第16話 姉妹の絆
『うわっ! また出てきた!』
スノーベルがびっくりして声をあげました。
その視線の先には、またうつろな目をした、あやつられた人たちがこちらへ歩いてきていました。
「エクス! どうにかしろ!」
『これ以上はムリです!』
エクシリアの光剣による結界は、すでにエミルや大勢のあやつられた人たちに使ってしまっています。そのため、これ以上同時に展開することはできないようでした。
「でしたら、今度は私たちの出番です! ベル!」
『そ、そうね! まかせて!』
アルティナの指示を受け、雪の妖精スノーベルはふわりと前へ躍り出ました。そして大きく息を吸い込み、冷たい吐息を吹きつけます。
すると、向かってきた人たちのまわりを取り囲むように氷の壁がせり上がり、彼らを閉じ込めることに成功しました。
「やるじゃん!」
エイルは恐れ多くも、アルティナ姫の背中をぽんとたたいて感心します。
「あなたがたの魔術から着想を得たのです」
アルティナは、まんざらでもなさそうに目を細めました。
「さあ、早く抜けますよ! 術者を探すのは、あなたの役目です!」
今度はアルティナがエイルの背中を軽くたたきます。
「まかせろ!」
ふたりとパートナーたちは、夜の村の道を駆け抜けました。
どこかに隠れているであろう、あやつりの魔術を使う者。
それを探し出すのは、エイルの直感と嗅覚だけが頼りなのです。
☆ ☆ ☆
「見つけたぁーっ! 犯人はお前だな!」
逃げ回り、走り続けること十数分。
エイルは村の中心近くにある教会の屋根を指差しました。
そこには、一人の男が立っていました。
「フッ……さすがは極星魔法つかい殿。ずいぶん仕事がお早い。競争心を刺激させられますよ」
男――フーガは、長い薄緑色の前髪をバサッとかきあげ、クールな笑みを浮かべながらエイルたちを見下ろします。
エイルはすかさず二本の剣を引き抜き、問答無用で斬りかかろうとしました。
しかし――
「おっと。やめておいたほうがいいですよ」
フーガは余裕たっぷりに口元をゆがめます。
「私を傷つければ、私の魔術に落ちた村の人々も、ただではすみません」
そのひとことに、さすがのエイルもぴたりと動きを止めました。
それが本当なのかどうかはわかりません。ですが、わからないからこそ危険なのです。
罪のない村人たちや、最愛の妹エミルの身に何かあったら――そう考えるだけで、エイルは手を出せなくなってしまいました。
「なっ……ひきょうな!」
アルティナは思わず叫びます。
するとフーガは、くっくっと喉を鳴らして笑いました。まるで、ひきょうという言葉をほめ言葉として受け取ったかのように。
「知略に長けている、と言っていただきたいですね」
フーガは優雅に一礼します。
「これからもっとおもしろい演目をはじめますから、ご静粛にお願いいたしますよ、王女さま」
そう言って杖を指揮棒のように振るいました。
すると、かたわらに控えていた薄緑の毛皮を持つオオカミ男――パートナーのヴォルフガングが縦笛を吹き始めます。
あやしく不気味な音色が、静まり返った夜の村じゅうへ響き渡りました。
すると――
エイルたちの周囲に、ぞろぞろとあやつられた人たちが集まってきたのです。
しかも、その中には先ほど光剣の結界や氷の壁で閉じ込めたはずの人たちまでいました。
『えっ!? あの人たち、どうして……!』
スノーベルは思わず声をあげます。
どうして拘束を破れたのか。その理由がわからなかったのです。
「さあ……役者のみなさん」
フーガは両腕をひろげました。
「そこのお行儀の悪いお嬢さんたちを、捕まえておしまいなさい!」
号令と同時に、あやつられた人たちがエイルとアルティナへ一斉に襲いかかりました。
しかも、その動きは先ほどまでとはまるで別人です。ゆらゆらと歩いていたはずなのに、今では獣のような速さで駆け回っています。まさに人間離れした俊敏さでした。
これでは狙いを定めることも難しく、先ほどのように結界や氷の壁で閉じ込めることもできそうにありません。
『あの笛の音が、あやつりの魔術のもと……!』
エクシリアがハッとします。
『近くで聞こえるほど、チカラが強くなっているということ!?』
「おそらく、その通りです!」
アルティナも同じ結論にたどり着いていました。
あの異常な身体能力の強化ぶりを見る限り、広範囲に分散していたあやつりのチカラが、間近で聞こえる音色によってさらに底上げされているのでしょう。
