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清隆学園の夏休み  作者: 池田 和美
13/15

九月の出来事・②

 ここに顔の中央にデンと目立つ赤い色をした鼻を持つ兄貴と、その子分がいた。

 今日は二人で秋祭りに来ていた。

 その理由は誰でもいいから喧嘩を売ってウサを晴らすこと。

 それ以上でも以下でもない、迷惑なチンピラである。

 暇な夜にはスプレーで、壁に『夜露死苦』とか落書きをしているような人種である。

「どいつもこいつも、女づれでチャラチャラしやがって」

 肩をそびえかせて兄貴が赤い鼻を鳴らした。横で子分が調子を合わせた。

「そうですよね! あにき! バシッと言って下さいョ」

「オレらみたいにビシッと硬派じゃねーと、な」

 ビシッといったって、その服装はハイビスカス柄のアロハ風シャツを素肌に羽織っているという、だらしなさが爆発したような格好だったが。

 あまりにそのままな外見のため、お祭りにきている人たちが彼らをわざわざ避けて参道を流れていく程だ。

 それがさらに彼らの心を大きくした。

 ゆるんだ貌で子分は兄貴に言った。

「カノジョいないレキ、十ン年すもんね」

「そうそう、女の子の手をにぎったのは、幼稚園のミヨちゃんが最後… バカいわすな!」

「あいてて。あ、あにき、あそこの二人づれ、ゆるせませんぜ」

 子分が指差した先には一組のカップルが仲むつまじい様子で歩いていた。

 渋い色をした甚平姿に銀縁眼鏡をかけた真面目そうな青年、その連れは大きな紅葉柄の浴衣を身につけた美女という組み合わせ。何のことはない読者にはお馴染みの図書室常連組の正美と恵美子であった。

