公女殿下との仲良くないお茶会
「……あら、これはなかなか面白いわね」
お好み焼き……というか、キャベツ焼パンなるサンハイムの山荘の名物料理をひと口お食べになって、公女殿下はそんな感想を口にしました。
もちろん、その前に毒見というか、私が先に口にしていますけれど。
行動力のありすぎる公女殿下は、ついにサンハイムの憩いの温泉まで押しかけてきやがりましたわ。
確かに……会いたいという手紙を2回断ったので、これが3回目であることは間違いありません。
そういう故事に基づいた話で断っていたのは確かですわ。今思えば失敗でした。
……まさか、大夜会の時から既に、3回目には強引にでも会うつもりであの故事を選んでいたと?
もしそうだったとしたら、この公女殿下はかなりの……曲者ですわ。
王妃陛下に出された課題をクリアするために、あの時点で?
課題そのものを大夜会の場で王妃陛下に出されていたのではなかったかしら?
それに……もし私があの故事を知らなかった場合はいったいどうするつもりだったのでしょうか? 疑問が残ります。
……まあ、流石にサンハイムまで行くことになるとは公女殿下も思っていなかったでしょうね。そこでダメージは与えられたと思うことにしましょう。
「ずいぶんとお気に召されたようで」
「そうね。甘いものではないというのが、皮肉が効いているわね。貴女に会うまでどれだけ苦労したことか……」
「まあ、そのような意味などはございませんのに」
ほほほ、と笑って誤魔化しましょう。
私に会えたから全てが丸くおさまるということではありませんもの。
あえてお好み焼きを用意しましたし、紅茶やコーヒーではなくハーブティーを用意しました。ほんのり苦めのものを。
もちろん甘いケーキだって用意しようと思えばできるのです。しませんけれど。
「そのようなことをおっしゃられても困ります。このパンはこちら、サンハイムの名物なのですわ」
「そうなのね」
ああ、本当に、もう。
こういう対応が難しい上位者とではなく、いつも仲良くしている方と温泉で過ごしたいですわ!?
「……ところで、公女殿下は……サンハイムのどちらにお泊りに?」
その問いかけに対して、ピクリ、と視線だけを私の方へと向ける公女殿下。
私の知っている範囲では……サンハイムに王家や公爵家の別荘などないはずです。あったとしても既に管理外で放置されているのではないかと。
ここはそれほど大きな村ではありませんもの。
小さな農村の視察などでは村長宅への宿泊をすることもあるかもしれませんけれど、今回は私に会うためにいらっしゃったはず。
まさか……公女殿下ともあろうお方が泊まるところも決めずにサンハイムまで押しかけてくるなんてことは……。
「……こちらの別荘の部屋数は十分じゃないかしら?」
……ありましたわ!? どういうことですの!?
お転婆がすぎますわ!?
もっとしっかりして下さいませ、公女殿下!?
「使用人の数も足りず、こちらでは公女殿下にご不便をおかけしてしまいますわ」
「そんなこと気にしないわ。領地の視察でもっと小さな家に泊ることもあるもの」
こっちが気にしますけれど!?
くぅ……ものすごーく、追い返したいですわ!
でも、そんなことはできませんの。それが……悔しい!? これが身分制社会の辛さです!?
上位者を排除するにはもっと準備が必要なのです! 不意打ちすぎてどうすることもできませんわ!?
「……では、こちらの屋敷に部屋を用意させましょう」
私は侍女のアリーにちらりと目をやります。
それですぐアリーが動いてくれます。
新館ではなく、あくまでも旧館であるこちらの屋敷に、ですわ!
あの新館はまだ……見せたくありません。私の大切な、大切な大浴場……。
「あなたの肌が綺麗なのって、ここの温泉のお陰だと聞いたけれど?」
「そうかもしれません」
「あら、あなただけでなく、侍女たちも……メイドたちまで肌が綺麗じゃない。この状態を見る限り間違いないと思うわよ?」
「もしそうなら嬉しいですわ。ここの山荘は私もお気に入りですの」
ここでは美容液というか、化粧水というか、そういうものをずっと試作していますからね。
いずれ打ち立てるホットスポット商会のために。
今でもフォレスター子爵家の王都屋敷の使用人たちには手荒れに効くクリームが人気ですわ。ただし、実験台として、ですけれど。
貴族用の化粧水まではまだまだ遠い道のりです……。
「それにしても……サンハイムは流石に遠かったわ」
……そちらは本当の意味で遠い道のりですわね。
それはそれは……公女殿下に付き合わされた皆様が本当に大変でしたわね。知りませんけれど。
そもそも……フォレスター子爵家というか、ウェリントン侯爵家のように道中の家を確保している訳でもなく、どうやってここまで来たのかしら?
