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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の夜遊び③

「なあ、トーマス。あの人って既婚者だっけ?」


「知るかよ。直接聞いて見ろよ」


「嫌だよ、俺、まだ死にたくないし」


「本人に聞くまでも無いよ。子供が二人、どっちもとっくに成人越えてるよ」


 子供の時から付き合いのあるゲータさんが、真面目な顔で答えてくれた。


「そうなんですか?」


「知らなかった。あの人でも結婚出来るんだ」


「あんなんでも、警備長なんだから、それなりにはモテたんじゃねーか?」


「そりゃあ、警備長って昔から凄かったからねー」


 店から完全に姿を現した警備長は、堂々とした顔付きで、こちらに向かって歩き出す。

 どうやら、見つかってしまった様だ。


「師匠、あれはどっちですか? かなり堂々としてますし、何より、肝心の襟足がありませんよ!」


「襟足どころか、一本も生えてない。なるほど、これは難問だね。でも、警備長はそもそもマッサージなんて、必要としていないから裏口!」


「ゲータ、正解じゃ」


 自分から白状した警備長は、何時になく、頭皮が艶々していた。

 よっぽど、良い思いをしたに違いない。


「お疲れ様です警備長!」


「お疲れ、馬鹿タレ共。……で、何でお前がここにおるんじゃゲータ? 儂はお前に給料を使って、夜遊びをするなと言った筈じゃが」


「すいません、警備長。カーマがどうしてもと言うので、仕方なく来てしまいましたが、給料ではなく、招待券を使いますので許して下さい」


「カーマ。お前って奴は下着泥棒じゃ飽き足らずに、店にまで手を出すとは、何て奴じゃ!」


「誤解ですって!」


「今からお前らも入るのか?」


「はいっ!」


「そうか……給料の使い道はお前達の自由じゃが、くれぐれも、マーシャちゃんには入ってくれるなよ!」


「どうしてですか?」


 俺は、警備長の出した唯一の条件に疑問をぶつけるも、セルドが割って入る。


「お前、分かんねえのか?」


「わ、わりぃ、正直なとこ、良く分かんねえ。何かそういうルールでもあるのか?」


「ルールって訳でも無いけどよー……普通に考えて、警備長と穴兄弟スマブラは嫌だろ」


「確かに、想像しただけで吐きそうだ」


「だろ?」


 また一つ、知識を付けた俺は、警備長のお気に入りの子には当たらない様にと願っていると、俺達がもたれ掛かっていた、建物の裏から、聞き馴染みのある声が耳に届く。


「……何で、よりによって、お前がここにいんだよ?」


 そこには、先頭を歩くアーチと、その後ろで仲良く肩を組んでいるルートさんとメリサの姿があった。


 どうやら三人は、【快楽超特急 どどんぴゅ!】の向かいにある酒場で、給料日の祝杯を上げていた様だ。

 出くわしたのは偶然だろうが、今から、如何いかがわしいお店に入る気満々の俺達には、何とも言えない気まずさが立ち込める。


 だが、気掛かりなのは、アーチだ。

 酒の所為か、はたまた、機嫌が悪いのかは知らないが、アーチの声色はいつもと比べてみても、随分、尖って聞こえる。


「別にいいだろ。休みの日くらい、何処で何をしようと俺の勝手だ」


「お前に言って無い。外野は黙ってて!」


 どうやら、不機嫌なアーチは、俺に用は無いらしい。


「……儂か?」


「ああ、お前だよ。一体、どういうつもりだよ?」


 アーチは、俺の真後ろに居た警備長の胸倉を見上げながら掴むと、鋭い眼光を突き刺しながら、質問を続けた。


「お前、あそこから出て来たろ? こんな事、許されると思ってるのか?」


「…………すまない。……本当に、すまないと思ってる」


 いきなり、アーチに詰められた警備長には、先程までの覇気が感じられなかった。


 普段の警備長であるなら、アーチに掴み掛られたとしたら、問答無用で殴り飛ばす筈だが、視線を下に向け、バツが悪そうな表情を浮かべていた。

 警備長とアーチは、よく勤務中に争っている所は目にした事があるが、今回は様子が可笑しい。


 いつもと立場が逆転し、アーチが警備長を一方的に詰めているからだ。


「アーチ、一旦、落ち着いて!」


「あんたも関係ない。それに、ゲータならあたしの気持ち、分かるでしょ?」


「わ、分かるけど、街中で喧嘩は……」


「分かるなら黙ってて。これは、あたし達の問題だから」


 アーチは、止めに入ったゲータさんを一蹴すると、再び、警備長に向き合った。


 先程まで、メリサと肩を組んでいたルートさんも、状況を察してか、メリサを連れて距離を取っていた。

 そんな様子を見ていた俺達は、幼馴染のゲータさんをその場に残して、ルートさんに続いた。


「アーチの奴、急にどうしたんですか?」


「……んー。私からは言いたくないかな。これは、当人同士の話だし」


「ルー姉は知ってるの? アーチさんが何で怒ってるか」


「そりゃあ、この職場で十年も働けば、嫌でも上司の事は知っちゃうよ」


 ルートさんは、二人が揉めている原因に心当たりがある様だが、肝心な事は口に出してくれない。


「セルド、お前はどうだ? 何か心辺りとかあるか?」


 この場における、ルートさんに次ぐ古株のセルドに問いかけるも、反応は良くない。


「姉御があんなにキレてる所は、俺も久しぶりに見たが、詮索するのは止めておこうぜ。それに、今は人の心配より、自分の身を案じろ。巻き込まれたら即死だぞ」


「そうだよな。わりぃ、変な事聞いて」


 セルドやルートさんの言った通り、外野の俺は干渉する事無く、傍観に徹するべきだろう。

 アーチと警備長の間に、一触即発の空気が流れている中、セルドが何かを思い出す。


「ちょっと待てよ!」


「どうしたセルド?」


「確か、前に姉御がキレた時は、大事な人に裏切られた時だった。つまり、今回も同じ事が言えるんじゃないか?」


「そういう事か!」


「どういう事だよ? 説明してくれ!」


 俺と同じく傍観者に徹していたトーマスが、突如、何かを閃いたかの様に声を上げた。


「まずは、この状況を整理しよう。大事な人に裏切られたアーチと、如何いかがわしい店からご満悦で現れた警備長。二人の関係を説明したがらないルートさん。これが意味する事は……」