 いつもよりも大人っぽい色の和装をしているため、貧乏な文学青年と、その想い人といった風情であった。

 恵美子は浴衣姿に合わせて長い髪をアップにまとめて結い上げており、もともと地味な質の正美とセットで見ると、二人とも高校生には見えない落ち着いた雰囲気であった。

 見てる間に二人は参道をちょっと外れて人気のいない方向へ足が向いていた。このまま“いい雰囲気”になるのが許せなかった。

「シメちゃいましょうよ」

「そうだな。おうおう、にーちゃん! チャラチャラ女づれで歩いてんじゃねぇ」

「やめてくれないか」

 眉をひそめて正美は恵美子の前に立った。

「きれーなネエちゃんつれているじゃん。おいらにもかしてくれョ」

 兄貴が正美と正対している間に、子分は二人を値踏みするようにまわりを一周した。

 対する正美は少し緊張しているのか頬に赤みがさし、恵美子はうつむき加減で彼の背中に隠れるようにしていた。

「よさないか。人を呼ぶぞ」

「呼ぶかどうかこれを見て言いな」

 兄貴はズボンのポケットからバタフライナイフを取り出すと、ヒラヒラとさせて開いたり閉じたりを繰り返した。

 半身振り返った二人は顔を見合わせて、ため息をついた。

「なに笑っとんねん!」

 二人の余裕ある態度に、子分もサバイバルナイフをベルトの鞘から抜いてみせた。

「おらおら」

 兄貴は見せびらかせるように正美の眼前でヒラヒラさせていた。

 その時、正美の右手だけが下から上へ振り上げられた。

 カツと軽い音がして兄貴が手にしていたバタフライナイフが宙に舞った。

 その直後に何かが首筋をかすめて、そのまま彼の後ろに立っていた杉の木に突きたった。

 張り詰めたワイヤーがしなるような音に、顔色を真っ青に変えて兄貴が振り返り、その通り過ぎた物を確認した。

 それは正美のペンティングナイフだった。いつもクナイを持ち歩いている空楽の影響で、正美も手近な画材で武器になりそうなものを持ち歩くようになっていたのだ。

 もちろんそんな画材の知識が無い兄貴には、それがとっても危ない凶器に見えた。

 無様にチャランと軽い音を立てて落ちたバタフライナイフと、見せつけるように構えられたペンティングナイフ。優劣は明らかだった。

「そんな刃物あぶないじゃないか」

 自分たちのことは棚に上げて、腰が引けた子分が裏返った声を上げた。

「刃物じゃなければいいのね」

 恵美子がニッコリ微笑んで、ちょうど足元の転がっていた太めの木の枝を拾った。

 グッと青眼に構えると、彼女の眼光が鋭くなった。

「きえぇぇぇぃっ! コテェ! ドオォォォ!」

 剣道で、都大会に出場する程の腕前である恵美子の打ち込みに、子分はナイフを取り落とし、その落ちたナイフの横で胃液をまき散らしながら悶えることとなった。

「お、おぼえてやがれ!」



「さっきはヒドイ目にあいましたね」

 やっと元気を取り戻した子分が口を開いた。

「おめーが選んだんだろーが」

「さーせん」

「いいか、狙うんだったら、ああいう男はボーッとして、女はおとなしくそうで悲鳴を上げそうもないタイプを選ぶんだよ」

 兄貴が指差した先には、露店のヤキソバを買い求める一組の男女がいた。

 男の方は亀甲筋の入った風情ある浴衣姿で、どことなく泰然とした雰囲気を纏っていた。女の方は真っ赤な地の色に黄色い銀杏柄をした浴衣を身につけていた。

 確かに兄貴の言うとおりの外見である。

 ただ、その二人というのは読者お馴染みの空楽と花子の組み合わせだった。

 普段は寝癖の一つも立っている空楽も、グループデートということで髪をオールバック風に固めていた。対する花子は元々が日本人形のような顔形なので、少々幼い印象を与える派手な浴衣を着ていても、ピッタリと様になっていた。

 あまりにも和装が似合いすぎているので、まるで昭和の時代からやってきた若夫婦といった風情まで感じさせるほどだ。

 二人が露店から離れて参道を歩きだした途端に、兄貴がわざと肩をぶつけた。

「ってーな、このヤロー! どこに目ぇつけてんだ」

「そっちがぶつかって来たのだろう」

 お約束の兄貴のセリフに様式美のような空楽の返答。騒動の予感に参道を行き来していた人ごみに、まるく空間ができた。ここまでは毎度のことだったが、しかしこれから先が違った。

「あやうくヤキソバがこぼれるところだった。こぼれたら大変な事になっていたぞ」

「?」

 空楽の真面目な態度に兄貴と子分は顔を見合わせた。

 人差し指を立てて空楽。

「もったいないオバケが出るんだ」

「ナメてんじゃねぇよ」

 さすがに馬鹿にされていると思い、子分は先程のサバイバルナイフを取り出した。人垣から悲鳴が上がった。

 それが幸か不幸か、空楽には本気の発言だったのだが。

「シメんぞ」

 兄貴もバタフライナイフをヒラヒラと取り出した。再び悲鳴が上がる。それらは彼らの自尊心を擽った。

「むっ」

 相手が武器を取り出したことを確認した空楽は、眼光を鋭くするとヤキソバの紙皿を上へ放り上げた。

 空へ飛ばされた紙皿を、つい二人は目で追ってしまった。その隙に、空楽は参道の石畳を踏み切った。兄貴の右側へ飛び込んで、鋭く肘で脇腹への当て身をした。もちろんその一撃は、肋骨の間を通して相手の内臓にまで衝撃を与えていた。

 兄貴は、まるでバレリーナのようにクルクル回りながら、空楽と反対方向へ吹っ飛んだ。

「やろー」

 負けてはならないとばかりに子分はサバイバルナイフを振り上げた。

 空楽はその位置からバックステップし、まるで模範演技のような綺麗な回し蹴りを放った。

 その攻撃は狙いを違わずに、子分の側頭部へ空楽の踵がめりこんだ。

 ガッと石同士がぶつかるような音がした後に、子分は白目をむいてダウンした。倒れた子分は口の端から泡を吹いていた。一撃で昏倒させるとは、一流の格闘術の使い手でないとできない技であった。

