第15話 あやつりパニック
完全に人々が寝静まった深夜――イシビトの谷近くの村。その一軒の屋根の上に、一人の男が立っていました。
薄緑色の長髪を持ち、長い前髪で右目を隠し、全身を闇に溶ける深緑色のコートで覆った、ニヒルな長身の男性でした。
彼こそが、凶星の魔女の配下、第二の刺客のフーガです。
そのかたわらには、彼のパートナーの魔法生物、薄緑色の毛皮を持つオオカミ男、【ヴォルフガング】が立っています。
「フフフ……さあ、楽しいコンサートのはじまりです!」
フーガはふところから取り出した白い杖を、指揮者のように振りはじめました。
それに合わせ、ヴォルフガングは愛用の縦笛であやしいメロディを奏でます。
すると、あかりが消えているはずの家々や宿から、つぎつぎに人々が外へ出てきました。
人々の目はうつろで、まるで夢遊病者のように、村のある一か所をめざして歩いていきます……
☆ ☆ ☆
宿屋、姉妹とアルティナの泊まっている部屋――
三人はぐっすりと眠っていました。なかなか寝付けなかったアルティナも、いまは気持ちよさそうに寝息を立てています。その顔はゆるみきっており、すっかり安心しきっていました。
そのときです。
同じく眠りについていたエミルが目を覚まし、ゆらりと立ち上がったのです。トレードマークのベレー帽が脱がれた頭のてっぺんからは、エイルとおそろいの浮き毛がぴょこんと跳ねています。
同じベッドで寝ていた相棒のシロンも姉のエイルも、となりのベッドの護衛対象であるアルティナも、完全に寝入っていて、誰ひとりエミルの行動に気づく者はいません。
ベッドから降りたエミルは、部屋に備え付けられていたハンガーにかけてある自分のローブから、おもむろに杖を取り出しました。
そして、ゆっくりと足音を立てないよう歩き、眠っているアルティナの枕元に立ちます。
さらに――杖をぐっと逆手ににぎりしめ、アルティナの無防備な首筋めがけて振り下ろしたのです!
がしっ!
――しかし、それはすんでのところで阻止されました。
いつの間にか目を覚ましていたエイルが、妹の振り下ろさんとしていた手首をつかみ、止めたからです。
「エミル……ダメだよ。私たちの仕事は、この子を守ることなんだよ」
エイルがやさしくさとすように言うと、エミルはつかまれた手首を払い、後ろへ飛びすさってエイルと距離を取りました。
「ほら、起きろ、お姫さま。敵が来たぞ」
エイルがエミルから目を離さずに言うと、アルティナはとっさにベッドから跳ね起きました。
そして、かたわらに置いてあった剣を手に取り、正面を見すえると――
「エ……エミルさん!?」
思わず驚きの声をあげます。
エミルの青い瞳はうつろで輝きを失っており、さらにこちらへ杖を向け、はっきりとした殺気を放っていたのです。無理もありません。
すると、右手の指輪から雪の妖精スノーベルが現れ、アルティナに耳打ちしました。
『アルティナ、あの子たぶん、なにかにあやつられてる!』
「ええ……わかっています」
アルティナはまゆをひそめ、ぐっと剣の柄をにぎりしめました。
ついさっき、眠りにつくまで、エミルから彼女の過去の話を聞かせてもらいました。だからこそ、アルティナはエミルの人となりを理解できていたのです。
――彼女が、自分の意志でこんなことをするはずがない! 絶対に!
それでも、エミルはゆらりと力の抜けた動きで、今度こそ杖を振り下ろそうとアルティナへ向かってきます。
――たとえ、これが彼女の意志ではないとしても、やらなければこちらがやられる! せめて動きだけでも止める!
「ベル! 氷の息吹で――」
「やめろっ!」
すると、エイルがアルティナの声をさえぎり、自らエミルへ向かっていき、その小さな体を抑え込みました。
「エイルさん!? ですが……せめて動きだけでも止めなければ!」
「ダメ! お願いだから、エミルを傷つけないで!」
それは、ふだん自由奔放な彼女らしくない、切実な叫びでした。
抑えられたエミルはなおも抵抗しますが、エイルも必死にそれを止めようとします。
しかし、その必死さは力ずくによるものではありません。むしろ逆です。エミルを傷つけまいと力を抑えようとしているからこそ、苦戦しているのでした。
エイルはこれまで、手加減なんてほとんどしたことがありません。けれど、それは意識的なものです。
「妹は絶対に傷つけてはならない」――エイルの中にある絶対的なルールが、本能から、無意識から、エミルに対する力加減を行っているのです。
あの誰にも制御不能なエイルに、そこまでさせるほどの強い想い――
スターリング姉妹の結びつきの強さを、アルティナはたしかに感じ取り、息をのみました。
「エクス!」
エイルは妹を抑え込んだまま、指輪から剣の精霊エクシリアを呼び出します。
「エミルを止めて!」
『わかってます!』
エイルがとっさに拘束を解いたのと同時に、エクシリアは右手で目の前に印を切りました。
すると、エミルのまわりに無数の光の剣が現れ、それらが檻となって彼女の動きを封じ込めます。
「結界の魔術……?」
アルティナは思わず声をもらしました。
「ぼーっとすんな! 来い!」
エイルはマントを羽織り、二本の剣を下げたベルトを手に取って、部屋を飛び出そうとします。
――ごめんね、エミル。きっと、なんとかしてあげるから。
心の中でそうつぶやきながら。
「来いって……わかりました!」
アルティナは一瞬とまどいましたが、すぐにその意図を察してうなずきました。
エミルがおかしくなった理由――それは、きっとあやつりの魔術によるものです。
ならば、術をかけている者を探し出して倒す。
それをエイルは直感で、アルティナは養成学校で学んだ知識から、瞬時に理解したのでした。
☆ ☆ ☆
「ふむ……やはり簡単にはいきませんか。ですが、本番はここからですよ」
向かいの建物の屋根の上からそのようすをうかがっていたフーガは、ニヤリと笑っていました。
☆ ☆ ☆
「うわっ!?」
術者を探すべく宿屋を飛び出したエイルとエクシリア、アルティナとスノーベルは、思わず足を止めました。
なんと外には、エミルと同じく、うつろな目をした人々が大勢集まっていたのです。
まるで何かに導かれるように、ふらふらと歩き回っています。
「この人たちも、あやつられているというのですか!?」『まるでゾンビみたい!』
「なんだっていいよ! エクス!」『はい!』
エイルのすばやい指示で、エクシリアは顕現させた黄金の剣を足もとに突き立てました。
剣を中心に、金色の魔法陣がひろがっていきます。
そして次の瞬間、集まっていたすべての人々のまわりに、エミルのときと同じ光の剣の結界が現れ、その動きを封じ込めたのでした。
『この大人数だと、長くはもちません! 急いで抜けましょう!』
「わ、わかりました!」
エイルとアルティナはパートナーたちとともに包囲を突破し、術者を探して村の中を走り回ります。
はたしてふたりは、この危機を脱することができるのでしょうか?
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