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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の宴①

 午前中の暇つぶしを終えた俺達は、数時間の仮眠を取った。


 何の為の仮眠と言えば、来週から始まる夜勤に体を慣らす為でもあり、今から始まる歓迎会を全力で楽しむ為でもある。


 セルドは、夜勤の為に仮眠が必要だと言い張り先輩面をしていたが、心の中では後者であろう。


 そんな俺達が向かう会場は、またも、【ヤニー亭】だった。

 寮に残っていたセルドとトーマスの三人で会場に向かう。


「何でまた【ヤニー亭】なんだよ、他に店は無いのか?」


「いいじゃねーか、安くて旨いから文句無いだろ」


「安いって言っても、俺達、前回払えなかったじゃねーか!」


「心配すんな、今回は確実にフェイの奢りだから、気にせず飲んで良いぞ!」


「あんな賭博野郎、信用出来るか! 俺は最低限自分の分は払えるだけ持って来たぞ。トーマスは持って来たか?」


「一応な。俺もカーマみたいに借金はしたく無い」


「お前ら少しは先輩達を信用しろよ」


「「出来るかっ!!」」


 ヤニー亭の前に付くと、店内からはまだ夕方だというのに、騒がしい様子が店の前まで伝わって来ていた。

 相変わらず賑わっていそうでなによりだ。


「ルートさんの名前で予約してあるらしいから行くぞ」


「了解!」


 今日も明日も仕事のルートさんは、仕事以外の所でも抜かりはない様だ。

 俺達は、扉を開け騒がしい店内に入る。


「いらっしゃいませー! お客様は三名ですか?」


「はい、ルートさんの名前で予約出来ていると思いますが……」


「ルートさんですね。それではこちらの階段を上がり、二階にお進み下さい!」


 店員のお姉さんに案内され階段を上がると、そこには、多くの人が入り乱れる一階の客席とは異なり、予約客用の仕切られた個室が並んでいた。


 奥の一室、【焔の間】と書かれた部屋に案内された俺達は、どうやら一番乗りだった様だ。

 宴会場に相応しい広間には、人数分の食器だけが長机に佇んでいるおり、皆が集まるまでは、暇を持て余してしまいそうだ。


「取り敢えず座ろうぜー」


「だなー、皆も時期に来るだろ」


 後から来る人の事を考えて、取り敢えず奥に詰めて座る。


「カーマは一番奥に座るのか、なら俺は入口側に座っておこう」


「俺もトーマスの隣にしとこうかな」


 二人はどういう訳か俺を避けるかのように一つ席を開け、入口側に固まって座った。


「何でだよ、後から来る人の邪魔になるだろ」


「まーいいじゃねーか。それに、俺はまだトーマスとあんまり喋れてないからな」


「なら、勝手にしろ。お前ら、フェイさんに怒られても知らねえぞ」


「望むところだ」


 俺達が一つ席を挟んで言い合いを続けていると、ぞろぞろと階段を駆け上がる声が聞こえる。


 どうやら、先輩達が到着した様だ。


「おまたせー、早いねー三人共」


「遅いですよ、ゲータさん」


「ごめん、ごめん。アーチが遅れちゃってさー」


「あたしだけのせいにすんなって。さっさと入れよー」


「はい、はい」


 いつも通り優しい笑顔のゲータさんを先頭に、残りの面々が到着すると、各々、空いている席を見て、何処に座るかを一人ずつ決めていく。


「あたしは一番奥もーらい!!」


 アーチは何の遠慮も無く、俺の対面である、まだ誰も座っていない列の奥に座った。


「それじゃあ私はアーチの隣にしようかなー。メリサもこっちおいで!」


「うん、そうする」


 ルートさんとメリサは女子で固まりたいのか、アーチの隣に二人で座る。


「じゃあ、僕はカーマの隣にでもいこうかなー」


 相変わらず優しいゲータさんは、一つ空いた俺の隣を埋めてくれた。


 最後に部屋に入って来たフェイさんは、唯一、空いている入口側のメリサの隣に座るだろう。


 だがフェイさんは、そんな俺の予想を裏切り、真っ直ぐ俺の席に近づいてきた。


「どうしたんですか? フェイさんの席は入口側ですよ!」


「はぁ? 何言ってんだお前、ここは俺の席だぞ!」


「あんたこそ何言ってるんですか? ここは俺の席ですよ! 席ぐらい早い物勝ちでしょ!」


「そうか。それじゃあ、今からお前の食事は、全て凍る事になるが、それでもいいか?」


「いい訳ないでしょうよ!」


「なら代われ、礼儀知らず。お前は上司に空いたグラスを下げさせ、注文をやらせる気か?」


 フェイさんの言葉に、セルドとトーマスがクスクスと笑っているのが聞こえる。

 まさか、あいつらは最初から分かっていて手前に座っていたのか。

