28 若様のプロポーズ
後半、三人称視点に変わります。
千客万来。
これがリコリス亭の話なら嬉しいのだけど、アドルファス、リリアナ、そして若様の三連続突撃はちっとも嬉しくない。
「……それで若様、改まってお話というのは? ロウェルのお迎えがあるので、短めにお願いしたいんですけど……」
守備隊長の執務室で、どこか緊張した面持ちの若様と向かい合う。
「帰り際にごめんね、ロジー。一刻も早く君に伝えたいことがあって」
そう言うと若様は私の前に跪き、恭しく薔薇の花束を差し出した。
「ロジー、咲き誇る大輪の薔薇よりもなお気高く美しい君よ。改めて君に求婚させてほしい。この僕の、フィリップ・バロウの婚約者になってくれないだろうか?」
「えぇ……?」
いつもの芝居がかった気障な口説き文句。だけどいつもと違う表情に戸惑いつつ、私はいつものようにお断りをすべく口を開く。
「あの、何度言われても私、若様の愛人になるつもりは――」
「愛人じゃない。君を正式な婚約者に、そしてただ一人の妻に迎えたいんだ」
「……へ?」
思いもよらない言葉に、私はぽかんと呆ける。
「いや、だけど、平民を正妻に迎えることはできないって……」
「ただの平民ならね」
若様が立ち上がり、花束の向こうから真剣な瞳で私を見つめた。
「だけど、聖女となれば話は別だ。正式に王宮で認められれば、貴族に準じた地位が保証される。バロウ男爵家の正妻として迎えるのに不足はないし、なにより、君の持つ聖女の力はディウドの町にとって大きな助けになる。それに、ずっとこの町で暮らしていきたいという君の望みも叶う」
「それは……でも、私には子どもが……」
「ロウェルのことも、正式に養子として迎えるつもりだよ。将来もし僕の血を引く男児が産まれなければ、ロウェルをバロウ男爵家の跡継ぎにする。そのことも含めて、両親の了解を得ているから安心してほしい」
立て板に水のごとく次々と退路を塞がれ、私は咄嗟に言葉を返せないでいた。目をぐるぐるさせながら、若様が言ったことを頭の中で反芻する。
貴重な聖女の力をバロウ男爵家で確保したいというのは、分からなくはない。
だけど、バロウ男爵家の血を引いていないロウェルを跡継ぎにしてもいいだなんて……。
「どうして、そこまで……?」
ようやく尋ねると、若様は困ったように小さく笑い、片手で髪をかき上げた。
「……参ったなぁ、ちっとも伝わっていなかったなんて。もちろん、君に惚れてるからさ、ロジー。初めて会ったときから、ずっとね」
いつもの芝居がかった微笑みとは違う、どこか余裕のない表情は、その言葉が彼の本心だと告げているように思えた。
「性急だということは分かってる。本当はもっと時間をかけて君を口説くつもりだったんだ。……だけど、君を誰にも奪われたくない。デュアー将軍にも」
「っ……」
アドルファスの名を耳にしただけで、情けないほどに胸がざわめいてしまう。若様が心配しているようなことには決してならないというのに。
私は俯き、胸元に隠した結婚指輪を服の上からぎゅっと握った。
「今更アド……デュアー将軍とどうこうなるなんて、ありえないです。だけど私――」
「ストップ」
口にしかけた断りの言葉を、若様が遮る。顔を上げると、若様が真剣なまなざしで私を見つめている。その時私は気づいてしまった。花束を持つ若様の手が、小さく震えていることに。
「今この場で断らないで、よく考えてみて。……そして僕を選んでほしい」
何も言葉を返せないでいる私に、若様が小さく微笑む。
「正式なプロポーズの証として、この花束だけは受け取ってほしいな」
そう言われては断ることもできず、私は大きな花束を抱えて帰路についたのだった。
その様子を密かに見ていた人がいることには気づきもせずに。
◆
ロザリンドが薔薇の花束を受け取るのを扉の隙間から見届け、リリアナは静かにその場をあとにした。
