33 あなたの幸せは③(アドルファスside)
引き続き三人称アドルファス視点です。
結婚式当日、純白のドレスに身を包んだロザリンド王女は眩いほどに美しく、けれどその顔は終始強張り俯いていた。
アドルファスの胸のうちは歓喜と後ろめたさでぐちゃぐちゃで、まともにロザリンド王女の顔を見ることもできなかった。
それでも初夜の場に至り、アドルファスはようやく腹を括った。
『この結婚は王命だ。貴族の義務はあなたも理解しているだろう。諦めて受け入れてもらう』
王命。義務。そう言えば、真面目なロザリンドは受け入れざるをえないだろう。
己の狡さを自覚しながら、アドルファスはロザリンドを妻にした。
(俺の生涯をかけて、誰よりも何よりもあなたを大切にします。全ての悪しきものからあなたを守り、必ずあなたを幸せに……笑顔にしてみせる)
心の中でそう誓いながら。
たとえ疎まれていようとも、ロザリンドを手放すことなど考えられない。どんな手を使ってでも彼女を自分のもとに縛り付けておきたかった。そしていつかロザリンドが絆されてくれるまで、何年でも、何十年でも待つつもりだった。
それなのに――。
「こんなにも嫌われていたんだな……」
ずーんと項垂れたままのアドルファスの口から、沈んだ声が漏れる。
ナサニエルは胸の前で腕を組み、疑わしげな眼差しを、主であり幼馴染でもある男に向けた。
「嫌われていると言いますがね。そもそもアナタ、奥方様にちゃんと好意を伝えたんですか? 結婚が決まった途端、なぜか怖気づいて逃げ回っておられましたが」
「……伝えた。結婚した日の夜に。彼女も俺のことを好きだと……」
初夜、深く抱きしめ合いながら「愛してる」と伝え、彼女も「好き」と応えてくれた。うわ言のように何度も何度も。
一方通行の想いでも仕方がないと覚悟していただけに、天にも昇る心地だった。有頂天になり、この世のありとあらゆる神に感謝した。
そのわずか数日後、ロザリンドは離縁届と書き置きを残して姿を消したときには、地の底に突き落とされたようだった。
初めは誘拐されたのではと疑い、調査を始めた。だが調べれば調べるほど、彼女が自分自身の意志で出ていったとしか考えられない状況が明らかになった。アドルファスの絶望は深まった。
「好きという彼女の言葉は、嘘だったのだ……」
「奥方様はそのような嘘をつく方ではないのでは?」
「嘘でもいいからと、俺が言ったんだ。だから彼女は優しい嘘を……」
は〜っとナサニエルが大袈裟なため息をつく。
「……とりあえず奥方様にお戻り頂いて、それからじっくりお話をなさっては? 元々そうする予定だったでしょう?」
「そう……そのつもりだった……」
出奔するほどに嫌われていると分かっていても、探さずにはいられなかった。
見つけ出せたなら直ちに連れ帰り、今度こそ優しく甘く囲い込むつもりでいた。
「だが、それが正しいことなのか、分からなくなった……。お前も見ただろう? 食堂での彼女の姿を」
ナサニエルが器用に片方の眉を上げる。
「ええ。元王女とは……そして伯爵夫人とは思えないお姿でしたね。幻滅しましたか?」
アドルファスは顔を上げ、「いや」と小さくかぶりを振った。
「確かに驚きはした。以前の彼女とはまるで別人だったから……」
小隊を率いてディウドの町に到着し、バロウ男爵邸での歓迎会に出席した時。彼女が大広間に一歩足を踏み入れた瞬間に気がついた。
髪型も服装も以前とはまるで違っていたが、見間違えることなど決してない。彼女の周りだけが光り輝いているようだった。
探し続けた愛しい妻にようやく会えた。もどかしい思いで挨拶を終え、逸る気持ちを堪えてロザリンドのもとに駆けつけてみれば、彼女はディウド守備隊の聖女として、バロウ男爵の嫡男に手を引かれていた。
この三年、どこでどうしていたのか、危ない目には遭わなかったのか、今はどんな所に住んでいるのか、聖女とはどういうことなのか、バロウの息子とはどういう関係なのか――。
聞きたいことは山ほどあったが、ロザリンドは戸惑いと困惑に満ちた顔で何も答えなかった。
そもそもアドルファスとの関係を人に知られたくはない様子だった。身分を隠して暮らしているのなら当然の反応だ。
その場で問い詰めるわけにもいかず、けれど何か話をしたいと思っているうちに、ロザリンドは逃げるように帰ってしまった。バロウの息子に腰を抱かれ、子どもがいるという衝撃の情報を残して。
遠ざかる背中を、アドルファスは呆然と見送るしかなかった。
気持ちの整理がつかないまま迎えた翌朝。ロザリンドが聖魔法を実演するのに立ち会った。
彼女の力は本物だった。想像していたよりもはるかに強力な治癒魔法に驚愕し、感動すら覚えた。
騎士団で魔獣討伐隊の隊長を務めるアドルファスだが、治癒魔法を目にするのは初めてのことだった。王族が人前で聖魔法を使うことは滅多にないのだ。だから他の王族達の力の程は噂に聞くだけだが、これほどの聖魔法の使い手は他にいないのではないかと思えた。