 一連の攻撃動作で元の位置へ戻った空楽は、丁度そこに落ちてきたヤキソバの紙皿をキャッチした。

 もちろん中身をこぼしたりしていない。

 ちなみに足元は雪駄である。器用な奴だ。

 あまりの速さに騒動を取り囲んでいる人々は声を上げる暇もなかった。

「きゃーっ」

 突然近くに上がった悲鳴に空楽が振り返ると、立ち上がった兄貴がバタフライナイフを振り上げて花子へ迫っているところだった。

 空楽は、ヤキソバをキャッチした左手とは反対の手を、自分の懐に入れた。

 そこに忍ばせていたクナイを抜こうとしたのだ。

 だがヤキソバをこぼさないために気が散っており、その動作がワンテンポ遅れた。

(間に合わない!)人垣を形成する誰もがそう思ったときだった。

 花子を守るために、左手のヤキソバを投げつけるかどうかを空楽が躊躇した瞬間に、ドカッと大きな音がした。

 見ると兄貴の顔面に鉛色をした丸い何かが命中していた。

 それをくらった兄貴は、バタフライナイフを振り上げたままの姿で硬直していた。その隙に花子は空楽の背後に隠れた。

 カランと軽い音がして、その何物かが兄貴の顔面から参道の石畳に落ちた。

 それは剣山だった。しかも一号サイズである。

 清隆学園高等部図書委員会副委員長である岡花子の所属クラブは、幸か不幸か華道部だった。

 なぜ今それを持っていたのかは、彼女だけが知っていた。

「お、おぼえてやがれ!」



「さっきはヒドイ目にあいましたね」

 やっと元気を取り戻した子分が口を開いた。

「人はみかけにゃよらないな」

 兄貴にはまだ元気が戻ってきていないようだ。声から覇気が感じられなかった。なにせ剣山が刺さった顔にグルグルと包帯が巻き付けられているのだ。兄貴につられて子分も声を弱くした。

