――第48章・ヤミ・ゴリケンジョ――
シコーキ島――
リカはベンチに座り、落ち着かない様子で親指をいじっていた。すると突然、空からオマリロが降ってきて、目の前に着地した。
「……少女」
リカの目が輝き、勢いよく抱きつく。
「サー! 来てくれたんですね!」
オマリロは抱きつかれても微動だにせず、リカが離れると彼女を観察した。
「少女、悲しい。なぜ」
リカは涙ぐみ、すぐに拭った。
「頑張って練習してるのに、あなたがいないと全然チームがダメで……。レースがあって、私、みんなに“気をつけて”って言ったのに、誰も聞かなくて……。誰も、私の話を聞いてくれない……」
「少女、役割に不安」
「うん、まぁ……そう。ねえ、サー。あなたなら、慎重に鋭くやるのがいい? それとも、何があっても勝ちにいくべき?」
オマリロは杖を地面に軽く打ちつけた。
「子ども、混ぜる必要。鋭いだけで弱い――迷い生む。勇敢でも愚か――危険生む。鋭く。勇敢に」
リカは強く頷く。
「分かりました。……サー、残りの訓練も一緒にいてくれませんか? 私たちだけじゃ、まだ……」
「来い。他の子探す」
「はぁ……助かった。ありがとうございます」
歩き出そうとした瞬間、ノノカが島民の間を割って押し進んできた。
「どいて。邪魔。……ねえ、ここに年寄りの師匠みたいなのいない?」
オマリロを見つけて足を止める。
「あ、いた。おっさん。私もここで訓練できるの?」
リカの目が一気に見開く。
「……サー、なんで“こいつ”がここに!?」
「少女、新しい弟子」
「……はぁ!? え、なにそれ!?」
ノノカはリカを値踏みするように見て鼻で笑った。
「ああ。気弱な子。サー、これ必要? こいつ、文句と泣き言しか言わないじゃん」
「は? 今なんて言った、あんた」
「なんて呼んだ?」
オマリロは先に歩き出す。
「歩く時間。女の子、喧嘩あと」
リカはノノカに指を突きつけた。
「師匠がいなかったら、今ここで――この、いじめっ子!」
「んー。師匠、もう私のだけど?」
「違うし!」
二人は、すでにオマリロが通りの先へ行っていることに気づき、同時に走って追いかけた。
通りを進むオマリロの前方で、レイとソウシンが路上の犬みたいな生き物を撫でていた。
「ねえソウシン、これなに?」レイが首を傾げる。
「島の生き物! シコーキウルフ!」ソウシンが胸を張る。「こいつら、ジュゲン使えるんだ!」
「えっ、ほんと!? 見せて見せて!」
「いいよ――!」
そこへオマリロが足を止めた。
「子どもたち」
二人が同時に振り向く。
「オマリロさん!」レイが息を呑む。
「友だち!」ソウシンが手を振る。
オマリロはソウシンを見て、杖を向けた。
「少年、人間」
ソウシンが元気よく頷く。
「うん! 姉ちゃんが戻してくれた! ねえ、僕も入っていい? オマリロの友だちのグループ、大好き!」
リカはソウシンの肩に手を置く。
「サー、この子、才能すごいです! 入れてあげてください! お願い!」
「少年、証明必要」
「どうやって?」ソウシンが身を乗り出す。「任務? 何すればいいの、オマリロ?」
「価値、示す。残りの子ども、どこ」
「たぶんいつも通り、無謀でバカなことしてる」リカが唸る。
ノノカが肩をすくめる。
「うわ。あんたら、仲悪いの?」
「黙れないの!?」
レイが首を傾け、ノノカを見た。
「この子、誰?」
「でしょ!?」リカが即同意する。
ソウシンがノノカへ寄っていく。
「新しい友だち?」
ノノカは両腕で大きく×を作った。
「違う違う違う。あんたらと友だちになる気ない。私は“あの人”がカッコいいから来てるだけ。あんたらは別に」
リカの顔が赤くなる。しかしオマリロは歩みを止めない。
「チーム、馴染む必要。全ての子ども」
オマリロはノノカに杖を向けた。
「……少女も、含む」
「は、はい……」
「オマリロさん、ほかのみんなの場所わかる?」レイが聞く。
「近い。感情、高い」
「ふん」リカが小さく吐き捨てた。「感情とかいらないのに。負けた原因、あいつらだし」