「どうしてトーマスが仕切るの? キモいんだけど?」


「何故かって? それは、俺だけが真相に辿り着いたからだ!」


「で、結論は何だよ?」


 途中まで影を潜めていたトーマスは、泥酔モードのメリサにはビクともせず、得意げな顔で言い放つ。


「つまり、アーチと警備長の二人は、禁断の愛人関係にあるんじゃないか?」


「「「何っ!?」」」


「これで全ての辻褄が合うと思わないか?」


「全てって言うと?」


「そもそも、疑問に思った事はないか? あの礼儀に厳しい警備長が、何故、勤務態度最悪のアーチを長い間雇っているか。これは、あの店同様に、本命の何かをカモフラージュして隠しているのだろう」


「それが、年の差恋愛って事か?」


「ああ。それに、ああいう店から男が出て来て、女が怒る理由なんて、それしか無いだろ。どうですかルートさん?」


「……零点(れいてん)ね。検討外れもいいとこだわ」


「間違えてんじゃねーか!」


「ダッサ!」


「そんなぁっ?」


 トーマスの自信満々な推理が破綻する頃、膠着していた二人の状況が動き出す。


「お前にとって、あの人はそんなもんだったのかよ?」


「すまないアーチ。そういうつもりじゃないんだ」


「じゃあ何だってんだよっ!! 謝る相手はあたしじゃねーだろ!! お前、忘れてねーよな! 母様の事!!」


「……そんなの忘れる筈が無いじゃろ!!」


「じゃあ、何でこんな店に行ってんだよ!! これ以上、母様を悲しませるな!!」


「……本当に済まなかった。今から、母さんに謝って来る」


 珍しく目に涙を浮かべるアーチを見た警備長は、その場で両膝を付き、アーチに頭を下げた。

 そんな中、二人の間に入っていたゲータさんは、喋る事無く、アーチの肩に手を置いて、なだめている。


 目の前で繰り広げられた一連の流れを見ていた俺達は、警備長の土下座を見届けてから、トーマスが繰り広げた、なんちゃって推理の斜め上に行った事実を口に出す。


「「「「母様っ!?」」」」


「って事は、あの二人は……」


「だから、零点(れいてん)って言ったでしょ。あの二人は、正真正銘の血の繋がった親子よ」


「嘘だろっ? 俺、一年一緒に居ますけど、そんな事一度も聞いた事無いですよ!」


 セルドも知らなかった事実に驚愕している様だ。

 似ても似つかない、あの二人が親子だったなんて、俺でも信じられないのだから、付き合いの長いセルドなら、なおの事だろう。


「二人共、家族の事は喋りたがらないからね。……でも、これ以上は勝手に詮索しない事。分かった?」


「はいっ」


「じゃあ、私もヤニ切れしてきた事だし、帰ろっか!」


「うん、酔いが醒めて来たから、私も部屋で飲み直ししなきゃ」


「そうですね。帰りましょうか」


「だなー。お楽しみは、また今度にするか」


 娘に激高されて、覇気が完全に消え去った警備長がトボトボと歩いて帰宅し、怒りが収まらないアーチもどこかに走り去ってしまった事で、必然的に店の前にはゲータさんが取り残されていた。


 だが、興が醒めた俺達は、目の前にルートさんとメリサが居る事もあり、店の裏口に辿り着ける状況では無いので、悔しいが今日は帰る事になった。


「みんな、ちょっと待って!」


 二人の争いを間近で見守っていたゲータさんが、俺達の方に駆け寄って来た。


「ゲータさん、無事でしたか?」


「僕は何ともないよ。只、さっきの事で、言っておきたい事があってね……」


「どうかしましたか?」


「僕が言うのも変な話だけど、余計な詮索をさせない為に言っておくね。……アーチの母親は、既に、亡くなってるんだ。それも、アーチが産まれて間もない頃にね」


「「「「えっ!?」」」」


 ゲータさんの突然の告白に、ルートさん以外全員が、戸惑いに満ちた声を上げていた。


「でも、警備長は今から謝りに行くって、そう言ってましたよね?」


 警備長が歩いて行ったのは、北の方角だ。

 【親知らず通り】の最北に位置するこの場所から、北に行ったって、あるのは俺達には無縁の貴族街位だ。


「多分、お墓に謝りに行ったんだと思う。でも、これ以上は詮索しないであげてくれるかな?」


「分かりました」


「じゃあ、僕はお店の人にキャンセルしてくるから先に戻ってて」


「分かりました。ゆっくり歩いてるんで、追いついて下さいね」


「うん。メリサちゃんもいるし、色々、バレる前に早く帰りな」


 ゲータさんは、女性陣の目を搔い潜って、裏口から店に入って行った。


 だが、その後、待てど暮らせど、ゲータさんが姿を見せる事は無かった。


 翌朝、何処かから帰宅したゲータさんは、何故か、風呂に入る前だと言うのに、襟足が濡れていたが、誰も触れる事は無かった。

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