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アマトゥスと共に  作者: 鼈甲飴
第一章 夢想の大地編
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第十六話〈全てを〉






「ホル……ゼ……?」



ホルゼの身体から力が失われ、その場に崩れ落ちる。


胸から、鮮血を噴き出した状態で。



「ホルゼ!!!」



崩れ落ちるホルゼの動きが、やけに遅く感じた。下に回り込み、そっとホルゼを抱きしめる。


一瞬の出来事で、あまりの事態に咄嗟に状況が理解できない。



「ホルゼ……」



虚な瞳。もう、その瞳は光を映さない。かろうじて息はあるが、もうすぐ止まる。命が、終わる。



ミルが死んだ。悲しかった。


子供達が死んだ。無力だった。


エルフ達が死んだ。悔しかった。




では、この気持ちは何だ。ホルゼが死ぬ。もうすぐ死ぬ。この、胸に込み上げるこの感情は、一体何だ。



オーヤに混ざった、ミルが何かを叫んでいる。しかし、今はもう、よく聞こえない。




『ナクナ、オーヤ……アリシアヲ……マモルンダロ……』



そんな事、言うなよ。もちろん、オーヤだって守りたい。守りたいさ。だが、オーヤには何の力も無い。この場を切り抜ける知恵も無ければ、機転も無い。何も、持っていないのだ。記憶も身分も立場も、力も知恵も、そして、勇気さえも、持ち合わせていない。



『……ホルゼ。お前が、いなかったら……』

『オマエガ……マモルンダ……』

「むぐっ⁉︎」



既に、ホルゼの血液をオーヤは全身で浴びている。記憶の流入が始まり、もはや誰が話しているのか、どちらが発したテレパシーなのかもよく分からない。


だが、ホルゼの肉体は、まだ生きている。最期の力をふりしぼり、オーヤの頭を抱え、死にかけとは思えないような力で唇を奪う。ホルゼの血が、口から流れ込んでくる。


むせ返るほどの血液。


グニャリと、何かがオーヤの中に滑り込んでくる。異質な……いや。どこか、懐かしいような、そんな感覚。





急激な目眩。ホルゼの記憶に、繋がっていく。


視界が、弾ける。


意識が、飛んでいく。





夢を見た。そんな、気がした。











『アリシアヲ…………マモッテ、クレ……』



接触しないと、もう聞こえてこないほどの微弱なテレパシー。だが、血液と共にホルゼの存在自体が、魔力(アムテル)が、オーヤの中に流れてくる。


オーヤの目から、涙が溢れる。





記憶を失ってからの初めてのキスは、明るく朗らかで、お茶目な友人の、紛れもない、“死”の味だった。








▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△









「最期の逢瀬は終わったか?」



皇子が、事切れたホルゼを抱き抱える血塗れのオーヤに言う。

なるほど、このキスを見て、逢瀬と表現するか。なかなかのブラックユーモア。


きっとこの皇子は、人の死などあくびが出るほど見てきたに違いない。だから、もう分からないのだ。人一人の、命の重さを。その、尊さを。その、儚さを。



ホルゼが“音喰い”を倒した現場には、もう既に現世(セグ)兵が集まってきていた。


黒頭巾は、オーヤから離れ、皇子の横へと戻っている。オーヤなど、障害にもならないか。







「殿下。発言の許可を」

「何だ」

「あの男、かの伯爵と同じ、受容体質(レセプター)のようです。魔剣の所有権が移動しました」

「ほう。それは珍しいな。再度鹵獲を試みよ。今なら魔剣も定着しておらず、使い方も分からんだろう。容易いはずだ」

「御意…………え、……?」



オーヤはホルゼの遺体をそっと地面に置く。開いたままの瞼を閉じてあげると、安らかな表情に変化する。



「ゴメンナ、ホルゼ……ちょっと、マッテテくれ……」



脳内で、ホルゼが叫んでいる。ミルが、叫んでいる。


分かっている。


分かっているさ。


この地獄から、この惨劇からアリシアを無事に連れ出すためには、この侵略者どもを排除しなければならない。コンドル君は現世(セグ)兵の銃に狙われ、動けない。そんな事くらい、分かっている。



「…………」

「…………目覚めよ、シルヴァリル」



漆黒の剣が、顕現する。






「せ、星剣反応です!!」



オーヤの手から生えた黒剣を見た将校が、驚愕したように叫ぶ。



「何だと?」



先程まで“魔剣”と断定されていた剣。それが、“星剣”に変化する事など、通常はあり得ることではない。ましてや、相手は一般人。星人でない者は、通常はそのアムテルに食い殺される。



