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清隆学園の夏休み  作者: 池田 和美
10/15

幕間・⑤

 副題:まったく男ってやつは


 東京の夏の風物詩となった真夏の熱帯夜。今夜も温度計は二五℃どころか三○℃を下回る様子はまったく無かった。

 汗で渇いた喉を潤すといったら、もちろんこれであろう。夕暮れの新橋あたりで訊いたら確実にこの答えが最多回答のはずだ。

「ぷはー」

「ういー」

 リップルを倒すなり金色の缶を傾けていた空楽と弘志が満足げな声をあげた。

 もちろん忘れてはいけないが、二人とも立派な未成年である。

「いいのかなあ」

 この飲み物がほぼ初めてである優等生の正美が、不安な顔で缶に口をつけていた。

「安心しろ正美。普通の飲食店ならば生活指導が張り込んでいる可能性があるが、ここは空楽の家。遠慮はいらんぞ」

 まるで自分の部屋にいるようにくつろいでいる弘志。

 ちなみに三人が呑んでいるのは不破家の居間であった。テーブルの上には豪勢なつまみが用意されているが、これは空楽の母の好意であった。その母はピザでもとったのか、向こうの電話で駅からここまでの道筋を丁寧に相手へ教えているところだ。

 ある意味派手な弘志の家族と違って、空楽の母は普通の物静かな女性だった。

「少しは遠慮しろ」

 空楽はお行儀悪く、ツマミの塩辛にのばした箸で弘志を指した。

「細かい事は気にするな。…しかし、夏にヤローが呑んで話すといったらアレだな」

「怖い話し?」

 正美が探るように訊いた。

「馬鹿者。ワイダンにきまっておろうが」

「カイダンとは一文字違いだね」

 ちょっとうれしそうに正美。

「ワイダン? また地が出るな」

 その美しい外見と裏腹に、下ネタ大好きという弘志の実態を知っている空楽は、ニヤけながらも眉をひそめてみせた。

「だがな空楽。あの三人がいたしてしまっているかどうか、気にはならんのか」

「『いたして』って? 何が?」

 正美が二人の顔を見る。

「ナニに決まっておろう」

 イントネーションを変えて空楽。

 いたしてるも何も自分たちだってまだ未経験のくせに、どことなく偉そうに言う空楽であった。

「三人って?」

 銀縁眼鏡を鼻の上に押し上げる正美。

「こんな物で酔ったのか正美。三人といえばコジロー、ハナちゃん、それに奴と決まっているではないか」

「あー」

 正美は不破家の居間の天井を見上げた。そこに幻影のように最近『図書室の三女神』と呼ばれ始めた由美子、恵美子、花子の三人娘の顔が浮かび上がったような気がした。

「コジローはなんか、済んじゃってる気がする」

「ぜんざい!」

 弘志が大声を出した。怒鳴られて正美の眼鏡が再びずれた。

 どうやら弘志は考えが「甘い」と言いたかったらしい。

「彼女は剣道部のエースだぞ。しかも今度の都大会にも出てる凄腕。恋に時間をさいている余裕があると思うのか?」

「うむ、剣の道は厳しい」

 自らも剣を嗜む空楽がうなずいた。

「でも、高校生にしては凄いプロポーションだよね」

「七六のC、五八、八八ぐらいかな」

「Dはあるんじゃないか?」

「大きいだけじゃなくて、形もいいよね」

「インナーはオーダーだもんな。そうじゃないと形が合わないらしいぞ」

「弘志。前からききたいと思っていたんだが、なぜにお前はその方向に詳しい?」

「趣味だな」

「それは見るのが? 着るのが?」

「両方」

 即答した彼に脱力したように二人は視線を投げた。

「いずれにしろ十年後ぐらいには世界征服ぐらいしているような乳ではあるな」

「世界征服って…」

「ミスワールドユニバースだろ」

 空楽の物言いに正美の想像の翼が羽ばたいた。

 ボンテージ風のあぶない衣装をした恵美子が、狂気の嗤いを顔に貼り付けて、青い地球を鷲掴みしている映像が脳裏をよぎった。まるで日曜朝の特撮番組に出てくる秘密結社の女幹部である。

