64回目 現実
「……あれ?」
目が覚めるといつもの天井────ではなかった。
簡素な作りだが、古めかしいアパートのものとは違う。
それよりは清潔感があるというか、真新しい印象がある。
部屋自体はそう大きなものではないが。
だが、それはススムの住んでたアパートではない。
何がどうなってるのかが分からない。
だが、見覚えのない部屋なのだが、妙に納得してもいる。
ここが自分の部屋なのだと。
そのせいなのか、勝手も分かる。
部屋というか、この家の構造がどうなってるのか。
どこに何が置いてあるのか。
それがはっきりと分かるのだ。
「どうなってんだ……」
不思議に思いながら布団から出る。
妙に薄いが、それでも問題は無い。
室内は快適に保たれている。
特別暑かったり寒いという事は無い。
それだけ空調が上手く働いている。
天気がどうあろうと、人間にとって快適な状態を提供するために。
だからこそ、完全一体都市というのだ。
東京に幾つか建設されたこの都市の中は、人間にとって最善の状態が保たれている。
ただ、あまりにも最適化されてるので、それはそれで不自然だと思う者もいる。
そういった者は、この外で生活もしている。
ススムはそうは思わなかったので、完全一体都市の中で暮らしている。
そんな事を思い出した。
そう、ススムはここで暮らしていた。
以前から。
完全一体都市が建設されて。
その入居資格が与えられた。
特に何かに応募したわけではない。
ただ、該当する地域に住んでいた。
だから資格が与えられたのだ。
西暦2000年の事だ。
それから10年、ススムはここで生活をしていた。
そう、西暦2000年からだ。
その頃、社会に出てブラック企業に就職してしまい。
日がな一日働きづくめの毎日を過ごし。
どうにかこうにかそれから10年ほど過ごしていた。
そんな毎日とは違い。
同じように完全一体都市に入居した会社の、快適な環境で働いている。
……そんな二つの記憶に混乱する。
一方では、ブラック企業で働くくたびれた人生。
もう一つは、ホワイトな環境で労働に勤しむ、余裕のある人生。
そのどちらもが実感を持って思い出す事が出来る。
記憶が確かなら、もう一つの人生では、ギリギリの給料で働いていた。
サービス残業と休日出勤当たり前で、給料は生活が出来る程度。
そんな中で楽しみはゲームだけ。
酒や賭博と違い、一度料金を支払えば何度でも遊べる。
だから、何度も遊んでいた。
中古で買った古いパソコンと、同じく中古で買った古いゲームを。
そんな救いのない日々を続けていたはずなのだが。
今はそんな気配などこれっぽっちもない生活をしている。
就職したのはまともな会社で。
就労時間は、一日4時間。
それも、一応会社に在席していてもらいたいという為だ。
それが証明出来るなら、在宅での勤務も可能。
むしろ、それが普通になっている。
それに仕事自体もそれほど大変というものでもない。
労働のほとんどはロボットが肩代わりしてくれている。
一部の専門的な技術や知識が必要ならともかく。
人間が必要なのは、ロボットの管理など。
その為、労働といってもそれほど大変というわけではない。
むしろ、人間の必要性がほとんどない状態だ。
それでも必要なものはある程度手に入るような社会になっている。
なので無収入でもさほど問題無く生きていける。
欲しい物を手に入れるには、相応の対価を稼ぐ必要があるが。
それもそう難しい事ではない。
そんな二つの記憶に驚く。
ススムの記憶によれば、ブラック社員であった方が現実なのだが。
しかし、今実感してるのは、ありえないほど発展した社会だ。
その中の一員としての記憶は確かにある。
それにだ。
思い出してみると、色々な食い違いが出て来る。
幼少期の頃の記憶。
その時の生活環境。
それも全く違ったものが頭の中にある。
片方は20世紀の町並み。
昭和と言われる時代の最後の頃のものだ。
戦後に大量に建築されたという、安っぽい一戸建て。
間取りは、2DKといったところか。
そこで家族と暮らした記憶がある。
もう一方では、同じように戦後建築されたところは同じだが。
間取りはもう少し広かった。
余裕のある作りになっている。
4LDKの一戸建てになっている。
そもそも戦後の意味が違う。
一方では戦後とは1945年、昭和20年以降をさす。
だが、もう一つの記憶では、1958年の昭和38年が終戦だ。
それも第二次世界大戦ではない。
第三次世界大戦の終わりとして記憶している。
学校でもそう習った。
「なんで……」
疑問が浮かぶ。
なんでこうなってるのか?
どうして二つの記憶があるのか。
それが分からない。
だが、以前の記憶。
よりよくなってる世界ではない、そうなる前の記憶。
それは確かにある。
だが、その記憶が本当に記憶なのか。
それが分からなくなっていく。
今、目の前にある現実に、それを裏付けるようなものは何も無いのだから。
混乱する中、それでも仕事にとりかかろうとする。
やり方は分かっている。
身に覚えのない記憶によって。
それに従いやるべき事をこなそうとする。
それがブラック企業で培った、社員精神のなせる業なのかもしれない。




