44 義妹の教育と成長は将来のため
各地から集めた専門家は、ブラスガー村の村人たちの協力を得て、色々と取り組んでおります。
私たちは今後についての話し合いです。
詰められるところまで、できるだけ話は終わらせておきたいですから。
「大工と鍛冶の手配についてはフォレスター夫人にお願いできますか?」
「そうね、その方が早いでしょう。ウェリントンを動かしますわ」
レンの頼みは……職人の確保、です。
これは伝手がなければどうにもならない部分でもあります。
二大ドレスメーカーのマダム・シンクレアのところから針子のサラを引き抜いた時のように、直接交渉できる工房でもあればレンにもできるのでしょうけれど……。
レンは……元は男爵家の余り者となっていた部屋住みです。
跡継ぎではないスペアという存在。
下位貴族の跡継ぎ以外の次男や三男の運命は悲惨な場合も多いので、ナナラブ商会に引き抜かれたレンはかなりマシな人生を歩んでいると言っても過言ではないでしょう。
レンには機転の回る優秀さはあっても平民たちの工房との伝手がある訳ではないので、領主の一族として命令できる私に頼むべき案件になるのは仕方がありません。
子爵家や伯爵家で商才があれば成功しやすいのは権力による問題解決が可能な側面があるから。
大きな商会が大貴族の後ろ盾を求めるのも同じです。取り入っておけばいざという時に権力を使って解決できるのですもの。
「農閑期に集める男手に渡すのは、少し高めの給金で本当にいいのでしょうか?」
これは私の指示です。雇うのはウェリントン侯爵領の領民ですから、領内経済を回すためにそうしたいと考えています。このあたりはスチュワートの願いでもあります。
ウェリントン侯爵領ではこういう部分を徹底することで領地を栄えさせているのです。領地の金はできるだけ領内で回すということですね。
「もちろん、そうしてもらって問題ないわ。でも、前金はそれぞれの家に……家に残る妻や母の手に渡るようにしましょう。前金を多めにして」
「……ああ、男たちに直接渡すと残らないかもしれませんね……」
娯楽の少ないこの社会では、男たちは暇があれば賭け事をしています。女性にもそういう人はいるかもしれませんけれど少数派です。
賭けるネタは何でもいいのですって……例えば明日の天気とかも賭けの対象になるそうです。
……平民たちの中で少し頭が回る者がいれば、胴元として賭けを成立させて小銭を巻き上げていくのですわ。ずる賢いというか、たくましいというか……これも生きる知恵、でしょうか。
だから、財布の大事な部分は女性に握ってもらった方がいいと思います。
そうすることで領民の生活の向上にも繋がりますので。
むしろ働き手だからといって男たちに直接給金を渡してしまうと……領民の生活はより貧しくなってしまうかもしれません。
「しかし、そうすると働く意欲が失われるかもしれませんが……鞭打ちでもしますか?」
レンが当然そうだろうという顔で、鞭打ちを提案しました。
奴隷という訳でもなく、領民を農閑期に集めているというのに……働かせるためには鞭打ちという手段が普通に選択されてしまうのです。
……本当に人権がなくて嫌になりますわ。
でも、それが支配の本質。
徹底的に上下関係を叩き込むことで働かせるというのが基本なのです。そういうやり方を肯定するつもりはありませんけれど、一般的にはそうなっているというのが現状です。
それって仕事の効率は落ちるのよね……嫌々働く状態なんて無駄でしかないですわ……。
「鞭打ちではなく、競争をさせて欲しいの」
「競争ですか? それはいったい?」
「切り倒した樹の数や、その速さでもいいわ。数が多かったり、速かったりした者たちに小銭でいいから褒美を与えるようにするの。それに、出来高払いも合わせて頂戴」
「出来高払い? 切り倒した数で支払いを分けるのですね?」
「一本切り倒せばいくら、一つ根を掘り返せばいくら、というように基本的な支払いは全員に公平にした上で、よく働く者には追加報酬が出る形よ。これは食事に関しても同じような仕組みで……よく働いた者には一品おかずを増やすなんてこともいいかもしれないわ」
……重要なのはやる気、つまりモチベーションなのよ。
少しでもお金を稼ぎたいと自分から動くように仕向けていくことが大事なの。
小さくとも対価があれば動く可能性が高いし、それでも動かない者はよく見極めて排除してもいいでしょう。
「金額としては、どのくらいを想定してらっしゃいますか?」
「どのくらいというか……こちらの負担になる金額では意味がないのよ。予算の範囲内でおさめつつ、働いている人たちはもう少し頑張ろうかという気持ちになる程度の、そういう金額でいいの」
「……検討しておきます。ちょっと、村の誰かに聞いてみて考えましょう」
「そうして頂戴」
