14.エピローグ:後日談の後日談(智志Side)(※後日談最終話)
あの冬の日、ダンダーン邸から送った最寄り駅の改札で別れて以来。
初めて呼び出されて件の児童公園までやってきた智志だったが、今は渋い顔をしてベンチに座っている。
目の前に立っているのは、手紙を抱き締め飛び上がらんばかりに浮かれている呼び出した張本人――セーラー服姿の野木康代である。元々スレンダーなようだが、あの時の病的な痩せ方は脱したようだ。それについては、智志はおおいに安堵した。野木康代に何かあっては、『彼女』が悲しむだろうから。
「――招かれるよ!!どんどん、招かれちゃう!!!」
『彼女』から届いたという手紙を見せられた。これは異世界への誘いではない。
自慢だ。端に、見せびらかしているだけに過ぎなかった。
野木康代も『彼女』と同じぐらい、風変わりな人物だと認識している。
『彼女』を失ったあとの憔悴振りがあまりに酷く、あの青い装いをした『彼女』の秘蔵画像をコピーして送ってあげたというのに、この仕打ちである。いや、『彼女』のよすがを手に入れたからこその復活だろうかと、智志は思い返す。
「僕はいいよ。野木さんだけで行ってきなよ。いつになるか分からないんだろ?」
「なに柄にも無く遠慮してんのよ、一緒に行こうよ。異世界よ。ワイバーンに乗って、異世界転移(?)なのよっ⁉」
「……だって姫ちゃん、人妻だよ。どうしろっての」
「ひ と づ ま ですと⁉ なにその淫靡な響き⁉」
にわかに興奮した野木康代のシナプス配線が妙な具合に繋がり、光ってバチバチ鳴らす音さえ、智志には聞こえるような気がする。
野木康代は『彼女』の事情を詳しく尋ねることは無かった。
智志や老ダンダーンの会話から聞き囓った情報だけで、適当な物語を頭の中で作っているようだ。知ってはいけないことだと思っているのかもしれない。
とはいえ、それで支障がないのだから想像力が豊かなのだろうと智志は思っている。智志自身も、ざっくりとしか分かっていない。
実際のところ、幼い頃の『彼女』が語ったおとぎ話がすべてである。
「……君は焼き餅を焼くんだと思ってたよ」
「私の愛は、嫉妬とか羨望とか、そんなちっぽけなものじゃ推し量れないのよ! 王子も姫君も、まとめて愛でるのよっ!!」
「ちっぽけで悪かったね。どうせ僕は双竜町の小市民さ」
「なんで人妻だと駄目なのよ。そういや村山君、姫子に懸想してたっけねー」
「懸想とはまた、随分と古風な言い回しだね」
そう言った智志の顔を、野木康代はニヨニヨ笑いながら見ている。野木康代自身は『彼女』に崇拝と言ってもいい思いを向けているくせにと、智志は内心ごちる。
「……不義密通は石打ちの刑なんだってさ」
「わお、それ処刑方法の一種よ。村山君、気を付けなきゃ!」
「……信じてないでしょ?」
「ううん」
大真面目な顔で、野木康代は首を横に振った。
「市中引き回しの上、磔獄門でも信じるわ。もっとも、それは時代劇だけども」
江戸十里四方所払いとか遠島を申し付けるとかいろいろあるわよと、野木康代は脳内の怪しいデータを検索し始めた。
隣家のやんごとない姫君と違って、読書家だけに怪しい雑学に変に詳しい。
「まぁ、予定が合えば、考えておくよ」
『彼女』に、再び会えるわけがなかった。あの画像を盗み撮りした直後、推定石打ちの刑且つ斬首の不埒な行為に及んだなどと。この、心は遠く、すでにあちらの世界にイってしまっている双竜町女子の狂信者に、言えるわけなどなかったのだ。
斬首される前に、野木康代に縊り○されてしまいそうである。
いや、未成年ゆえの若気の至りでさえも、野木康代なら許容してしまうのかもしれないとも、智志は思った。
「君はまったく、愉快な人だよ」
智志が肩を竦めてそう言うと、腰に手を当てた野木康代はやんのかポーズをする子猫みたいに全身の毛を逆立てて、
「んぁあああ⁉ 誰が愉快ですってぇ⁉」
ヤカラみたいに声を荒げて返したのだった。
ふと、笑いを堪えた智志の目に、チラチラと揺れる緑の若葉がうつった。
冬の間、枯れ木のようだった藤棚は、また緑の葉を茂らせ、今年も蔓を伸ばし始めている。そのうちに、小振りな藤花の房があちこちに下がり始めるだろう。
それは、かのひとの、瞳の色に似た――――。
――了――
断筆してから十数年、久し振りに作品(後日談)を仕上げることができました。
読了頂き、誠にありがとうございました。(-人-)




