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――第100章・勝利の意味――

第一階層――


 ハンが目を覚ますと、そこには誰もいなかった。

 彼はすぐに立ち上がり、荒い息を吐きながら周囲を見回す。


 その直後、ゲートが開き、他の面々が外へ出てきた。


「ずいぶん遅かったじゃない」

 ノノカが鼻を鳴らす。

「クリアするより外に出る方が時間かかるって、どういうこと?」


「悪い」

 ザリアが肩をすくめた。

「あんたたち、こっちは目が見えなかったんだから」


 一行が中央へ集まると、ハンが一人、何か考え込むように立っていた。

 ソウシンがすぐさま駆け寄って抱きつく。


「ハン友だち!」


 ソウシンはそのままハンに抱きついたが、ハンは反応を返さない。

 それを見た少女たちの顔は、そろって不機嫌そうに歪んだ。


「しばらく見ないで済むかと思ったのに」

 ザリアがうんざりしたように言う。


「話しかけなきゃいいでしょ」

 リカが冷たく返した。


「なんかさ、いけしゃあしゃあと立っててムカつくんだけど」

 ノノカが眉をひそめる。

「さっさと次のフロア行けない?」


 レイだけは黙っていた。


 ガクトがハンの背中を軽く叩く。


「心配したぞ、坊主! どこ行ってた?」


「どこにも」

 ハンは短く答える。

「第四階層を抜けるのに、少し時間がかかっただけです」


 リカは疑わしげに目を細めるが、それ以上は言わず、話を切り替えた。


「ガクトさん、次は?」


 一行は扉の前へ集まる。

 その横で、エメルが人型に変わり、ハンをじっと見上げた。


「少し時間がかかった、ねえ」

 エメルが言う。

「ここのゲートって、全員出たら閉まるでしょ?」


「……そうだな」

 ハンはまだどこか上の空だ。


「じゃあ、何があったの?」


「何もない」

 ハンは淡々と答える。

「兄のことなら安心しろ」


 そう言って彼は一人、端の方へ歩いていった。


「……ミスター・ニュガワは、やっぱり何かの……神なのか?」

 彼は胸の内で呟く。

「いや、決めつけるな。ちゃんと本人に聞かないと。しかも“誰にも言うな”って言われたし……どうせ言っても誰も信じないか」


 ガクトは封印扉を見上げた。


「よし、あと少しでこいつも開きそうだな。次は第六階層だ!」


 一行は第六階層のゲートへ向かう。

 それは上下逆さまのような奇妙な形をしていた。


 近づくと、UIが浮かび上がる。


〈フロアレベル:6。女性は二段ジャンプ可能。男性は筋力上昇。〉


「今回はちょっと面白そうじゃん」

 ノノカが口角を上げる。

「じゃ、あたし先に行くわ」


 ノノカがポータルへ飛び込み、続いてザリア、リカ、レイ、ガクト、ソウシン、エメルも入っていく。

 ハンも入ろうとしたその瞬間、背後でオマリロの姿が一瞬だけ揺らぎのように現れ――そしてすぐ消えた。


第六階層――


〈規則:ゲームを攻略せよ。〉


 一行が辿り着いたのは、まるで横スクロール型の二次元ゲームのような空間だった。

 巨大な穴、動く足場、降ってくる爆弾、浮遊する髑髏型の敵、そして棘の罠まである。


「……思ってたのと違う」

 ノノカが呟く。


 頭上には残機表示まで浮かんでいた。


〈残機:5〉


 ガクトが動く足場を指差す。


「パターンゲームってやつだな! よし、みんな行くぞ! 昔ばあちゃんとやった時みたいに攻略だ!」


 ザリアが跳び上がる。

 すると誤って二段ジャンプが発動し、そのまま足場へ着地した。


「おっ、ほんとだ! 二段ジャンプできる! みんなもやってみろ!」


