第26話
「まさか」
「ベール姫だぞ?」
「違うだろ」
「ベルンハルト公爵令嬢がベール姫など」
「絶対違う」
「だが、剣舞がベール姫のそれだったぞ」
色々な意見が飛び交う。
「はい、フランツェスカ嬢」
そんな中、ウォルバートがヴァイオリンを持って来た。
「………」
フランツェスカは少し嫌そうな顔で、それを受け取る。
「何をするんだ?」
と誰かが呟いた。
その問いに答えるように宮廷楽師による演奏が始まる。
剣舞はしたいと言ったが、これはしたいとは言っていない。
そんな感じの視線をウォルバートに向けるフランツェスカ。
だが、ウォルバートはそんなのお構いなしの知らんぷりな顔をする。
「………ふぅ」
フランツェスカは仕方ないといった風に一度息を吐く。
アレクサンダーは彼女の一歩後ろに下がった。
この曲は、元バルリング公爵夫人の誕生パーティーにて披露した曲だ。
この挙式には、その際のパーティーに出席していた人物が大勢いる。
その為、この曲を用意したのだろう。
ベール姫はフランツェスカ・ベルンハルトだと分からせるために。
因みに、今この国でこの難曲を弾けるのは宮廷楽師とアドルフィーネ前王太子妃だけだと知らされている。
フランツェスカ・ベルンハルトは、男装の変わり者公爵令嬢というレッテルだけ。
剣や馬術で男にも負けないらしい、という噂はあるが、歌や踊り、ましてや楽器などが出来るなどと聞いたことはない。
だからこそ、招待客達は困惑しているのだった。
ソロパートに近付き、フランツェスカはヴァイオリンをゆっくりと構える。
「……」
「嘘」
「何これ」
「アドルフィーネ様より上手いなんて」
難曲だけあって、超絶技巧。
速いパートを遅れることなく、弾いてのける。
アドルフィーネだって、もう少し速度を落としていたはず。
皆が呆けている間に、挙式は進む。
フランツェスカとアレクサンダーが結婚の誓いを行うと、彼が意地悪い顔で客達を見た。
「ベール姫の店もご贔屓に」
アレクサンダーはそう言って、彼女の手を引いて広間のテラスに出る。
挙式に出席出来ない国民達が、2人の姿が見えるのを今か今かと待っているから。
テラスに出てみると、王宮外から、国民達が手を振っているのが目に見えた。
フランツェスカは微笑みながら、手を振り返す。
アレクサンダーは、彼女の腰に手を添えながら、空いている手で振り返す。
「さあ、これからだぞ、フランカ」
「分かってますよ、アレックス」
フランツェスカは、ふ、と笑う。
自分達は、より良い国にしていくだけ。
王子や王女の教育もあるし、粛清時の黒幕にまでは手を出せていない。
王太子を唆したのは宰相で、宰相を唆したのは一体誰か。
隣国に攻め入るのか、それとも潜入するのかはまだ何も決めていない。
「……フランカ、後悔しないか」
アレクサンダーは国民達に手を振り返しつつ、そう尋ねる。
「あなたを死なせる方が後悔しますよ」
フランツェスカは答えた。
「だから、助けに行ったんでしょう?」
彼女はアレクサンダーを見上げて答える。並の男ならそこまで身長差は無いが、アレクサンダーが隣に並ぶと、自分も小さく見えるフランツェスカ。
「そうだな。期待している」
アレクサンダーは彼女を自分の方にもっと引き寄せる。
「……因みに、最後までお色気は無いですからね」
フランツェスカは言う。
アレクサンダーは眉間に皺を寄せた。
「この国に喧嘩を売ったこと、後悔させてあげましょう」
フランツェスカはそれこそ、冷えきった声で隣国の方を見つめ、宣言した。
今に見ていろ、と言わんばかりの鋭い目つき。
アレクサンダーも思わず、隣国の方角を見つめる。
「ああ、とことん戦うぞ」
彼もそう宣言した。
《完》




