第九話〈アトキントの森の獣〉
2022/6/30
「オレンジの丸い屋根のデカい建物……あれか」
見ればわかると言われた集会所。そこに辿り着き、恐る恐る中を覗いてみる。
『こんちは〜』
『お。来たな』
出迎えたのは、金髪を刈り上げた、一昔前のヤンキーみたいな髪型のおっさん。それでいいのかエルフ。中のエントランス部分には、おっさん一人しかいなかった。
『ホルゼから話は聞いてる。俺は里の戦士長、バルダだ。よろしく』
『あ、オーヤです。よろしくお願いします』
そういえば、目覚めてから大人の男とマトモに会話するのは初めてだ。何だか飲み会でめちゃくちゃ酒を飲ませてきそうな感じのおっさんだが、エルフ特有なのか、不思議な透明感もあり、違和感が凄い。
『装備を渡すから、そこで身長と体重測ってくれ』
『はい』
身長、182、体重85と……。
『大きめだな。これと、これ』
渡されたのは所々に硬いガードのようなものがついた迷彩柄の長袖の上下に、ヘルメット、小さめのリュック、それに小型ナイフと……短剣。
銃のような武器は無いようだ。こんな装備でどうやってヤコウオオカミのような獣と戦うのだろう。
『じゃあ向こうで着替えてきてくれ。上にお前が入る部隊の人間がいるから、呼んでくる』
『了解です』
早速見回りに出るようだ。自分で言うのも何が、こんな素人丸出しな人間を見回りに連れて行って大丈夫なものなのだろうか。正直、足手纏いになる自信しかない。研修とか無いのだろうか。不安しかない。
言われたままに渡されたものに着替え、おっかなびっくり短剣とナイフを装備する。危ない。使い方、分からない。銃刀法とか無いのだろうか。無いんだろうな。
『着替えましたー』
『お、来た来た』
『君がオーヤか。初めまして、ホルゼ副戦士長一の部下、バヤルフだ』
何だその自己紹介は。
戦士長の後ろに控える、5人のエルフの戦士達。むさ苦しい戦士の集いかと思いきや、美形の女性が2人もいる。これは楽しめそうだぜ。
その中の一人、いきなりホルゼ信者っぷりを存分に発揮してきた、長身細身おかっぱ丸眼鏡のエルフ男。何だか、最初からあまり歓迎されていないような雰囲気を醸し出している。
ならば、オーヤはこうだ。
『初めまして、俺は今世紀最高の美少女、人呼んでザ・女神、アリシアの唯一無二の騎士、オーヤだ。よろしく』
『あ、あぁ……』
先程のあんまりな自己紹介をかましてきた当のバヤルフにひかれた。何故なのか。この挨拶が君たちの流儀ではないのか。
その他に4人、女性2人、男性2人、バヤルフを入れて計5人の部隊。みんな金髪美形。オーヤだけ明らかに毛色が違い、浮いている感が否めないが、バヤルフ以外は人当たりのいい感じで、疎外感は今のところ無い。
『君、今ホルゼ副戦士長の家にいるんだって?』
『あぁ、そうだが』
『……変な気は起こすなよ』
「何だお前」
おっと、遂口に出てしまった。柄が悪かっただろうか、バヤルフ君がちょっと怯えたような表情になってしまう。しかし、ホルゼはエロいがオーヤにはアリシアがいるのだ。そんな事するわけないし、第一バヤルフ君には関係ない事だ。
『まぁまぁ、落ち着けって。良いから、任務行ってこい。バヤルフも。ホルゼの判断だ。文句言うな』
『……了解、です』
『オーヤ君も、仲良く頼むよ。今日は簡単な哨戒任務だけだが、重要な任務だ。こう見えてもバヤルフは里の期待の星なんだ。色々教えてもらってくれ』
『了解です。さぁ行くぞバヤルフ』
『はい……』
『おいおい、頼むぞ……』
一応ホルゼの紹介で入ったのだ。変な事をしてホルゼに迷惑をかけるわけにはいかないだろう。仕事は仕事。しっかりやるだけだ。早く終わらせた分だけ、早くアリシアに会えるってもんだ。