 リカはエメルを抱えたまま跳び、レイとノノカも続く。

 ガクトは頭をかいた。


「……男組は上がれねえな」


 ハンは何も言わずキューブを起動し、ワイヤーを射出する。

 そのまま三人は足場へ引き上げられた。


 全員が合流したところで、足場が次のエリアへ運んでいく。

 そのとき、頭上を棘の列が通過した。


 ノノカが立ち上がる。


「で、このクソゲーどうやって終わらせんの?」


「向こう側まで行くんだよ!」

 ガクトが指差す。

「あと、立ち止まってると――」


 ちょうどその時、爆弾が落ちてきてノノカが吹き飛んだ。

 すぐにその場に復活する。


「え、今なに?」


「爆弾で死んだ」

 ザリアが平然と答える。


〈残機:5 → 4〉


 別の足場が横に滑ってくる。

 ザリアは迷わず飛び移った。


「ほら、来い!」


 他の面々も続く。

 リカとレイはソウシンを引っ張り上げた。


 そこへ浮遊する髑髏が近づいてくる。

 リカがそれを見上げる。


「あれ、いい髑髏?」


 髑髏はレーザーを放ち、リカを一瞬で灰にした。


「悪い髑髏じゃん! 最悪なんだけど!」


〈残機:4 → 3〉


「気をつけろ、みんな!」

 ガクトが叫ぶ。

「誰か一人でも死んだら、全体に響くぞ!」


 彼はヘルメットを投げ、髑髏を粉砕した。


 足場はピクセル調の崖に到着し、一行は上へ向かって走り出す。

 あちこちに棘が生えていたが、女子組は二段ジャンプで越え、ソウシンはそのまま突っ込んで棘ごと粉砕していった。


「おー! これ楽しい!」


 崖の上で再集合し、そのまま穴や髑髏を越えて進んでいく。

 ハンだけは終始少し後ろを歩いていた。ザリアは気にせず前へ進む。


 やがて複数の足場が動き回るエリアに出る。

 中央にはトーテムが浮いていた。


「見つけた! あたしが取る!」


 ザリアが次々と足場を飛び移っていく。

 だが、巨大なピクセルの巨人が現れ、木槌で彼女を叩き落とした。


〈2Dトーテムの守護者――ラッキー・ザ・ジャイアント。レベル80000〉


 他の面々もザリアのところへ追いつく。

 ラッキーは不気味に笑いながら、足場を一つずつ叩いて潰していく。


〈領域効果:頑丈頭。ラッキーは頭上を踏まれることで一時的に行動停止する。〉


 木槌を振り下ろし、ラッキーは大半の足場を破壊した。

 残ったのは一行の足場だけだった。


 レイは皆を包むようにシールドを張る。

 ラッキーは木槌を高速で回し、風圧を巻き起こした。


「ノノカ、バフいける?」

 ザリアが訊く。


 ノノカは手を伸ばす。


〈全員に200%バフ付与。〉


 レイがシールドを解き、月光弾でラッキーの気を逸らす。

 その隙にリカがシジルを作り出した。


〈シジル生成:サイフォン。〉


「これ使って!」


 ザリアはそれを受け取ると、二段ジャンプでラッキーの頭上へ飛ぶ。

 そのまま頭を踏みつけ、ラッキーを目眩状態にした。


「決まった!」


 ガクトがそこへ突っ込み、頭突きでラッキーの胸へ激突する。


〈ボスHP:100% → 72%〉


 ソウシンはレイを投げ飛ばす。

 レイは空中から月の刃で肩を斬りつけ、追撃した。


〈ボスHP:72% → 55%〉


 ラッキーは立て直し、木槌を地面へ叩きつけて全員を吹き飛ばす。


〈フェーズ2。〉


 今度はもう一本、木槌が形成された。

 両手の木槌をドラムのように叩きつけ、衝撃波が空間を走る。


 ガクトが前に出てラッキーを引きつける。

 その間、他の面々は体勢を立て直した。


 その中で、ハンだけがぼんやりと別のことを考えていた。


 ソウシンがハンの腕を引く。


