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12日目 死神さんの恩返し

 学校から帰ってきて、家の扉を開ける。そのすぐ先には、キッチンが見えてくるはずだった。しかし、今日はいつもと様子が違う。見知らぬ人が玄関で待ち受けていた。


「おかえりなさい、ご主人様」


 頭にはホワイトブリムに白と黒のエプロンドレスを身につけた女性が深々と頭を下げている。これは一般的にいうところのメイドさんというものだろう。だが、そんな人がこんなところに何の用だというのだろうか。


「えーと……頭を上げてください死神さん」


 いくら服装がメイドさんだとしても、ダメージを受けた白髪を見れば一発でわかる。いつもとトーンが違っていたので声だけでは別人かと錯覚した。

 死神さんは顔を上げてこちらを真正面から見つめてくる。いつもは病的な白い肌がほんのりと朱を帯びている。


「どうですか少年! メイドさんに迎えられるなんて、一生にあるかないかの体験ですよ」


 確かに死神さんの言うとおり、メイドさんに迎えられて、あまつさえ『ご主人様』と呼ばれる経験は得難いものだろう。だが、しかし、この文化が成長しきった現代では決して珍しい経験とは言えない。何故ならば――


「本物のメイドさんならなッ!」

「しょ、少年、目が怖いです……」


 つい目に力が入ってしまった。

 コスプレをしているだけのメイドさんは、この日本では田舎で見かける外車と同じくらい溢れているのだ。本物であることに大きな意味がある。


「……少年は嬉しくはないのですか?」


 死神さんはしゅんとして、縮こまってしまった。


「めちゃくちゃ嬉しいに決まってるじゃないか。今すぐにでも裸で町内一周したいくらい最高な気分だ」

「裸はちょっと……」


 つい興奮して我を失っていた。しかし、それだけ嬉しかったというわけだ。眼福とはまさにこのことだろう。


「へへへ……ちょっと嬉しいですね。喜んでもらえるのは」


 ここまで来て、解せないことがあった。


「なぜ、メイド姿でこんなところに?」

「それは、先日のお礼というか、私なりのプレゼントといいますか……」


 もじもじとして、死神さんははっきりと言葉にしない。彼女の首元に光る青色の宝石があしらわれたネックレスを見て、なるほどと納得がいった。つまりは、彼女も記念日としてメイド姿をプレゼントしてくれたというわけだ。


 しかし、彼女の自己評価はどのようになっているのだろう。外見に自信がなさそうだったのに、今はその姿を見せびらかしている。こういうことは、自分に自信がなければできないことなのだが……


「本当は形のあるものにしたかったのですが、少年の寿命はあと少し……ですから、今日一日は私が少年のメイドになってあげます」


 メイド……その言葉から思い浮かべることはただ一つ。


「あと、エッチなのはいけませんからね」


 先手を打たれてしまった。下劣な考えが顔に出ていたのかもしれない。

 ならば、彼女に何をしてもらうべきなのだろうか。腕を組んで考え込んでしまう。


「それでは、ご主人様をテーブルにごあんなーい」


 死神さんは背後にまわると、背中を押してテーブルへと向かわせてくる。何をされるのかはわからないが、決して悪いことにならないだろうという、正体不明の安心感があった。


「そこで待っていてくださいね」


 彼女はそう言うと、キッチンへと向かう。何か食事を作ってくれるらしい。

 死神さんのメイド衣装を後ろから余すことなく見つめる。彼女の衣装はパーティーグッズのような安っぽさがまったくない。まるで何年もメイドとして働いてきたような、質実剛健さを感じる。


「死神さん、そのメイド服って自前ものなの?」

「いいえ、冥界の知り合いに借りたものです。仕事で使っていたとか言ってました」


 冥界にはメイドがいるのだろうか。死神さんの持っている鎌は、巨大なデスサイズ。東洋の死神より、西洋のイメージが強い。

 そういえば、最近、彼女が巨大な鎌を持っているところを見ていない。死神に必須なアイテムではないのかもしれない。


「出来ましたよ。プレゼント、フォー・ユー」


 甘い香りと共に、ホットケーキがテーブルの上に載せられた。美味しそうなのは間違いないのだが、何か物足りない。素のホットケーキはあまりにも素っ気ない。もっと、はちみつや生クリームが盛られていてもいいのではないか。


「物足りないと思った少年には、仕上げのデコレーション用チョコペンシルです」


 スポイトに似た容器に入った液状チョコレートが死神さんの手に握られていた。あれで文字を書くということなのだろう。何が書かれるのか、ホットケーキの表面をじっと見つめる。


「ほいほいほいっと、完成です」


 お見事、というしかない、完璧で美しい文字の列。ハートまであしらっているところから、プレゼントにしては出来過ぎている。しかし、一つだけ問題があった。


「死神さん、なんて書いてあるのか読めないんだけど」


 あまりにも達筆すぎる筆記体。かろうじて、自分の名前は解るとしても、その他はアルファベットの識別すら難しい。英語なのか、そうでないのかも、判然としない。これは彼女なりの挑戦状なのだろうか。


「え? 読めないんですか?」


 意外という顔ではなかった。そういう反応を待っていたと言わんばかりだった。こちらが読めないことを前提として文字を書いたのだろうか。


「全然読めない。何て書いてあるんだ?」

「それは秘密です。もしも、読めていたら、ご褒美になったのですが……残念でしたね」


 ご褒美になる文章……一体、何が書かれていたというのだろうか。千載一遇のチャンスを逃した気分だ。


「仕上げにメープルシロップをかけてあげます」


 上に垂らされたシロップがチョコレートの文字を滲ませる。こうなったら、誰も解読することはできないだろう。これは彼女なりの照れ隠しだったのかもしれない。


「さあ、食べさせてあげますよ、あーんしてください」


 このシチュエーションが多いと思いつつ、切り分けられたホットケーキを口の中に受け入れる。お好み焼きとは違い、全身が溶けてしまいそうなほどの甘さがあった。


「お返しだ。そっちも、あーん」


 ホットケーキの切れ端をフォークで刺して死神さんの口に近付ける。それを、彼女はぱくりと口に入れた。


「んんー……甘いです。こんな甘いケーキは生まれて初めてです」


 死神さんは体を震わせて甘さに耐えている。しかし、生まれて初めてという言葉が気になった。彼女は何歳なのだろうか。自分より年上なのは間違いないだろうが……。


「ほら、少年、あーん」


 二口目でも甘ったるいホットケーキに自分が何を考えていたのか、すっかりと忘れてしまった。でも、今はそれでいい。この悦楽を享受すればいい。

 死神さんと二人で甘いものはしばらく食べたくないと思えるほど、食べ尽くした。


『You mean so much to me(あなたは私のとても大切な人です)』

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