そこへ護衛を連れたソレンが現れ、にこやかに手を広げた。
「おや。旧友じゃないか、オマリロ・ニュガワ!」
「……背の高い男」オマリロが言う。
「名前を覚えているだろう? その口調はやめたまえ」
「男、何が欲しい」
「今夜、君の生徒たちは夕食に招待されている。君が来ているなら、リーダーとして同席してはどうだ?」
「夕食、無意味」
「食べなくてもいい。生徒のために“そこにいる”だけでいいだろう?」
「……悪くない」
ソレンの視線がノノカへ移る。
「ところで、この子は誰だ?」
ノノカが鼻で笑う。
「砂原ノノカ。何、岩の下で暮らしてた?」
「ストーンカイダンチョウの娘か。オマリロ……君の影響力は底が知れないな。で、なぜ私の島に?」
「少女、望んだ」
「訓練が目的か?」
「はっ。こんな子ども騙しの訓練、いらない。私はもう、ほぼ上位だし」
「なら見せてもらおう」ソレンが手を振る。「ジュゲン後備者:標的操作」
ノノカの頭上にUIが出て、本人が一瞬だけ目を見開く。
〈砂原ノノカ レベル:49,000〉
子どもたちがどよめく。
「……レイより上じゃん!」リカが指差した。
「すごい!」レイは拍手する。「きっと頼れる仲間になるね!」
ノノカは髪を払う。
「差、分かった? ルーキーたち」
「技能はすべて解放済みのようだが」ソレンが考えるように言う。「それでも学ぶべきことは多い。訓練に参加したまえ――新しい師匠の前で失敗するのが怖くないなら、だが」
ノノカが腕を組む。
「怖い? 私を誰だと思ってんの」
そしてオマリロへ視線を投げる。
「いいよ。やってやる。けど、こいつらとは組まないし、あんたのためでもない」
「残念だが」ソレンは笑った。「次は“チーム課題”だ。つまり、ユニットで動いてもらう」
ソレンはオマリロの肩を軽く叩く。
「夕食で会おう、旧友。時間は……」
腕時計を見る。
「三十分後だ」
護衛と共に去っていくソレンが手を振る。
「気をつけてな、息子」
「ばいばい、父さん!」ソウシンが元気に返す。
リカが頭を抱える。
「ザリアとハン、絶対キレる……」
「……子どもたち、キレる」オマリロが短く同意した。
――
一方――
路地裏でザリアは槍の突きを繰り返し、壁を穿っていた。
「はっ! 貫け! 壊せ!」
槍を蹴り飛ばして壁を凹ませ、膝に手をついて息を整える。
(“オマリロ様みたいじゃない”? 何それ。感情で揺れてるのはあいつの方じゃん)
ザリアは壁へ回し蹴りを入れ、さらに凹ませた。
「このチーム、問題だらけ。私が全部背負ってる」
蹴る。蹴る。蹴る。
「オマリロ様のためなら何でもする。でも、ムード最悪のガキ共の子守りとか向いてない。リカはメロドラマ、ハンは冷たいクソ野郎、レイは頭空っぽで風が通る」
側転蹴りで壁の一部が崩れた。
「いっそ私だけなら――オマリロ様も楽になる。私だけが言うこと聞く。私だけが崇拝してる!」
槍で強く突くと、壁に穴が空いた。汗を拭った時、近くで拍手が聞こえた。
「いい火力だね。彼氏だったら地獄だ。彼女でも、もしそっちなら」
ザリアが背筋を伸ばす。白髪の若い男が立っていた。
「……誰だよ。何の用」
「シオン。シオン・アラカネ」
「絡むな。愚痴ってんだ。消えろ」
「オマリロ・ニュガワの弟子だろ?」
「……そうだけど。なんで知ってんの?」
「地球で一番有名だからな。そりゃ知ってる。俺も昔、彼の下で学んだ」
「……あんたが?」
「ああ。あいつが本気で暴れてた頃な。今も、お前ら相手に手を抜いてる。――どれくらい“認められたい”?」
ザリアは迷いなく答えた。
「全身全霊。母も姉も、あの人を敬ってた。あの人は私を救った。何度も」
「なるほど」シオンは頷く。「手伝えるよ。……代償つきで」
「代償?」
「力は無料じゃない。絶対に」
シオンが手を差し出す。黒い気配が指先に灯った。
「受ける? 受けない?」
ザリアは深く息を吸い、少しだけ考えた。
「……受ける。師匠の役に立てるなら」
シオンが口元を歪める。
