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レベルアップ

「殺される前に殺す」と言ったはいいものの、さて、どうしたものか。


 武器を持った、しかも複数を相手に無手で勝つというのは不可能に近い。少なくとも武器が必要だ。それも、短剣よりも間合いが広くて出来るだけ丈夫なものがいい。


 だが、そんな都合のいい物がこの教室の中にあるだろうか。カッターやシャーペンなんかは一応武器にはなり得るが、間合いが足りない。ホウキ、は長くて間合いの面では心配ないだろうが耐久力が無いだろう。


 俺が悩んでいる間にもゴブリンはジリジリと距離を詰めてきている。考えろ。早く、早く。もう時間がない。

 グミをもう一つ取り出して口に押し込み、フゥと口に溜まった息を吐き出すともう一度辺りを見渡す。


 武器。あの化け物たちに対抗するための武器はないのか。注意深く、見逃しが無いように目を凝らす。


 そして、見つけた。


「金属バット……」


 委員長のカバンと並べて置かれてあるそれに目をつけた。

 そういえば彼は野球部だったな。

 死んでいる……かどうかは分からないが少なくとも重症と判断できるほどの傷を負い、地面に這いつくばったまま微動だにしない彼からはいつもの底抜けた明るさは連想できない。


 ――俺がお前の仇をとってやるからな。


 死んでいるか生きているか分からない状況である今“仇”の使い方があっているのかどうかは知らないし、そこまで面識があったわけでもないが、せめて彼の愛用していたバットでもって俺が殺してやる、と己に誓いを立てた。が、その前にどうやってバットを取りに行くか、という問題が残っていた。


 一番前の席というのもあって彼の机の周りにはゴブリンたちが群がっている。あそこから何事もなかったかのようにバットを持ち去るのは困難を極める。


 体躯と数の面ではこっちの方が圧倒的に有利。でも向こうは殺気全開で殺傷性の高い武器を持っている。

 やはり、どう考えても厳しいと言わざるを得ない。


 といってもまあ、やるんだけどね。やらなきゃ死ぬだけなんだ。それなら死ぬかもしれないとしても生き残る可能性のある方に賭けようと思うのが普通の思考だろう。


 俺はゴブリンたちの視線が逸れ、隙のできるタイミングを見計らう。が、それもすぐ意味のないものとなる。

 様子を伺ったまま動きのなかったゴブリンたちがついに動きだしたのだ。


「グギャァァァ!」というそれ自体に意味があるのかどうかも分からないような叫びをあげて、リーダー的ポジションなのだろうか集団の中で少しばかり背の高い個体が短剣を空へ掲げるとそれを合図に十数体のゴブリンたちは一斉に俺たちに襲いかかってきた。


 何をどう判断して襲いかかるという命令を出したのか、そんなことは分からないし、考える時間さえ勿体ない。


 十を超えるゴブリンの内一体が俺をターゲットとして補足した。


「チッ! クソが!!」


 今まで我慢していた分の罵声が飛び出る。こうなったら黙っている必要もない。思う存分叫んでやる。


「殺られる前に、殺る!!」


 迫るゴブリンに机を蹴り倒すことで進路を塞ぎ、カバンを投げつける。そこそこ重量のあったそれはゴブリンの顔面に直撃。流石にそれで死ぬ、なんてことは無いが多少の時間稼ぎにはなる。現に奴は短剣を手から離し両手で顔面を覆っている。


 ――今がチャンスだ!


 俺は苦痛に悶えるゴブリンを無視してバットを取りに走る。

 途中、襲いかかるもう一体のゴブリンにヤンキー時代で培った体捌きを使い、間合いを詰めて右ストレート。完璧に決まった。

 骨の感触が拳に直で伝わり、破壊する感覚がまた懐かしい。


 委員長の机までそこまで距離があるわけでも無いのでそれ以上他のゴブリンに妨害されることもなく辿り着く。そして、バットを手に取る。念願の武器だ。


 小さな達成感に浸っていると、絹を裂くような悲鳴が轟いた。ビクリと肩を震わせ、視線を向ける。


 その先には体の至る所に短剣を突き刺され、血塗れになったクラスメイトと絶望と恐怖の表情で彼を見つめる女生徒の姿。そしてニヤニヤと不潔な笑みを張り付かせた一体のゴブリン。


 胸の奥から悍ましいまでの寒気と吐き気、そして怒りがこみ上げる。

 ゴブリンは泣きわめく女生徒をもその手に持った剣で蹂躙し、肉を貪り食う。


 その時、俺はバットを片手に疾駆し、渾身の一打を振り下ろす。だが、その時にはもう遅く、彼も彼女も既に事切れた後だった。


「クソがッ! なんで、なんでだよ!なんでこんなことに……一体、俺たちが何をしたっていうんだよ! 頼むからもう、やめてくれ……」


 そんな俺の声も届くことはなく、ゴブリンたちによる蹂躙劇は続く。


「ゲヒッ」


 背後から気配。さっきの一撃じゃあ死ななかったか。しぶとい奴だ。まるでゴキブリ。いくらでも湧いて出てくる害虫にそっくりだ。


 ――そうだ、殺られる前に殺らないと。


「さっさと死ねよ、汚物」


 フツフツと沸き上がる怒気を力に変えてバットを握る。今までにないくらい怒りが頭を支配する。でも、思考はなぜかクリアで恐ろしいくらいに回転する。


 ゴブリンの持つ短剣を横薙ぎに振るったバットで手ごと弾き、その遠心力を利用してフルスイングの一撃を側頭部にブチかます。

 それでもまだ腹の虫がおさまらない俺は顔面が変形するまで延々と横たえたゴブリンにバットを振り続ける。


 ゴツッゴツッという骨を砕く音はグチャリグチャリと肉を叩く音に変わりもう既にそれは原型を留めていない肉塊と化した。


 そして――


 《レベルアップしました》


 空気の読めないタイミングで機械のような無機質な女の声が頭に響いた。



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