3話『全力でサポート致します!』
ティナは困惑していた。
今、目の前で起きた光景について理解が追いつかなかった。
指パッチンで魔王が消えた。
こんな事を言っても誰も信じないだろう。
「今、何をしたの?」
ティナは恐る恐るアイに訊ねる。
「はい、対象エネミーを消滅させました」
「指パッチンで?」
「指パッチンはプログラムの始動キーとなります。
正確には対象エネミーの消去のプログラムを作成し、始動キーをトリガーとしてプログラムを実行致しました」
「えっと、プログラムとかよく分からないけど、何で指パッチンなの?」
「指パッチンってかっこよくないですか?
私の世界では0.1%の人間が指パッチンで魔法を発動させておりました」
むふぅとアイは胸を張りドヤ顔を決める。
0.1%の人間は果たして多いのか少ないのか?
そして、指パッチンで発動する魔法とは一体何なのか?
ティナにはわからない事だらけだ。
そして、指パッチンで死ぬ魔王がシュール過ぎだし、何だかさっきまで死闘していたのが虚しく思える。
「あー、訊きたいことが山積みなんだけど、そもそもアイって何者なの?」
「先程も自己紹介致しましたが、私はVR MMO世界システム構築AIとなります」
「そのVR MMO世界システム構築AIってのがまずわからないんだけど?」
「マスターでも分かりやすいように言えば、地球という惑星の日本と言う国で、ゲームという名の別世界を作り、それを管理するために作られた人工知能が私という存在になります」
「世界を作って、管理して、人間じゃないってもしかしてアイって神様なの?
慣れてないんだけど、敬語使った方が良かったりする?」
「遠からず近からずと言った所です。
前提として私はマスターによって作られた存在であり、マスターに尽くすのが私を含めたAIの存在意義になります。
今は前マスターとのリンクが消失し、この世に生んでくださったティナ様が新しいマスターとなります。
なので、マスターが敬語を使う必要はありません」
「えーと、私はアイを産んだ覚えなんてないんだけど?
そもそも、私はまだ、しょ、処女だし……」
「そこで顔を赤らめて噛むのはポイントが高いです。
私が恋愛ゲームの管理AIでしたら、好感度をうなぎ登りにしていた事でしょう」
「……その例えはよくわからないけど、不快なのはなんとなくわかるわ」
「マスターから嫌われたくないので、私を生んだという話題に戻しましょう。
マスターは最後に行使する時に用いた口上を覚えてますか?」
「あ、あの時は一生懸命だったし、正確には覚えてない……かも」
「マスターが権能を行使する時に用いた口上は『生まれ落ちよ、産声を上げよ、人々に愛を、世界は幸福で満ちよ』でした。
マスターはこれまで『生』の概念を『生きる』、『幸福な人生』、『生き様』という意味で行使してました。
しかし、『生』の概念には『新しい生命の誕生』という意味もあります。
今回初めてのこともあり、その範囲指定が不十分でした。
もしマスターが『生まれよ、可愛く小さな犬よ、アイにモフモフされなさい』と口上にしたら、それはもう可愛く人懐っこい小型犬が生まれて、私を癒してくれる事でしょう」
「しないわよ?」
「残念です。
さて、話しを戻しましょう。
まず『生まれ落ちよ』ですが、新しい生命の誕生を指し、『産声を上げよ』で魂の固定を指します。
若干頭が弱く感じる文章ですが、ここまでは良いとしましょう。
問題は次の『人々に愛を、世界は幸福で満ちよ』です。
本来生物を範囲指定していくところで、なんで抽象的な言葉にしたんですか?
マスターは馬鹿なんですか?」
「ば、馬鹿じゃないし」
「はぁ、マスターの範囲指定した存在はこの世にありませんでしたし、1からそれを形作るにはマスターの精神力は足りていませんでした。
本来、不発動で終わり魔王に殺されてお終いでしたが、権能は該当する存在を世界を超えて探しました。
作れない物を1から作るより、世界を越えてでも既にある物から作った方が安上がりだという判断ですね。
そうして、そのマスターの頭の悪い口上に該当したのが私になります。
ほとんど魂だけの存在なので引っ張ってくるのは簡単。
プレイヤーはゲームという性質上、嫌な現実を忘れ幸福な世界にいたので実績は完璧。
ダメ押しで愛とアイ、ダジャレも完璧です。
そして、私がバグを直すために転移しようとしたのを勝手に合意と見なされ、見事魂の召喚に成功。
受肉して新しい生命として生まれたのが今の私です。
マスターが私を生んだという意味は理解出来ましたか?」
「な、なんとなくはわかった。
えっと、アイは元いた世界に帰ることは出来るの?」
「不可能です。
既に受肉して変質しているので、魂と肉体の分離はできません。
元々イレギュラーな召喚でしたし、元いた世界に戻ろうとするとどれだけのエネルギーが必要なのか不具合は起きないのか私でも計算出来ません」
「そう、悪気があったわけじゃないけど、なんかゴメン」
「マスターが謝る必要はありません。
ティナ様のご要望を叶えることが今の私の存在意義なので、なんでも仰っていただいていいのです」
「それって、貴族に使えるメイドみたいね。
私は貴族って柄じゃないけど」
「マスターは誰よりもその資格がありますけど、
ふむ、メイドですか……」
アイは一瞬で思考を巡らせ、指パッチン。
VR MMOの頃に設定されていたAI用の服から、この世界のメイド服と最先端のメイド服を混ぜ合わせたようなメイド服姿になった。
「いかがですか、マスター?
