第15話
フランツェスカが王女達とアドルフィーネと部屋で朝食をとっているとき、アレクサンダーが訪れた。
フランツェスカは椅子を下り、礼を取る。
「構わない。報告に寄っただけだ」
アレクサンダーは彼女の行動を制す。
そして、彼の言葉でフランツェスカとアドルフィーネは怖い顔になった。
「バルリング公爵家の手の者だと判明した」
それは、第二妃ベルンヒルデの家だ。
「そう、ですか」
アドルフィーネは、少しだけ目を伏せた。悲しげな雰囲気を醸す。
だが、それも一瞬だった。
「公爵の名前は出たのですか」
アドルフィーネは問う。
「いいえ」
アレクサンダーは首を横に振る。
「妃殿下、どうされますか」
アレクサンダーは問いかける。
「公爵を追い詰めるには、まだ証拠が足りません」
アドルフィーネは唇を噛む。
「じゃあ、第二妃を嵌めましょう」
フランツェスカは堂々とそう言った。その言葉にアドルフィーネとアレクサンダーが彼女を見つめる。
「バルリング公爵家は元々きな臭い噂がありますし」
彼女は言う。
裏切り疑惑もあるし、ベルンヒルデがどうやって妃の座についたのかも怪しい。あやふやなままなのだ。薬でも使って、王太子を嵌めたとしか思えないから。
「案があるようだな?」
アレクサンダーはフランツェスカを意地悪い顔で見やる。
「ですが、少し時間がかかります」
彼女はそう答え、アレクサンダーを見つめる。
「……ここから離れるということか?」
「はい」
アレクサンダーは何となく彼女の意思を読めたのか、そう問いかける。
「……分かった。その間のアドルフィーネ妃や王女殿下の護衛だな」
何も言ってない通じてしまう。
フランツェスカは、アレクサンダーの聡明さに舌を巻いた。
「王宮に俺がいる間は手出しはさせん。それより、フランカの方だろう?」
「大丈夫です。公爵家の護衛達も強いですから」
フランツェスカは微笑んだ。
アレクサンダーは少しの間、彼女を見つめた後、彼女の頭に手を置いた。
そんな仕草に驚いたのは周囲の人物達である。
「フランカって、おじさまと仲良いよね」
アナリーゼが無邪気に言った。
フランツェスカが護衛につく間、何回かアレクサンダーと食事をする機会があり、王女達は彼に対する恐怖が殆どなくなった。
そのため、呼び方を変えたのだ。
「だって、素敵な人でしょう?」
フランツェスカは答える。
周囲にいる者が、アレクサンダーをどう伝えるかによって、やっぱり本人達の気持ちは変わってくる。
彼女はアレクサンダーのことを素敵だと日頃から言い伝えていた。
「おじさまと結婚すればいいのに」
アナリーゼは言う。
「こら、アナリーゼ」
アドルフィーネは小声で咎めた。
「いろいろ事が終わって、互いが生きていたらな」
アレクサンダーはアナリーゼに向かってそう答えた。
「!?」
その言葉にアドルフィーネとフランツェスカが目を見開く。
「ちょ、ちょっと、殿下、え、あ」
フランツェスカは動揺する。
「くく」
アレクサンダーは、彼女の様子を見て面白そうに笑う。
「フランカは面白いな」
アレクサンダーは笑って、彼女の額にキスをする。
「っ!!!」
フランツェスカは一気に赤面する。
「じゃあ、また会おう」
彼はからりと笑ってそう言って、部屋を出て行った。
「あなた達、いつの間にそこまで進んでたのよ」
アドルフィーネはフランツェスカに笑いながら問いかける。
「え、あ、知らない内に、なんだけど、え、今の本気だと思う?」
男装のフランツェスカが動揺と照れにより赤面していて、面白い。可愛いとさえ思うアドルフィーネ。
「冗談であの殿下があんなことを言うかしら?」
アドルフィーネはくすくすとからかうように言う。
「う」
フランツェスカは言葉に詰まる。
彼女の言葉が正解だと思ったからである。
「いいじゃない。殿下ならお似合いよ」
アドルフィーネは言う。
「……ありがとう」