集会所から戦士長の見送りで森へ向かう。里の周りは360度森に囲まれているが、今日向かうのは里から見て南側、アリシアの小屋があった方向とは真反対の方向だ。
『今日は、ゴダ湖周辺の哨戒任務だ。最近里の近くにも頻繁にヤコウオオカミが現れている。ゴダ湖には草食動物が水を飲みにやってくる事が多く、それを餌にする過去5年で3回ヤコウオオカミの出現が目撃された場所だ。気を引き締めていこう』
『了解』
流石に、バヤルフも森に入ってからは引き締まった表情で、流石に新人部隊とはいえ、隊長を任されているだけあり、的確な情報を完全素人のオーヤにもしっかりと伝えてくる。
『…………』
ヤコウオオカミ。まだ見た事が無いが、空飛ぶ鯨や3つ頭の怪鳥がいる世界だ。エルフの戦士に犠牲が出るレベルの化け物。出来れば、出会わずに終わりたいものだ。
5人は一見無言で森の中を慎重に進んでいく。実際は頻繁にテレパシーが交わされていたが、アトキントの森の南側には、ヤコウオオカミ以上に恐ろしい最強の獣がいるらしい。その獣は音に寄ってくるらしく、南側の森の中で声を出すのは御法度。だからこそ、エルフ達は普段からテレパシーを使う。因みに、ホルゼはそんな事教えてくれなかった。しっかりしてくれ。
森の中には等間隔でヤコウオオカミのような害獣の接近を里に知らせる機械が置いてあり、それの点検をするのが主な任務らしかった。
バヤルフがその機械、見た目は加湿器のような形の黒い物体をガチャガチャ調整している横で、オーヤは森の奥を見つめる。
まだ、日は高い。
しかし、森の中は常に薄暗く、しかも鬱蒼と茂っているので、ほんの十数メートルも見通す事ができない。
こんな鬱蒼とした森の中を、巨体だというヤコウオオカミが闊歩する。まるで現実味がないが、しかし何かいそうだと思うのもまた事実。
タイムスリップでもして、太古の森を歩いているかのような、そんな独特の緊張感がある。
しかしバヤルフの触っている機械、何やら里へ相互通信ができるらしい。正直、里の雰囲気、この森の雰囲気にはあまり合わないようなハイテク機器。一体どこから持ってきたのか。少なくとも、里にはそのようなものを作るような工場の類は無かった。
『なぁバヤルフ』
『何だ?』
『ホルゼって、強い?』
唐突にバヤルフに質問する。正直、オーヤは周りを警戒するだけなのであまりやる事が無い。なので、自然と思考は昼の訓練へと舞い戻る。
『何だ急に。強いさ。当然だろ』
『最強?』
『最強だ』
間違いない、と断言するバヤルフ。正直、里の外に出た事があるのかも怪しいバヤルフの意見など何の参考にもならないとは思うが、しかし猛獣相手の話なら信頼はできる。
『1対1で戦って、バヤルフならどれくらいもつ?』
『さぁな。副戦士長が本気を出せば、戦士長でさえ1秒も保たないだろ』
戦士長でも1秒も保たない。つまり、バヤルフなら訓練時のオーヤと同じように瞬殺ということだろうか。
確かに、目で追えない動きというものを、空想の世界ではなく、現実に体験することになろうとは夢にも思っていなかった。しかし、エルフの戦士達でも同じように感じるということは、やはりホルゼは特別なのだろうか。
やはり、魔剣か。
魔剣。詳細は分からない。しかしホルゼも、大概謎が多い。
『んっ?』
『どうしました、隊長』
『いや、ここの計器、数値がおかしいな……』
それは、森に入ってから約3時間、最後の点検箇所に差し掛かった時の事。
バヤルフが、機械の内部に表示された数値に眉を顰める。
『前回ここの点検がされたのはいつだ?』
『えっと……一週間前の夕方です』
隊員の一人が、記録を確認して報告する。
『やっぱりおかしい。数値が3日前からの計測になってる。しかも、測定濃度がめちゃくちゃだ。誰だ、テキトーな点検したのは』