「ハン友だち、手伝って!」


 だがリカがその腕を引き剥がす。


「ソウシン、こいつはいいの。ガクトさんを手伝わなきゃ!」


 ガクトがラッキーへ頭突きを叩き込む。

 ラッキーは逆に木槌でガクトの頭を殴り返し、その衝撃で空間全体が揺れた。


「あたし、もう一回頭狙う!」

 ザリアが言う。


「じゃあ、あたしとレイで胴体側ね」

 ノノカが答える。

「ちょうど“あれ”ももう一回引けそうだし」


 リカは新たなシジルを作り出す。


〈シジル生成:ライフスティール。〉


 それを砕き、ラッキーの生命力を奪う。


〈ボスHP:55% → 45%〉


 ザリアはあえてラッキーの一撃を誘い、叩かれる。

 だがシジルが発動し、その反動でラッキーを大きくのけ反らせた。


 その隙にザリアは再び頭を踏み、ラッキーをスタンさせる。

 ガクトがその間に脚へ体当たりを叩き込んだ。


〈ボスHP:45% → 32%〉


 レイとノノカも同時に胴体へ攻撃を加える。

 反撃しようとしたラッキーの顔面へ、ザリアが鋭い一撃を入れた。

 ソウシンはエメルを抱えて振り回し、巨大な拳を作らせてそのまま口元を殴りつける。


 ハンだけは、やはり何もせずそれを見ていた。


〈ボスHP:32% → 21% → 11%〉


 最後にザリアが槍を回転させて投げる。

 ガクトがそれへ頭突きを合わせ、さらに加速させた。


 槍はラッキーの身体を貫き、そのまま巨体を倒す。


〈ボスHP:11% → 0%〉


〈挑戦成功。〉


 トーテムが現れ、ガクトがそれを掴んだ。


「よし! みんなよくやった! これであと一つ……だよな?」


 出口のゲートが現れる。

 ザリアは迷わずそれへ向かった。


「急ぐよ。マスターが待ってるんだから」


 皆がその後に続く。

 だがハンだけは、その場に少し立ち尽くしていた。


「……本当に?」

 彼は心の中で呟く。

「本当に、先生は俺なんか必要としてるのか……? いや、俺は――ただの足手まといなんじゃ……」


 彼は頭を振り、最後にゲートを潜った。


???――


 竜の姿となったオマリロは、エリアスとともに女の後を歩いていた。

 そこは大理石と黄金で彩られた、優美な王国の幻だった。


「会えて嬉しいわ、我が王」

 女は静かに告げる。

「本当に久しぶりね」


 オマリロは何も答えない。


 エリアスはその女とオマリロを奥へと導く。

 そこには黄金の中庭があった。

 子供たちの影が走り回り、親たちは卓を囲み、鳥が空を舞っている。


「ダンジョン万界」

 女は穏やかに言う。

「全盛期の姿よ。懐かしくはない?」


「終わった」

 オマリロは答える。

「ムジンシャとエンドレスに」


 そのまま歩み続けると、景色は一転する。

 栄華に満ちた王国は、灰と瓦礫に覆われた滅亡の地へと変わった。


 女はそれを見回し、小さく息をつく。


「残念ね」


 エリアスが女へ一礼する。


「ウツロハ様。王はまだ理解しておられません。いかがなさいますか」


 ウツロハは軽く手を振ってそれを制した。


「心配いらないわ、堕ちた騎士。いずれ分かるもの」


「女は生きているはずがない」

 オマリロが口を開く。

「女は炎の中で焼かれた」


 ウツロハは振り返る。


「これは、残された魂の淡い投影に過ぎないわ」

 彼女は言った。

「本当の私の身体は、あの祖国の残骸の中で眠っている。あなたを待ちながら」


 その身体が変じる。

 純粋な狐の姿となり、空中を歩くように進みながら、荒廃した大地を見下ろした。


「ムジンシャ……本当に忌々しいわ。私たちから権限を奪い、好き勝手に振る舞って。しかも今は、あなたを狙っているのでしょう? しかもあなた自身の獣を使って」


