鉱山といえば酒飲みの集まり
「……リーナお義姉さま。どうして屋敷の中をぐるぐると歩くのでしょう?」
「外は雪で歩けないし、外に出ると雪で反射した陽光で肌が焼けてしまうからよ?」
「そもそも歩く必要はあるのでしょうか?」
「あるわ!」
……ダイエットなのよ!?
どうも、エカテリーナです。
私は義妹のケイトとともにサンハイムの山荘の本館の中をぐるぐると歩いております。
一日3回、5周ずつ。それをノルマにしているのです。
「運動が足りないとぶくぶくと太ってしまうの。そんなおそろしいことにはなりたくないでしょう?」
「それは……お義姉さまが食べすぎなのではありませんか? 確かにキャベツ焼きパンは絶品ですけれど、2枚も食べるのはちょっと……」
この子!?
意外と遠慮なく物申しますわ!? 間違ってないから言い返せませんけれど!?
「騎士のような鍛錬はとても無理でしょう? だから、歩くのです」
ケイトの護衛騎士兼侍女として、クリステルの妹のラフリシアがやってきています。他の男性の護衛騎士たちも含めて、交代で毎朝、毎夕、訓練をしているのです。
騎士のみなさんはとても意識が高いですわ。だからクリステルみたいなあのシュッとしたボディを保てるのでしょう。
「私たちに騎士の訓練ができないのは当然です。でも、その代わりにダンスの練習をすればいいと思いますけれど……」
これもケイトの方が正しいと、私も分かってはいるのです。
ダンスの練習はダンスも上達するので一石二鳥というもの。でも、私、ケイトのようにダンスが好きな訳ではありませんの……。
「あと、お義姉さま。せめて階段だけは、その……読むのをやめた方がよろしいか、と……」
「それは……そうね」
執務室代わりの書斎に籠って書類の確認をしているよりは、歩きながら読むことで時間を有効に使おうとしているのですけれど、流石に階段は危ないというのも理解できます。
主に手紙ですわね。スチュワートからの。
ランドリネン商会が動き出してから、王都の貴族たちの情報がとにかく集まる集まる。重要度の高さを3段階で区分してもらって、報告書を届けてもらっています。
……使用人の噂ぐせは要確認ですわね。ウェリントンの情報もどれだけ漏れていることやら。
きっと私がサンハイムの山荘の中をぐるぐると歩いていることも、そのうち噂として流れるのでしょうね。大して痛くもない噂ですけれど。
「もちろん、お義姉さまには感謝しかないのですけれど……」
「気にしないで。お義母さまの課題で苦労した気持ちは分かるもの」
ケイトの課題のための情報収集もしてもらっています。
こういう時、高位貴族の力というものの大きさを感じます。少し怖いくらいですわ……。
この冬の雪で動けない時期だというのに、自分の足で歩かなくてもいくらでも情報を集められるのですから。
その代わり、どこかに犠牲者が出ているのでしょうけれど……だからといって自分の足で動くのは無理ですわ。
「あと1周で終わりだから、その後は実験しましょうか」
「……本当に、あのような実験をなさるのですか?」
「人体に有害だったら大きな問題になってしまうもの。確認は重要だわ」
「あの水にそんな価値があるとは思えませんけれど……」
スチュワートの仕事は確かですからね。
ブラスガーの村周辺で手に入る水を集めて、サンハイムの山荘まで届けさせましたわ。
その中で気になったのは……ウェデヴォの鉱山の近くに湧いているという水。
鉱毒が含まれている可能性もありますけれど、実験で安全性が確認できればそれはいわゆる鉱泉水ではないかと思うのです。ミネラルウォーターになるやつですわね。
だから動物実験が必要ですし……ネズミはどこにでもいますから……。
体に直接かける実験と、飲ませる実験をこの冬の間にやってみることにしました。ネズミの。
ネズミで特に問題が無い様でしたら、希望者に報酬付きで人体実験ですわね。
……もっと科学的な調査ができればいいのですけれど、そういう試薬の開発までは無理だと思いますし。
でも、この水がうまく使えるのであれば、ライ麦からのウイスキーという手が生まれます。
鉱山で働く人たちはよくお酒を飲むという話もありますから需要は十分でしょうし。
ちょうどワイン蔵の方にもいろいろなお酒に詳しい人材がいるようですから。
やはり鉱山ではなくワイン蔵をライスマル子爵家から譲り受けて正解でしたわ!
ケイトは水の価値を疑っているようですけれど、いいお酒にはいい水が必要なのです。
あの水が安全なら……面白いライウイスキーができるかもしれません。
……少なくとも数年単位の事業になってしまいますけれど、あくまでもケイトの課題のためですもの。
調査結果をもとに事業を起こすかどうかはお義母さまの判断……いえ。
成功する見込みがあるのなら、私が商会を作って主導してもいいかもしれませんわね。なんだか総合商社のようになってきましたけれど……。
私の私費の残りと……今年の予備費の残りも投入させて、まずは商会の設立と……試作所をブラスガーの村の外れにでも用意した方がいいかもしれません。ライ麦はどこでも手に入るでしょうし。
これはスチュワート案件ですわね。それに、タイラントおにいさまにも手紙を書かなければなりませんわ。ナナラブ商会からも出資をさせましょう。
もしこの計画がうまくいったらウイスキーの銘柄は『ケイト』にしましょう。そうしましょう!
「……お義姉さま。何か、企んでらっしゃいますよ、ね?」
「そんなことはないわ! さあ、もう少し歩きますわよ!」
「そのあとはダンスの練習もしましょうね、お義姉さま」
……この子、お義母さまから送り込まれたダンスの刺客なのでは!?
お義母さまならやりかねませんわね、そういうことも。
まあ、練習が必要なのは分かりますし……次の大夜会やウェリントンの夜会ではあのドクズな旦那様と踊る必要があるかもしれませんものね。
そのあたり、お義母さまの強い意思を感じますわ。
例の方たちの処分が終わったのかもしれませんわね。スチュワートからは何も報告がありませんけれど。
ネズミを見たあとは大浴場でのんびりしましょう。
どれだけ長湯しても叱られませんし。
ケイトもラホース式の大浴場に慣れましたし、寝湯で横になって髪を洗ってもらうのは特に気に入ったようです。分かりますわ、その気持ち。
タバサも嬉しそうに侍女同士で髪を洗っていると話していましたし、あの寝湯は大正解でしたわ!