『ホルゼ副戦士長の部隊です』
『…………じゃあ、ミスじゃないな』
こいつ。他の部隊だったらミスで片付けようとしたのか。バヤルフが、考え込むような表情になる。ここまで何個も計器の確認をしてきたが、初めての事態だ。
『レベルシアン。戦士長に緊急報告案件だ』
『……了解です。その計器は?』
『これは使わない方が良い。一個前のに戻ろう。そこで報告してから、ゴダ湖周辺を哨戒して帰投する』
『了解』
何か、厄介ごとのようで、隊員達の間に緊張が走る。しかし、何がダメだったのか当然ながら、オーヤには理解できない。
『どうしたんだ?』
なので、バヤルフに説明を求める。報告連絡相談、大事だぜ。例え何の役に立たないオーヤであったとしても。
『いや、ここの計器がちゃんと動いてなかったんだ』
『動いてなかったらどうなる?』
『ここのはサブリーダー機だ。ここが動いてなかったという事は、ここら一帯の、今まで点検したやつもマトモに検知機能を果たしていなかった可能性がある』
『ということは?』
『…………侵入を見逃していた可能性がある』
『ヤコウオオカミのか?』
『…………あぁ』
バヤルフの苦虫を噛み潰したような顔。何か、隠している表情。
しかし、既にオーヤは知っている。5年前に、現世からの侵攻があった事を。そして、ここまで、バヤルフ達の仕事を観察していて、分かっている。この計器は、獣だけでなく、エルフ達、そしてもちろんオーヤの接近を、里まで知らせる事ができる。
(…………何か、やばそうだな)
急に、オーヤも緊張感が増してくる。エルフ達も、テレパシーを飛ばさない。静かに、だが確実に先程までよりも素早く一つ前の計器へと向かう。一つ前のはゆっくり哨戒しながら徒歩で約30分ほどだった。急げば20分ほどで着く。
『そろそろ日が沈む。急ごう』
一つ前の計器に戻るという行程を挟んだ事で、哨戒任務は大分遅れを食うことになってしまった。日が、傾き始めている。上を見上げれば、森の葉の間から、赤みがかった空が覗いている。日が沈んだ後の哨戒任務は、ベテラン部隊の仕事。バヤルフ達は、未経験の領域だ。
薄暗い森の中は、普通にしていても歩きにくい。今は、もう小走りで進んでいる。正直、森を歩き慣れているエルフ達に合わせて進むのは、かなり骨が折れる。
『スピード落とすか?』
『気にすんな。余裕だ』
バヤルフが気を遣って聞いてくるが、流石にオーヤのせいで任務を遅らせるわけにはいかない。余裕だと笑ってみせる。特段、体力的にキツいわけではないので、集中力を高め、前に進むことだけに全力を注ぐ。
『こちら、哨戒任務中のイプシロン。南区画35-6にて、レベルシアン。繰り返す、レベルシアン。』
計器に手を当て、テレパシーを送るバヤルフ。木々の合間から見える空は、既に紅から薄紫へと変わりつつある。今からゴダ湖へ向かって哨戒を行えば、帰るのは完全に日が沈んだ頃だ。
(アリシア……)
初出勤でこの緊急事態。後でアリシアに何と言われるだろうか。
『通信終了。よし、これよりルートを変更。ゴダ湖はベータ部隊が哨戒任務を引き継ぎ、我々は代わりに帰投しながら南区画を哨戒する。計器はアルファ部隊がサブリーダー機を含めて全て再点検するとの事だ』
『『了解』』
全員が素早く隊列を組み直し、哨戒任務に入る。ゴダ湖は透明度の高い、綺麗な湖だと聞いていたので今日見られないのは少し残念だが、しかしそれも仕方あるまい。明日以降に見られるだろう。
(しかし、思ったより早く帰れそうだな……)
ここまで3時間の森の哨戒。時間的には大した事は無いのだが、初仕事に初対面のエルフ達。精神的には、割と疲れがきている。これは、我が儘を言ってアリシアにコスプレ膝枕でもしてもらわなければ。絶対にアリシアはそんな事しないだろうが。
