13日目 死神さんはデートがしたい
昔は週休二日というシステムがあったらしい。だが、そんな古いシステムは廃れて現在は土曜日の半日は授業である。歴史は繰り返すと言われているし、さらに過去に遡れば、実は土曜日が半日だったという時期もあったのかもしれない。
いつもより早い時間、太陽がちょうど真上にある頃に自宅の前に到着していた。ノブを回して家の中に入ると、そこからはキッチンが見える。
「少年、おかえりなさい」
部屋の奥から女性の……死神さんの声が聞こえてきた。
「ただいま」
慣れない挨拶に少し戸惑う。知らないうちに死神さんは不法侵入していたようだ。だがその考えは間違っている。建前上、彼女とは彼氏彼女の関係だ。なれば、家へ勝手に上がっていても何の問題もない。
玄関をあがり、彼女の声が聞こえてきた部屋へ向かう。
テレビのあるその部屋で死神さんはソファに体を預けて、楽な姿勢で醤油煎餅を齧っている。
「今日は帰ってくるのが早いですね」
「ああ、今日は土曜日、半日授業だ」
顔を突き合わせても、死神さんは姿勢を正そうとしない。良く考えれば、馴染んできたといえる。悪く考えれば、ふてぶてしい。こちらとしては、心を開いてくれているようで嬉しいかぎりだ。
「何を見てるんだ?」
死神さんが観ていたであろうテレビを覗き込む。その画面は白黒だった。テレビの調子が悪いのかと訝しんだが、そうではない。液晶の画面が唐突に白黒になる症状など聞いたことはない。つまり、モノクロの映像なのだと気づいた。
「まだ始まったばかりで、何の映画かは分かりません。一緒に見ますか?」
深い隈が刻まれた目がこちらを見つめてくる。頷いてから手に持っていた鞄をそこらの床に放り投げて死神さんの隣に座った。
自然を装って彼女の隣に腰掛けたが、内心ドキドキが止まらない。いつも以上に距離が近いのだ。気を紛らわすために、テレビの映像に集中した。
「これ……ローマの休日、だな」
「ローマの休日?」
恋愛漫画を知らないのだから、ラブロマンス映画なんて見たこともないのだろう。
『ローマの休日』言わずと知れた名作、ラブロマンスの金字塔。まだ小さな頃に親に連れられて映画館で観た記憶がある。
王女アンと新聞記者ジョーがイタリアのローマで過ごす一日のデート。
王女アンを演じるオードリー・ヘップバーンは誰もが知る大スターである。ジョーの方は……よく知らない。だが、かなり有名な俳優に違いない。
この映画を知らない方が珍しいという作品である。
放送中の映画を見つめる死神さんを横目で眺める。あまりに集中しているらしく、彼女の目にはテレビしか映っていない。テレビに視線を戻してから、最後まで鑑賞した。
「んー……面白かった」
見終わって両手を上にあげて背筋を伸ばす。六〇年前の作品だというのに、最近の映画なんかより数段面白い。不朽の名作と言って過言ではない。
テレビの画面はフルカラーに戻っているというのに、隣に座る死神さんは動くことなくずっと見つめている。何も反応していないように見えるが、きっとこう言うに決まっている――
「しょ、少年、デートに行きたいです!」
予想通りである。何故ならば――
「僕もしたいです、デート!」
以心伝心、というより意気投合の方が近いのだろう。
ローマを舞台に二人がデートを通じてお互いを意識するその様は、誰もが憧れるに違いない。死神さんに出会わなければ、このような感情を抱くことはなかっただろう。こんな時期にこの時間という意図が見えない放送だが、これに出会えたことは幸運に違いなかった。
「どこに行きましょう? ローマも素敵ですけど、今の日本も負けていないです。きっと楽しいに違いありません」
「そうだな、何処へ行こうか。ダンスとかはできないけど、カフェ巡りなんかもしてみたい」
気持ちが盛り上がってくる。もう、ときめきが止まらない。
「あのスクーターみたいなのにも乗りたいですね」
「僕は免許持ってませんよ」
「では、私が!」
「免許持ってないですよね? 大体、スクーター自体はどうするんです?」
「……無理ですか」
死神さんはダメージを受けた白髪は垂れ下げながら項垂れている。気持ちはわかるが、どうしようもない。
「とにかくです。明日、デートしましょう」
「明日は日曜日だし、学校もないしな」
さらに、ときめきが止まらない。二人して勝手に盛り上がっていく。
「死神さんは黒ローブやめてください。私服でお願いしますよ」
「当然です。少年こそ、学校の制服とかやめてくださいね」
法事じゃないのだから、制服を着ていく必要などない。いつもより張り切ってお洒落しよう。
「まずは待ち合わせ場所を決めましょう。二人揃って家から出発は避けたいです」
「そうだな。折角のデートなんだから、近くの繁華街に行こうか。電車で三駅ほど乗らないとな……」
この後、デートに関する話で滅茶苦茶盛り上がった。
明日は生まれて初めてのデートだ。今から楽しみで仕方がない。




