5.行動する公女
◇
公女様が目覚めた日。
私と交代して、本来の身体で殿下の待つ東屋に向かった公女様は、殿下から「きみは違う」と素っ気なくあしらわれたという。
そして殿下はすぐに、皇宮に帰られた。
詳しく聞くと、公女様はユルゲン殿下に対し、腕を絡めてしなだれかかり、お胸を押し付けキスを強請られたとか。
あまりの品のなさに、殿下が呆れられたのだろうということだったけど。
(えっえっ、ずっと会ってなくて、久々に会っていきなりキスして欲しいって言ったの? なんで??)
私にも公女様の情緒が処理しきれない。
殿下が帰られた後、エヴァマリー公女様は癇癪を起こして暴れたらしい。
そして公爵様は、この顛末に激怒された。
「反省したから目覚めたのかと思えば、ビュルクナー夫人の命が尽きて、術が無効になっただけだったとは」
公爵様が落胆の溜め息をつく。
「公女としての教養を、せめてコニーの半分は身に着けなさい。それまで"エヴァマリー"と名乗ることは許さない。社交に出てまた問題を起こしたら、次こそ命を落とすことになる」
断固として言い張って、公女様に取り合わなかった。
(それで私がまた、公女様の身体に入れられたのね)
髪を梳いて貰いながら、専属侍女の話を聞く。
彼女は侍女長の娘で、入れ替わりを知る数少ないメイドだ。
公女様はその後、私の身体で「やってられないわ!」と悪態ついてらっしゃったらしい。
お気持ちはわかるし、私も同じ思いだけど、これまでと違うのは公女様の意識が戻られたこと。
私の身体は公女様が使っていて、正直気が気じゃない。
(乱暴に扱われないといいな……)
公女様にとって、平民なんてきっとペット以下の存在だもの。
そしてその悪い予感が的中したことを、私は後から知ることになった。
◇
お説教と罰則を受け、カロッサ公爵の執務室から憤慨しながら出て来たエヴァマリーは、壁に立つ警備に目を向けた。
(ふぅん? 整った顔立ちに広い肩幅。少々童顔だけど、まあ、それも愛嬌のひとつと言えるかしら)
「ちょっと、そこのお前。いい肉体してるわね。わたくし、退屈なの。遊び相手になってくれないかしら」
屋敷の人間は、"コニー"のことを公爵家の遠縁と聞いており、主人に仕えるように丁重に扱うよう命じられている。
平民出の警備兵には逆らう事も出来ず、エヴァマリーは男をリネン室に連れ込んだ。
ストッキングを、脱ぎながら。
(ふふっ、皇太子殿下に嫁ぐまで、"エヴァマリー"は純潔を守らなくてはいけないけど……。使い捨てる平民の身体なら、何したって平気よね? わたくし前からこういうことに、興味があったの)
口元に弧を描き、床にばら撒いたシーツの上に、相手ごと倒れ込む。
彼女のこの遊びは相手を取っ替え引っ替え、その後何人分も続くことになった。
◇
それからしばらくして。
相も変わらず公女様の授業は進みが悪く、公爵様は彼女に戻ることを許さない。
今はコニーの身体も寝食が出来るので、私はずっと公女様の身体に入れられたまま過ごしていた。
もうずっと"コニー"に戻れてなくて、このまま十八歳を迎えてしまいそう。公女様の苛立ちも相当なものだ。
公女様は「元の姿で誕生日パーティーを開きたい」と、何度も公爵様に直談判していたけれど。
ある日ついに、痺れを切らした。
ガターン!
重い音が、執務室に響く。
「公爵様!?」
私の目の前で、公爵様が椅子から転がり落ちた。
机の上には湯気の立つお茶。たった今、公女様が差し入れた。
「うっ……、なんだ、急に力が抜けて……」
「すぐに視界も暗くなって来ましてよ、お父様。これはそういう毒ですもの」
「!!」
公爵様の元に駆けつけた私と、公爵様、同時にその目が見開かれる。
公女様はいま、何と言ったの? 毒……!?
(え、なんで?!)
その答えはすぐに彼女が告げた。
「お父様が悪いのです。わたくしをいつまでもこんな、平民女の身体に押し込めておくから」
不愉快そうに公女様が言う。
「だからわたくしは、自分で状況を改善することにしましたわ」
つまり公女様は、私の、コニーの身体が嫌で、実の父親に毒を盛ったということ?
(そんな……、私だって早く自分の身体を返して欲しいと願ってたけど──)
公女様に入った私と、虫けらと考える平民に入れられた公女様とでは立場が違う。
きっと日々屈辱を感じてらした……。
(でも、私にとっては何よりも大事な自分の身体なのに……!)
と、公女様が軽やかに笑う。
「ご心配なさらないで。この先身体が麻痺して、動けないし喋れなくなるだけ。死にはしませんわ。お父様に死なれると、公爵家の影響力が弱まってしまいますもの」
"ただ領地から兄がこのタウンハウスに駆けつけるまで、わたくしが当主代行をいたしますけどね"
公女様の言葉に、震えながら公爵様が言葉を紡ぐ。
「ああ、エヴァマリー。私はお前がどんなにワガママに振舞っても、亡き妻の遺した娘だからと大切にしてきたつもりだ……。だがそんな育て方は、間違っていたんだな──」
「何を言うの、お父様。わたくしが大切な娘であることに変わりはないでしょう? さあ、公爵家当主代行として、わたくしが命じるわ。すぐさまわたくしを元の身体に、エヴァマリー・カロッサに戻す術を行使しなさい」
公女様が入室する時伴った魔術師が、彼女の言葉に魔道具を取り出す。
「こんなことをなさって、後はどうされるおつもりなのですか?!」
「後? 後は幸せになるだけよ? だってお父様に毒を盛ったのは、"エヴァマリー"じゃないわ」
「!?」
「やったのは、恩知らずにも公爵家の居候、"コニー"の犯行よ。──怖いわね。平民が筆頭公爵に手を出すなんて、極刑でも足りないくらい」
息を呑む。
確かに行動したのは誰が見ても私の身体!
状況証拠として、これ以上ない実行犯!!
「さっさとなさい! 魔術師として契約しているのでしょう! 契約不履行は魔塔へのペナルティとなるわよ!」
公女様の厳しい声に、"魂置換"を魔術師が発動させる。
パァァァ、と、彼が手に持つ魔道具が光はじめ、一瞬、身体から引き出されるような浮遊感を感じたけれど──。
すぐに光が消えた。
「どうしたの? 戻ってないわ! コニーのままじゃない!」
何度も入れ替わったけど、こんなことは今までなかった。
魔術師の方を見ると、焦ったように顔を引きつらせている。
「入れ替わりが、出来ません。公女様の魂の形が、変わっているようです……!」
コニー大ピンチ!
でも公女様も大ピンチ!?
ところで裏設定ですが、魂置換なんて使用頻度の低そうな魔道具が存在してるのは、壮年魔術師が「理論上は可能…」とか言いながら作ったシロモノで、魔塔では不用品扱いされていたのではないでしょーか。
それで使ってくれた公爵家にホイホイと従ってる気がします。
連載形式で一挙投稿とかしたことないので、気づかず読んで貰えなかったらどうしようと震えてます。
投稿タイミング10分おきで大丈夫なんだろうか……。




