――第50章・マインドテスト――
シコーキ島――
食事の後、ソレンは子どもたちをそれぞれ別の客室へ下がらせ、席にはオマリロとソラだけが残った。
「さて」ソレンが言う。「お前も訓練に付き合うんだろう? オマリロ」
「……」
「最低限、部屋は要るか?」
「不要」
杖を軽く叩くと、オマリロは消えた。ソレンは肩を落とす。
「本当に羨ましいよ。好きな時に好きな場所へ消えられるんだからな」
ソラが背中に手を添える。
「気にしないで、あなた。オマリロは唯一無二よ。あの人がほぼ全部で上回ってることを考えたって、心がすり減るだけ」
「……おい、今なんて?」
「おやすみ」
ソラは寝室へ向かい、ソレンはひとりで首を振った。
「助かったよ、あいつが極端に非社交的で。そうでなきゃ、妻まで攫われてたかもしれん」
――
一方その頃、ザリアはベッドで寝返りを打ち続け、目を固く閉じていた。
「お願い、私を汚染しないで……お願い、汚染しないで……!」
唐突に起き上がり、荒い息を吐く。
「ハン、あいつ……知りすぎてた。もうやられてるの? だから最近ずっと不機嫌なの?」
深呼吸して、枕へ倒れ込む。
「違う。落ち着け、ザリア。ハンは友達だ。もし腐ったアビス野郎なら、今頃わかる」
腕を見る。
「……人格が変わった感じもしないし、体の弱りもない。なら、影響はそこまで――」
目を開けた瞬間、部屋の中にオマリロが立っていた。ザリアは飛び起きる。
「おっ、サー!」
頬が熱くなる。
「えっと……寝に来たんですか? その、隣、空いて――」
「子ども、質問あった」
「あ、はい! ハンも――」
「男、寝てる。後で」
ザリアは背筋を正し、喉を鳴らした。
「……悪い報告があります、サー。シオンって男が……私に力を与えました。ロードアウト、だと思う」
オマリロの目がわずかに細くなる。ザリアは早口になる。
「代償があるって。体に関する……あと、ダラクの力を使ったんです。母と姉を殺した奴が使ってたのと同じ」
「子ども、葛藤ある」
「はい。どうすればいいですか? ロードアウトって……体から外せますか?」
オマリロは首を振った。
「力、消せない。入ったら、死だけが解決」
ザリアの血の気が引く。
「じゃあ……これを持ってるより、死んだ方がいいんですか? 私、制御失って、みんなやあなたを――」
オマリロはしばらく黙り、杖を床に軽く叩いた。
「子ども、意志強い。問題ない。ロードアウトは人を変えない。変わるのは状況だけ」
「……じゃあ、使えってことですか?」
「子ども、自分を信じるなら。アビスに怯えて疑うな。呪いでも、自信持て」
「心は……汚されませんか?」
「体だけ」オマリロは断言した。「私が見る。子ども、安全」
ザリアは息を吐き、目を潤ませた。
「……ありがとうございます、サー。でももう一つ。シオンは“あなたの弟子だった”って言ってました。本当ですか?」
オマリロは目を閉じる。
「本当」
「そんな危険な奴が……?」
「昔の弟子は今と違う。力欲、狂気、残酷。追放だけが選択。求めるのは復讐」
「じゃあ、母と姉を殺した奴も……あなたの弟子で、道を踏み外した?」
オマリロは小さく頷いた。
「でも、なんで……? あなたに教わるなんて、世界一の祝福なのに!」
「得ようとする者は、自分を制御できない。餌をくれた手を噛む。噛んだ子どもは、途中で自分を失う」
「……話、聞かせてくれませんか?」
「別の日」オマリロは短く言った。「子ども、訓練に集中。価値を証明」
杖で頭を軽く叩くように撫でると、オマリロは消えた。
ザリアはひとり残され、天井を見つめた。
(アビス……どれだけいる? 何があった? 本当に、オマリロ様に挑んだの?)