だからこそ、多人数にかけたことで威力が弱まっていた結界や氷の壁程度、簡単に破られてしまったのです。
なんにせよ、この状況を切り抜けるには、もう力ずくで彼らを抑えるしかありません。
ですが――エイルとアルティナは、その道を選びませんでした。
何も悪くない人たちを傷つけたくないエイル。そして、国民を守るべき立場の王女アルティナ。このふたりに、村人たちへ刃を向けることなどできるはずがなかったのです。
ふたりはエクシリアとスノーベルを指輪の中へ戻し――無抵抗のまま、あやつられた人たちの拘束を受け入れるのでした。
「フフフッ……さすがはマスターウィザードと王女さま! 実にご立派なお心がけですねぇ!」
教会の屋根の上で、フーガは感心したような口調とは裏腹に、あざけるような高笑いを響かせました。
エイルとアルティナは、あやつられた人たちによって地面へ組み伏せられ、くやしげな顔でそれを見上げます。
「さあ……舞台はととのいました。これより、主演の入場です! お集まりのみなさまは、拍手でお迎えください!」
フーガが大げさに両手をひろげると、手の空いたあやつられた人たちがいっせいに拍手をはじめました。
感情のこもらない乾いた拍手。そのむなしい音だけが、不気味に夜の村へ響き渡ります。
そして、まるで花道のように人垣が左右へ分かれました。
その奥から、ひとりの少女がゆっくりと歩いてきます。それは、うつろな瞳のエミルでした。
「エ、エミル……」
あやつられたエミルは右手に杖を握りしめ、エイルの目の前に立ちました。
彼女がいまから何をしようとしているのか、それは、誰の目にもあきらかでした。
「だ……ダメです! エミルさん! こんなこと!」
アルティナは必死に叫び、もがきます。
ですが、あやつりの魔術によって腕力を強化された人たちに押さえつけられ、身動きが取れません。
妹をあやつり、自分の姉を殺させようとする……なんとおそろしいことを考えるのでしょう。
エミルから話を聞き、彼女を守ろうと必死になっていたエイルの姿を見ていたからこそ、アルティナのはらわたは煮えくり返るような思いでした。
「さあ! ご観覧ください! 月が血に染まるほど美しき姉妹愛を!」
フーガはなおも大げさなパフォーマンスをくりひろげます。
――ああ、いますぐ飛んでいって、あの耳障りな声を出す喉元を斬り裂いてやりたい!
アルティナの怒りは、すでに頂点を超えていました。
「エミル……」
大勢の人たちに押さえつけられたまま、エイルは妹を見つめます。
やまぶき色の瞳に映るのは、うつろな青い瞳。
妹を人殺しになんてしたくない――けれど、何も悪くない人たちも傷つけたくない。
ふたつの思いが、エイルの心の天秤にかけられていました。
――ですが。
アルティナは、このとき知ることになります。
エイルのいちばんの武器。エイルのいちばんの長所。
それは――即決即断。
いっさい迷わない、その強靭な意思なのだと。
がばっ!
次の瞬間、エイルはあらん限りの力を振りしぼり、自分にまとわりついていた人たちを力ずくで払い飛ばしました。
多少のケガはさせてしまうかもしれません。ですが、いまのエイルには関係ありませんでした。考える余裕などないのです。
――最愛の妹の心を守ること。ただ、それだけしか。
はしっ!
エイルはすばやく立ち上がると、杖を自分へ突き刺そうとしていたエミルのほっぺを、両手でやさしく包み込みました。
そして、とても穏やかな声でささやきます。
「……だいじょうぶ。お姉ちゃんがそばにいるよ」
そのとき――
うつろだったエミルの青い瞳に、わずかに光がともりました。
エミルの頭の中に、幼いころの記憶がよみがえります。
死んでしまうのではないかと思うほどの高熱を出し、寝込んでいたあの日のことを。
頭はぼんやりして、体は動かない。息をするのも苦しくて、不安で、こわくて、たまりませんでした。
そんなとき、お姉ちゃんのエイルが、エミルのほっぺたを両手で包み込み、こう言ってくれたのです。
「だいじょうぶ。お姉ちゃんがそばにいるよ。だからエミルは、病気なんかに負けないよ」
大好きなお姉ちゃんがかけてくれた、まっすぐな言葉。エミルは、それがうれしくてたまりませんでした。
そして次の日の朝、熱はウソみたいに下がったのです。
エミルはいまでも信じています。あのとき、お姉ちゃんが励ましてくれたおかげで、自分は元気を取り戻せたのだと。
無敵のお姉ちゃんがそばにいてくれれば――わたしも、無敵でいられるんだ!