「まあコジローは、すでにモデル級の顔にスタイルだもの。十年後には芸能界で働いているかもね」

 正美が冷静に分析し、コジローの話しをまとめた。

「ハナちゃんはどうだ?」

 まるで専門家に訊ねるように空楽は弘志に向いた。弘志はちょいと小首を傾げた。

「バストは七○後半のBカップ、ウエストは六○をちょっと引っ込んだ感じ、ヒップも七○台ぐらいかな? ヒップの形はコジローに負けない良い形しているよな」

「その数字は良いものなのか?」

 女の子のスリーサイズが気になるくせに、実際はどのくらいが『良い数値』なのかわからない空楽が、くわしそうな弘志に訊き返した。

「どうでしょ? 本人に訊ねたら部分痩せしたいとか言うかも。でも、あの身長じゃあ平均的な数字じゃないかな」

 自身は上から九一、五六、八九というコジローをしのぐ女性モデル級の数値である弘志が答えた。

「じゃあ十年後には普通のOLさんかな?」

 正美のもっともな意見に、弘志はスケベな笑いを顔に貼り付ける。

「昼間は真面目な会社勤め。しかし一旦スーツを脱ぐと、ベッドで乱れる女となるのだ」

「安物のエロ本じゃああるまいし」

 ふんと鼻を鳴らす空楽。

「和服が似合うからお華の先生かもね」

「ピキーン、畳の上で乱れる和服。いいかも」

 勝手な想像に弘志が小鼻を膨らませた。

「で? ハナちゃんは、いたしているのかなぁ」

「ふむ」

 正美の疑問に残り二人が腕を組んだ。

「いままで彼氏がいたという話しは聞かないな」

「でも女子のそういう話しってあんまり耳にしないよな」

「あら、彼氏がいたからいたしているとは限らないわよ」

 弘志が意味深の響きをこめて女言葉を口にした。

「それは犯罪の被害者という意味か?」

 不快そうな空楽に流し目をやってニヤリと弘志。

「あら、女の子に彼女がいたっていいじゃない」

「そ、それはエスってことですか」

「エスって、古い言葉を知ってるなあ正美」

 空楽が妙な関心をした。

つくしいじゃない同性同士の愛も」

「おまえ、そのオネエ言葉やめろ。そんなだから変な誤解を女どもがしてるんじゃないか」

 空楽×弘志とか、その逆とか。弘志は言われても笑い話として楽しんでいるらしいが、迷惑を感じている空楽であった。

「女の子同士でどうしていたしてしまうの?」

「正美。おまえは知らないかもしれないが、世の中には色々と便利なものがあるんだ」

「『大人のオモチャ』とかいう単語くらいは聞いた事あるだろ」

「女同士でも不自由しないようなものが、世の中には色々あるんだよ」

「へ〜」

 眼鏡の中のつぶらな瞳をまるくする正美。真面目の上に「ド」が着きそうな正美にとって、まさに異文化の情報であったようだ。

「ま、冗談は置いておき、ハナちゃんはノーマルであろう」

「じゃあ、やっぱり昔に彼氏とか?」

「いやいや」

「あのウエストラインからすると、いまだ未経験かと」

 弘志が断言した。

「根拠は?」

 さきほどから腕を組んだままの空楽。

「『女』のボディラインはもうちょっと下がふっくらしているだろう」

 さらに強気な発言に、とりあえず同意する二人。しかし弘志にしたってそういう系統の写真誌から読んだ情報すぎない。実際に比べられるほど性経験があるわけもなかった。

 そんな弘志にだが彼にこうまで断言されてしまうと、そうなのかと納得してしまう二人なのだった。

「ま、興味は無いがな」

「あっ! 空楽いい子ぶって、ずるい」

「いいのか空楽…」

「なにがだよ」

 身を乗り出してきた弘志に下から顔を覗かれて、空楽はアツアツのサツマアゲから、彼のニヤニヤ笑いへと視線を移した。

「そんなこと言ってると、いつの間にか誰かに大事なモノを捧げちゃうよ〜」

「なっ!」

「わちゃちゃちゃちゃちゃ!」

 空楽の手元が狂って、サツマアゲは弘志の顔に落下した。

「そうだよね」

 正美は頬杖をつくとシミジミといった様子で口を開いた。

「男の最初は分かんないけど、女の子の最初は一回だけだもんね」

 男が自分の独占欲に気がつく一言ってヤツである。サツマアゲを滑らせたワリバシをテーブルの上に差し出したまま、空楽の左手がプルプルと小刻みに震えていた。

「彼女とは、そんな…」

「はいはい。静かに横にいてくれればいいって? そんな昭和な価値観がいまのJKに通用すると思ってるのかね? キミは?」

 やっと自分の顔の上からサツマアゲをどかした弘志が、自分もそのJKの一員のような女顔を呆れさせて言った。

「贅沢は言わん」

 やっと吹っ切れたのか、ワリバシの行き先を唐揚げに変更して空楽は言い切った。

「まあハナちゃんはおまえにまかせた」

 そのぐらいで勘弁してやろう的な態度で弘志が腕を組むと、うんうんとうなずいてみせた。

「そうは言うけどね」

 まだ何か言おうとした空楽を手で制した。