レンも貴族の一員ですから、平民目線を確認するのは大事でしょう。
……それだけでなく、できるだけ人件費を抑えたいという考えも見えます。こういう部分が優秀さの一つですわね。
私にしてみれば、そもそもありえないほど人件費は安い状態です。
だからといって、働いた人たちが身を持ち崩すような金額は困りますから、レンにはちょうどいい匙加減を考えてもらいましょう。
「切り倒したオークは、隣町のバットレーまで運んで川へ流すというのは……」
「バットレーを流れる川はチェスター湖につながってるわ。そして、チェスター湖からはソヴァーン川で海まで届くの。いかだを組んで、必要なら漕ぎ手か、並走する者を用意して」
「分かりました。こちらで建築用に使う分のオークについては……」
「必要な分は使っていいわよ、もちろん」
オーク材の使い道は幅広いのです。
木材は川を使って運搬するのが速いですし……何より、チェスター湖です。
あそこの別荘にも遊びに行くつもりですからね。
昨日からずっとお義母さまへの手紙を書いているケイトも別荘ではゆっくりできるでしょうし。
春らしい景色の美しさを楽しみながらボート遊びなんてきっと素敵ですわ。
ウェリントン侯爵領内ですから、安全も確保できるでしょう。気を張ってばかりだと本当に疲れてしまうもの。
ミンスクに顔を出すまでの息抜きとしてちょうどいいでしょう。
「あと……その……」
何か、言いにくそうな顔でレンがちらちらと私の方を見ています。
「何かしら? 遠慮はいらないわよ?」
「……ナナラブ商会にも人手が欲しいのですが……」
「タイラントは何か言っているの?」
「会頭は……私よりもはるかに優秀なので……」
……タイラントおにいさまはだいぶワーカホリックですものね。
「優秀で、なおかつ信頼できる知り合いはいるのかしら? 友人だから雇いたい、というのはできれば避けて欲しいのだけれど?」
「私のような部屋住みで肩身の狭い者なら無数にいますので」
「真面目に働いてもらえそうな人なら、タイラントが直接会って、認めた人なら別にいいわよ、雇っても。人数制限はあるけれど」
レンはしばらくの間、ブラスガー村のことで手一杯でしょうし……そろそろナナラブ商会で働く人を増やしてもいいかもしれません。
「あとは、スチュワートに相談してみて頂戴」
「シーズニング卿なら、いい人をご存知かもしれませんね」
うんうんとうなずきながら、レンは小さく息を吐きました。どうやら疲れているようです。
私たちのように襲撃を受けた訳ではないとしても、馬車や馬での移動は疲れますし。
でも、ナナラブ商会でしっかり利益を上げるためにはレンに頑張ってもらわなければなりません。
期待してますわ!
「……リーナお義姉さま。地図で見る限りでは、そこまで広く開墾しないようですけれど……?」
「ライ麦を食料とするのではなく、ウイスキーの材料にするだけだもの」
馬車の中で、ケイトと並んで座ったまま、話し合いです。指導とも言いますわね。
目的地はチェスター湖の別荘です。
ウェリントン侯爵領の有名な景勝地で、侯爵領の農業を支えている水源でもあります。
「でも、それだとウイスキーの生産量を増やしたくなった時に困るのではありませんか?」
「そうかもしれないわね」
「ならば、最初から開拓範囲を広くしてもいいような……」
「わざわざオークの森を切り拓く必要はないのよ」
「え……?」
ケイトは首を傾げました。
「開拓せずにライ麦を育てることはできないですよね?」
必ずしもブラスガー村のオークの森を開拓しなければならない、という訳でもないのです。
まだ、ケイトは視野が狭いとも言えますわね。
「例えばバットレーの町や、こっちのモーカム村でもいいわ。ブラスガー村から馬車で数日の範囲の町や村の中で、農地を増やし易い地形のところを探せばいいのよ。オークの森を切り拓いていくよりも簡単にできそうな」
「あ……」
ケイトは地図上で私が示した町や村を確認して、目を瞬かせました。
「気づいたのね?」
「はい。ブラスガー村を発展させるだけでなく、そうすることで領地全体も発展させられるということでしょうか?」
「そうね。または……これは応用だけれど、他領からライ麦を買い入れることで味方に引き入れる、なんて方法もあるかもしれないわね」
「……リーナお義姉さまはそんなところまでお考えだったのですね……」
キラキラとした瞳を私へと向けてくるケイトが少しこそばゆいです。
「チェスター湖の別荘へ行くまでの町や村でもいいし、その先の町や村でもいいから、ウイスキー用のライ麦がたくさん必要になった時のために使えそうな場所を見定めましょうね」
「視察って……こんなにも意味があることだったんですのね……」
とてもいい感じでケイトの教育が進んでいると思います。
将来、私と一緒にウェリントン侯爵家を支えてもらえると嬉しいですわ。




