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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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ある職業案内人の後悔②

 仕事が終わり、そそくさと帰ろうとするアーチを捕まえる。


「アーチ、今からご飯行かない?」


「……うーん。……アーリアの奢りなら……」


 一瞬カチンと来たが、私は大人だ。


「はいはい。奢りで良いから行くわよ」


 私は、ルートさんの行きつけである【ヤニー亭】にアーチを連れて向かった。


 空いているテーブル席に通され、適当に料理と生麦酒を頼み、乾杯して喉を潤す。


「ねぇ、アーチ?」


「ん?」


「アーチはどうして警備隊に入ったの? お父さんの影響?」


 一先ひとまずは、アーチの人柄を知る為にも、気になる事から聞いて見る事にした。


 すると、アーチは意外にもしっかりとした口調で話し始めた。


「あたし、夢があるから、それまでの繋ぎって感じ」


「そっか、門番は繋ぎだったのか。……で? その夢って何なの?」


「うーんっとねー。……こればっかりは、奢って貰っても言えないな」


「何で? 夢なんでしょ?……それとも、恥ずかしい事なの?」


「違う! もう、分かったよ。……こんな事言うとさ、絶対に止めろって言うと思うけどさ、あたし、王様になりたいのよ」


「絶対、止めなさいよ!!」


「ほら、言った! アーリアの嘘付き!!」


「ごめん。でも、王様って、なりたいからってなれる物じゃないでしょ?」


「でも、あたしはなるの!」


「なら、せめて、王様になる為に早起きを頑張りなさい」


「えぇー? 十分頑張ってるよ! だって二日も早起きしたのに!」


「まだ二日じゃない! せめて四日ぐらい頑張りなさいよ」


「アーリアの意地悪!」


「意地悪でも、嘘つきでも良いわよ。……でもね、このままだと、繋ぎすら出来ないかも知れないよ」


 私は、アーチの目的を確認出来た上で、現実を突きつける事にした。


「何で?」


「このままだと、近い内にクビになるよ。警備長もフェイさんも、そこまで甘い人じゃない。何でも良いから、出来る所を見せないと」


「……分かってるけど、出来ないんだもん! あたし、直ぐ眠気に負けるし、昔から覚えが悪いから、騎士団だってクビになったし!」


 アーチも、お酒が聞いて来たのか、人目をはばからず本音を漏らし始めた。


「努力はしたの?」


「あたしなりに頑張ったよ! でも、子供の時からそうなの。戦闘以外、何やってもずっと周りの子に付いていて行けなかったの!」


 アーチの目元には、自然と涙が溜まっていた。

 私は、アーチの人となりが少しは分かって来た所で、別の角度から質問を投げかける。


「そっかぁ。……アーチってさ、私の事、嫌い?」


「ううん!」


 アーチは真っ直ぐな目で私を見つめ、首を横に振りながら即答してくれた。

 だったら、私に出来る事は一つだ。


「良かった。じゃあさ、明日から、私と二人で頑張ってみない?」


「アーリアと?」


「うん! 私がアーチを王様にしてあげるよ!!」


「本当に?」


「うん!」


「約束だよ!」


 私はアーチに盛大な嘘を付いた。


 そんな権利、私なんかにある筈が無い。

 そんな事、考えるまでも無く分かる事だ。

 けれど、アーチは目を輝かせて、私を見つめていた。


 次の日から、私はアーチと二人三脚で、仕事も私生活も過ごす様に変わって行った。


 朝は私が起こして、アーチを引き摺りながら連れて行く。


 警備長に頼み込んで、当分の間は二人で一人分の仕事をこなし、ノートを買い与え、全てを文字にして覚えさせた。