「わかった。ハナちゃんは清廉で純白で、不可侵だ。それでいいだろ」

「…」

 いまだ納得してない様子の空楽だったが、これ以上自分が突っ込まれることを予感したのか矛を収めた。

「じゃあ藤原さんは?」

 正美はただ単純に好奇心だけで発言した。先ほど空楽に『奴』呼ばわれされたのは由美子の事であった。

「いたしてるもなにも…」

 空楽はワリバシを置き、手にした金色の缶をグイッと傾けてから、息を整えて先を続けた。

「奴の場合は処女でなく童貞であろう」

「男扱いかい」

「でも、けっこう胸大きいよね」

 弘志のひとりごとみたいな発言に二人は凍り付いた。

「着痩せするタイプだね…。どうしたの?」

「いや、弘志が奴の弁護とは意外だな、と」

「藤原さんを狙ったテロとかゲバとか、いっつも考えているくせに」

「失礼な事を言うな。客観的に敵を観察して対抗策をこうじれば百戦危うからずだ。この場合は主観的観測は邪魔になるだけだ」

「でかいったってコジローほどはあるまい」

「そうだな。Bだときつめだが、Cだとゆるめぐらいか。本人は見栄もあってCをつけてるみたいだけど…。本当はBCサイズっていう中間サイズのブラってあるから、それをつけるのが形が崩れなくていいんだが」

「藤原さんが見栄…」

「奴の胸は普通とは違うからな」

 人差し指を立てて空楽。

「はあ?」

「普通と違う?」

「そう。奴のは筋肉なんだ」


 …。


 一瞬の沈黙の後、不破家の居間は大爆笑に包まれた。

「そうか、あの身体でたいしたパンチ力だと思ってたんだけど、筋肉なんだ」

「すると…」

 正美が冷静な声で告げた。

「…あれは、ちからこぶ?」

「ひーっケッサク!」

「最高だ正美」

「じつは我々が右腕だと思っていたものは左腕だったんだ。こう前で交差して、こっちが本物の右手なんだ」

 実際に自分の胸の前で腕を交差してみせてゲラゲラ笑い出す空楽に、正美もたまりかねて笑い出した。

「ちからこぶにしちゃ柔らかかったけどな」

「は?」

「え?」

 一人だけ笑い出さなかった弘志の言葉に再度凍り付く二人。頬杖を解くとワリバシに手を伸ばした。どうやら自分の一言が起こした変化に気がついていないようだ。

「やわらかい?」

「ああ、やわらくてあたたかかったなあ」

 弘志は平然と言ってのけた。二人が呆気にとられているのに気がつかないのか、ワリバシをタコワサ方面にのばしていた。

「おまえ、触ったことあんの?」

「ちょっとだけね」

「いつ?」

 二人は弘志に迫った。迫られた弘志はのけぞった。

 二人ともまだ特定の女性とつきあった経験などないから、女性の身体へ故意に触れたことなどもちろんなかった。もちろん、お年頃の男の子としては普通に、十八歳未満お断りなはずの写真誌でどういうものかは知っていたが。

 弘志はあっさりと言った。

「まえに遭難したとき」

「前って?」

「まえだよ。ええと…、ちょっと前。この間遭難したとき」

「遭難って何回、俺らしたよ?」

 空楽の質問に正美が指折り数えはじめて、すぐにあきらめた。

「あの感触はちからこぶとは思えなかったけどなあ」

「だってさあ」

 その時に聞こえてきた指をポキポキ鳴らす音の方向を、肩越しに見ずもせず親指で示し正美。

「よくあんなに指を鳴らしているけど指太くないしさー。あれはきっと腕の筋肉が鳴っているとしか思えないよ」

「まぁ、指がきれいなのは一歩で足らず、地球半周分ゆずって認めるがな。指を鳴らした後には必ずあのアームストロングパンチが…」


 コン! キン! カン!


「あいててー」

「ててて」

「いってー」

 突然殴られた頭を抱えて振り返る三人。そこに噂をしていた人物を発見した。

「ふ、ふじわらさん!」

「なんでココに?」

「オマエら。今日、花火の打ち合わせに駅前集合っていう話しは、どうしたんだよ!」

 そこにはレモンイエローのチューブトップワンピースを着た藤原由美子が立っていた。顔がいつもより赤いのは、室内に充満するアルコールの臭いにあてられたわけではなかった。

「おお」

 由美子に指摘されてポンと手を打つ空楽。

「お袋の電話の相手は藤原さんだったのか!」

「そんな前の伏線なんか覚えている読者なんかいるか?」

「で、今日はチューブトップだから、きっとヌーブラ着用の姐さんは、どこから聞いてたの?」

 妙にインナーの表現が具体的な弘志をとりあえずもう一発殴っておいて、由美子は胸の前で腕を組んでこたえた。

「ハナちゃんが済んでいるとかいたしているとか」

「…」

 ということは彼女に関することは全部聞かれていたわけで…。

 不破家の居間に不気味な静けさが訪れた。


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