エピローグ
こっそり荷物を持って王都を出たのが、今から三日ほど前。アイソリュースの復活と、自分の腕を犠牲に王都を守ったチャンドラーの噂は、田舎の村にまで伝わっていた。大きな街ならいざ知らず、のんびりとした片田舎にまで噂が短期間で伝わるのは、おそらく誰かが意図的に広めているためだろう。
「魔法の存在意義が見出せたという、ところかしらね」
意味ありげにアイソリュースが言ったが、イーリーには何のことかわからなかった。
村に到着した二人が王都から来たことを知ると、村人たちはこぞってチャンドラーの武勇伝を聞きたがった。しかし何も見ていないことを話すと、がっかりしたように自分たちの作業に戻って行く。イーリーはそのなかの一人を呼び止めて、尋ねた。
「あの、この村でドラゴン狩りを行っているって本当ですか?」
「ああ、やってるよ。もう終わったけどね」
ごく普通の村人が、平然とそう答えた。
「でも、すごく危険じゃないですか? 今年は、確か魔導士の手伝いがなかったみたいだし……」
「よく知ってるね。そうなんだよ、今年も結局こなかったんだな」
「今年も? 毎年、来ないんですか?」
「ああ。何でかねえ。ドラゴンったって、ただのトカゲじゃない」
「えっ?」
「ほら、そこの爺さんの家で皮を剥いでるよ」
イーリーは村人が示した家に走った。そこで、ドラゴンの正体を見た。
庭で老人が皮を剥いでいるのは、一メートルほどの大きなトカゲである。
「これが、ドラゴン?」
「ん? ああ、この辺りに生息する大トカゲで、昔からドラゴンと呼ばれとる。農作物を荒らすんで、毎年この時期に狩りを行うんだ」
老人から説明を聞いたイーリーは、アイソリュースと顔を見合わせて笑った。
「知ってしまえば、大したことはないんだね」
依頼を見てビクビクしていた自分が、なんだかとても昔のことのように思えた。
「実はちょっと後悔してる? もしかしたら魔導士になれたかも知れないのにって」
アイソリュースに聞かれて、イーリーは小さく首を振る。
「あの時の僕は、『ドラゴン狩り』の真実を確かめる勇気がなかった。結局、それだけのことなんだよ」
「ふーん……じゃあ」
並んで歩いていたアイソリュースは、ぴょんと前に飛び出して、くるりと振り返る。
「私は、感謝しなくちゃね」
「何に?」
「イーリーが、私の真実と向き合う勇気が持てたことに……」
嬉しそうに笑って抱きつくアイソリュースに、イーリーは顔を真っ赤に染めてあわてた。村人たちの笑い声と冷やかす声が聞こえる。思わず、恥ずかしさにうつむきそうになった。
人は、道を選択するたびに何かを失って、何かを得る。何が正しいのかは、きっと誰にもわからない。ただ一つだけ確かなことは、いつも自分の中にあった。
イーリーはアイソリュースを見る。自分が得たもの。幸せそうに笑うその顔は、彼自身の誇りでもあった。だからしっかりと抱きしめて、イーリーは背筋を伸ばして胸を張る。
恥ずべき事は、何もない。
以上で終わりです。
10年前の未熟な作品ではありますが、個人的には好きな物語です。
また機会があれば、イーリーとアイソリュースが活躍する物語を書いてみたと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。