気をつけるべき事
レティが結界をといたのだろう。リルはつんのめりながらもその勢いを利用するかのようにこちらに駆けてきた。
「コーター!ふぅ。大丈夫なの?怪我はない?」
息を整えた後、ペタペタ触りながら問いかけてくる。
「あ、あぁ。どこも異常はないよ。心配してくれてありがとう。」
「よかった、怪我はないみたいね。ま、まあ、目の前で死なれたら寝覚めが悪いし心配って言ってもその程度よ。」
あれ?もっと追及されるものだと思ったのだが。
竜はこのくらい普通なのか?
「姫様は未確認の邪竜が現れた時、コウタ殿を慌てて助けようと飛び出し結界に突撃しあられもない姿を晒していました。あの慌てようから見てもとてもコウタ殿を心配しているように見受けられました。」
あちゃー。また余計な事言ってるよ。
リルめっちゃ顔赤いじゃん。
「グレイスはどうしていつも余計なこと言うのよ!あの時はただでさえ心配だったのにピンチになってとても慌ててたから仕方ないでしょ!しかもあの結界透明だし、めちゃくちゃ強固だし。私も忘れたいんだからいちいち言わないで!」
クオは同情の眼差しを向けている。いつものレティとの絡みと重ね合わせているのだろうか。
レティは誇らしげだ。結界が褒められて嬉しかったらしい。
「だそうです、コウタ殿。」
どうです?姫様の本心を引き出してやりましたよと言わんばかりのドヤ顔だ。
お願いだから俺まで巻き込まないでくれ。
レティにしてもグレイスにしても俺のいないところでやってほしい。
「なっ⁈」
「はぁ。そんなに心配してくれて嬉しいよ。周りが見えなくなるほど心配してくれる存在なんてなかなかいない。ありがとなリル。」
無視するわけにもいかないのでお礼を言っておく。
さっきから顔が真っ赤だがどんどん赤くなっているような気がする。
こんな美少女の初々しい反応を見られるのはとても嬉しい限りだが場所が場所だけにな。
切断された竜の顔、少し離れたところには翼が穴だらけの積み重なった竜、その側で羞恥に顔を赤くする美少女。
なんとも奇怪である。
「それで、てっきり俺は色々と聞かれると思ってたんだが。」
あまり顔を赤くするリルを見ているとこちらも恥ずかしくなってくるので話題転換だ。
俺はてっきり邪竜を圧倒した力の正体とか、そこからまた力を増した事とか、竜ですら破れない結界だとか色々聞かれると思っていた。
正直、聞かれないことは有難いのだが、何故聞かないのかの理由の方が気になった。
「え?聞いてほしいの?だってそんなの私が見破れなかっただけだし、力を隠すなんて当たり前でしょ?今回は力を隠した上で邪竜に勝てそうにないと私が判断して結果間違っていた。それだけ。力の正体が気にならないといえば嘘になるけど、もっと強い存在を知っているからそこまでのことでもないだけよ。邪竜になるようなのは知りたいかもしれないけど。」
見られたのが竜族だったから追及されなかったと、そういうことか。
今回は運も良かったようだ。
レティはこうなることがわかっていたのかもしれない。
「ただ、私達竜族に知られてもそんなに心配はないけど、強いて言うなら長年生きて暇を持て余してる老竜達が戦いたがるくらいだけど、」
十分な心配事です。
「他の種族、特に人族の一部の国には知られない方がいいかもね。強いってレベルじゃ動かないだろうけど、強い部類の邪竜を圧倒するなんてそんなにいるものじゃないからね。特に人族は寿命が短いし。この辺だと、こっちから見て竜王山脈の裏側にある帝国には知られない方がいいと思うよ。」
「忠告感謝するよ。今回は邪竜というか格上が相手だったから使ったけど、極力人前では使わないことにするよ。」
「帝国は竜族にも戦争を仕掛けてくるような国です。詳しい話は人族の方がわかると思うので街に帰ってから聞いてみるのがいいでしょう。」
敵になりそうな予感のする国だな。
竜に喧嘩を売るぐらいだから力はあるんだろう。厄介事の種がまた増えたな。
「それじゃあこの邪竜の素材は持ち帰らない方がいいな。ガレスに一泡吹かせてやれないのは悔しいが仕方ない。厄介事に巻き込まれるぐらいなら安いものだ。」
「そっか。人族の国じゃ大金になるんだっけ。父さまに相談してあげる。他人事じゃないしね。」
最後の方は小声で聞こえなかったが有難い。
だけど、父さまって竜王だよな。
俺より強い存在を知っているとか言ってたけどそれって絶対竜王だよな。
だけど仲良くできるならそれに越したことはない。
リルとこれからも関わっていくなら避けられないだろうしな。
「そんなことまでしてもらって悪いな。」
「別にいいわよ。グレイス、今言っておいた方がいいんじゃない?後になって言いづらくなるかも知れないわよ。」
何だろう。
ここまで案内してもらったり、換金の件で竜王に口利きしてもらったり色々してもらっているので極端なものでもない限り受け入れるつもりだが。
「そうですね。私はユニスト竜王国守護隊副隊長として今回の件を上に報告しなければなりません。先程、力の追求はしないと言ったばかりですが、今回のことは報告する義務があるのです。聞くことはしませんが、見たことを報告することをご容赦下さい。」
なんだそんなことか。
「そんなことか。別にいいぞ。そりゃ立場的にしなくちゃいけないことぐらいあるだろ。見たことぐらい報告して何が悪いんだ?根掘り葉掘り訊かれるとかだったら嫌だけどそのくらい見られた時点で許容範囲内だ。」
「有難うございます。もし認めて頂けなかったら姫様に怒られるところでした。」
「なんでそこで私が出てくるのよ!それがなくても怒ってばっかりよ!」
一通りリルが怒った後、クオが四体の邪竜を収納して、それにリルとグレイスが驚いたりする一幕もあったが色々話して今日はこの山脈に唯一あるという人族サイズの街に行くことになった。
その街に竜王が住む王城だったり、竜が人型の時に暮らす家なんかがあるらしい。
まあ、王城の謁見の間は竜の姿でも入れるように作ってあるのでとても高いらしいが。
俺はまた来た道を戻って行くのかと思ってげんなりしていたのだが、なんとグレイスが竜の姿になって乗せて行ってくれるという。
グレイスの竜の姿は後の邪竜よりも更に一回り大きく六十メートル程だろうか。大きすぎてよくわからない。
邪竜と比べて顔つきといい身体つきといいとても強そうに見える。
精悍な顔つきとがっしりとした体格、威風堂々とした在り方はそれだけで威圧感を与えるようだ。
色は深い緑色で風竜だろうと容易に想像できた。
「では参りましょうか。乗ってください。」
グレイスは尻尾を器用に動かして、まず尻尾に俺たちを乗せてから背に移動させた。
念話みたいに頭に直接響く感じの声だ。
背中はとても広く思った以上に安定感がある。
鱗は硬そうな見た目で滑りそうなのだが、実際とても硬いのだが乗ってみると安定感があるという不思議な感じだ。
これなら落ちる心配もなさそうだ。
落ちた時は神化すればいいだろう。そうなった時はグレイスが悪い。周辺被害の責任はグレイスまで。
「落とさないでくれよ。その時は遠慮なく力を使って安全を確保させてもらうからな。責任の詳細はグレイスでよろしく。」
「善処します。なので出来るだけ控えていただけると助かります。」
「分かってるよ。言ってみただけだ。」
そうして各々が思い思いの、俺の膝の上とか左右とかに座ったところで飛び立った。
この状況に慣れて来ている自分が怖い。