フランツェスカは答える。
自分を女扱いしてくれる男性は数少ないなので貴重ではあるが。
「まあ、それよりやることがたくさんあるわ」
フランツェスカは息を吐いて、思考をする。
ここから離れたのち、何をするか。
自分の計画を一回整理する。これで相手が乗ってくるかどうか。
あの手この手を考え、どう行動するか。
「無茶しすぎてもだめよ」
アドルフィーネは心配げな顔でフランツェスカを見る。
「それはこっちのセリフ。あなたの方が大変でしょう」
フランツェスカは苦笑しながら、友人を見た。
「いいのね?アドルフィーネ」
フランツェスカは彼女を呼び捨てにする。王太子妃の彼女に向かってそれは完全に不敬だった。
「ええ。あれではだめよ」
アドルフィーネはため息をつきながら答えた。
「もう、頑張らなくていいの?」
フランツェスカは優しく尋ねる。
「……いいわ。他人を変えることってしんどいのよ」
アドルフィーネは息を吐いた。とても疲れたように。
他人の性格を変えようと思えば、かなり骨が折れる。どれくらいかかるかも分からない。しかも結果が良い方向に出るとも限らない。
「もう何年、尽くしたと思っているのよ」
アドルフィーネはぼそりと呟く。
「疲れたわ」
と、その一言はフランツェスカだけに聞こえるように。王女達には聞こえないように。
「あなたなら、私達のこと最後まで面倒みてくれるでしょう?」
「それはそうだけど…」
フランツェスカは王女2人を見てから、アドルフィーネに視線を戻す。
どんな未来になるのかは分からない。
「あなたはやるべきことをなさい」
アドルフィーネは言う。
「じゃあ、終わるまでは頼むわよ」
フランツェスカはそう言って、彼女の横に膝をついてしゃがむ。
そして、彼女の手を持って甲に唇を落とす。
「アドルフィーネ、愛してる」
「あたしもよ」
アドルフィーネは優しく微笑んだ。
♢
ベルンハルト公爵家に帰ったフランツェスカは多忙の極みだった。
彼女は殆ど自分の店で過ごしていた。ベール姫の店は相変わらずの繁盛具合だった。
基本は2階の一室に引っ込んで、注文が入った刺繍をしたり、帳簿をつけたり、薬草の調合をしたりと忙しい。
店自体は雇っている人員で回せるので、なにかあれば呼ぶようにと言っている。
「お嬢様、ひと月前は王宮で護衛任務でしたし、お疲れでしょう?今もベール姫の仕事がたくさん舞い込んでおりますし。あまり根を詰めすぎてもいけませんわ」
侍女ベルナは言う。
「ありがとう、ベルナ」
フランツェスカは微笑む。
この部屋ではベールを外しており、彼女が少し疲れている様子も見て取れるため、ベルナは進言する。
ベルナは王宮での付き添いが出来なかった。フランツェスカが王女達の護衛についている間は自分のことは自身でこなしていたはず。大体、貴族令嬢が自分のことを自分でやる方がおかしいのだ。
本当に自分の主人は変わっている、とつくづく思うベルナだ。
フランツェスカは、少し欠伸をした。
「お嬢様、いけません。やはり、少しお休みになってください」
ベルナは言う。
「……分かったわ。少し寝るわ」
フランツェスカは少し考えたのち、ベルナの意見に同意する。
「公爵家より格上の相手が来たら起こしてちょうだい」
「かしこまりました。1時間は誰も入れません」
「さすがに王族が来たら起こしてよ」
フランツェスカは苦笑する。
「いえ。1時間は誰も通しません」
何と言われようが、ベルナはフランツェスカが大事だ。
この人はありとあらゆることに秀でている。公爵令嬢だからと言って驕ることもないし、女性特有の媚びることもない。
むしろ、男装して女性を喜ばすことを楽しんでいたりもする。
ちょっと変わった公爵令嬢だ。
フランツェスカは長椅子に寝転び、5秒も経たない間に眠りに落ちた。
ベルナは薄い布団を彼女にかけてやり、頭を下げてからその部屋を出た。