「スライムは処理する」

 オマリロは淡々と告げる。


「あれは危険よ、我が王。みんな危険。だからこそ、エンドレスは彼らに執政権を与えた」

 ウツロハの声がわずかに冷える。

「――本来、私たちのものだった権限を」


 幻の中で、異形の怪物たちが大地を蹂躙し、家族が逃げ惑い、骸が積み上がっていく。

 ウツロハは悲しげにそれを見つめ、やがて決意の眼差しでオマリロを見た。


「この国を取り戻して」

 彼女は言う。

「私たちを取り戻して。あなたの獣たちを集めれば、ダンジョン万界は再び甦るわ」


「何も残っていない」

 オマリロは答える。

「すべて消えた」


 景色は完全に灰と瓦礫だけの世界へと収束する。

 ウツロハはその上に降り立った。


「待っているわ、我が王」

 彼女は微笑んだ。

「いつか必ず、あなたは気が変わる」


 エリアスがその隣に立つ。

 ウツロハはやわらかな笑みを浮かべ、オマリロへ尋ねた。


「それで、娘は元気かしら?」


「娘は狂っている」

 オマリロは即答した。


「……そう」

 ウツロハは少し目を伏せた。

「幼い頃にもっと一緒にいてあげていれば、少しは違ったのかもしれないわね。でも、もういい」


 彼女は再び顔を上げる。


「私たちを見つけて、我が王。獣たちを取り戻し、上位原型を再び集わせなさい」


 その幻は消えていく。

 気づけばオマリロは、人の姿へ戻り、果てのない黒い海の上に立っていた。

 周囲では嵐が唸っている。


〈今なら分かるだろう? 我が助力を欲するなら、弱者のふりはやめることだ。お前自身がいつも言っているではないか――“男は弱き者の言葉には耳を貸さぬ”と〉


 その言葉に呼応するように、水面が大きくうねった。

 やがて、巨大な濃紺の水蛇が海から姿を現す。

 翼と触手を備え、青く光る眼でオマリロを見下ろしていた。


「レヴィアタン」

 オマリロが呟く。


「この決闘で私を打ち倒せ」

 レヴィアタンが言う。

「そうすれば、かつてのように貴様へ従ってやろう」


 海水が持ち上がり、鋭い氷刃となってオマリロへ襲いかかる。

 彼はそれらを斬り払う。


 レヴィアタンは凄まじい速度で周囲を巡り、そのまま突進してオマリロを海中へ引きずり込んだ。


 オマリロは即座に脱出する。

 だがレヴィアタンの尾が叩きつけられ、その一撃を腕で受け止めた瞬間、大波が彼の身体へ叩きつけられた。


 レヴィアタンはさらに加速する。

 海面を裂きながら何度も飛び出し、激流を砲撃のように撃ち出した。


 オマリロはその全てを回避する。

 次いでレヴィアタンが口を開き、氷を吐き出す。

 オマリロの腕が霜に覆われた。


「獣、強いな」


「私の力に耐えられるところを見せてみろ」


 レヴィアタンは海中へ潜り込む。

 すると海水の塊がいくつも持ち上がり、槍のように降り注いだ。

 海面の一部は凍結していく。


 オマリロは海の上を駆け、レヴィアタンの胸元へ強烈な斬撃を叩き込み、その身を真っ二つに裂いた。

 だが水が盛り上がり、傷は即座に再生する。


 次の瞬間、真紅の海水弾がオマリロを吹き飛ばした。


 彼は立ち上がり、剣を構える。

 海面の反射には、次のゲートへ急ぐ仲間たちの姿が映っていた。


「どうするつもりだ、主よ?」

 レヴィアタンが問う。

「どの道を選ぶ?」


 オマリロはしばらく黙っていた。

 やがて、その身から黒いエネルギーが噴き上がる。


「道などない」

 彼は言った。

「あるのは勝利だけだ」


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