まあ、そんなこと知らなくても困りませんから聞いたりはしませんけれど。
「帰りも同じ道を通らねばなりませんわ」
「……そうね」
私の嫌味を公女殿下はあっさりと聞き流します。
そして、そこで公女殿下が軽く手を動かしました。
公女殿下の侍女たちが、一人を残して離れていきます。
「あなたも人払いを」
……やれやれですわ。
どうやら本番はここからのようです。
お義母さまとの関係を考えるならば、ここに残すのはオルタニア夫人であるべきです。
ただ……公女殿下の侍女のあの肩幅は……。
「……クリスを残して」
「……はい。かしこまりました」
……おそらく、侍女として仕えているように見せているだけで、あれは護衛騎士に違いありません。
そうなるとこちらも護衛騎士であるクリステルを残さざるを得ません。
オルタニア夫人とは後でしっかりと話す必要ができましたわね。
お義母さまに対する秘密はないと示すためにも……オルタニア夫人に疑われるのは流石に困ります。
これも、公女殿下がウェリントンに打ち込む楔でしょうか?
こういうことを狙ってやっているとまでは思いたくないですわね……単純に護衛だから外せないということもありますし。
ただ……本当に大夜会の時点でこの場面を想定してチューヤとクンミンの故事を出したというのなら、どのような策謀をどこに埋めてくるのか予想もつきません。
……まあ、サンハイムまでろくに宿もなくやってくるくらいのとんでもない行動力をお持ちの方ですから、狙って3回目の面会を確定させた可能性は低いと思いますけれど、ね。
それぞれの護衛騎士……といっても今は侍女の姿ですけれど、それ以外の者は部屋から出た状態での本番です。
「……あなたとは一度、本音で話したいと思っていたの」
「そうでしたか」
「王妃陛下から仲良くしろと言われたのも本当よ?」
「ええ、そうですわね」
王妃陛下とのお茶会でそれは聞きました。王妃陛下ご本人から。
どうせ私が王妃陛下のお茶会に呼ばれたこともご存知なのでしょうし、そういうことは匂わせても問題ないはずです。
「……あなたはいつからレスターの結婚相手の候補に?」
「ええと……? 何のお話でしょうか?」
「あまりにも早すぎたわ。私との婚約破棄から、あなたとの婚約と結婚までが」
ああ、ウチの優秀な家令が珍しく調査でミスをした話ですわね。
図書館に通い、読書を愛するとても大人しい令嬢だという勘違いによって私が選ばれました。
家格も釣り合いがとれますし、うまく借金も積み重ねっておりました。だから私が売られたのです。
大した秘密でもありませんけれど、わざわざ教えるような話でもありません。
「あの短期間で……私と変わらぬ教養を身に付けた令嬢が見つかるはずはない。そうでしょう?」
「……さあ? 私から婚約者に名乗り出た覚えはございませんので」
「ウェリントンがあなたを既に選んでいたと?」
「婚約前の侯爵家が考えていたことなど、私には分かりかねますわ」
「それは……そう、ね……」
その答えに、公女殿下が少しだけ考え込みました。
少なくとも。
今の時点で、公女殿下はドクズな旦那様との婚約破棄を狙ってやったということが分かりました。
それも……自分の代わりなど見つかりはしないという考えで、ですわ。
……私が公女殿下の代わりになっているとは自分でも思いませんけれど。
公女殿下の代わりが見つからないことで……ウェリントン侯爵家にどういう影響を出そうと考えていたのか、を考えなければなりませんわね。
私が選ばれなかった場合の……ウェリントン侯爵家の今の姿を……あら?
別にどうということもないような気がしてきましたわ。ドクズな旦那様以外は……
「……あなた、ミンスクのことをどう思っていて?」
「ウェリントンの海の宝石ですわ」
これは即答です。
下手なことを口にして「それじゃあ30年後も返還しない」などと言われてしまうのは困りますので。
「……もう私のものよ?」
「あくまでも30年間は」
「……そう、ね。侯爵夫人は流石だわ。まさかそんな手を打つなんて」
私はにこりと微笑むに留めます。
それは私が進言しましたなどと、胸を張るつもりはございません。
「ただ、少し……問題があるのよ」
「問題、で、ございますか?」
「分かると思うけれど、扱いが難しいわ、色々と」
それはそうでしょう。
ウェリントンから見ると裏切者に奪われた地です。
そして、ミンスクの行政府にはウェリントンの関係者がたくさんおります。
30年後の返還も決まっていますから、公女殿下が排除しない限りはそういう方々がそのまま行政府に残る予定ですし。
「どうすればいいかしら?」
「どうすれば、とは……?」
「エカテリーナ。貴女なら、どうするの? そこを聞かせて頂戴」
そう言ってにこりと笑う公女殿下は……本当に、厚かましいですわ……。




