第1話:魔境のフルスロットルと、バグった兄妹の泥んこサバイバル
「……ッ! しっかり捕まってろ、ハナ!」
「うんっ! マコ、後ろからまだ来てる!」
鬱蒼と生い茂る巨大なシダ植物をなぎ倒し、太いオフロードタイヤが腐葉土を大きく蹴り上げる。
ここは地球ではない。血と獣の臭いが充満する異世界――その中でも最悪の難易度を誇る『魔境』のど真ん中だ。
キュイイィィィン、というモーターの甲高い駆動音だけを響かせ、フル電動の無音マウンテンバイク(e-MTB)が森の中を弾丸のように疾走していく。
運転しているのは、黒光りするタクティカルベストを着込んだ、頭に小さなツノが生えている十二歳ほどの鬼人の少年――俺だ。
そして俺の腰に後ろからしがみついているのは、同じく迷彩服に身を包んだ、抜群のプロポーションを持つ二百歳のエルフの美女――元・妹のハナである。
「グルルルルァァッ!!」
背後から迫る咆哮。
木々の間を縫うようにして、四つ足の巨大な魔獣が三体、血走った眼で俺たちを追跡してきている。サイほどの巨体を持つ、凶悪なプレデターたちだ。
「しつこいストーカーは嫌われるぞ!」
俺はハンドルを左手だけで押さえ込むと、背中のスリングからHK417アサルトライフルを引き抜き、後ろを振り返ることなく片手でフルオート連射を見舞った。
ダダダダダダッ!!
7.62mm弾が空気を切り裂き、先頭の魔獣の顔面に突き刺さる。
魔獣は悲鳴を上げて体勢を崩し、そのまま太い巨木に激突して動かなくなった。だが、残りの二体は仲間を顧みることもなく、さらに速度を上げて迫ってくる。
「マコ、前! 崖っ!」
「わかってる! ハナ、風を頼む!」
「任せて!」
目の前に、森を分断するような大きな亀裂――急斜面の崖が現れた。下には濁った水をたたえた大きな池が見える。
俺はe-MTBのアクセルを全開に捻り、崖の縁をジャンプ台にして空中へ飛び出した。
ふわりと無重力感が体を包むのと同時に、ハナが俺たちの背後から風魔法を放った。突風がブーストとなり、俺たちのバイクはあり得ないほどの飛距離を叩き出して宙を舞う。
その空中での数秒間。俺はマウンテンバイクを手放し、空いた両手で背中に背負っていた『とっておき』を構えた。
緑色の無骨な筒。RPG-7――対戦車ロケットランチャーだ。
「じゃあな、クソ犬ども」
俺たちを追って崖から飛び出そうとした魔獣二体のど真ん中に向けて、引き金を引く。
ドゴォォォンッ!!
空中でロケット弾が炸裂し、オレンジ色の爆炎と凄まじい衝撃波が魔境の森を揺らした。魔獣たちの断末魔が爆音にかき消される。
「ハナ、息止めろ!」
「んっ!」
爆風を背に受けながら、俺たちは崖下の池へと真っ逆さまに落下していった。
ザバァァァンッ!!
冷たく濁った水に全身が包まれる。
俺は水中でハナの手をしっかりと握り、あらかじめ『交換の権能』で呼び出しておいた二つのシュノーケルを引っ張り出した。
一つをハナの口に押し込み、もう一つを自分が咥える。
そのまま、池の底の倒木や水草の影に身を潜めた。
――ズズン、ズン。
水面越しに、地響きが伝わってくる。
どうやら、爆発を聞きつけた別の魔獣たちが崖の上に集まってきたらしい。
(息を潜めろ……。ハナの『絶対隠蔽』の魔法があっても、水音や波紋で場所がバレるかもしれない)
冷たい泥水の中で、俺とハナは身を寄せ合う。
シュノーケル越しに、ハナの荒い息遣いが聞こえる。豊かな胸が俺の腕に当たっているが、今はそんなラブコメ的ハプニングを気にする余裕はない。
五分。十分。
ひたすらに冷たい水の中でじっと耐える。
俺は片手でタクティカルポーチから、防水仕様のサーモグラフィカメラを取り出した。
水面すれすれまでカメラを突き出し、モニターを確認する。
崖の上にうごめいていた複数の真っ赤な熱源(魔獣)たちが、獲物を見失い、徐々に森の奥へと散っていくのが見えた。
モニターから熱源が完全に消えたのを確認し、俺はハナの肩を叩いた。
ぷはっ!
二人で一気に水面から顔を出す。
シュノーケルを外し、新鮮な空気を思い切り肺に吸い込んだ。
「はぁっ、はぁっ……! いなくなったか?」
「う、うん……! 足音、聞こえない……!」
周囲には、静寂を取り戻した魔境の風の音しか聞こえない。
完全に、やり過ごした。
泥水まみれで岸に這い上がり、俺は仰向けに大の字で倒れ込んだ。隣でハナも、ペタンと座り込んで息を整えている。
俺の迷彩服も、ハナの顔も、泥と水草でぐちゃぐちゃだ。
死と隣り合わせの、文字通りの泥臭いサバイバル。
……なのに。
「……っ、ぷっ」
「……あははっ」
俺とハナの目が合い、同時に吹き出してしまった。
「あーっはっはっは! 見たかよ今の! あの魔獣、ロケット弾見て目ん玉飛び出そうになってたぞ!」
「あははははっ! マコ、顔にカエル乗ってる! 泥んこで変なお顔ーっ!」
「お前だって水草頭に被って落ち武者みたいになってんじゃねえか!」
腹を抱え、涙を流して、俺たちは魔境の空に向かって大爆笑した。
恐怖なんてとっくに麻痺している。あるのは、生き延びたという圧倒的な高揚感と、隣にコイツがいるという絶対の安心感だけだ。
ひとしきり笑った後、俺は立ち上がり、ハナに手を差し出した。
ハナはその手を取り、勢いよく立ち上がると、そのまま俺にガバッと抱きついてきた。
「やったね、マコ! 私たち、最強のコンビだね!」
「おわっ!? バカ、泥が、って……あーもう、仕方ねえな!」
俺はハナの背中に手を回し、そのまま泥だらけのまま抱き合って、クルクルとその場で回った。
エルフの長身なハナと、十二歳の鬼人の俺。はたから見れば、年の離れた姉と弟の微笑ましい水遊びにしか見えないだろう。
俺の中には、三十代のバツイチ社畜と、子供を庇って死んだ十七歳の高校生が混ざり合っている。
そしてハナも、俺の十一歳の『妹』だった記憶と、二百年を生きたエルフの記憶が同居しているんだ。
現代地球の物資を引き出せるチートと、反則級の防御魔法。
そして、色々とバグって構築された奇妙な『相棒』同士の絆。
なぜ俺たちがこんな姿で、魔境のど真ん中で現代兵器をぶっ放しながら逃げる羽目になったかというと――俺が働き詰めで唐突に死んじゃった、あの『葬式の日』に遡るんだ。




