◇疑惑のレオ◇
朝靄の煙る早朝、俺はひとり庭に出る
竹刀を構え、何度も型を繰り返し、竹刀を奮う。
強く、もっと強く!
俺は…強くなる。
強くならなければ…。
ヒュンッ、ヒュンッヒュンッ!
竹刀が空を切るたび音が鳴る。
シュッ!シュッ!
竹刀を振り終わると、今度は空手、少林寺、柔術、カポエイラ。
徒手術を使った型を反復練習する。
通える場所にある、武道を教えてくれるところにはすべて通った。
そして学んだのは、強さというものは、簡単には手に入らないという事。
そして、例えいくら技を磨いていたとしても、他が強くなければ何もならないと言うことだ。
他、とは精神とか、そういう物だ。
気持ちが負けてしまったら、そこでジ・エンドだ。
だから俺は、あの時の後悔を繰り返さないよう、自分を鍛え続ける。
日が昇る頃、俺は地平線に向かって座り、今度は魔力を練り始める。
目的のために…何でも取り入れ、貪欲に鍛えるのみ。
俺は、弱かったから、大切なものを奪われてしまったんだ。
今度は負けない。負けない心を手に入れるため強くなりたい。
俺が本当に手に入れたいものは本当は強さじゃなくて自信なのかもしれない。
何者にも負けない自信。何者からも奪わせないという意地。
俺の目指す「強さ」のむこうにそれはある気がするから、今日も俺は鍛え続ける。
…たとえ圧倒的に身体能力が足りないのだとしても。
自分で決めたメニューをこなし終えると、裏庭の井戸に進み、着衣のまま水をかぶる。
朝風呂に入りたいなんて我儘を言えた身分じゃないからな。
むこうの世界とは違って、こちらではお風呂は贅沢だ。
水気を切るように頭を振ると、ショートカットの髪から飛び散った水滴が朝日にきらめく。
さすがに冷たい。でも裸になれるような場所もないので仕方がないのだ。
家から見えない木の裏へ行って、繁みに隠れて乾いた服に着替える。
ウィルも基本早起きだけど、俺は彼が起きる頃には自分の鍛錬を終える事にしている。
そして、ウィルがレオと訓練をはじめると、それを見て、記憶に残し、次の日のメニューに取り入れる。
一度、ウィルが俺の剣の指導をしてくれようとしたが、まったく訓練にならなかった。身体能力の高い彼らからしたら、俺は全然お話にならないレベルなのだ。
いつものように、身支度を整え終わった俺が、二人が稽古をはじめるのを待っていると、レオが自分の訓練用の剣を持って家から出てきた。
「おはよう」
俺が声をかけると、レオは立ち止まった。
表情のない顔で俺の方へ向かって歩いてきて、すれ違った。
「そんなにしてまで、兄さんの気を引きたいの?」
独り言のような呟きが聞こえた。
は?なんつった?
落ち着け俺。
「別にそういうわけじゃないよ…強く、生き残るために強くなりたくてしているだけ」
反論すると、妙に暗い笑みを浮かべた。
「…それっぽく聞こえるけど俺はだまされないから」
俺は顔をしかめた。
「…なに?言いたいことがあるなら…」
いぶかしげに尋ねる俺に、レオはまっすぐに俺を見ていった。なんか冷え冷えとするような視線だ。
「…別に?朝っぱらからがんばるなって思っただけだ」
決してほめて言っているのではないよなぁ。皮肉に聞こえるのは俺が自分の身体能力に引け目をもっているからか?
「早朝からがんばってるみたいだけど身体能力の低い君じゃ無駄じゃない?
そこまでしてウィルに気に取り入りたいの?」
俺の取り方が正しければレオはそう言っているのだ。
兄の家にずうずうしく居候を決め込んでいる第三者の俺が気に食わないのであろうが、俺にだって事情がある。
ウィルの保護下からはずれるというのはマズイ。
ウィルはこの異世界で、唯一頼れる上に異世界人である俺の理解者なのだ。
ブラコンの弟に邪険にされたぐらいで怯んでいたら詰んでしまう。
「ウィルに世話になった分は少しずつでもいいから返すと前も言った。その気持ちに変わりはない。…できるなら迷惑をかけないくらいに自立できるように強くなりたい。でも現状じゃ、ぜんぜん足りないんだ仕方ないだろ?」
俺は下唇を噛むと、きびすを返した。
なんだよ。そんなに俺が邪魔かよ。
今日は二人の稽古を見ていたって頭に入りっこない。
冷静にもなれそうもない。情けない、ちょっと気持ちが揺らいだだけでこれだ。
少しは打ち解けてきたと勝手に思い込んでいた。
避難部屋にいた時に、レオの恐れみたいなのを感じて、親近感まで勝手に抱いていた。
でもそれは俺の思い込みで…。
…せっかく一緒に住んでいるんだから、仲良くしようって思ってくれてもいいのに。
それは俺の願いであってレオはそうじゃない。
俺なんか邪魔で、積極的に関わりたくない、そう思われていても仕方がない。
涙が出てきた。
強くなるって決めたのに、なんて弱いんだ俺は。
俯くと勝手に涙がポタポタと落ちて地面に染みを作った。
手の甲でぬぐうと無理やり上を、空を見た。
「泣かないって決めたのに、ダメだね」
もうこの世にいない少年に語りかける。
彼は、ちょっと困ったような顔をしてなぐさめるように微笑んでくれた気がした。