 これが、爺ちゃんが言っていた、上手、下手と言う奴か。


 これは誰が見ても、世間知らずの俺が悪いのだろう。

 だがしかし、メリサが見ている前だ。


 少しでも出来る男だと思われたい。

 何とか挽回出来ないだろうか。


「大変失礼致しました! 代わりと言っては何ですが、リーダー様のお席を温めておきました! 冷たい椅子ではお体に触ります。どうぞお座り下さい!」


「そうか、ご苦労。……そんな気の利くカーマ君に、一つ忠告がある」


「何でしょう?」


「俺はそうやって、自分のミスを誤魔化す奴が一番嫌いだ」


「「「プっ」」」


「それに今は春だぞ、お前の暖かさなどいらん」


「すみませんでしたー!」


 性格の悪い同僚達が笑いながら顔を合わせている中、トボトボと空いている席に座る。

 俺は、その場の思い付きが全て見透かされた様な気がして、今にも逃げ出したい程に惨めな気分だった。

 そして、一番カッコつけたかった相手の隣に座るも、メリサは苦笑いを浮かべていた。


 こうして、全員が無事に席に着いた所で、宴会の幕が上がる。


「それじゃあ、始めるか。カーマ! 店員さん呼んでくれ」


「わかりました! すいませーん! 注文いいですか?」


 俺はフェイさんからの信頼を回復する為に、全力で下っ端に徹すると決めた。

 とにかく全力で店員のお姉さんを呼ぶ。


「はーい、すぐ行きます!」


 一階から、勢い良く駆け上がって来たウエイトレスのお姉さんが、優しく扉を開ける。


「本日、【焔の間】の給仕を担当させて頂きます。ニーナともうしま――」


「「「「あっ!」」」」


「ニーナじゃねーか! お前、親の仕事を継ぐんじゃなかったのか? 何でここで働いてるんだよ!」


「うわっ! セルド、それに隊長達まで……」


 若草色の髪を短く整えた、活発そうな見た目のウエイトレスのお姉さんは、どうやらセルド達の知り合いの様だった。


 だが、知り合いにしてはお姉さんの居心地は悪そうで、引き攣った笑顔を浮かべている。


「えっ、誰この人? お前ら知ってるか?」


 俺は近くにいた同期に聞いて見たが、二人は首を横に振っていた。


「こいつは、ニーナ・アルト。この間まで、第三警備隊で働いていた俺の同期だ!」


 頼んでもいないのに勝手に紹介を始めたセルドは、何だか嬉しそうだった。


 今日は良く脱警備隊をした人に出くわす気がする。


「うーわ、予約者が常連のルートさんだったから油断したー。そうか歓迎会シーズンだったかー」


「なんで、残念そうなんだよ!」


「そりゃ、前の職場の人に会うの、気まずいでしょ!」


 二人は、同期という事もあってか、交わす言葉とは裏腹に仲良さそうに再開を楽しんでいた。

 昼間に三連敗を喫していたセルドを、内心心配していたが、元気そうで一安心だ。


「気まずくてごめんねー」


「ルートさんは良く来るから気まずくないですよー。問題は男性陣ですね。……にしても、今年は新人三人も取ったんですか?」


「そりゃあ、お前を含めて、一年で三人も辞めればそうなるだろ」


「そ、そっか、し、失礼しました」


 やはり、入隊時に入れ替わりが激しい職場と聞かされた事は事実の様だ。


「おいニーナ、そろそろ注文いいか?」


「は、はいっ! の、飲み放題もありますが、ど、どうしますか?」


「じゃあ、それ人数分で」


「ニーナちゃん、ご飯はいつものコース、人数分で宜しくねー!」


「か、かしこまりました! さ、最初のお飲み物は、何にされますか?」


 ニーナさんは、フェイさんに声を掛けられると、門番時代の癖なのか、ビクッと背中を震わせて注文を取り出した。


 この怯え方、多分この人も、理不尽な氷の塊を喰らって来たのだろうと、容易に想像が出来る。


「お前ら、乾杯は皆、生でいいか?」


「「「「「オッケー!」」」」」


「じゃあ、生八つ!」


「かしこまりました!」


 飲む気満々の連中は、考える前に返事をしていたが、気になるのは隣に座るメリサだ。

 俺達は、年齢的に成人を迎えている為、飲酒自体は問題ないが、体質によっては、毒にもなりうる代物だ。

 大人しいメリサの事だ、周りの流れに断れ無いのかも知れない。


「メリサ、酒は飲んだ事あるか? もし、あれなら無理に飲まなくてもいいと思うぞ」


「……だ、大丈夫だよ。ちょっとは飲んだ事あるから」


「そうか、あんま無理すんなよ」


「う、うん。ありがと」


 そう言って、はにかんだ表情のメリサは今日も天使だった。

 俺は、変人が過半数を占めるこの宴会で、メリサの笑顔だけは守り切って見せると心に誓った。

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