――第101章・姉妹――
第一階層――
一行は最後のゲートへ向かった。
それは他の部屋の扉よりも、はるかに高くそびえ立っている。
ザリアが手を伸ばすと、UIが浮かび上がった。
〈フロアレベル:7。三つの繋がり合う関係が選ばれます。〉
全員が顔を見合わせる。
直後、ザリア、リカ、ハンの周囲に三つの光輪が現れた。
ザリアとリカは、反射的にハンから距離を取る。
「お前ら三人に任せるぞ」
ガクトが言った。
「気をつけろよ。ちゃんと協力するんだ!」
「ふん」
リカは短く吐き捨て、ポータルへ入っていく。
ザリアはハンを上から下まで睨みつけると、背を向けた。
「あたしたちの邪魔だけはすんな。分かった?」
ハンは黙って頷く。
ザリアがポータルへ飛び込み、ハンもその後に続いた。
その瞬間、部屋全体が揺れ、強烈な水の衝撃波が放たれる。
残された全員が床に吹き飛ばされた。
「いたた……」
ノノカが頭を押さえながら呻く。
「今の何?」
「あの力……レヴィアタンのものだ」
ガクトが気づき、表情を険しくする。
「くそ、時間がねえぞ!」
第七階層――
ザリア、リカ、ハンの三人は、パーティーデッキのような場所へ降り立った。
周囲ではエスコートたちがポーカー、ビリヤード、ダーツなどに興じている。
三人が現れた瞬間、エスコートたちは一斉にこちらを向いた。
ザリアは構わず前へ進む。
やがてロシアンルーレット用のテーブルを見つけ、そこに座って酒瓶を傾けるケイの姿を見つけた。
「ようこそ、友よ」
ケイが告げる。
「規則は読んだか?」
「規則?」
ザリアが眉をひそめる。
「何の規則?」
〈規則:信頼を賭けよ。〉
ケイはテーブルを軽く叩いた。
「座れ、子供たち。その席からお前たちの主のもとへ辿り着きたいなら、少々気まずい思いをしてもらう。手を中央に」
「これ、安全なの?」
リカが不安げに訊く。
「さあな。安全かもしれないし、そうじゃないかもしれない。座れ」
三人は席につき、ケイの指示通り手を中央へ置いた。
「では始めよう。お前たちには一票ずつある。誰が銃を持つ?」
ザリアが即座に手を挙げた。
「あたしがやる」
ケイは弾倉を回し、ザリアへ銃を渡した。
「勇敢な選択だ。では、ザリア。銃口をハンの頭に向けろ」
「は? 何のために?」
「ゲームの一部だ。やれ」
ザリアは一瞬ためらった。
だが、ゆっくりとハンの頭へ銃口を向ける。
ケイは酒をひと口飲み、弾倉をもう一度回した。
「撃て」
「でも――」
ケイの目が光る。
その瞬間、ザリアの指が引き金を引いた。
しかし、何も起こらない。
ケイは椅子に背を預け、指を組んだ。
「ふむ。空だな。次はリカに同じことをしろ」
ザリアは震えながら銃口をリカへ向ける。
リカは本能的に身を引いた。
「ひっ! お願い、撃たないでベスティ! まだ若いから!」
ザリアはケイを見る。
「他のことじゃダメなの? お願い。リカを傷つけたくない」
「撃て」
ザリアは目を閉じ、ゆっくりと引き金を引いた。
またしても、何も起こらない。
ケイは満足げな表情で頷く。
「どうやら、運はお前たちの味方らしい」
ゲームは続いた。
ザリアは何度か銃を撃ち、やがてケイが手を止めさせる。
「さて。次の一発は、標的に当たる確率が五十%だ」
ケイは銃をハンへ差し出した。
「ハン。今度は君がやるか?」
ザリアとリカは立ち上がろうとした。
「待って、ダメ!」
ザリアが叫ぶ。
「こいつ、絶対あたしたちを殺す!」
リカが青ざめる。
「お願い、銃を取り上げて!」
水でできた鎖が二人を椅子に縛りつけ、動きを封じる。
二人の視線が、銃を手にしたハンへ向けられた。
ハンは黙って銃を見つめる。
「彼女たちは、お前の一番近い友だった」
ケイが言う。
「だが、この三ヶ月間、お前を憎み、泥のように扱ってきた。さあ、どうする、ハン。誰に死んでほしい?」
ハンは二人を見る。
ザリアとリカは、恐怖と憎しみが入り混じった目で彼を睨んでいた。
ハンは銃を長く見つめる。
そして、ゆっくりと持ち上げた。
「俺は……」
その瞬間、彼の頭の中に記憶が閃いた。
数ヶ月前――
大阪の路地裏。
ザリアとリカはゴミ箱の上に座り、ハンはキューブで周囲をスキャンしながら、通りを何度も歩き回っていた。