「よし。あいつらが自慢だけして理解してない“ロードアウト”を教えてやる」
「私、狂わないよね?」ザリアが眉をひそめる。「オマリロ様を攻撃したくない」
「しないしない。お前の中の力を引き出すだけだ。代わりに、めっちゃ食って寝ろ。じゃないと昏睡のリスク」
「……は?」
シオンが笑う。
「まあ他にも副作用あるけど、言わない」
「言わないなら信用できるわけ――!」
「信用するさ」シオンが切り捨てる。「お前は“怖さ”より“認められたい”が勝つ。大きい力を、ちょっとしたリスクで。そうだろ?」
「ちょっとじゃない! レイド中だったらどうすんの!?」
「準備しとけ」
ザリアは行ったり来たりして、最後に歯を食いしばった。
「……分かった。何すればいい」
「動くな」
シオンがザリアの額に手を置いた。
「ジュゲン堕落:モンスターの覚醒」
〈ロードアウト付与――ロードアウト変更:ヤミ・ゴリケンジョ〉
「ジュゲン堕落!? 離れろ!」
ザリアが突き飛ばすが、シオンは一歩引いて笑った。
「もう遅い。誇れよ。お前は“資産”になる。島の防衛があるから今ここでオマリロは襲えないけど――ちゃんとした決闘は近いうちに用意してやる」
「近づいたら殺す――!」
「できない」シオンが冷たく言う。「そのロードアウトじゃ“奈落”にダメージ通らない。狙えるのは人間とジ・エンドレスだけだ」
背後にポータルが開く。
「じゃあな、ザリア」
シオンは消えた。
「……騙された……!」
ザリアが地面を踏みつけた瞬間、衝撃波が走り、建物が揺れた。
「……え。今の……私?」
通りに出ると、ハンが歩いてくる。
「ザリア? 何してんだ」
「音がした。お前らの誰かが爆発でも起こしたかと思ってな」
「余計なお世話」
「ふん」
ザリアは声を落とす。
「ハン、聞いて。私……憑かれたか、いじられたか、奈落の何かが――」
ハンの目が見開く。
「どういう意味だ」
「シオンって奴が来て、ロードアウトを付与した。代償があるって」
ハンがザリアの腕を掴む。
「代償って何だ。何言われた。なんで受けた」
「強くなりたかっただけ!」
ハンは一度息を整えた。
「……その力、触るのは危険だ」
ザリアが疑いの目を向ける。
「なんで分かるの?」
「……関わったことがある。あの系統と」
「は!?」
「それはいい。今は――どんな力が出る?」
「まだ試してない……」
「声は? 頭の中に他人の気配とか」
「ない」
ハンが少しだけ緩む。
「ならまだマシだ。槍を出せ」
ザリアが腕を突き出す。
「ジュゲン闘士:呪槍!」
〈ロードアウト技能1:ヤミ・ゴリケンジョ――双刃山〉
〈ロードアウト技能2:ヤミ・ゴリケンジョ――豪崖のハイヒール〉
〈技能3:???〉
二人は言葉を失った。
「……強そう」ザリアが息を呑む。
「強い。だから危険だ」ハンが言い切る。「あいつが仕込んでる可能性がある。必要な時だけ使え」
「分かった。でも、オマリロ様には言う」
ハンが空を見上げる。
「言える。でも……どう受け取るかは――」
「師匠だよ、ハン。全部言う」
ハンは自分の手を見つめた。
「……そうだな。“全部”だ」
――
一方――
シオンはポータルから落ち、暗い荒野に着地した。目の前には、ガラクタの山に足を組んで座る影の女――“ナース”。
「よう、俺の大好きなナース!」
ナースは冷たい目で睨む。
「何の用、シオン」
「一人、奈落の影響を入れた。次の標的も落とせば、お前を牢から解放できる。――あの少年は?」
「相変わらず抵抗する」ナースが鼻で笑う。「力を与える。師匠から自由にする。……それでも拒む」
「心配すんな」シオンが肩をすくめる。「時が来たら、俺が“師匠”を止める」
「どうやって?」
シオンの身体が黒い鎧へ変わり、紫の爪が伸びる。声は低く、歪んだ。
「見れば分かる。忘れるな――俺は“破滅の伝令”だ」
落ちてきた瓦礫の山を一閃し、粉々にする。
「破滅は――必ず来る」
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