「――シロンっ!」
カッと輝きを取り戻した目を見開き、エミルは大きな声でシロンの名を呼びました。
宿屋でぐっすり眠っていたはずのシロンは、その呼び声に呼応するように瞬時に目を覚まします。
そして窓から飛び出し、まるで流れ星のような速さで――なんと、一瞬にしてエミルのそばまで飛んできたのです。
「なっ……!」
あまりにもありえない、ふしぎすぎる光景に、フーガもアルティナも目を見開きました。
ですが、ただひとり、エイルだけは感激したように目を輝かせていました。
――やっぱり、エミルは私の自慢の妹だ!
そう言わんばかりに。
「はあああ……」
さらにエミルは、右手中指にはめた指輪へ生命エネルギーを一気に集中させます。
中指の指輪はシロンの指輪。それを通じて、自らのマナをシロンへ送り込んでいたのです。
すると――
シロンの姿が、白いチビドラゴンから、美しく大きな白竜へと変わっていきました!
「"進化変身"……! これが数日前、ファーブリアを救ったというエミルさんの指揮魔術!」
アルティナもまた、驚嘆に目を見張ります。
「おねがい!」
『うんっ!』
エミルが杖を高く掲げると、シロンも大きくなった翼をひろげ、夜空へと舞いあがりました。小さな村全体を見渡せるほど、高く高く。
(これくらいの規模なら……補助がなくても!)
エミルはぎゅっと杖を握りしめます。
そして、ありったけの力を込めて振り下ろしました。
「《プリズマジックサンクチュアリ》!」
上空のシロンの全身から、まばゆい虹色の光が放たれます。
その光は夜の闇を押しのけるようにひろがり、村じゅうを優しく包み込みました。
すると――なんということでしょう。
光を浴びたあやつられた人たちが、次々とその場へ倒れていったのです。
浄化の魔術――そのチカラによって、フーガのあやつりの魔術は、破られてしまったのでした。
「バ……バカな! こんなことが……私の奏操の魔術がぁぁっ!」
フーガは頭を抱え、絶叫しました。
――積み上げた石の山を、ためらいなく崩してしまう。
凶星の魔女が言っていた言葉は正しかったのだと、認めざるを得ませんでした。
ですが、それがエイルではなく、その妹によって成し遂げられるとは完全に想定外です。
こればかりは、あの魔女でさえ予想していなかったにちがいありません。
光の放射を終えたシロンは、力を使い果たしたように白竜の姿を維持できなくなり、再び小さなチビドラゴンへ戻ります。
そして、そのまま空から落下していきました。
「エクス!」
『はい!』
エイルは、同じく力尽きたエミルを支えながら、指輪から再びエクシリアを呼び出します。
エクシリアは空へ飛びあがり、落下してくるシロンを見事に受け止めました。
『よくがんばりましたね』
そう言って、やさしく頭をなでてあげます。
「お姉ちゃん……あとは、まかせた……」
「うん。まかせろ」
安心したようにほほえみ、エミルはそのままエイルの腕の中で眠りにつきました。
「お姫さま、エミルをお願い」
「……ええ」
アルティナへ妹を託し、エイルはゆっくりと立ち上がります。
そして、教会の屋根の上にいるフーガを鋭くにらみつけました。
「ぐうっ……ま、まだ……演目は終わっていません! ヴォルフガング! やっておしまいなさい!」
顔つきが崩れるほど錯乱したフーガが杖を突きつけます。
命令を受けたオオカミ男ヴォルフガングは、屋根の上から大きく跳び下りました。
そして鋭いツメとキバをむき出しにし、エイルへ襲いかかります!
「エクス!」
『はい!』
――それからの展開は、あっという間でした。
突進してきたヴォルフガングを、エクシリアが黄金の剣による鮮やかなカウンターで一刀のもとに斬り伏せます。
同時にエイルは周囲の建物の壁を蹴りながら駆け上がり、信じられない速度で跳躍。一瞬にして教会の屋根へ到達しました。
「ひ……!」
フーガが悲鳴をあげる暇すらありません。
右の剣が閃き、その胴を袈裟斬りに。
続いて左の剣が走り、杖を持つ右腕を斬り飛ばします。
こうして――
真夜中の戦いは、スターリング姉妹の勝利によって幕を閉じたのでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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