第18話 封印の扉
凶星の魔女のアジトである異空間――
その主たる魔女は玉座に腰かけ、また眉間にシワを寄せていました。
「フーガめ……あれほど忠告してやったのに、早まりおって……。だがこれで、二つのチカラは我が身に蓄積された」
魔女は左手で空気をつかむようにして、ぎゅっと握りしめます。
「それにしても……姉妹そろってやっかいなものだ。魔法生物の暴走を鎮めるのみならず、奏操の魔術すら破ってみせるとは……。妹のほうの浄化のチカラ、少々あなどっていたかもしれぬ。町ひとつを復元したという話、とても信じがたいことであったが……事実であったと認めるほかないであろうな」
魔女は頬杖をついていた姿勢を正し、数瞬ほど目を閉じてから口を開きました。
「スーリムよ、来い」
するとまた、魔女の眼下にある円形の床の中心に、どこからともなく誰かが現れました。今度は水色の髪をした、小柄な女性です。
「はい、凶星の魔女様。水星のスーリム、ここに」
スーリムという名の女性は、ひざまずいたまま深く頭を下げました。その表情はどこかナマイキそうで、反抗心を匂わせているようにも見えます。しかし、魔女に対する忠誠心は、フーガと同じく持っているようでした。
「我が"目"の報告によれば、王女どもは一度王都へ戻るようだ。おそらくしばらくは動きがないだろう。それまでに、こちらも例の準備を進めておくのだ。くれぐれもフーガのように先走るなよ」
「わかってますよぉ。アタシを、あんな頭脳派ぶっただけのバカチンといっしょにしないでくださ~い。きちんと言いつけは守りますよ。いい子ですから」
スーリムはぶかぶかの袖を口もとに当てて、あざけるように笑いました。
「てゆーかぁ、魔女様もお人が悪いですね~。フーガなら何を言ったってああするって、わかってらっしゃったんでしょぉ?」
「……」
魔女は真顔のまま、無言をつらぬきます。
「ま、いいですけどね。アイツもドレッドも、しょせんは"ウチら"の中じゃヨワヨワなヤツらでしたから。アタシやねーさまとは、モノがちがうってモンです」
「……期待している。では、任せたぞ」
「おおせのままに~」
スーリムはぱちんとウインクすると、どこかへ姿を消してしまいました。
「エミル・スターリング……浄化の魔術……。やはり目ざわりだな。私の計画に支障をきたしかねん。だが、あの巨獣狩りの姉がついている以上、うかつに手出しはできぬ。何かつけいる弱みでもあればよいのだが……そのあたりも、"目"に探らせておくか」
凶星の魔女は鮮血のような赤い瞳を細め、意味深につぶやくのでした。
☆ ☆ ☆
姉妹とアルティナはシロの背に乗り、大急ぎで王都まで帰ってきました。
そして王宮の大広間で、今後についての話をしています。
「……謁見は約二時間後ということになりました。お父さまは今、おいそがしいようですので」
アルティナが姉妹に説明しました。
「えー? すぐ話ができるんじゃないのー?」
エイルは露骨に不満そうな声をあげます。
「しょうがないよ。王様はこの国でいちばんえらい人なんだよ。いそがしさだって、きっといちばんなんだから」
エミルはそんなお姉さんをなだめました。
『おうさまなんて、イスにふんぞりかえってるヒマなひとなんじゃないのー?』
今度はシロンが、同じように文句をたれます。
「そんなわけないでしょ。それはあくまで物語とかのイメージ。フィクションとリアルをごっちゃにしちゃいけないって、いつも言ってるでしょ」
エミルはそんな妹分を、お母さんのようにしかりました。
その光景を見て、アルティナはまたくすくすと笑います。
「本当に、仲がよろしいのですね」
「「『まあね!』」」
三姉妹はそろって、満面の笑顔で答えました。
『でもさー、にじかんもどうやってじかんつぶすの?』
「この機会に、王都を見て回るっていうのはどうかな? シロの足なら、二時間もあればいろんな場所に行けそうだし」