「と、突然、祝福が検知されました……」



祝福。彼らエルデハン人にとって、皇帝の命よりも重要な、世界の理であり、真理。



「本物か?」

「わ、分かりません!」

「…………3番。排除は可能か?」

「不明。ですが…………理論上は、不可能です」

「……ふむ。ここで燦然たる輝き(アジタリス)を失うのは痛いが……この侵攻作戦には、我らが王の威信がかかっている。3番。排除を試みよ」

「御意」



オーヤの手にした黒銀の剣。そこから噴出する有り得ないほど濃密な魔力(アムテル)


そこにそっと目をやり、皇子は黒ローブに目の前の敵の排除を命令する。


先程、ホルゼを圧倒した黒頭巾。

しかし、その仕草にはもう、余裕はない。








「アリシア……」



目の前で、エルフ達が死んだ。


敵が、剣を向けてくる。


アリシアが、危険に晒されている。



戦う理由など、それだけで十分だった。



「イクゾ、オーヤ」



ホルゼの記憶が、感情が、雪崩れ込んでくる。神樹の時や、ミルの時とは密度が違う。ホルゼその人が、そのまま入ってきたかのような、混ざり込んだかのような、そんな不思議な感覚。


今なら、この剣が、扱える。


ホルゼの記憶が、教えてくれる。




「ふっ……」



短く息を吐き、重心を低く、剣を寝かせ、腰の位置で構える。



シルヴァリル。


剣が、オーヤの怒りに応える。



音さえも置き去りにし、一瞬で黒頭巾の横にオーヤが現れる。



「はっ?」



呆気に取られる黒頭巾。


もう、オーヤ自身の思考が、その肉体の動きに追いつかない。剣が囁くまま、身体を動かす。


黒頭巾が剣を構え、防御姿勢を取る。


その前に、オーヤは剣を振り抜く。



ドゴォォォ…………





黒頭巾がゴム毬のように弾け飛び、残ったエルフの建物を爆速で破壊しながら突っ込んでいく。



周りを固めていた敵兵が、遅ればせながらオーヤに向けて銃を構え始めるのが、視界の端に見える。


しかし、遅い。


振り上げた剣の切っ先が向かうのは、痩せぎすの皇子の首ただ一つ。



「死ネよ」








「ははは。これは傑作だ。間違いない、“本物”だな」



一瞬で黒頭巾を吹き飛ばし、目の前で剣を振りかざすオーヤを見て、皇子は嘲るように笑う。



「ナニ、笑ってンダ……」



兎に角、こいつを斬れば終わるのだ。


そう思い、腕に力を込める。


剣が、震える。



明確な殺意をもって。

さぁ、この男を殺そう。



振り下ろされた一振りの剣。



しかし、そこに黒頭巾が舞い戻り、剣を横に構え、オーヤの必殺の一撃を、全身全霊で受け止める。流石、ホルゼをもってしても勝てないと言わしめた剣使いと言うべきか。


剣圧で、黒頭巾がズれ、その素顔が露わになる。



「はぁ?」



黒髪に、褐色の肌。そして……誰かを思わせる、鋭い紅の瞳を持つ……幼い少女。


必死の形相で、皇子を守るため、ボロボロになりながらオーヤの剣を受け止める。



そんな顔をするなよ。これではまるで……オーヤの方が、悪者みたいではないか。


オーヤの中のホルゼが引いてゆく。この少女に、何か思うところでもあったのか。


しかし、そんな事は関係ない。


相手が幼い少女だろうと、容赦はしない。


オーヤの守る対象は、アリシアだけ。他は全て……有象無象に過ぎない。



「潰れろ」



圧倒的な膂力で、黒髪少女を徐々に押し潰していく。無意識に、口角があがる。


オーヤは今、どんな表情をしているだろうか。



『…………ノマレルナ』



ホルゼの声が、聞こえた気がした。



『オーヤ!!!』

「あレ……」



アリシアが叫ぶ。アリシアが、意識を取り戻している。



ダメだ。こいつを、斬らなければ。こいつを殺さなければ、守れない。アリシアを、現世(セグ)へと返せない。


しかし、もう、既に、オーヤの足からは力が抜けてしまっていた。


膝からその場に崩れ落ちたオーヤを見て、皇子が鼻で笑う。



「アムテルを消費しすぎたな」



黒髪少女は、肩で息はしているものの、致命傷自体は負っていない。剣を上段に構え、オーヤの命を刈り取ろうと狙いを定める。


オーヤの剣は、まだこの皇子を斬ることを諦めていなかった。オーヤから全てを吸い取り、ガタガタと皇子の方へ引き寄せられる。