「何か見つかった、ハン?」
リカがだるそうに呻く。
「疲れた。家に帰りたい」
「家なんてないだろ」
ハンが答える。
「俺たちはただの逃亡者集団だ」
ザリアが近くの廃屋を指差す。
「いやいや、あれがあるじゃん。あのボロ家があたしたちを守ってくれるって。大阪ダンジョンに入れれば、たぶんいい戦利品も取れるし」
リカは足をぶらぶらさせた。
「ほんとにそうだといいけど。配信もできないし。あれ以来……まあ、分かるでしょ」
長い一日は夜へと変わっていく。
ハンは戻ってきて、肩をすくめた。
「ダメだ。何もない。今日は諦めるか?」
二人は頷き、三人で廃屋へ入った。
中には埃っぽいリビング、錆びたキッチン、そしてギシギシと軋む階段があった。
「ホームスイートホーム」
リカが溜め息をつく。
「ほんと、身の丈以下すぎる生活なんだけど。あたしみたいな女の子にこれはないでしょ……」
ザリアはソファへ飛び乗り、ブーツを脱いで、歪んだテーブルに足を乗せた。
「悪くはないじゃん。完全に野宿よりはマシでしょ?」
「何が違うの?」
リカは二階へ上がる。
寝室には虫が群がり、天井から水が滴り、敷物の下からネズミが逃げ出した。
「最高! 今日もソファ決定!」
彼女は一階へ戻り、ソファに顔を埋める。
ハンは冷蔵庫を漁ったが、中には空き缶しかなかった。
「思った通りだ。また食べ物を買いに行かなきゃな」
「グミ買ってきて!」
リカが頼む。
「プロテインバーも追加で」
ザリアが言った。
「エネルギー切れそう」
ハンは目を回し、家を出て近くのコンビニへ向かった。
店内の女性店員は、客の会計をしながら穏やかな笑みで彼を迎える。
「ハン! また会えて嬉しいよ。今日も君と妹たちのご飯を買いに来たのかい?」
ハンは棚を見て回りながら答える。
「チョさん、何度も言ってますけど、あいつらは本当の妹じゃありません。ただ、俺がいないとたぶん死ぬから、そういう扱いをしてるだけです」
彼は商品をいくつか籠に入れた。
チョは最後の客を見送り、足を引きずりながらハンのそばへ来る。
「家族に血の繋がりは必要ないんだよ」
チョは優しく言った。
「あの子たちの面倒を見る君を何度も見てきた。あれはただの逃亡者同士の絆じゃない」
「まあ、そこそこ長く一緒にいますから」
ハンは認める。
「でも、何が言いたいんです?」
チョはハンの肩をそっと握った。
「私が言いたいのはね、そんな野蛮な暮らしはやめなさいってこと。うちで働きなさい。信託のお金だけで生きていく必要なんてない。現実の世界は、歳を取るほど厳しくなるよ」
ハンは少しだけ眉を上げたが、すぐ買い物へ意識を戻した。
「すみません、チョさん。でも俺には別の目標があります。カイタンシャになるんです。親友みたいに」
女性は少し驚いた顔をした。
レジで商品を読み取っていると、リカとザリアが勢いよく店へ入ってくる。
二人とも疲れ切った顔をしていた。
しかも裸足だった。
「ハン!」
リカが呼ぶ。
「早くしてよ、遅すぎ!」
「そうだよ」
ザリアも頷く。
「大丈夫なの?」
ハンは片手を上げる。
「待て待て。あと次から靴は履け」
二人はぶつぶつ言いながら外へ出る。
チョは呆れたように首を振った。
「あの子たちの相手は大変そうだね」
「大変です」
ハンは商品を受け取る。
「でも、チョさんが言った通り、俺たちはもうただの逃亡者じゃない。あいつらは、ほとんど俺の妹みたいなものです」
彼は手を振って店を出る。
ザリアとリカのもとへ戻ると、ザリアは彼の腕へ軽く拳を入れ、リカはすぐ袋を漁って自分の菓子を取り出した。
チョは店内からその姿を見つめ、小さく呟いた。
「あの子たちが、正しい道を見つけられますように」
現在――
ハンはもう一度、銃を見た。
ザリアとリカは身構えている。
「言っとくけど」
ザリアが震えた声で言う。
「リカに向けたら、あたしは――」
「ザリア!」
リカが叫ぶ。
「無理して強がらなくていいから! ケイ、お願い、もうやめて!」
「やらねばならない」
ケイは淡々と告げる。
「選べ、ハン。今すぐに」
ハンは弾倉を回した。
そして銃口を向ける。
「どちらも選ばない」
彼は静かに言った。
「俺はもう、妹たちを傷つけない」