『よし。これより哨戒任務再開。ヘッドライト点灯』
『了解、点灯』
『点灯……?』
『そこのボタンだ』
『あ、これか』
点灯と言われても分からない。バヤルフに教えてもらい、キャップについたスイッチを入れる。かなり明るいが、薄暗い森の中で点けると、逆に光が当たっていない部分が暗く見えて、不気味さがかえって増す。
『この時間帯が一番視界が悪い。全員気を引き締めるように』
昼と夜が交わる、魔の時間帯。
森の闇の部分を、何だか不気味だと、そう思ったからだろうか。何かが、揺らめいて見えた気がした。
『ん?』
『どうしたオーヤ』
『いや……何か、動いた気がしたけど、気のせいかも』
『ふむ……アムテルには、変化は無いな。よし、陣形を変えよう。翼竜陣形Ⅱ。オーヤは真ん中に置こう』
バヤルフが、腕時計を見て呟く。腕時計ではなく、魔力を計測する機械だったようだ。
隊員達はオーヤとバヤルフを真ん中に置き、左右に広がる。広範囲を探索する陣形のようだ。
『よし。進もう。全員光の影に注意しろ』
オーヤの一言で陣形を変えさせてしまって、何だか申し訳ない気分にもなる。しかし、行軍の速度は先程までとあまり変化はない。
オーヤはバヤルフの後につき、バヤルフに光を当てないように注意しながら森の影に注意する。
バヤルフは頻繁に腕の機械を確認し、そこに表示された数値を確認している。
そこから、何事もなく1時間。
『よし。第一防衛ライン突入。』
『ふぅ……』
第一防衛ライン。つまり、里の周りの安全圏に戻ってきたという事だ。もう一安心。
そう思った所で、ヤツは唐突に現れた。
『あ』
暗がりから現れた、巨大な影。
暗い灰色の毛並みと、血走った黄色い眼。2つに割れた下顎から滴り落ちる生臭い涎。
見た瞬間に確信した。
コイツが、ヤコウオオカミだ。
『逃げろっ!』
即座にバヤルフが反応する。
戦士団、ヤコウオオカミ遭遇マニュアルその1。出会ったら逃げる。
その2。照明弾、赤を上空に向けて発射。ヤコウオオカミの発見をアルファ部隊に知らせる。
その2までは即座に完遂される。バヤルフが逃げろと言った瞬間、部隊員は四方に散り、バヤルフは赤い照明弾を上空に打ち上げる。
ヤコウオオカミは普通のエルフ、そして人間では討伐できない。アムテルの操作に長けた、もしくは現実離れした戦闘力を持つ者しか相対できない。
だから、逃げる。オーヤも必死で、森を駆け抜ける。ヤコウオオカミは群れないというのが通説で、一頭いたら、その周りは逆に安全らしい。
しかし、当のヤコウオオカミは唸り声をあげ、オーヤに突っ込んでくるではないか。
(なっ……)
慌てて横に避けるオーヤ。物凄い風音と共に、先程までオーヤがいた場所の地面が赤黒く変色していく。ヤコウオオカミは転身し、少し距離を保って再び突撃しようとタイミングを測っている。
正直、舐めていた。
明らかに、これはオーヤの知る獣とは違う。
普通の動物なら、照明弾の発砲音を聞いた時点で驚いて逃げる。しかし、興奮して、逆に向かってくるとは。こんなに、人間に対して攻撃的な動物など、本来存在しないのだ。
しかし、ヤコウオオカミは普通の獣ではない。
明らかに悪意を持って、その顎で、オーヤを殺そうとこちらに向かってくる。
『照明弾!!!』
バヤルフが叫ぶが、それどころでは無い。ヤコウオオカミは、明らかにオーヤを狙っている。
照明弾を立て続けにあげ、アルファ部隊にヤコウオオカミの居場所を知らせ続ける必要がある。
誰かが赤い照明弾を打ち上げ、一時的に森が赤く染まる。
ヤコウオオカミの口元が、ヌラリと光るのが見えた。
ダメ元で短剣を抜く。貰った時は何故短剣なのかと思ったが、答えは単純だった。使うのが、森の中だからだ。森の中で長剣は振り回せない。
グルァァァァ!!!
