◇哀しみの楔◇
「何やってんの…あなた達」
復活をとげたレイチェルが戻ってきていた。
ようやく俺を置いていってしまった事に気が付いたらしい。
「頭・・・ぶつけた」
「知ってるわよ。見てたから」
まだベータは笑っている。笑いすぎだろ。
こっちの世界じゃああいうやりとりが普通なのか?元の世界じゃ俺にあんな事い う奴はいなかったぞ。場所が変ればコミュニケーションの仕方も変わるって事か。
慣れねば。
俺は立ち上がった。ベータも立ち上がる。
「ねね。ヒュドラに餌やるんだってさ。見にいかない?」
ユウリも一緒だった、ちょっと離れたところにモスラムの姿も見える。
「行ってこいよ。俺はここで剣振ってるからさ」
もう大丈夫と言った風にベータは笑って言った。何かふっきれたのかな。
「じゃ、行こうよ。モスラムがヒュドラを近くで見てみたいってさ」
ぶれないな。ユウリよ。
そう言いながらも俺と腕を組み悪戯っぽく笑う。
「ねね。ベータといい雰囲気だったんじゃない?」
あれがそう見えたのかよ。お前の目は節穴か!話ししてたのは「強くなりたい」って内容だぞ。まったく、こっちには恋愛脳の奴が多すぎる。
「それはそうとモスラムのケアは…はい、うまくいったようですね」
モスラムの近くにくると、ユウリは俺から手を放し、今度はモスラムの腕に絡まった。
鼻の下のびてるぞ。モスラム。
「まったく、どいつもこいつも!」
レイチェルがやさぐれている。美人なんだからそういう態度やめてください。
「レイチェルは好きな人とかいないの?」
ユウリが振り返りながら言う、
おおいストレートだな。
「玉の輿で、エドを狙ってるんだけど、反応がいまいち…」
・・・ぶっちゃけちゃってるよ。レイチェル!
「エドの家なら余裕で養ってもらえそうだよね」
ユウリが苦笑している。
「ま、ね。ウチまだ弟達小さいし、エドと結婚できれば王都に住む事もできるかもだし」
レイチェルの家は病気がちの母親がいるだけなのだそうだ。父親はいない。生死不明なんだそうだ。
「わたしが玉の輿に乗れれば、家族みんな助かるし!」
俺は思う、せめて歯に衣きせろと。ぶっちゃけすぎだ。
いろいろストレートすぎるだろ。
「わたしはモスラムが傍にいてくれれば充分だわー。もちろんチッチ達もね」
最初の方が本音だろう。モスラムが脂下がっているがあとのは付け足し臭い。
ハイハイご馳走さま。ユウリよ。
ヒュドラの側にいくと騎士団から3人ほどとウィルとレオ達もいた。
あのみそっかすのニコールも一緒だ。
「餌をあげる」とユウリは言っていたが、どうやらアレスからヒュドラの飼育について説明があるところだったらしい。
「と、鞍はここを通して、こっちにまわして…」
「脱皮は年に一回だな脱皮した皮は…」
ヒュドラの瞳は黒く濡れている。きょとんとしたその表情はとても魔物だとは思えない。卵から孵したヒュドラはとても扱いやすく、人気らしい。
「空を飛ぶ時は、この魔法具に魔力を通して…魔法が使えない者は『マナを含んだ粉』を精製したこっちの「飛行石」を使って風の障壁を張る。でないと息が詰まるからな」
「飛行石」は蒼いアレのような石ではなかった。どちらかと言えば孔雀石にそっくりだ。
「じゃ、飛んでみるか?」
アレスのパーティの人達が、ひとりひとりヒュドラに乗せてくれるらしい。
「夜だからな、あまり遠くにいかないように」
わかってるよという風に頷いてパーティの人達は、一騎、また一騎とヒュドラの背に人をのせて夜空に舞い上がっていく。
俺はウィルとここに来る時に乗ってきたので、遠慮したが、アレスに呼ばれた。
「風の魔法を使えたよな?こいつの分だけ魔道具も飛行石もないんだ。」
ウィルと乗ってきた、騎士団に売られたヒュドラだった。
「こいつが仲間と飛べる最後の日になるかもしれん。よろしく頼むよ」
風の魔法はレイチェルも扱える。レイチェルをちらっと見ると、彼女は「次でいいから」と言うので、俺が乗った。
「そうだ、そっちに進みたい時はたずなをこうして…」
アレスは教えるのがうまかった。ゴリマッチョな腕が俺の後ろから回され、たずな捌きを教えてくれる。
ゴリマッチョなのに腕が長い。
「アレスさんたちは、ここの砦から離れるの?」
ギルド長達との会話を思いだし俺は聞いてみた。
「ああ、こいつの持ち主が、あの戦いで死んでしまったからな。彼の遺品を換金して故郷へ持っていってやるんだ。」
アレスの声は落ち着いているように聞こえた。
「彼の実家では冒険者は奴だけだからな。金の方が喜ぶ」
暫く無言が続いた。
「…まだ家庭も持っていなかった。若すぎるだろ…死ぬのには」
独り言のように言った。
視線はわからないけど、多分遠くを見るような目をしている。
「奴隷落ちした弟を買い戻すのだと言って冒険者になった。アジャールに来たのはここの魔獣がよそのより強くていい金になるからだと言っていた。俺達の出会いも『剛腕の盾』で一緒になったのが縁だったよ。
そこそこ魔法が使えたが優男で、物理はさっぱりだったな…そしていい奴だったよ。」
夜空を6匹のヒュドラが飛んでいる。
ヒュドラ同士仲がよいのか時々、ガァァとかグルゥゥとか鳴きあっている。
そばをユウリの乗ったヒュドラが通り過ぎる。ユウリはご満悦で手をふった。
「ちょっとたずなを持っててくれ」
アレスは太い指から重ね付けしていた指輪をはずした。
「ちょっと手をかせ」
それを俺の指にはめる。
「物理強化の効果のある指輪だが俺のと反発して効果を消してしまう。奴の遺品だがもらってくれないか?実家に持っていっても換金されてしまいそうだからな」
アレスが呪文を唱えると、どういう仕組みか俺の指ピッタリのサイズになった。
「それは『戦塵の刃』結成の時に、記念で効果はそれぞれ違えたがメンバーでデザインを揃えて作ったものなんだ。
これは売りたくなくてな。女の子が持っていた方があいつも喜びそうだ。いざという時にはこの指輪の力も使って生き延びて、独りでも多く治癒してやってくれ」
「え?そんな大事なものもらっていいんでしょうか?」
俺は指にはまった指輪を見た。指輪の裏側には『戦塵の刃結成記念』の文字が入っているそうだ。
「いらなくなったら『魔女と使い魔通り』のユーリカに渡しておいてくれたらいい。
そこで作ったものだからな。でも、かけだしの冒険者にはすごく役にたつ物だぞ」
そこで、アレスはバツが悪そうに言った。
「ジャスティンとベイリーからベータのケアを頼まれたんだが、今、俺は気持ちの余裕がなくてな。先輩として当然果たさなければならない義務が果たせなかった。嬢ちゃんが彼を励ましてくれたんだろ?悪かったな。俺の代わりをさせて」
それから野営地の上空を一回りして、レイチェルと交代した。
アレスの顔には、友を失った悲しみが深く漂っており、笑顔でも泣いているように見えた。