聖属性でないことを理由に王宮で侮られていたロザリンドの姿を知っているだけに、我がことのように喜ばしく誇らしい気持ちになった。
『あなたは本当に素晴らしい聖女だ』
心からの賛辞を送ったが困ったように目を逸らされ、切なさが胸に込み上げた。
せめて騎士と聖女として行動を共にできればと期待したが、ロザリンドは午後の三時間のみの勤務で、守備隊の救護室に待機することになった。そして話がつくや否や、食堂の仕事があるからと、逃げるように会議室を出ていった。
明らかに避けられている。
分かってはいても気持ちを抑えることができず、二人きりで話がしたくて無人の倉庫で向かい合った。
ずっと探していたのだと、戻ってきてほしいと、そう伝えたかった。
けれどロザリンドはアドルファスから顔を背け、離縁を口にした。
『無理……しんどい……』
絞り出すように発せられた言葉。彼女にのばした指先が震えた。
疑いようもない拒絶。
おまけにロザリンドはフィリップ・バロウと恋仲で、求婚までされたらしい。彼女の子どもはフィリップとの間の子だという。
それでも諦めがつかず、仕事を調整してロザリンドが働く食堂に突撃した。簡単に身を引くには、六年という月日は長すぎた。
そうして訪れたリコリス亭で、アドルファスはまたもや驚かされた。
エプロンを身に着け、笑顔できびきびと働く彼女は、どこからどう見ても立派な食堂の看板娘だった。
おまけにオリジナル料理の開発や調理にも携わっているという。初めて食べたカラアゲは、素朴な見た目ながら旨味が凝縮されていて、驚くほどに旨かった。わずかに彼女の魔力が込められたマッシュポテトは、涙が出そうなほどに優しい味がした。
悪評に晒されながら、王宮の片隅でひっそりと息を潜めていたロザリンド王女。健気に涙をこらえる姿に庇護欲をかきたてられた。自分の力で彼女を幸せにしたいと。
ようやく再会したロザリンドは、溌剌として生命力に溢れていた。動き回る姿に、くるくると変わる表情に、目を奪われずにはいられなかった。
大輪の薔薇のような笑顔に、心を撃ち抜かれた。
以前とは別人のようなロザリンド。
何が彼女を変えたのだろうか。
この町の人々か、フィリップ・バロウか、子どもの存在か、それとも聖魔法に目覚めたことからくる自信か――。
確かなのは、彼女は彼女自身の力で花のように輝いていて、その輝きにアドルファスは一かけらも寄与していないということだ。
アドルファスは首元からネックレスを引き出した。銀の鎖に通した結婚指輪を――そこに嵌まる緑の石を見つめる。
「……彼女を守るのは……笑顔にするのは俺の役目だと、そう信じていたんだ……」
アドルファスは、小さく自嘲の笑みを浮かべる。
ロザリンドを幸せにできるのは自分だけだと信じていた。彼女自身の力を信じることもせずに、傲慢にも。
彼女を無力な王女と侮っていた宮廷の者たちと、いったい何が違うと言うのだろう。本質は同じなのではないか――。
「……最低だな、俺は。彼女のそばにいる資格など、初めからなかったんだ……」
そうと気づいてしまえば、取るべき行動は決まっているように思えた。
ロザリンドから手渡された離縁届を広げ、妻の署名をそっと指でなぞった。
「……離縁を受け入れよう」
ナサニエルは、しばし無言でアドルファスを見つめてから、本日何度目か分からない大きなため息を漏らした。
「いいんじゃないですか? あなたが後悔しないならね」
「後悔は、しない……とはさすが言えないな。だが彼女の幸せは――」
「俺の幸せだ、なんて言わないでしょうね? 信じませんよ、そんなつまらない嘘」
挑発するように口元を歪めるナサニエルに、アドルファスは弱々しい苦笑を返す。
「……いつにも増して手厳しいな」
「この際はっきり言いますがね、私は奥方様の幸せなんて、心底ど〜でもいいんですよ」
「どうでもって、お前……」
「馬鹿馬鹿しいほどに一途で不器用な友がどうか。私が興味あるのはそこだけなので」
アドルファスはポカンとナサニエルの顔を見つめ、それから片手で自身の顔を覆った。「ありがとう」とくぐもった声が指の間から漏れる。
「……それでも俺は」
小さく呟き、アドルファスは傍らのペンを手に取った。わずかな躊躇いの後、離縁届の夫の欄にペン先を置く。
「彼女の幸せを願っている。その気持ちだけは嘘にしたくないんだ」
一息に署名を書き終え、アドルファスは完成した離縁届を懐に仕舞い込んだ。
アドルファスってこんなにロザリンドのこと好きだったのね!?と作者の私もびっくりしまして、調整のために第1話のアドルファスの台詞を少し修正しました。興味のある方はチェックしてみて下さい。
次回、ロザリンド視点に戻ります。