 夜は一緒にお風呂に入って反省会。

 週末は、ルートさんと三人で街を飲み歩いた。


 ここまで、綿密に接して見て分かった事だが、確かにアーチは、根は良い子だったのだ。


 まるで、家族の様に毎日を共にする中、一月を過ぎる頃、相変わらず朝は起きれ無いが、仕事は段々とこなせる様になって来ていた。


 だが、そんなアーチにどうしても克服出来ない事があった。


 夜勤だ。

 アーチは、朝が弱い事は知っていたが、夜はもっと弱かったのだ。


 開始早々に立ちながら眠りこけ、(しま)いには休憩に行ったっきり帰ってこない事も、珍しくない。

 徐々に成長しているアーチだったが、そんな(てい)たらく、皆が許す筈は無かった。


 本人から聞いて分かった事だが、アーチが強烈な眠気に襲われるのは、怠慢でも無く、体質から来る物だった様だ。


 そんな現状を見て、アーチを昼勤専属に変える案も出ていたが、それでは今までのアーチと同じだ。

 出来ない事から逃げていては、周囲の目は変わらない。


 せめて、アーチが努力した所は見せないと。

 何より、こんな中途半端で終わるのは、私が嫌だ。


 私は、夜勤を控えた前日の休みに秘密兵器を購入し、夜勤に臨む。


 出勤前に寮で準備をしていると、煙草を咥えたルートさんが興味深そうに私を見つめていた。


「アーリア、今日は凄い荷物ね。野宿でもするつもり?」


「そうなんですよ。アーチ用にちょっと……」


「楽しそうだし、その時になったら私も呼んでよ?」


「良いですけど、これ、アーチ用しか無いですよ?」


「そうなの? ……そう言えば、噂のアーチは?」


「ギリギリまで、寝させてます」


 私は、時間になると寝起きのアーチを起こして出勤した。


 今日は、正門での警備にゲータと私達の三人で担当する事になった。

 下の警備をゲータに任せ、私達は壁の上で警備に当たる。


「ねぇ、アーチ。今日は限界まで起きて見よっか!」


「良いけど、あんま期待しないでよ」


「はいはい」


「あ、そうだ! 今日はゲータがいるよね!」


「うん。下に居るよ」


「ゲーター!! ちょっと来て!!」


 アーチは何かを思い出した様に、正門の下に居るゲータを呼び寄せる。


「どうしたの?」


「私が寝そうになったら、ビリビリで起こしてよ!」


「……アーチ、自分の属性を思い出してよ。アーチに僕の魔法が通じた事何て無いでしょ?」


「そうだった!」


「直ぐ、人の魔法に頼らないの!」


 ゲータは溜息を付いて、静かに階段を下りて行った。


 周囲の警戒をしながら、退屈とも思える時間を他愛の無い会話を交わして過ごす。

 そして、いつもアーチが眠りに就く、午後十時を迎えた。


「アーリア、やっぱり今日も……眠いや」


 アーチが首をカクカクと上下に動かしながら、目を瞑ろうとしていた。


「アーチ、こっからよ! 今から、私が珈琲淹れて来てあげるから、それまで待ってなさい!」


「分かった。ふぅぁーあ」


 アーチは欠伸をしながら、頷いた。

 私の作戦は簡単だ。

 数時間おきに眠気を妨げるご褒美を上げて、アーチのやる気を引き起こす。


 せめて、日付を越える位は頑張って欲しいんだけど、どうだろうか。


 私は、事務所で珈琲を淹れて、アーチの元に戻ると、何とか勝機を保っていたアーチを褒めて、褒美を飲ませた。


 その一時間後には、フラフラのアーチの口に檸檬を大量に放り込んだ。

 ご褒美は、与えてすぐには効果を発揮するものの、十分も経てば、元通りになっていた。


 目標の十二時までは、まだ、四十分以上はある。


「起きなさい! アーチ!」


「ふぅあ? ……おひてるよ?」


「まだ、寝て良い時間じゃないでしょ!! 十二時まで頑張りなさい!!」


「もう、……ダメかも……」


「アーチ、王様になるんなら、限界まで頑張らないと、誰も認めてくれないよ。諦めて良いの?」