枕に顔を埋める。
(見てくれるなら……この力、使い道があるかもしれない。でも、仲間に牙を向けた瞬間、私は――)
不安が胸に沈み、目を閉じた。
――翌日――
リカがザリアの扉を叩く。
「起きて、ザリア! 集合早いって!」
ザリアは眠そうに目を擦る。
「はいはい……起きた」
リカは腕を組んで睨む。
「よし」
「……まだ怒ってるの?」
「怒ってる。はい」
「謝ったじゃん! もう何すればいいの? 誕生日プレゼントでも買えば――」
「それはそれで嬉しいけど、もっといい案がある」リカが言う。「今日のテスト、無茶しないで。ちゃんと私の話を聞く」
「……わかった。努力する」
「よし。じゃあ許す」
二人が部屋を出ると、ストレッチ中のノノカと鉢合わせた。
「あら」ノノカが鼻で笑う。「女子会コンビ」
ザリアが睨み返す。
「まだいたの? A級気取りのジャッカスはいらない。消えろ」
言い合いの最中、オマリロはハンの部屋へ現れた。ハンはベッドの端に座っていた。
「男」
ハンはすぐに背筋を伸ばす。
「サー!」
「男、闇の気配出す」
ハンは視線を落とした。
「……気づきますよね。もちろん。隠しててすみません」
「アビス、男に臭う。男、見た」
「女を見ました。“ザ・ナース”って名乗る」ハンは息を詰める。「正体も目的も不明。でも危険で、不安定です」
(今は静かだ。オマリロがいるからか?)
「女に誘惑させるな」オマリロが言う。「正体は未確定。だが女は男を、利のために求める」
「どうやって追い出す? このままだと体を取られる気がします」
「女、体から出す必要」
「どうやって」
「魂のジュゲン」オマリロは淡々と言った。「現代で知る者、一人」
「誰です」
「セシナ」
「……どこに?」
「ここにいない。探す必要」
ハンの指が不安げに動いた。
「訓練の後で……探しに行けますか? いつまで抑え込めるか――」
「男、時が来れば自由」オマリロは遮った。「誘惑、無視。男を騙すため」
「……はい。大丈夫です」
「来い」
――
全員が道場に集まると、ソレンが前に立った。
「言った通り、三つの試験で心・体・魂を鍛える。残念ながら妹が不在だ。魂の試験はソラが担当する」
「魂を粉々にしない程度にね」ソラが微笑む。
「どう始める?」リカが聞く。
「簡単だ。まず“心”。我々はパスシステムの派生を使う」
空間が揺れ、道場は教室へ変わった。
「テストか?」ハンが眉を寄せる。
「似たようなものだ。ジュゲン試験だ。座れ、子どもたち」
全員が顔を見合わせてから席に着く。ノノカは机に足を乗せた。
「試験は単純。この部屋から脱出しろ」
ソレンはオマリロへ向き直る。
「友よ、観察場所へ案内してくれないか?」
オマリロが杖を叩くと、ソレンとソラは消えた。
ノノカは立ち上がり、鼻で笑う。
「脱出? バカバカしい。試験じゃなくて配布じゃん」
「ジュゲン操運者:呪いのスキル強化」
〈バフ付与。現在の味方に200%強化〉
「うわ」リカが呆れる。「ねえ、私たちもバフしてよ」
「しない。必要ない」
ノノカが壁を殴った――瞬間、反動で吹き飛ばされて床に転がった。
「は……?」
リカが腕を組む。
「まだ“必要ない”?」
「壁が細工されてるだけ!」
「じゃ、私が壊す!」ザリアが蹴りを入れた。
同じように反動で机へ叩きつけられる。
「痛っ!」
ノノカが起き上がり、腕を組み直す。
「弱いって?」
レイが月光の一撃を放つが、壁に弾かれた。
「無理!」
ソウシンとハンは、女子たちの無意味な攻撃を眺めていた。
「ねえ、ハン。みんな何してるの?」
「バカなこと。真似すんな、坊主」
ハンは手を叩き、視線を壁に走らせる。
「……これは“心”の試験だ。殴っても意味がない。考えろ」