そのまま銃口を自分の顎へ当て、引き金を引いた。
バンッ。
最後に見えたのは、ザリアとリカの愕然とした瞳だった。
視界が真っ白に染まり、彼は意識を失った。
「キヨシ……待ってろ……今行く」
次に目を開けたとき、ハンは自分の家の幻の中にいた。
辺り一面は純白。
その中で、親友キヨシがキューブを手の中で回していた。
「で」
キヨシが言う。
「どうやら死んだみたいだな?」
「そんな感じ」
ハンは彼の隣に座った。
「正直に言うよ。俺、いろいろ悪いことをした」
キヨシはキューブを空中へ放る。
「聞かせてみろ」
「まず、変なナース女に取り憑かれた。そいつのせいで、俺は変な闇落ち野郎みたいになって、最終的には身体を乗っ取られて仲間を攻撃した」
「うん」
「それからドッコウ団に潜入しなきゃいけなくなった。でもやりすぎた。仲間を裏切ったように見せかけるどころか、本当に傷つけた。俺のせいで、チームは壊れた」
「随分いろいろあったな」
「まあ、これで終わりだろ?」
キヨシは立ち上がり、腕を組んだ。
「お前がここで死んだら、マスターはどう思う? オマリロは?」
ハンは、沼地で戦うオマリロの姿を思い出した。
「マスターに俺は必要ない。最初から必要なかった。あの人が何者なのか、俺には理解できない。ザリアたちも大丈夫だ。ソウシンも、みんなも」
ハンはキューブを形成し、キヨシへ差し出す。
「これ、お前のものだ」
キヨシはそれを受け取った。
「どういう意味だ?」
「もう終わりってことだよ、キヨシ。終わったんだ」
「……そうか」
一方――
オマリロとレヴィアタンは、荒れ狂う海の上で激しくぶつかり合っていた。
攻撃が交わるたび、波は災厄のように高く立ち上がる。
レヴィアタンは水面を滑るように舞い、海水をジャベリン状に変えてオマリロへ放つ。
オマリロはそれらを一太刀で砕き散らした。
レヴィアタンは渦巻く水を纏い、身体を青く発光させる。
「大胆だな、我が主」
レヴィアタンが告げる。
「この私の領域で、勝利を宣言するとは」
彼女は口から氷の光線を放つ。
オマリロは後退しながら圧を受け止め、強烈な斬撃で彼女の尾を切り落とした。
しかし海水が即座に傷を癒す。
レヴィアタンは鋭く息を吐き、水が鞭のように持ち上がってオマリロへ襲いかかる。
彼は紫の光線でそれらを消し飛ばした。
海上には棘だらけの氷塊がいくつも転がり、オマリロを押し潰さんと迫る。
彼は一撃でそれらを、海の半分ごと断ち切った。
だがレヴィアタンも尾で叩きつけ、その一撃に真っ向から応じる。
二体の攻防はさらに激しさを増し、ぶつかるたびに海そのものが持ち上がった。
オマリロが音速を超える勢いで飛び出す。
レヴィアタンは海中へ潜り、同等の速度で泳ぎ、彼に噛みつこうとした。
オマリロは横へずれ、結界で牙を受け止める。
次にレヴィアタンが突進した瞬間、彼は尾を掴み、その巨体を空へ投げ飛ばした。
レヴィアタンは優雅に体勢を整え、再び彼の上にそびえ立つ。
「まだ足りない!」
彼女は周囲の海水を吸い上げ、口内へと圧縮していく。
強烈な水撃が形成されていった。
咆哮と共に放たれたその一撃は、海の大部分を吹き飛ばすほどの威力だった。
オマリロは無傷で耐える。
だが次の瞬間、レヴィアタンの尾が彼を叩きつけ、胸部の装甲にひびを入れた。
亀裂から黒いエネルギーが湧き、装甲はすぐに修復される。
海からエスコートたちが次々と浮かび上がり、オマリロへ突撃した。
彼は剣を突き立てるだけで、その全てを灰へ変えた。
レヴィアタンは満足げに目を細める。
「良くなってきた」
彼女は尾でオマリロを叩き潰そうとする。
しかし彼は目にも止まらぬ速さで後退し、彼女の頭部へ向けて刃を振るった。
レヴィアタンはその刃を牙で受け止める。
オマリロは拳をその頭蓋へ叩き込み、彼女を大きくよろめかせた。
直後、レヴィアタンは彼を海中へ引きずり込み、深海へと落としていく。
二者が海の底へ沈んでいく中、オマリロの視界には他の階層の光景が流れ込んだ。
第一階層で待つガクトたち。
そして、さらに深く沈んだ先で、一瞬だけ第七階層が映る。
そこには、エスコートたちに囲まれ、床に倒れているハンの姿があった。
「……小僧」
――




