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「俺はあてどなく森をさまよっていた。すると、探す時はどれだけ探しても見つからない動物たちが俺の周りに集まってくるようになった。俺に弓が引けなくなったことをわかっていたようだ。言葉を持たない彼らがどれだけ利口か、俺はその時初めて知った」

「すると弓を上手く隠して森に入れば獲物の山に出会えるってことだな」

 早計な若者が再び声を上げる。今度は町娘も諌めず、肩で大きくひとつ息をついてみせた。若者は押し黙り、髭面が続ける。

「ある日、俺は木こりが捨てていった斧を拾った。これだ」

 髭面は鈍く輝く斧を持ち上げて言った。

「刃は欠け、柄は裂けていて、とても使い物になりそうもなかった。でも、俺はそれがなにかの啓示のように思えた。俺はその足で町の鍛冶屋を訪ねた。争いの時の真っ只中だったせいか鍛冶屋は剣や楯の修繕に追われ、俺が持っていた斧を一目見るなり『新しいのを買いな』と言ったものだ」

「なんだ、じゃあそれは新品か」

 行商人が斧を指さして言った。

「いや、これがまさしく森で拾ったものだ。俺は自分で斧に鍛え直すことにしたんだ。ナイフの心得はあった。だが柄の修繕は出来ても鉄をどう扱っていいかがわからない。そこで俺は炉の面倒を見ることを条件に鍛冶屋に寝泊まりさせてもらうことにした。残り火しか使わせてもらえなかったが、俺は鍛冶屋の仕事を真似て斧を鍛え始めた。寝る間も惜しんで一心不乱に鍛え直したよ。白い季節が過ぎ、川を雪解け水が流れる頃、ようやく斧は完成した。だが戦火が森を焼き払っていて俺が斧を振るう場所はなかった。生活の糧を他に求めるには遅すぎた。俺はこの大陸を離れることにした」

「あんたはどこへ行ったんだい?」

 車座のなかから声が上がる。髭面は斧を見つめたまま答えた。

「ありとあらゆる大陸さ、島にも行った。木こりなどやったことのない俺だ、生業にするには圧倒的に経験が足りない。森をみつけると手当たりしだいに木々を切り倒した。手の皮膚は破れ、全身の筋肉が悲鳴を上げた。それでも俺はやめなかった。そのうち、森の声が聞こえるようになった」

「森の声?」と町娘。

「ああ、その声はこう言った。『その杉は切ってはいけない、あちらの檜にしなさい』。またある時は『落雷で森が燃える、ひとびとが済む町に飛び火しないよう、ここからここまでを切り倒してくれ』そう頼まれもした。そして二度目の満月が廻ってきた頃、森は声の言った通りになった」

「本当に火事が起きたの?」

 町娘の問い掛けに髭面は黙って深く頷く。

「バカバカしい、俺はこの森でニ十年木こりをやっているが、そんな声は聞いたことがないぞ」

「ニ十年もやってるから耳が遠くなったんじゃないのかい?」

 中年女性の混ぜ返しに場がドッと湧く。

「ちょっと待ってくれ」行商人は笑い声が収まるのを待って言った。

「それは南の大陸でのことじゃないのか? 聴いたことがある。あの大火は嵐の夜だった。『木々が切り倒されてなかったら火は街まで届いていたに違いない、それを知った国王は功労者を探し褒美を与えようとしたが、あまりに大勢のきこりが名乗り出たため取りやめたということだった。あれはおまえさんの仕業だったのか」

 車座から感嘆のどよめきが沸き起こった。

「さあな、昔のことだ、もう忘れたよ。さて、昼飯は終わりだ、俺は仕事に戻る。みんなも帰ってくれ」

 髭面はすっくと立ち上がると木々に向かって歩いていく。林冠を見上げ、髭面は静かに眼を閉じた。その穏やかな横顔には本当に森の声が届いているかのようだった。


「王女様、ここから先は森も深くなります。ここらで引き返しませんと。道に迷いでもしたら――」

「こんな近場で引き返していては遠乗りにはなりません。お父様から許可はもらってあるの。わたしはこの栗毛の限界を知りたいの」

 王女はその艷やかな毛並みを撫でて言った。

(あんたがよくても、こっちが困るんだよ。まったく我儘なんだから)従者は馬丁たちのヒソヒソ話を思い出していた。

 ――もう飽きちまったんだとよ、この白馬に。

 ――え? でも、こいつは例の王子様からの贈り物だったじゃないですか。 

 ――せんだって王女様が急に遠乗りに出かけたいと言い出した時のことだ。俺はこいつの小便させておくのを忘れちまってな。

 ――やっちまったんですか? でも、小便くらい仕方ないでしょうに。

 ――王女様はそうは思っちゃくれねえんだよ。高貴な方々の乗られる馬は飯も食わなきゃ小便もしない。大便なんざ以ての外だ、ってな。

 ――なんすか、それ。

 ――それが税を課す側の論理なんだよ。

 ――またあ、難しい言葉使っちゃってえ。

 ――へへえ、こう見えて、俺は学があるんだぜ。

「しかし、今宵は許婚であられる王子様が来られるのではありませんか? 遅れるようなことがあっては先様に失礼ではございましょう」

「待たせておけばいいことです。侍女たちが姫は病気だとかなんとか適当に言い訳を考えておいてくれるでしょう。あっ、あれは?」

 従者は王女の視線を追った。森の広場に集まる人々の数は日毎に増えており、車座は二重三畫の輪を描いていた。

「あいつら……、集会はお触れで禁じてあるのに。下々の者のようですね、踏み込んでいって首謀者を引っ捕えてやりましょう」

「待って」

 髭面が語る遠い国の異文化やそこでしか見ることの出来ない自然現象に人々は思いを馳せる。それは例え一時でも重税に圧迫される生活を忘れさせてくれた。 

 行商人が上手く髭面から話を引き出し、町娘が絶妙なタイミングで合いの手をいれる。それが人々の笑いを誘っていた。王女は民があれほど楽しそうに笑う姿を見たことがなかった。

「あれが欲しい……」

 王女の眼は新しい玩具を見つけた子どものように輝いていた。


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