し、自らの氷蜘蛛脚をさらに展開して迎え撃つ。
「来ない方がよかったわよ、石のカイダンチョウ」
ユカが警告する。
その背からカオルが滑り降り、惨状を見渡した。
「うわぁ……ほんとにぐちゃぐちゃ……」
アツシはコウイチの網を一撃で断ち切り、仲間たちを解放する。
一瞬だけ人型へ戻ったところへ、ノノカが飛びついた。
「お父さん! 遅い! マスターの家は壊されるし、マスターが無事かも分かんないの!」
「ニュガワは有能な男だ」
アツシは落ち着いた声で言う。
「俺よりもな。あんな裏切り者の伝令ごときでどうにかなると思うなら、最初からお前をあいつのところへ送っていない」
アツシは敵側のカイダンチョウたちを睨む。
「組織を捨て、名を汚し、その上でこんな雑魚どもにまで心を乗っ取られた。お前たちはカイタンシャ本部の失敗作だ。ここで正す」
三人は構えを取る。
アツシは仲間へ言った。
「ユカは俺が引き受ける。残りは任せた」
全員が頷く。
ユカは間髪入れず巨大な氷の鷲を形成し、アツシへ放つ。
アツシはケンタウロス・ゴーレムの姿へ戻ると、それを空中で受け止め、真っ二つに引き裂いた。
さらに二羽がぶつかり、彼の体勢を崩す。
ユカは鷲へ飛び乗り、アツシを引き離すように空へ駆ける。
「あれで一人だな」
ガクトがコウイチとミズキを指差す。
「こっちは俺たちでやる。手加減するなよ。相手はまだカイダンチョウだ」
「はい!」
子供たちが声を揃える。
「よし、行くぞ!」
両陣営が一斉にぶつかった。
港区――
オマリロの背にしがみついていたザリアは、第七の猛攻をかわし続けるオマリロへ声を上げた。
「先生、このままじゃ港区そのものが壊れます!」
巨大な大剣が二人の足元へ突き刺さる。
さらにもう一本が上空から降ってくる――その瞬間、それは跡形もなく消えた。
息を切らしたシノが駆け込んでくる。
「ごめん、遅れた! 私も来た!」
「シノ、なんで来たの!?」
ザリアが叫ぶ。
「助けたいからに決まってるでしょ!」
オマリロは彼女を見た。
「少女は勇敢だ。だが死ぬ戦いになる」
「大丈夫です、先生! 私、やれます!」
第七は全身からエネルギーを噴き上げる。
「仲良く集まってきたな。なら、もっと熱くしてやる!」
彼の鎧が巨大な機械じみた姿へ変貌する。
背には四本の腕、そして太い二本脚。
「ジュゲン変性者――ルインフォーム!」
シノは目を見開いた。
「何あれ!?」
「アツシさんと同じくらいデカい!」
ザリアが息を呑む。
次の瞬間、第七はその巨体で三人を踏み潰そうとした。
だがオマリロが片腕で受け止める。
ザリアは槍を投げて頭部を狙うが、仮面に当たって弾かれた。
「シノ! 削れるなら削って!」
「分かった!」
シノは指を弾き、装甲の一部を消し飛ばす。
だが削れたそばから再生していく。
「再生してる! もっとデカい一撃が要る!」
まるでそれに応えるように、オマリロは第七を廃ビルへ投げ飛ばし、建物ごと粉砕した。
しかし機体はすぐさま立ち上がり、今度はザリアと同じ形の大槍を生成する。
「えっ!? 先生、危な――」
シオンはそれを投擲した。
オマリロは一刀で真っ二つに裂く。
「ジュゲン滅者――次元断裂!」
その斬撃で機体の右腕まで切り落とされる。
オマリロはそこを指した。
「隙あり。行け」
シノはその間に装甲をさらに削り、ザリアは地面を滑って機体の右脚へ蹴りを叩き込む。
脚部にひびが入った。
ザリアはすぐさま飛び退く。
第七は二本の腕で地面を叩きつけ、家屋の屋根ごと瓦礫を投げつけてきた。
シノがそれを消し飛ばす。
しかし第七の装甲はもう元通りだった。
オマリロとシオンが再び視線を交える。
「終わらせるぞ、マスター」
「少年の言う通りだ」
シオンが踏み出そうとした瞬間――
頭上に門が開き、そこから第八と第六が降ってきた。
二人はちょうど、両者の間へ着地する。
「お前……!」
ザリアが歯を食いしばる。
シノはオマリロへ叫んだ。
「先生、気をつけて! あいつ、向こう側です! 私たちを捕まえるのに手を貸した!」
ハンは何も言わない。何の反応もない。
第六が一歩前へ出た。
その声は歪み、濁っている。
「私は穏やかに済ませたかった。礼儀正しく、あなたをお迎えしたかった。全部、全部、あなたに思い出させるためだったんですよ。あなたが何を失ったのかを。私がこんなこと、望んでたと思います?」
オマリロの握る刃に力が入る。
「でも違った。あなたには暴力でしか届かない」
第六は片手を家屋へ叩きつけた。
街区ひとつ分の瓦礫が、オマリロたちと少女たちの上へ崩れ落ちる。
オマリロはその瓦礫をまとめて反転させ、第六へ返した。
だが第八――ハンが電撃の門を形成し、それを受け止める。
ザリアは槍をハンへ投げる。
ハンはそれを掴み、横へ弾き飛ばした。
「三人……」
シノが青ざめる。
「どうすれば……」
第六が灰色の球体を生成し始めた、その時。
氷の鷲が飛来し、彼女の顔面へ直撃する。
三人が振り向く。
そこには、アツシのケンタウロス形態の背に乗ったユカと、その他のカイダンチョウたち、そして子供たちの姿があった。
「ありえない……!」
ミレイが呻く。
「私の支配が解けるはずがない!」
「残念だけど」
ユカが言う。
「頭に十分強い衝撃を与えれば、一時的に伝達は断ち切れるみたいね」
「それだけあれば、こっちは立て直すには十分だったってわけだ!」
ガクトが胸を張る。
全員がアツシの背から飛び降りる。
その間にも、第六の気配はどんどん不安定になっていく。
「どうして……どうして全員、死んでくれないの!? 死ね! 死ねよ!」
「悪いけど」
コウイチが肩をすくめる。
「俺ら、そう簡単に死なないんだわ」
両陣営はそれぞれ構えを取る。
第六は狂気を宿した眼差しで彼らを睨みつける。
「なら……試してあげる」
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