あるバイト門番の敬礼
◇ カーマ視点 ◇
アーリアが前線に到着したのは、直接確認する事無く火柱で確認出来た。
これで、右側の戦場も、一先ずは落ち着きを見せるだろう。
となれば、ここからは、俺とゲホゲホの出番だ。
計画通りのでかい手を打つなら、仲間が必要不可欠になるだろう。
「フェイさん! 後は、お願いします!」
「ああ。ここは、俺に任せとけ!」
「はいっ! 行くぞ、ゲホゲホ!」
「きゅううううー!!」
俺は、ゲホゲホを転換させ、同期二人が奮闘する左の戦場へと走り出す。
だが、未だに魔物達と膠着状態を続ける二人の元に合流しようとした時、上空から、翼の生えた亜人が俺達の馬車に襲い掛かる。
「カーマ君、左後方っ!!」
「分かってる! 【具現出力――炎の矢】!!」
メリサの指示通りに火矢を放つも、自由に大空を飛び回る亜人には掠りもしない。
「くっそ! チョロチョロしやがって!」
「カーマ君、もう一回来るよ!」
「ああ、迎え撃つぞ!」
この先の作戦に必要な馬車を守る為にも、メリサと共に空飛ぶ亜人を迎え撃つが、圧倒的な機動力を誇る亜人には、地上からの攻撃は空を切るばかりだった。
相手も、こちらの攻撃に対して、回避に専念している様だが、これでは埒が明かない。
青年の様な顔付きをしていながら、その胴体に似つかわしく無い、怪鳥の様な翼と鍵爪。
恐らく、ルートさんが相手をしていた内の一体だろう。
ルートさんは、こんな奴らと煙草を吸いながら戦っていたのか。
戦いの最中でありながらルートさんに感心していると、遠くから叫び声が聞こえた。
「お前ら、ちょっとは頭を使え!!」
そんな、八方塞がりな状況に待ったを掛けたのが、離れた位置で、他の魔物を相手にしていたトーマスだった。
「使ってるよ! トーマスこそ、少しは気を遣ったら?」
「そうだそうだ! メリサの言う通りだ!」
酔いが回って、気が強くなったメリサに便乗して、俺もトーマスを責め立てる。
「うるせぇ、酔っ払い!! そんな事言ってる場合かよ?」
「お前こそ、こんな時に何の用だ?」
「お前ら、あれをやるぞ!」
「「あれ?」」
俺達は、急な提案に首を傾げていると、風の刃で周囲の敵を薙ぎ払ったトーマスが、俺達の元に駆け寄って来た。
「時間が無い。一発で決めるぞ!」
「だから、何をだよ?」
「忘れたのか? お前の考案した【ユニゾンアタック】だよ!」
「トーマス、覚えていたのか!」
「その話、私も乗った!」
「メリサ、お前まで」
「トリはカーマ君ね!」
「わ、分かった。任せとけ!」
トーマスの提案に乗った俺は、馬車から飛び降りると、右手を飛び回る亜人に向けて、魔力を集約させる。
「お前ら、俺に合わせろ! ……【具現出力――疾風の刃】!!」
先陣を切ったトーマスが、風の刃を亜人に向かって無作為に放つ。
しかし、亜人は迫りくる風の刃を翼を使って冷静に左に躱す。
だが、その先には、二人目の攻撃が待ち構えて居た。
「お前が仕切るな! うらぁー!!!」
メリサは何を思ったのか、光魔法を使わず、足元に転がっていた、封の開けていないワインボトルをそのまま投げつけた。
亜人の予想を裏切る速度で飛んで行ったワインボトルは、瓶の割れる甲高い音を立てながら、亜人の腹部にぶつかり、身体中を紫に染めた。
「当たった!」
予定が変わったが、俺には好都合だ。
メリサの飲んでいるワインは、市販品の中で特別度数が高い。
つまり、俺の炎が良く燃える。
ワインの衝撃で体制を崩した亜人に、俺はすかさず、第三の矢を放つ。
「【具現出力――炎の矢】!!」
ワインを被った亜人に、火矢が突き刺さり、その体は激しく燃え上がる。
「ぎゃああああああああーー!!!!」
全身を炎に包まれた亜人は、空中で断末魔の様な叫び声を上げながら、地面に向けて垂直に落下していった。
「決まったな!!」
「ナイス! カーマ君!」
「トーマス、俺達はそろそろ行くぞ!」
「ああ!」
メリサと両手を合わせ、互いの連携を讃えている中、打ち合わせ通りに、俺はトーマスと新たな動きを始めようとしていた。
だが、そんな時に、先程の翼を持った亜人の片割れが、仇撃ちと言わんばかりに、こちらに向かって来たのだった。
「トーマス、メリサ! もう一体来るぞ!」
「うん! もう一回、【ユニゾンアタック】だね!」
「よし、この調子でもう一体も……って、ちょっと待て!! ――あっちは!!」
俺達が先程と同様に迎撃を始めようとした時、トーマスが一早く異変を察知する。
こちらに向かって来ていると思われた亜人は、狙いを俺達から外壁の上に変えたのだった。
「不味い! あそこには孤児院の子供達も大勢居る!! それに、街の中に入られたら終わりだ! 迎撃出来る人が居なくなっちまう!」
勿論俺達は、出来る限りの魔法で地上から迎撃を試みるが、離れた相手には、掠りもしない。
頼みの綱のルートさんも、相手の亜人に掛かり切りで、それどころではない。
「もういい、俺が行く!」
「トーマス、気持ちは分かるが、どうやって壁に上がるつもりだ? 裏から回る時間何て無いぞ!」
「だったら、どうすんだよ? 俺には、町や子供達が蹂躙されるのを、ここで、黙って見てる事は出来ないっ!!」
俺達が言い合いを始めているその間にも、亜人は壁へと迫り、今にも襲い掛かろうとしていた。
「二人共っ! あの亜人、外壁を越えた。狙いは街の中だよ!」
すると、亜人はさらに高度を上げ、悠々と外壁の上を越えて行った。
飛び越えられた外壁の上から、各々が亜人に向けて魔法を放つも、民間人達の攻撃が届く事は無かった。
(……どうする?)