信じられない速度で突撃してくるヤコウオオカミ。先程の比では無い。一度攻撃を避けられたのが、気に障ったか。
「あ、無理だわこれ」
その向かってくるあまりの速度に、短剣を刺すのは不可能だと判断し、即座に回避行動へ移る。そして、またも間一髪、服を掠めながらもヤコウオオカミの突撃を回避する。
隊員達も、どうやら本物のヤコウオオカミを見るのは初めてのようで、周りで見ていることしかできない。
『ダメだ、完全に狙われた……』
『これが、ヤコウオオカミ……』
現時点でまだ生きていることが、かなりの奇跡となってしまっている。まさか、持たされた短剣がこれほどまでに役に立たないとは思ってもいなかった。
周りの隊員達も呆然としている。
当然か。彼らはやはり、まだ新人。浅い領域しか哨戒したことの無い部隊なのだ。助けを求めるのは酷のようだ。
しかし、オーヤもオーヤで余裕はこれっぽっちもない。テレパシーで、ホルゼの名を呼び続ける。
「ぐっ⁉︎」
再びヤコウオオカミが突っ込んでくる。今度は避けきれない。そのまま倒され、ヤコウオオカミがオーヤに馬乗りになる。
噛みつこうとしてくるヤコウオオカミの首を必死に抑え、腹を蹴るが、ヤコウオオカミの前脚が胸に乗り、息ができなくなる。
(あっ、ヤバい……)
身体からミシミシッという嫌な音が聞こえる。胸部の圧迫。重いとかいう次元ではない。文字通り、肺が押しつぶされていくのがリアルに感じられる。
息が止まり、一気に視界が黒く染まる。
『オーヤ!!!』
(あ……)
しかし、強烈な、テレパシーがオーヤの意識を現実に引き戻す。
『ウゴクナ!!!!』
(ホルゼ……)
そのテレパシーが聞こえた瞬間、ヤコウオオカミの瞳は光を失い、そのままオーヤに向けてずり落ちてくる。
「ぐぉ⁉︎」
重い。ヤコウオオカミの様々な液体がオーヤに振り返る。どうなっているのか分からない。とにかく、呼吸ができない。
『おらっ!』
『オーヤ、大丈夫か⁉︎』
隊員達が、ヤコウオオカミの下敷きになったオーヤを引っ張り出し、ようやく解放される。
『どう、なったんだ……』
オーヤは、ヤコウオオカミの血と、あとはよく分からない臭い液体でずぶ濡れだった。肋骨が痛むが、折れてはいないようだ。
『オーヤ、ケガハ?』
『ホルゼ!』
そして、そこには、何故かナースコスプレのホルゼがいた。血で濡れているので一瞬ドキリとするが、怪我をしている様子はない。
ホルゼの右手にはギラリと怪しく光る、黒い剣。魔剣が、握られている。
そして、ヤコウオオカミ。
首が綺麗に切断され、絶命している。
『怪我は無い……みたいだ。ホルゼが、倒したのか?』
『ソウダ。アブナカッタナ』
『マジか……』
一撃。強い。助かったという気持ちよりも、魔剣のその威力に驚愕しているというのが正直な感想だ。あの異次元の獰猛さを持つヤコウオオカミを、一刀両断するとは。
『バヤルフ』
『はい、副戦士長』
『オマエタチハキリアゲテソクザニキトウ。オーヤフクメ、イチオウテアテヲ』
『了解です』
『ココハワレワレガヒキツグ。サァ、イケ』
『了解。よし、行くぞ』
最後に、ホルゼに慈愛に満ちた表情を向けられ、今度はドキッとする。これが、吊り橋効果というやつだろうか……。ホルゼが、やけに可愛く見える。何て事だ。早くアリシアに会わなくては……
『オーヤ、サイナンダッタナ』
『あ、あぁ……』
『ナンダ、ソノマヌケヅラハ。ハヤクイケ。アリシアガシンパイスル』
『…………ありがとう。助かったよ』
礼を言うと、ホルゼは驚いたような表情になる。
『オマエ、レイガイエルノカ』