エミルがそう提案すると、アルティナがさらに提案してきました。
「いえ、それよりも、もっといいものがありますよ」
「『いいもの?』」
エミルとシロンは、そろって首をかしげます。エイルのほうは、あまり興味がなさそうです。
「私についてきてください。あなたたちに見せたいもの……いえ、ぜひ見ていただきたいものがあるんです」
そう言うと、アルティナはマントをひるがえし、廊下を歩いていきます。
その口調と表情から、どこか重い真剣さを感じ取ったエミルとシロンは、わずかに緊張しましたが……
「おもしろそうじゃん。行ってみようよ」
そんな妹たちの肩をがばっと抱いて、エイルが笑顔で宣言します。
さっきまで興味がなさそうにしていたのに、このノリ気ぶり。なにかを感じ取ったのでしょうか。
おかげで気持ちのほぐれたエミルとシロンは、三人いっしょにアルティナのあとをついていくのでした。
☆ ☆ ☆
アルティナの案内で、姉妹が連れてこられたのは王宮の中心部でした。
目の前には、高さ五メートルはあろうかという白く大きな扉があります。金色に輝くアストライト王家の紋章と、そのまわりには幾何学的な模様が刻まれており、ただならぬ雰囲気を感じさせました。
まるで、とても大事ななにかを厳重に守っているかのように。
「アルティナ様、ここは……」
エミルは扉を見上げながら、緊張した面持ちでたずねました。
「この部屋は……いえ、正確にはこの王宮自体がそうなのですが、"アステール"を守るために作られたものです」
「アステール!?」
エミルは体が跳ねるほどびっくりしました。
「『……って、なんだっけ?』」
ずこーっ!
エイルとシロンがすっとぼけたことを言うので、エミルとアルティナは思わずずっこけました。
「あなた……この国で暮らしながら……しかも極星魔法つかいでありながら……アステールをごぞんじないのですか!?」
アルティナは信じられないものを見るような目で詰め寄りますが……
「うん、知らない」
エイルがあんまりきっぱりと言うので、さらにずっこけます。
「あのね、お姉ちゃん、シロン。アステールっていうのは……」
起き上がったエミルが頭をかかえながら説明しようとしますが、
「もういいです、エミルさん。このおバカさんには、直接見ていただいたほうが早いでしょう!」
アルティナがぷんすかしながら前に出て、扉の中心にある水晶のような球体に手のひらを当てました。
すると――王家の紋章と幾何学的な模様が光を放ちはじめます。
ゴゴゴゴゴ……
なんとも重たい音を立てながら、扉は左右へゆっくりと開かれていきました。
やがて――
ゴゴン!
という音とともに扉が完全に開放されると、アルティナは姉妹に言いました。
「さあ、こちらへどうぞ」
部屋から放たれるまばゆい光を背にした彼女の姿は、まるで女神の手招きのようで、エミルとシロンはごくりと息をのみます。
三姉妹は王女アルティナに招かれるまま、アステールの間へ足を踏み入れるのでした。
☆ ☆ ☆
「……!」
アステールの間に立ち入った三姉妹は、そろって言葉を失いました。
それは、とても大きな円形の広間でした。
その中心には、直径百メートルはくだらない、青色とも紺色ともつかない神秘的な輝きを放つ鏡面の多面体が、地面に半ば埋まるような形で安置されています。
その周囲は、まるでそれを閉じ込める檻のように、何本もの柱によって取り囲まれていました。
静まり返った空間には、どこか神聖で、それでいて近づいてはいけないようなふしぎな威圧感が漂っています。
「これこそが、アステール。およそ700年前にこの地へ落下した――隕石です」
アルティナは、その巨大な存在を見上げながら、凛としたおごそかな声で告げるのでした。
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