しかし、もうオーヤの身体の方がそれについていけなかった。


この黒髪少女を吹き飛ばした一撃だけで、オーヤの全てを持っていってしまった。もう、呼吸することすらままならない。



「3番」

「殿、下……」

「殺せ」

「御…………意」



先程の一撃で仕留めきれなかったのが悔やまれる。あれが、全身全霊、正真正銘全力の一撃だった。もう、打つ手はない。



『アリシア……逃げろ』




アリシアが、首を振るのを感じる。見なくても分かる。アリシアが、オーヤに向けて手を伸ばしている。魔力(アムテル)の、高まり。


アリシアの動きに、黒頭巾と王子もすぐに気づき、眉を顰める。



「……マザーに直接働きかけられるのか?」



皇子が、眉を顰める。アリシアは、一体何をする気なのか。今のオーヤには、アリシアの力がどのようなものなのか、何となく理解できる。しかし、アリシアではこの状況を打開できないはず。



『オーヤ』



アリシアが、オーヤを見つめる。



『来るよ』



来る。


一体何が。





アリシアを警戒し、王子を守るためにガードに入っていた黒髪少女が森を振り向く。



「殿……」



叫んだ。


しかし、声は掠れ、掻き消えていく。



音が、消える。



世界から、再び音が、消えていく。



これは。



“音喰い”。



森の奥から、姿を現したのは、銀色の立髪に、背中に凄まじい量の剣のような突起を生やした、顔の無い馬。


その首に幾つも空いた穴から、音を吸って現れる。



『2体目……』



先程倒した個体とは、姿が違う。しかし、魔力(アムテル)の質で分かる。これは、“音喰い”。それも、先程の個体よりも強力な。





無音の世界で、オーヤだけは“音喰い”を無視する。



ここだ。ここしか無い。


オーヤは敵に背を向け、アリシアを抱き抱えて離脱する。


音とともに、周囲の魔力(アムテル)が消えていく。オーヤの持つ剣の存在が、不安定になっていくのが分かる。



『アリシア!』

『オーヤ……』

『大丈夫! 俺が、ついてるから!』



ホルゼが死んだ。エルフ達が死んだ。みんな、死んだ。


だが、アリシアは生きている。


オーヤも生きている。


生きるしか無いのだ。





現世(セグ)兵はパニックを起こし、黒髪少女は皇子を守るため、オーヤ達から注意を逸らしている。


ここしかない。そう思えるタイミングで、コンドル君が、オーヤ達を掴んで、そのまま地上から離陸する。



『飛べ! コンドル君!!!』







眼下の地上で、闘いが始まる。


“音喰い”と、黒髪少女の闘いが。









アリシアが、静かに涙を流す。


剣戟の影響か、炎に包まれたアトキントの森とエルフの里。


ここまで来れば、もう音は復活している。



「何で、主が……」



結局、全ての止めをあの主、“音喰い”がやってしまった。“通路”も敵兵も関係ない。あんなのが、しかも2体も来るのなら、結局エルフの里はこうなる運命だったのだ。



「……違うよ、オーヤ」

「?」



オーヤから溢れた感情を読み取り、アリシアが首を振る。



「アレは、“通路”に引き寄せられてた。最近ヤコウオオカミが来てたのは、アレがヤコウオオカミの縄張りを突っ切ってたから」

「じゃあ……」

「皆が死んだのは、あの“通路”のせいだよ」

「…………」



それはつまり。結局、彼らは侵略するために“通路”を開いた。原因は遠回りしたが、結局のところ、彼らがやろうとした事と、起きた事象は一致した。



「あいつらの、せいだよ……」



アリシアの顔が苦しそうに歪む。


その感情は、毒にしかならない。


そのことを、アリシアもよく分かっている。


しかし、溢れ出る感情を、どこにぶつけていいか分からないのだ。



『…………』



ホルゼはもういない。エルフ達も、もういない。


結局残ったのは、オーヤとアリシアの2人だけ。






こんな気分になるのは、いつだって空中で2つの月を眺めている時だけだ。



「どうしようか……」

「…………うん」



3度、オーヤ達の、悲しい空中遊覧が、始まった。

ホルゼ……

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