あいつを野放しにしていては危険だ。
直ぐに何らかの手を打たなければ。
そんな危機的状況に、俺達が頭を悩ませていた時だった。
「……わ、私が……私が行こう……」
正門付近の壁際から、誰かの声が聞こえた。
「誰だ? ……誰が居るんだ?」
俺は、声の聞こえた方角に走り出す。
すると、そこには、外壁にめり込み、壁の一部と化していた男の姿があった。
そして、手を伸ばせば触れられる距離に近づいて、ようやく正体に気付く。
声の主は、ボロボロになってはいるが、全身を青い制服に身を包んでいた。
「マワリーさんっ!!! 無事だったんですか?」
俺は、身動きの取れないマワリ―さんの手を取り、外壁の中から引っ張り出した。
「ありがとう、カーマ君。……早速で悪いが、あの鳥人間は、私に任せてくれないか?」
マワリ―さんは、壁から抜け出すと、早々に問題の上空に目を向けていた。
だが、肝心のマワリ―さんは、誰がどう見ても、立つのがやっとの状態だった。
「し、しかし、マワリ―さん。貴方、その怪我じゃ……」
「オー・マワリ―さん! あの亜人は上級以上だ! あんたは一旦下がっててくれ!」
マワリ―さんを見つけるなり、こちらに駆け付けたトーマスは、マワリ―さんに避難を呼びかけた。
だが、マワリ―さんは、その場を動こうとはしなかった。
「それでも、私が行こう。メリサ君、回復を頼めるか?」
「は、はいっ。【具現出力――祝福の光】!」
「……ありがとう。じゃあ、私は行って来るよ」
メリサに傷を癒して貰ったマワリ―さんは、外壁へ歩みを進めようとする。
「ちょっと待ってくれ! あいつは、オー・マワリーさんには、危険過ぎる相手なんだ!」
「トーマスの言う通りですよ、マワリーさん! それに、どうやって行くつもりですか? 相手は空を飛んでるんですよ?」
そんなマワリ―さんを、俺達は全力で止めた。
理由は簡単だ。
只々、大好きなマワリ―さんに、死んで欲しく無いからだ。
それでも、マワリ―さんが止まる事は無かった。
「……私にだって、守りたい家族や仲間が大勢居る。相手が空に居ようが、そんな事は関係無いんだ」
「けど、どうやって止めに行くんですか? 気持ちだけじゃあ、壁は越えられないんですよ!」
「……あそこに、ボロボロになりながらも、こちらに走って来ているアーチ・クルーパーが居る。……後は、いつも通りだ。……あの子が手を貸してくれれば、役立たずの私でも、空くらい、飛んで見せるさ」
マワリ―さんと共に後ろを振り返ると、確かに、こちらに向かって来ているアーチの姿が見て取れた。
しかし、アーチも回復を求めて、前線から下がって来たのだろう。
右足を引き摺りながらも、懸命に走る様子は、決して万全とは言えない。
「やっぱり、危険だ。マワリ―さん、別の案を考えましょうよ!」
「そうだぜ! そんな無茶したら、あんた、本当に死んじまうぞ!」
俺達の中で一番親交のあるトーマスが、マワリ―さんの両肩を掴んで止めに入るが、虚しくも、振り払われてしまう。
「手を放せ、トーマス。……覚悟なら、当に出来ている」
「……嘘だよ。……だって、あんた、こんなに暑いのに……何で、足が震えてるんだよ! 怖いなら、正直に怖いって言ってくれよ!!!」
「黙れっ! 私は、私は、誇り高き王都の刑務官だっ!!」
そう言いながらマワリ―さんは、何度も拳で震える足を叩いた。
そして、強引に足の震えを止めたマワリ―さんは、嫌でも周りに聞こえる程の大声で、自分を奮い立たせる様に叫び出した。
「痛い、怖いで、何が警務官だ!! 辛い、豪いで、人が救えるかっ!! 私が飛び越えるのは、目の前の壁だけじゃない!! 今までの無力で、臆病な自分の限界だ!! 私は行くぞ、門の中は、私の管轄だっ!! 聞こえるかっ!! アーチ・クルーパー!!」
「……ったく、全部、聞こえてるわよ! 派手にぶっ飛ばしてやるから、任せなさいよ!!」
その声は、当然アーチの元まで届いた様で、こちらに右手を挙げて見せた。
「マワリ―さん! 無事に成功したら合図を下さい!」
「ああ、街の中に雷が見えたら、成功だと思ってくれ。……だから、門の外は任せたぞ、馬鹿門番共っ!!」
「あんたこそ、着地、ミスんじゃないわよ!! 【具現出力――大地の巨腕】!!」
アーチが右の拳を地面に叩きつけると、マワリ―さんの足元から、巨大な岩石が浮かび上がり、一瞬で大空までマワリ―さんの身体を吹き飛ばした。
「「「ビッグフラーイ、オーマワリ―さん!!!」」」
俺達は、いつもとは全く違う気持ちで、大空に飛んで行くマワリ―さんの雄姿を、敬礼しながら見送った。