 だいぶ疲れた様子でしゃがみ込んだ屋台の脇から参道を流れる人ごみを眺めた。

「そうですね」

 しばしの間泣きそうな顔を見合わせた。

 雰囲気的に「もう、やめましょうか」と子分が言い出すのを待っているような気もした。

 しかし、そんなことを言い出せば彼が兄貴にブン殴られるのは火を見るよりも明らかだった。

 重苦しい空気を振り払うように、兄貴が、空元気に声を張り上げた。

「よし! とにかく次は女をからかって遊ぼう」

「そーすね!」

「アレなんかどうだ?」

 兄貴が指差した先には、仲良く綿菓子なんかを買い求めている二人組の少女がいた。

 身長が低い方は、紺地に大きめの風鈴模様という浴衣姿であり、もう一人は乳白色の空に紙飛行機がたくさん飛んでいるという柄の浴衣に淡い色の兵児帯を身につけていた。

 身長が一七五センチを超えているかという身長の高い方が、親しげに風鈴模様の方の腕をとっていた。

 たしかに兄貴のいうとおり荒事には向いていなさそうな二人だった。



「おや」

 人ごみの中で、まず空楽が気がついた。その声に近眼の正美が反応した。

「やあ」

「あらま」

「あらあら」

 本殿にあがる石階段の下で、二組のカップルは合流することになった。

「なんだ、けっきょく会っちゃうのね」

 残念そうに花子が言う。傍らの空楽が励ますように口を開いた。

「狭い参道だからな」

「これじゃ、鳥居で別れた意味ないわ」

「そうでもないわよ。王子と郷見クンは?」

 正美と腕を組んだ恵美子は、何かを期待して二人に訊いた。

 口元から彼女のトレードマークの八重歯がのぞいていた。

 彼女に問われてあたりを見回す。とりあえず近くにはいないようだ。

「こっちは見かけなかったよ、風鈴のゆかた」

 正美が正直に答える。恵美子に腕を組んでもらった彼の顔は真っ赤である。

「紙飛行機のサトミも見なかったけど、変な不良さんはいたわよ」

 恵美子が確認するようにもう一組に言った。

「もしかして、鼻の赤い奴と、その子分みたいな二人連れ?」

「そうそう」

「私たちもからまれたわ」

 害虫の(ある意味そうだが)話しをするように二人の少女は眉を顰めあった。

 そこに正美は口を挟んだ。

「じゃあ今ごろは、弘志たちが絡まれてたりして」

「まさかあ」

 花子が微笑んだ。

「二人とも浴衣だったし、サトミなんかどこから見たって女の子に見える格好をしてきたじゃない」

 恵美子も自分のトレードマークである八重歯を覗かして微笑む。弘志はこうして校外で集まるときに、高頻度で女物の服を着てくることが多かった。そういうときは『サトミ』と女の子のように扱わないと、とたんに機嫌が悪くなるのだ。本日着てきた紙飛行機の浴衣も明らかに女物で、しかも幼女のように兵児帯を蝶結びにしていたため、一見して男とは判らない姿であった

「でも、彼女の危ないところを助ける彼なんて、かっこいいかも」

「ああいう連中は絡めれば誰でもいいんじゃないの?」

 銀縁眼鏡を鼻に押し上げて正美。その言葉に少女たちがあらためて眉を顰めてみせた。

「危険だな。どっちが、とは言えないが」

 絡まれる二人が危険なのか、絡む相手が危険なのか。どちらが危険なのか自明の理と言った口調で、空楽も二人と同じように眉を顰めてみせた。

 その時だった。

 遠くから「まるで頭蓋骨を参道の石畳へ力一杯に叩きつけられるような音」が連続して二回響き、続いて軽い「空気のつまった風船が破裂する」ような音が連続した。

「あら? 花火かしら」

 花子は空を見上げた。

 境内に張り巡らされた電線に吊された裸電球と提灯が目に入った。

 その間から、星がまたたきはじめている様子が見えた。

 恵美子が不思議そうに聞き返す。

「秋祭りに?」

「たぶん…」

 正美が言いにくそうに口を開こうとした。

「判っていてトボけるのはいけない」

 空楽の指摘に少女二人は、イタズラを誤魔化すように、顔を見合わせてちいさく舌を出し合った。



「あ、あにきぃ〜」

 体全体が妙に煤けた子分が、道ばたに倒れていた。

 今にも死にそうな声を、なんとか喉から絞り出していた。

「いきてますぅ? あにきぃ〜」

「おう」

 同じような声で、あぜ道の反対側から兄貴が答えた。

「人は見かけで判断しちゃいけませんね」

 子分はしみじみと言った。

 辺りには誰もいなかった。

 あるのは田んぼばかりで、通行人の一人もいなかった。ただうるさいぐらいの蛙の鳴き声が無様な二人をあざ笑うかのように、周辺の空気を包み込んでいた。

 どこかでヒグラシが侘びしく鳴いているような気がした。

 いつの間にか一番星が瞬き始めた秋空には、アキアカネがツイっと二人を見おろして横切っていった。

 体中がバラバラになったような衝撃が段々と収まってきた。

 弘志お手製の怪しげな爆弾で、神社から田んぼまで噴き飛ばされてきたからだ。

 兄貴はむくっと泥だらけの体を起こした。その後頭部には『必殺アームストロングパンチ』をくらって出来たコブが見事に膨らんでいた。

「俺は決めた。明日から必ず真面目に生きる」

 兄貴は夕日に向くと、それに誓った。

「おともするっす」



 その後、二人は更生して立派に生きていっているという。


九月の出来事・おしまい


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