4.公女目覚める
◇
「なぁに、この姿!!」
公爵家の一角、コニーの部屋で大きな声が上がった。
「きったない髪色に、冴えない顔。どうしてわたくしが、こんなことになっているの! そこのお前! お父様にお会いするわ。取り次ぎなさい」
「あ、ええ、コニー様?」
「はあ? コニー? お前、頭大丈夫? わたくしはこの家の娘、エヴァマリーよ!」
メイドは驚いた。
昨日までとても人当たりが良く、心根の良い客人だったコニーが急変して、公爵令嬢の名を名乗っているのである。
もしや気が触れたのでは、と青ざめ、早急に侍女長に伝えられた連絡は、執事を介し、カロッサ公爵に告げられた。
「エヴァマリー、目覚めたのか!」
「お父様!! わたくし、気がついたらこんな貧相な女になっていたの。どういうことなの?! わたくしの身体はどこ?」
「それについては説明する。一旦落ち着きなさい。お前が昏倒してから、二年近く経っているのだ」
「はああ?!!」
娘の復活と、元気良すぎる主張に押され気味になりながらも、公爵はコニーの身体で目覚めたエヴァマリーに話を聞かせる。
「なっ、なっ、なんてこと! じゃあこの身体は平民なの? 汚らわしい! すぐにわたくしの身体を返して、厚かましいコニーとやらを追い出してちょうだい!!」
「待ちなさい、エヴァマリー。元はと言えばお前がそんな調子だったから、怒りを買う羽目になったのだ。今後はこういうことが起こらないよう──」
「嫌、嫌、嫌、イヤよっ! 待てない! 今すぐ返してくれないと、この身体を傷つけてやるわ!」
「エヴァマリー! っ、コニーは、今日は?」
「は、はい、コニー様ならユルゲン殿下がいらしていて、東屋でお茶をなさっているかと」
「そ、そうか、すぐに呼んで──」
「なんですって! なんて身の程知らずな泥棒猫なの! わたくしの姿で、わたくしの殿下に手を出すなんて!」
「そうじゃない。殿下との交流は私が命じたことなんだ」
「どうしてっ!? お父様、わたくしが殿下をお慕いしているの、知ってらっしゃるでしょう?」
「だからこそだ。眠ったままでは、婚約者の座は他の令嬢に移っていたところだったのだぞ? 幸い殿下との仲は良好。そなたに引き継ぎ、これからはそなたが親睦を深めれば良い」
「くっ。忌々しいけど、詳しいことは後で聞くわ。じゃあすぐにコニーとやらを呼んで来て! 屋敷に待機させてる魔術師もよ! わたくし、元の身体に戻るわ!」
「あ、ああ。殿下にはしばし中座すると伝えて、コニーをここに」
「かしこまりました、旦那様」
慌ただしく、執事が走った。
◇
──時は少し遡り──
(今日のユルゲン殿下は、また元気がない。無理もないか。仲良くしていた大叔母様が亡くなられたのだもの)
東屋で皇太子殿下とお茶を飲みながら、私は彼の話に耳を傾けていた。
殿下の大叔母様は、公女様に魔術をかけた老婦人ことビュルクナー前侯爵夫人。
先帝の妹君に当たり、殿下のことをいたく可愛がってらしたという。
殿下が、亡くなった息子さんに似てたんだって。
(公女様が壊した形見って、じゃあその息子さんの……)
改めて公女様の仕出かしが分かる。
殿下の留学先でも頻繁に手紙のやりとりをしていたらしく、殿下は大叔母様に懐いていた。
そんな大切な方を失い、殿下は気落ちしてらっしゃる。
どうにかお慰めしたくて言葉を尽くしていたら、逆に私が気遣われた。
「大叔母様の件で夜会は中止になったけど、ドレスは好きな時に着てくれたらいいよ。何かあれば、また用意させて貰うから」
(夜会のことなんて、気にしてないのに!)
「そんな。いただくばかりでは、心苦しいです」
「遠慮しないで欲しい、エヴァマリー嬢。きみからはいくつも有益な提案をして貰って、僕はとても助けられている。成果もたくさん上がっていてね。陛下にも伝えてあるけど、きみの功績をもっと大々的に広めるため、いずれ場を設けたいと思っているんだ」
「恐縮です……」
これ以上、何をどう言えばいいのだろう。
私はただ自分が暮らしていた頃の町の様子をお伝えして、こうなったらいいなぁという希望を述べてただけだった。
いつも殿下からの評価が異常に高くて、婚約者加点なのではと思ってしまう。
と、殿下がテーブル越しに身を乗り出してこられた。
そっと私の手に触れる。
「一生懸命話題を振ってくれてありがとう。僕の寂しさを紛らわせようとしてくれたんだろう? きみはいつも優しいね」
その透明な笑みに、胸が締め付けられる思いがした。
(どうしよう、どきどきする)
いつ頃からだったろうか。
殿下にお会いすると胸がじんわりあたたかく、嬉しい思いで満たされる。
お声を聞いて、視線が通じ合った時、言い表すことも出来ないほどの多幸感に包まれる。
こんなの許されないのに。
私はいずれ、コニーとして市井に戻る身。
好きになっちゃ、いけないのに。
(殿下が悪い。こんなに熱を持った目で見つめられて、心をくすぐられない女性なんていないわ)
彼がタラシ街道に走ったら、あらゆる女性が落ちるだろう。そうでなくても皇太子というこの上ない身分で、あまた令嬢の羨望の的なのに。
そんな思いに満たされながら、殿下の香りにクラクラし始めていた時だった。
火急の用で公爵様がお呼びだと、執事さんが知らせに来た。
殿下に詫びて席を外し、執務室を訪れた時、私に現実が待っていた。
「ずいぶん良い思いをしてたみたいじゃない。さあ、わたくしの身体を返してちょうだい」
私の顔で、私の声で。
エヴァマリー公女様が魔術師を従え、片眉をあげて意地悪く哂った。
それからの時間はよく覚えてない。
絶望の代わりにを膝を抱いて、気が付くと夕刻になっていた。
部屋に運んでくれた晩御飯は、何の味もしなくて。
私はただ、"お役御免になったのだから、早く荷物をまとめなきゃ"と、そんなことばかりぐるぐる考えていた。
公女様、起きちゃった!Σ( ゜Д゜)
もともと短編で書いたので、「ここで続く」の区切りは文字数です(苦笑)




