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 ある王国があった。長きに渡る争いの時が国土に凋落の影を落とし、焼き払われた森からは動物たちが姿を消した。戦火のなか、王宮の一室では、後に王女となる赤ん坊が産声を上げていた。

 時を同じくしてひとりの男が、王国のあった大陸をあとにした。

 そして再び時代は巡る。生命はどんな時にも生存の途を探るものだ。ひとが溢れる街には活気が、そして森には豊かな緑と動物たちが戻ってきていた。帆船の残骸に埋めつくされていた海岸には海鳥の声が響きわたり、海は深く蒼を湛える。かつて国土を焼いた炎は、その用途を晩餐の用意にとどめることに歓びを見出していた。

「お父さま、わたし、新しい馬が欲しい」

「はっはっは、姫はもう、あの白馬に飽きてしまったようだな。だが、二頭あってもそなたはひとり、一度に両方には乗れないではないか」

 街を見下ろす山裾には、城壁の修復なった広大な宮殿がそびえる。離宮の一室、誕生日のリクエストを訊いた国王は愉快そうに笑った。

「白馬は民にあげましょうよ」

「それでは暴動が起きる。馬は一部の裕福な者しか持っておらんのだからな」

 国家再建のための重税は民に質素な生活を強いる。爪に火を灯すような暮らしを三~四年続けてやっと馬一頭を買うことができるの巷の現状だった。争いの時が民にもたらすものは、いつの時代も苦難でしかない。

「ふうん、民は貧しいのね」

 民がどのような生活をしようと王宮での生活はなにも変わらない。王女は願いさえすればなんでも手に入れることができた。許婚である裕福な隣国の王子が、この大陸にないものさえ届けてくれていた。

 ところかわって森の広場、たったいま植えられたばかりの苗木を取り囲むように十数名の男女が車座になっている。中心には髭面の屈強な男、粗末な着衣に身を包み、訥々と語る様には優雅さの欠片もない。しかし、旅を重ね豊富な話題を持つ男の話に人々は魅了される。集まった者のなかには噂を聞きつけ、はるばる街の外れからやってくる者もいた。

「するとおまえさんは猟師だったのかい?」

 行商人風体の男が髭面に問い掛ける。

「ああ、そうだ」

「では、どうして木こりに?」

「嫌になったのさ、理由なんかない」

「そんなはずはないだろう。宮殿に獲物を買い上げてもらっていたのなら生活に困ることもなかったはずだ。それを理由もなく止めるなんて信じられんよ」

「そうよ、もったいぶらずに教えなさいよ」

 勝ち気だが優しい眼をした町娘が行商人の後押しをする。 

「そうだよ、教えてくれよ。次に納屋を建てるときは、あんたから材木を買ってやるから」

 人々のなかからもそんな声が上がり、髭面の男は苦笑を浮かべる。

「ある日のことだ」髭面が口を開く。話す気になったようだ。

「役人に頼まれて宴用の鹿を探していた俺は、森でいままで見たこともないような大物に出逢った」

 車座になった人々は静まり返って聞き入った。

「それで?」

 町娘が臆することなく先を促す。髭面男がそちらを見て眼が合うと、町娘は気まずそうに視線を逸らせた。

「もちろん、すぐに矢をつがえたさ。だがその時、鹿と眼が合ってしまった。いままで殺してきた何頭もの動物たちの哀しみが、その鹿の眼に凝縮されているような気がした。俺は矢を射ることが出来なかった。森を代えてみればいいのかと思い大陸中を回った。でも、あの時の鹿の眼が忘れられない。俺は二度と矢を射ることが出来なくなっていた」

「俺なんか相手が虎だろうと臆病風には吹かれないぞ」

 動物の毛皮を纏った若者が声を上げる。

「黙ってて! それでどうしたの?」

 町娘はたった一言で若者の勘違いを諌め、木こりに先を促した。





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