『おい、俺をなんだと思ってるんだ』
『……ニクノタテ?』
『それはまぁ、あってる』
『フッ……マァ、コンカイハタマタママニアッタダケダ。コンナジタイヲサケルタメニ、コノキカイガアルノダガナ』
『それ……どうなってんだ?』
『ワカラン。ソレヲイマカラチョウサスルンダ。キョウハオソクナルトアリシアニイッテオイテクレ』
『分かった。気をつけてな』
『アァ』
副戦士長モードのホルゼは、気がつかえる美少女。これは、バヤルフが信者になるのも頷ける。
バヤルフ達の元へ行き、里を目指して帰還する。
『オーヤ、到着したらすぐにシャワーを浴びろ。』
『分かってる。それにしても、クセェなぁ……』
『ヤコウオオカミと遭遇して、生き残れて良かったな。副戦士長が間に合わなければ全滅だった』
『……』
しかし、先程までアドレナリンが出ていたからか、あまり恐怖は感じなかったが、今になって身体の痛みや、あの顎が顔間近まで迫ってきた時の恐怖が遅れてやってくる。
本当に危なかった。
ようやく森を抜け、里に帰ってくる。
里の門の前に、エルフ達が見える。その中に、銀髪の美少女が見えた。アリシアだ。
「オーヤ!」
「アリシア……」
アリシアが駆け寄ってくる。可愛い。癒される。
「大丈夫⁉︎」
「あぁ。怪我は無いよ。返り血だ」
「そっか……良かった」
「ホルゼが助けてくれたんだ」
「そっか……ホルゼちゃんは?」
「まだ仕事だって」
「じゃあ、ご飯作って待っておこう?」
「あぁ。すぐ戻るよ」
「うん。待ってるね」
部隊のエルフ達も、それぞれが肉親と思われるエルフに抱き寄せられたりしている。感動の再開シーンだ。
『あれが、アリシアさんか……』
『ん? 何だバヤルフ、会ったこと無かったのか?』
『あぁ。以前アリシアさんが里にいた時は、僕は里にいなかったからな』
『ほーん?』
『強そうだ』
「はぁ?」
アリシアを見て、強そうという感想が出てくるのは何故なのか。あり得ない、この男。見る目ない。最低。
『よし。集会所に戻ろう。装備を置いて、シャワーを浴びるといい。装備点検やメンテナンスは僕らがやっておこう。オーヤはメディカルチェックだ』
『了解』
その後、エロいエルフナースではなく、ゴツいおっさんエルフ医者のメディカルチェックを経て無事に解放され、アリシアの待つ家に向かう途中。
『オーヤ?』
『お? ミーたんか』
家の影から、ミーたんが飛び出してくる。
『ミーたん? どうした』
そのまま、足に抱きつかれる。シャワーを浴びたとはいえ、頭からヤコウオオカミの血を被ったのだ。臭くはないだろうか。
しかし、幼女の甘い香りがする。何だろうか、この胸に湧き上がる不思議なムズムズは。これが、父性か。
『みんな、オーヤ達が危ないって言ってたから……』
『あぁ。大丈夫。みんな、怪我も無いよ』
『うん……』
『よし。今日はもう遅いから、ほら。家に入りな? 明日また遊ぼう』
『……分かった』
ミルの頭を撫で、抱っこして家の扉まで運ぶ。
しかし、エルフの里ではそういった話が伝わるのが早い。流石、テレパシーが発達しているだけある。
ミルにまで心配されては、大人失格だ。しかし、こんなレアケースに初日から当たるとは、運の無さにも程がある。
『じゃあ、おやすみ』
『うん。おやすみなさい』
ミルの頭をポンと撫でる。実に可愛い頭だ。今のうちにオーヤの匂いをたくさんつけておかねばならないな。
ミルの頭を撫で、ヤコウオオカミに襲われた恐怖をすっかり忘れてスキップしながら家を離れるオーヤの背中を、ミルは無言でずっと見守っていた。