スピーカーからソレンの声が響く。
『賢いな、少年。だが急げ。この部屋は五分後に自壊する』
「は?」
壁にUIが浮かんだ。
〈部屋崩壊まで 5:00〉
――観察室――
ソレン、ソラ、オマリロが眺めていた。オマリロはコーヒーを飲んでいる。
「時間が短すぎない?」ソラが言う。「息子もいるのよ」
「甘やかせない」ソレンは淡々と返す。「危険を経験しなければ、ダンジョンで死ぬ」
「……確かに」
ソレンが視線を横へ動かす。
「それにしても、なぜお前はオマリロにそんな近い」
ソラは真っ赤になった。
「えっ。ごめんなさい、つい?」
「……まだ動いてないぞ」
ソラは無垢な顔を作り、オマリロは子どもたちを見続ける。教室の中ではザリアがまだ壁を刺そうとしていた。
「子ども、学び多い」
――教室――
ハンは額を押さえた。
「……最悪だ。お前、二番手なんだろ?」
「うるさい! やってんだよ!」
「じゃあ、師匠の前でバカ晒すな。部屋を見ろ」
「……わかったよ」
ザリアは槍を消し、ハンを睨む。
「後備者の感覚あるんだろ。答え、どこだ?」
〈部屋崩壊まで 3:21〉
「教室なら、教卓だろ」
「任せろ!」ソウシンが駆け出し、教卓を探る。すると中からシジルが出てきた。
「見つけた!」
UIが二つ浮かぶ。
〈パスA:シジルを使う〉
〈パスB:様子を見る〉
「使うべき」ザリアが即決する。「移動系なら当たり」
「違ったら?」リカが不安げに言う。
「今んとこ一番それっぽい。嫌なら、好きにしろ」
「臆病者」ノノカが小さく吐き捨てた。
〈部屋崩壊まで 1:21〉
リカがため息をつく。
「時間ない……パスAで」
「待て」ハンが眉を寄せる。「たぶん――」
〈パスA 選択〉
〈シジル能力:転送〉
「ほらな!」ザリアが勝ち誇る。「簡単。オマリロ様、絶対褒める」
ソウシンが首を振った。
「でも、そんな簡単じゃない気がするよ!」
「急げ!」ザリアはシジルを握りつぶす。「爆発する前に!」
〈シジル起動〉
次の瞬間、全員の姿が消えた。
――そして再出現したのは――空の高み。浮遊する檻の中だった。
そこにいたのは、ザリア、レイ、ノノカの三人だけ。
「……え?」ザリアが固まる。「終わりじゃないの?」
リカがいないことに気づいたレイが顔色を変える。
「み、みんなは!? 他の子たちは!?」
スピーカーが檻の中に響いた。
『探せ』
ザリアが叫ぶ。
「ふざけんな! 答え見つけたじゃん!」
『いいや。“答えだと思ったもの”を見つけただけだ』ソレンの声は冷たい。
『正解は“動かない”だった。レイの盾で身を守り、待て。次の部屋は、この教室の“下”にあった。私は“急げ”と煽ったが――嘘をつく可能性を考えなかったな』
「え……?」
ノノカが唸る。
「ほら見ろ、バカ」
『お前たちは自分で穴を掘った。ここはもう島ではない。別の場所だ』
笑いがスピーカーに反響する。
『幸運を祈る』
ザリアは膝から崩れ落ち、涙がこぼれた。
「ごめん……私、勝ちたくて、良く見せたくて……全部……」
レイは一瞬迷い、それからそっと背中に手を置いた。
「……大丈夫。今は、泣くより探そう」
「大丈夫じゃない」ノノカが吐き捨てる。「空の檻だぞ。お前の短絡のせいでな。残りの雑魚が運良く助かってるといいけど」
レイがノノカを睨むが、ノノカは気にしない。
――一方――
ハン、ソウシン、リカは別の場所へ飛ばされていた。広い、博物館のようなアリーナ。
「……は?」ハンが辺りを見回す。「東京に戻ったのか?」
ソウシンが中央を指さす。巨大な恐竜のような生物が、いびきをかいていた。
「ねえ! 生きてるよ!」
恐竜が目を開け、立ち上がり、咆哮する。
「撤回!」ソウシンが叫ぶ。「絶対東京じゃない! 逃げて!」
―――




