35 噂で外堀を埋めておくといいことがあるかもしれません
「こちらはね、ここの料理人が編み出した卵のケーキです」
そう言って、私は一口サイズのケーキを口に入れます。
正しくはケーキというよりも……蒸しパンです。そして、料理人が編み出したというよりも、私が教えました。そのあたりは言わぬが花というものです。
以前のお好み焼き作りによって拡大することになったアヒルの生育で、アヒルの卵がとても増えてしまって……。
その卵を使って何かできないかと考えて、作らせたのがこのたまご蒸しパンなのですけれど、料理人たちがまた勝手に『卵のケーキ』と呼び始めてしまい……。
そもそも『蒸す』という調理方法が!?
温泉があるというのに、そういう調理方法がここにはなかったのですわ。衝撃でした。
今では、温泉の蒸気を利用して蒸すことで温泉プリンなんかも作ってもらえるようになりました。新館の方の厨房には温泉が引いてありますから、温泉卵なんかもできますわ。
でも、私が厨房に入るとオルタニア夫人が不機嫌になりますの。まあ、一般的には……未来の侯爵夫人がすることではありませんからね。
「ふわふわでやわらかくて美味しいです……」
一口で感嘆の声を漏らすモザンビーク嬢。
そうでしょう、そうでしょう。自信作ですわ!
ケイトはすでに食べたことがありますから今さらですわね。
このまま歓談しつつ、最後は温泉プリンでとどめを刺す予定になっています。
ケイトには縁談の話はタブーだと伝えていますから、うまく別の話題を勧めるでしょう。
モザンビーク嬢は、寄親のリバープール侯爵家から愛人として求められているのです。それを避けるために王都にいる家族と離れて、一人で領地に逃げていました。
だから、ここに誘ったのです。もちろん、私が暇だったということもあります。
でも、本当の目的は――。
「え……? ……本館に、ですか?」
「ええ。お客様にはあちらのお部屋を用意しておりますの」
最後の温泉プリンを堪能した後で、私はモザンビーク嬢にそう伝えました。
最初から泊まって頂くつもりでしたから、本館でいいのです。本館で。
別にいじわるとかではありません。
本館と別館なら、お客様には本館にお泊り頂くものです。たとえ、別館の方が新館として新しく建てられたとしても、です。
「で、でも、わたしが本館に泊まるなどと、畏れ多くて……」
子爵令嬢であるモザンビーク嬢なら、当然、そういう遠慮はあると思っていました。
では、エカテリーナ、行きます。
ここからがこのお茶会の本番ですわ! お茶会自体は終わりましたけれど!
「遠慮はいりませんわ。つい最近まで、公女殿下……ティア様もお泊りでしたの。使用人もお客様には慣れておりますから」
「え……? 公女殿下が……?」
驚きの表情でモザンビーク嬢は思わず口元に手を動かしました。
驚くはずです。
モザンビーク嬢は大夜会で私の近くにいましたもの。
当然、私と公女殿下の関係があまりよろしくないということも感じていたはずです。
それなのに、このサンハイムの山荘まで公女殿下がわざわざやってきて、泊まっていたと知れば驚くのは当たり前ですわ。
本当は『ティア様』だなんて一度も呼んだことはありませんけれど、大夜会でそう呼んでいいと公女殿下がおっしゃいましたから。利用できるものは利用させてもらいますわ。
まるで……私と公女殿下が親しくなったかのように聞こえるのでは?
「あの……ますます畏れ多いのですが……」
「うふふ。いいのよ、ティア様がお泊まりになった客室を準備させましょうか?」
「べ、別の部屋があるなら、そちらでお願い致します……」
さすがに公女殿下が泊まった一番いい客室を使わせるのは難しいところです。
モザンビーク嬢が遠慮することが分かっているから言ってみただけで。
でも、公女殿下と同じ客室を勧めることで、本館の別の客室に泊まることはモザンビーク嬢に受け入れてもらえましたから。
――これで、王都を離れた私が滞在しているサンハイムの山荘まで公女殿下がいらっしゃったことは自然と広まるでしょう。
スチュワートがランドリネン商会のメイドたちや御者たちを使って、先に王都で少しずつ噂を広めています。
でも、別のルートから……私とは派閥が異なるモザンビーク嬢からも同じ噂が流れること。
それが重要なのです。
モザンビーク子爵家はリバープール侯爵家の寄子ですから。
ウェリントン侯爵家との関係はとても浅いものです。もちろん、ガラスのことなど……裏では色々と繋がっておりますけれど。
……ウェリントンが狙って噂を流していることをうまく隠せるように。完全に隠すのではなく、うまく隠すことが大事。ウェリントンから何一つ噂が漏れないというのは逆に変ですから。
ドクズな旦那様の婚約破棄騒動で亀裂が入った王家や公爵家と、ウェリントン侯爵家。
その関係は私と公女殿下の間で改善が進んでいるという話に持っていかなければなりません。
でも、同時に……ウェリントンがそうしたいと考えているなどと思われてしまうのは、様々な交渉の場でのマイナス要因となる可能性があります。足元を見られる訳にはいきません。
……公女殿下がわざわざサンハイムの山荘にいる私のところまで会いに来たことは、あくまでも事実ですわ。
その噂がウェリントンから流れるのは自然なことですけれど……ウェリントン以外からも流れることが重要なのです。
派閥が異なるモザンビーク嬢はこの噂のキーパーソンになってもらいたいのですわ……。
お義母さまは王家との関係にとても気を遣っておりますもの。
こういう外堀の埋め方で、実質的にはミンスクの港を取り戻すことができるのであれば、満足頂けるのではないかしら?
国王陛下や王妃陛下は、王家からミンスクの代官を派遣したいとお考えかもしれません。公女殿下を国外に嫁がせるおつもりのようですし。
だから、外堀を先に埋めておくことは必要です。
私と公女殿下の関係で、王家や公爵家とウェリントンが歩み寄るのだから、それを潰してしまうのはよくない、と。
そう思わせる必要があります。
そうして私は……表向きは仕方なく、ミンスクの代官という立場を引き受けるだけでよいのです。
ウェリントンの海の宝石、ミンスク。
そこを自由にできるなんて、なかなか面白そうですわ!
しかも……公女殿下の代官ですから、侯爵夫人であるお義母さまの口出しはない状態で。
いろいろと楽しみになってきましたわね!