「……よく……ない……」


「じゃあ、頑張るよ!」


 私は、その後も都合良く、王様という言葉を利用して、何度もアーチを奮い立たせた。


「アーリア……次の、ご褒美は?」


 段々と仕組みを理解してきたアーチは、私に次をねだり出す。


「次はね、とっておきのを用意してるんだけど……それは、十二時を越えれなかった人には渡さないよ」


「えぇ―? アーリアの意地悪!」


「はいはい。後ちょっとよ、頑張りなさい」


 そんなやり取りをアーチがフラフラする度に続けながら、ようやく十二時を迎える事が出来た。


 他の門番達にとっては、昼休憩でも無い、只の日付の変わり目。

 けれど、アーチにとっては、大きな進歩だった。


「アーチ、十二時だよ。よく頑張ったね」


 私は、隣で欠伸をしているアーチの下がっていた頭を撫でる。


「……ふぅあ? ……アーリア、ご褒美は?」


「そうね。……はいっ。これが、私からのプレゼントだよ!」


 私は、塀に立て掛けていた荷物から、アーチの髪と同じ色のご褒美を手渡した。


「……何これ? ……食べ物じゃないの? ……って、あたしの名前書いてある!!」


 アーチは、私が汚いながらも刺繍した文字に気付いてくれた様だ。

 嬉しい限りである。


「そうよ、開けて見なさい。くれぐれも食べるんじゃないよ?」


「分かってるよ!」


 アーチは、同色の袋から本体を取り出し、広げた後に正体に気付いた様だ。


「これっ! ……寝袋だ!!」


 アーチは嬉しそうに寝袋に飛びついた。

 その光景に、ご褒美を渡した私の頬も緩んだ。


「そうよ。これからは、事務所じゃなくて、ここで、このまま寝て良いよ!」


「良いの?」


「うん。でもね、寝袋をここで使う条件が一つだけあるの。それはね、どんだけ眠たくても、絶対に十二時を過ぎてから寝る事、分かった?」


「うん。約束してあげる!」


「何で、あんたが上からなのよ」


「だってあたしは、王様になるんだもん! 当たり前でしょ?」


「そうだったわね。じゃあ、お休みなさい」


「お休みー!」


 アーチは、目を瞑るなり、一瞬で気持ち良さそうに寝袋の中で眠りに就いた。


 アーチはこうして、私との約束を守り、夜勤は四時間分の時給を貰う契約に落ちついた。


 元から、戦闘については言う事が無い程に優秀だったので、警備長も有事の際の戦力として、アーチの所属を正式に許可してくれた様だ。


 引き受けた事を後悔していた教育係であったが、一人っ子の私には、手の掛かる妹が出来た様で、とても楽しかった。


 そんな日々が続く中、私は、夜中の路地裏で、有る光景を目撃してしまったのだ。


 今思えば、見ない方が幸せだっただろう。

 そして、有ろう事か、私はその衝撃の余り、アーチに言ってはならない事を言ってしまった。


 失言をしたというよりは、伝え方を間違えたという方が正しいだろう。

 だが、幾ら悔やんでも、その言葉は取り消せはしない。


 私はその後、警備隊に居づらくなり、退職を決めた。


 私の事を高く評価してくれていた警備長には、考え直す様に何度も叱られ、教育係だったルートさんには、涙を流しながら平手打ちをされた。


 全部、私の為を思ってしてくれた事だ。


 けれど、あんなに泣いて、怒りを露にしたアーチの傍には居られなかった。


 私には、もう一度、面と向かって話し合う勇気が無かったのだ。


 そして、誰も賛同しない退職を強行した結果、私は警備隊の面々とも疎遠になり、アーチとは案の上、絶交だった。


 ネガティブな退職は後悔しか残らない。


 (カーマ。あんたは、間違えるんじゃないよ)


 応接室の窓から覗く一段と暗い空は、切れ間の無い雲に覆われ、私を見下ろしていた。

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