ダンジョン攻略
――ズガァァン。
凄まじい落下音が響き渡り、巨体のゴブリンは棍棒を振り上げたまま地面へと膝をついた。
「い、いったい何が……?」
困惑で頭が埋め尽くされる。そして俺の足元には年季の入った鉄アレイがゴロゴロと音を立てて転がってくる。
「なんでここに、こんなものが?」
俺の疑問に答えるように上から声が降ってきた。
「ちょっ、おい大丈夫か!?」
声の聞こえる方、ちょうど真上を見上げると体育館のギャラリーで鉄アレイを手に持った藤宮の姿があった。返り血に濡れ、立ち上がれずにいる俺が目に入ったせいか焦ったような声音だ。
「大丈夫だ」そう言いかけて目の前で小さく呻くゴブリンに気がついた。頭部に大きなヘコミ。身体中にできた裂傷。痙攣する巨大な体躯。まさしく、辛うじて命を保っているといっていいくらいの酷い傷だ。しかし、彼の瞳からは強い憎しみと怒りの色が見て取れる。
本能的に悟った。こいつは何をするか分からない。早く殺さないと。
しかし、俺の手元に武器はなく、体を動かす体力もない。だから――
「藤宮! それを落とせ! 早く!」
藤宮が持っているもう一つの鉄アレイ。それを指差して叫ぶ。藤宮も俺の意図に気がついたのか、応答の声もなく鉄アレイをゴブリンの頭上に落下させた。
ゴツッという鈍いおとが無駄に広い館内に響き、ゴブリンの頭部からはドロリとした赤黒い血が流出する。
ゴブリンは頭に二度も強い衝撃を受けたことで糸の切れた人形のように白目を剥いて力なく倒れ伏し、黒い靄となり消え去る。その後に残ったのは大木のような棍棒と拳大の綺麗な石だけだった。
《レベルアップしました》
《ダンジョンボスの討伐、ダンジョンの攻略を確認しました》
《ダンジョン攻略報酬としてランダムでスキルが付与されます》
また、本日何度目かも忘れた機械じみた女性の声が頭に響く。今度はレベルアップのアナウンスに加えて他にもある。ダンジョンボスの攻略。報酬。
なるほど、この学校はいつのまにかファンタジー御用達でお馴染みのダンジョンになっていたようだ。
平時であれば、何をバカなこと、と鼻で笑われること間違いない。だが、現状を鑑みればそれもあり得ない話ではないとおもってしまう。というか寧ろ、そっちの方がしっくりくる話だ。
そして恐らく、この現象は当校でのみ起きているわけではないのだろう。だったら、やはり力が必要になることは間違いない。
一度は闘争の世界を嫌悪し、退いたが、生きるために必要となれば話は別だ。だからこそ、自分の中で線引きをしなければいけない。奪うために力を使うのは悪。だが、守るため、生き残るために力を振るうのは悪にあらず。これだけは決して破ってはいけない。そう、自分の中で誓いを立てる。
「おい、佐伯……」
目をつぶって天を仰ぐ俺に男勝りの口調で藤宮が話しかける。俺は彼女の声に反応して瞼を開くが、体が言うことを聞かない。寝そべった態勢から動くだけの気力が湧かない。
仕方なく、体は動かさず口を開く。
「あー、藤宮。助かった、ありがとう」
命の恩人ともいえる彼女に感謝の意を伝える。俺一人だったら今頃死んでいたかもしれないと考えると彼女の存在の大きさを感じざるを得ない。
「あ、い、いや、私もお前の足止めがなきゃあんなこと出来なかったし……あ、私こそ、ありがと?」
あまり素直に感謝されたことがないのか、赤面して可哀想なくらいしどろもどろになる。
「なんで疑問形なんだよ」
思わず笑いが漏れる。
それに呼応して藤宮は更に顔を赤くする。
「それはもういいだろ!?」
叫ぶ彼女に小さな悪戯心が芽生え始めるが、なんとか自制。ソッポを向いてしまった藤宮を宥めつつ話を展開していく。
「藤宮も聞こえたか? あの、アナウンス」
「え、ああ。ダンジョンとかスキルがなにやらって言ってたけど……」
やはり、と言うべきかあれが聞こえていたのは俺だけではなかったようで、その内容も同一なものであろう。――ダンジョンの攻略、そしてその報酬として付与されたというスキルの存在。それは眼前に広がったまま放置していた半透明のホログラムが証明してくれる。藤宮に横目で見ると彼女も目線を虚空で右往左往させているではないか。他人には自身のステータスを見せることが出来ないというのは分かっているので、端から見れば変人と思われても仕方のない奇行ではあるが、おそらくステータス、または報酬のスキルを確認しているのだろうと判断できる。
俺は藤宮から半透明のホログラムへと視線を動かす。
――佐伯 修
Lv.6
状態:疲労(中)
能力値
体力: 3 筋力: 3
思考: 2 敏捷: 3
魔力: 1 耐久: 3
器用: 2 幸運: 1
スキル
【鑑定】
【狂戦士《ベルセルク》】
魔法
pt.2
――
「【狂戦士】、か。何ともまぁ物騒な名前だな」
ポツリ、と呟く。
【狂戦士】。字面だけ見れば狂った戦士というマイナスにしか取れないようなものだが、報酬という以上デメリットとなる力を渡すだろうか。俺にはどうにもそうは思えない。結局、考えているだけでは何も変わることはないという結論を出して次は【鑑定】のスキルに興味の矛先を向ける。