「へ~、面白いもの見ちゃった」
手には二人分のティーセットが乗ったトレー。軽やかな足取りで廊下を進み、向かった先はアドルファスの臨時の執務室となっている会議室だ。
扉の前で立ち止まり、自分の顔が最も可愛く見えるように、目の開き具合と口角の角度を調整する。
ノックをして部屋に入ると、アドルファスが机に向かって書類を捲っていた。その傍らにはナサニエルの姿もある。
「アドルファス様、そろそろ休憩にしませんか? お茶の準備、してきたんです」
「……ありがたいが、気を遣わないでくれ、リリアナ嬢。それは君の仕事ではないだろう」
リリアナが話しかけているというのに、アドルファスは書類に視線を落としたまま顔を上げもしない。そのことに不満を感じたリリアナだったが、それを顔に出しはしなかった。
「ふふっ、気にしないでください。あたしが好きでしてることですから」
アドルファスの近くの机にクロスを広げ、ティーカップを並べながら、リリアナは「そういえば」と楽しげに口を開いた。
「さっき、とっても素敵な場面に遭遇したんですよ。なんと、守備隊の隊長さんが、ロジーさんにプロポーズしてたんです!」
「……何だと?」
アドルファスがピタリと手を止め、書類から顔を上げた。
「いい雰囲気だと思ってましたけど、あの二人、やっぱり恋人同士だったんですね。ロジーさん、大きな薔薇の花束を受け取って、とっても嬉しそうでしたわ」
「……そうか」
アドルファスはわずかに目を見開き、それから眉間に皺を寄せた。
その反応にリリアナは苛立ちを覚えるが、かろうじて表には出さず、恋に憧れる乙女らしく、うっとりとした微笑みを浮かべた。
「ロジーさんが聖女の力に目覚めたおかげで、結婚できることになったみたいですよ。二人の間にはお子さんもいるみたいですし、本当に良かったですよね。……さぁ、お茶が入りましたわ、アドルファス様。こちらへいらっしゃって」
笑顔で促すが、アドルファスは動こうとはせず、再び手元の書類に視線を落とした。
「後で頂こう。そこに置いておいてくれ」
「え、でも一緒に――」
「おやリリアナ嬢、わざわざ私の分までご用意くださったんですね。痛み入ります」
にこやかにリリアナの言葉を遮ったのはナサニエルだった。眼鏡の秘書官は、討伐部隊員達の間で美人と評判のリリアナを前にしても態度を変えることなく、真意の読めない笑顔で続ける。
「衛生班の今日の仕事はもう終わりですか? 夕食は領主館でご用意してくださっているそうですから、どうぞ先にお戻りくださいね。私達はもう少し書類仕事が残っておりますので。ああ、カップはこちらで片づけておきますのでご安心を」
穏やかだが有無を言わさぬ調子のナサニエルに、リリアナはピクリと目元を引き攣らせたが、すぐに表情を整えた。
「……そうですか。それじゃ、あたしはお先に失礼いたします。お仕事頑張ってくださいね、アドルファス様」
内心の苛立ちを可憐な微笑みで隠し、リリアナは会議室をあとにした。
「……フィリップ・バロウがロザリンドに求婚だと……?」
リリアナが立ち去った後の会議室。アドルファスの口から地を這うような声が漏れた。握りしめた手の中で、ペンがミシリと音を立てる。
「花束を受け取った? まさか求婚を受け入れたのか……? だが彼女は今も俺の妻だ。重婚は認められない……」
ブツブツと呟くアドルファスの横で、はぁぁとナサニエルがこれ見よがしにため息をついた。
「そんなに気になるなら、奥方様に直接お尋ねになればよろしいのでは? 明日の昼間、少しであれば時間を融通できます」
「昼間……」
「行ってみようではありませんか。奥方様が……元王女殿下が働く食堂に」
キラリと眼鏡を光らせ、ナサニエルが口の端を上げた。
次回はロザリンドの一人称に戻ります。




