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噂の真偽

 ちゅんちゅんと小うるさい鳥のさえずりで目を覚ます。固く閉ざされた瞼を開くと開けっ放しにされていたカーテンから差し込む光が網膜を刺激して意識を覚醒させる。


「知らない天井だ……」


 開口一番。人生で一度は言ってみたいと思っていたセリフランキング上位に位置するソレを自然体で呟くと何事もなかったかのように重い体を気合で起こして一度伸びをする。周囲を見渡すとそこはいつもの自室ではなく見慣れない部屋。


「ああ、そういえば」


 寝ぼけ眼を擦りながら昨晩の記憶を掘り起こす。まず藤宮の作ったカレーが絶品だということは覚えている。そんでもってそれから風呂入って寝た……と。


 よくよく考えると女のクラスメイトの家にお泊まりするってすごいシチュエーションじゃあないか?


 密やかな興奮を隠しながら少しダボっとした寝巻きから昨日渡された藤宮父の服に着替えてドアノブに手をかける。


 一度寝たことである程度疲労も抜けたのか体が軽く感じる。少しばかり高揚した気分そのままに鼻歌を口ずさみながらリビングに向かうと、スパイシーないい匂い。


「これは……」


 食欲をそそり、匂いだけで唾液を多量分泌させてくるこれは、もしや……


「カレーっ!」


 薄っすらとした記憶と自らの嗅覚を頼りにリビングへ走る。


 コトコト。目的の場所に近づくごとにカレーを煮込む音と鼻腔をくすぐる匂いは増していく。それに比例して一歩一歩と進める足もスピードを増す。


「あれ、もう起きたの?」


 走り込むようにリビングへ訪れると藤宮がエプロンにポニーテールでキッチンに立っていた。昨日も見た姿ではあるが、いつもと違うその雰囲気にドキリとしてしまう。


「あ、おう……っていうか藤宮も、起きるの早いんだな」


 リビング据え置きの大きな時計に目を向けると時刻は六時過ぎといったところ。俺はいつもより一時間ほど早い目覚めだが、もしや藤宮はいつもこの時間に起きているのだろうか。


「あぁ、まあ私はこのくらいの時間に起きてお弁当とか作ってるから」


 案の定だ。たしかに藤宮は昼休みに一人教室で弁当を広げている印象もあったな。いい噂を聞かないってのもあってか誰も藤宮と連もうとしなかったし、藤宮自身も積極的に話をしに行く感じでもなかったからしょうがないとも思うけどクラス内ではちょっと浮いてたけど。


 まあでも、今になって思うと藤宮は不良って感じじゃないんだよな……授業にはちゃんと出席してたし、結構いい奴だし、料理はうまいし、なんで今まで人気が出なかったのか不思議なくらいには可愛い。


 欠点らしい欠点といえば金髪なのと言葉づかいが若干男勝りってくらいで、でもそれだって見方によっては魅力の一つとも取れる訳で。


 なんであんな噂ばっかり流れていたのか――


「不思議だな……」

「なにが?」


 思考が声として漏れてしまっていたのか、藤宮が不思議そうに小首を傾げる。


「ああ、いや」


 ――これは聞くべきなのだろうか、それともほっといた方がいいのか……


 数瞬の沈黙。コトコトと沸騰し始めたカレーの煮立つ音だけが静寂の中で音を奏でる。


「なに、どうしたの?」


 藤宮がいきなり黙りこくる俺を心底不思議そうな顔で覗き込む。狙った訳では無いのだろうが若干上目遣いになっていて男心がくすぐられる。


「い、いやっ……えっと」


 気恥ずかしさから思わず視線を逸らしてしまう。どもったような口調になってさらに羞恥が加速する。


「藤宮ってさ、学校でちょっとアレな噂が流れてただろ? それがどうにも信じらんなくてさ……」


 勢いに任せて口にしたせいか早口になってしまった。コミュ障かよ……


「ん……ああ、アレねぇ」


 一拍置いて藤宮は呆れたように遠くを見ながら軽くため息を吐いた。


「殆どデマだよ。まあ合ってる所もあるし、全部が全部違うってわけでもないけどさ」


「不愉快だよね」と苦々しい顔で続ける。少しホッとしたが、今度はその合っている所というのが気になりはじめる。


「じゃあ、あってる所ってのはどういう……?」


 俺の問いに何故か藤宮はニヤリと蠱惑的な笑みを浮かべる。


「ねえ、佐伯……アンタさ、どーてーでしょ?」


 小悪魔的な笑顔とともに向けられたその言葉に一瞬固まる。まさか女子から発せられるとは思ってもいなかった“童貞”というワードに戸惑いが隠せない。


「ちなみに私は処女だけど」


 そこまで聞いてようやく彼女の言わんとしていることに気がついた。言外にヤリマンビッチじゃねぇよ、とそう伝えたかったわけだ。


「たしかに俺は童貞だけどよ、それ女がいうセリフじゃないぞ」


 藤宮は俺の言葉をアハハと軽く笑って受け流す。本当に気にしてなさそうだ。こういうことに関して寛容なのは賛否両論あるとは思うが、気軽でいられる分俺は好感が持てる。


 聞くことも聞いて肩の荷が下りると、しばらく談笑が続き、藤宮も暇していたようで会話ははずんだ。


 こんな光景、二日も前の俺だったら信じられないことだ。でも、別に嫌なわけじゃない。それどころか、楽しいとすら思っている。数日前までは話したこともなかったというのに。






あぁ〜俺も藤宮みたいなJKと付き合いたいよぉ

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