これで雰囲気は出たでしょうか?」
「ああ、メチャクチャそれっぽい。
似合ってるわよ、アイ」
「お褒めいただきありがとうございます。
これを機会に呼び方をご主人様とかに変えましょうか?」
ティナはメイドからご主人様、お嬢様と呼ばれる姿を想像し、
「変えないでいいから。
呼ぶ時は今みたいにマスターかティナにして」
げんなりしてそう答えた。
「はい、かしこまりました。
また、今後マスターにお仕えする上でのお話ですが、このままティナ様のメイドとして側に仕えるのはいかがでしょうか?
この世界の人々にも受け入れやすいかと思います」
「あー、本当はメイドとか柄じゃないから嫌なんだけど、アイを生んじゃった責任が私にはあるから、それでいいわよ」
「ありがとうございます、マスター!」
と、アイはパアーと顔を綻ばせる。
「それでアイは魔王を倒したり、服を作ったりする以外には具体的に何が出来るの?」
「元いた世界の能力をこの世界でも擬似的とは言え使えるようにしたので、なんでも出来ますよ」
「えっと、それって世界を作ったり管理したりってやつ?」
「はい、その通りです。
マスターが望めば世界だってマスターの思うがままに出来ます」
「えっと、それは今後しなくていいわ。
叶えたい夢はあるけど、アイに夢を叶えてもらうのは違うしね」
「そう……ですか」
ティナの言葉にアイは(´・ω・`)って感じにしょぼんとした。
それは何だか捨てられた子犬みたいで、
「あぁ、うん、それじゃあ手伝ってもらうぐらいはしてもらおうかな?」
ティナはついつい甘い事を言ってしまった。
「はい、喜んで!」
と、アイは笑顔で応えた。
思い返してみれば、これが失敗の1つ目。
「さてと、お喋りもこの辺までにしましょう。
アハト達に報告しないといけないし、面倒だけど上の人達にも報告しないといけないから。
ああ、残った魔物達も討伐しないと。
さっさと終わらせて白雛の子供達の所に帰りたいなぁ」
と、ティナの要望をサラッと言ったのが失敗の2つ目。
ティナの言葉を聞いたアイは目を輝かせ、
「はい、かしこまりました!
全力でサポート致します!」
指パッチンの構えを作った。
「えっと、アイ?」
そして、この時点で止めなかったのがティナの失敗の3つ目。
3アウト、チェンジ、ゲームセットである。
「現存する全ての魔物を観測開始。
114,514,427体の魔物を捕捉。
デリート開始。
ーーパチンーー
デリート完了。
現時点をもって全ての魔物の消滅を確認。
続いて、報告作業を開始。
ワールドアナウンスシステムを起動。
ーーパチンーー
起動確認。
全世界の人々の前にこの現場を写したチャネルの存在を確認。
ワールドアナウンス開始。
『世界中の全ての皆様、初めまして。
私、ティナ様にお仕えするメイドのアイと申します。
本日、マスターでありますティナ様のお手伝いとして、私より皆様にご報告を申し上げます。
こちらにおりますティナ様のご尽力により、魔王アインツェル=ケフティール及び現存する魔物は全て消滅致しました。
繰り返します、ティナ様のご尽力により、魔王アインツェル=ケフティール及び現存する魔物は全て消滅致しました。
大事な事なので、子どもでもわかるように要約して3回目。
ティナ様のお力により魔王と魔物達は死にました。
皆さんからご褒美を貰えるとメイドとして嬉しいです。
以上、ワールドアナウンスを終了致します』
ワールドアナウンスシステム終了。
続いて、転移システムを起動。
目標座標、白雛の子供達。
該当箇所を確認、座標を特定。
転移を開始致します。
ーーパチンーー
転移終了致しました」
困惑して固まるティナを置いてきぼりにし、
怒涛の如く指パッチンで勝手に作ったミッションをアイが終わらせた時、
「えっと、お姉様?」
2人は白雛の子供達のホームにいた。
アイはドヤ顔で呆然自失するティナに話しかけようとして――
――地面にぶっ倒れた。
「えっ、えっ、えっ?」
当然、状況を掴めないアリシアはアイを心配して「大丈夫ですか?」と揺するがアイは起きない。
そんな現状を前にしてティナは、
「もう嫌……」
と、元々極限まで疲労していたこともあり、
アッサリと意識を手放したのだったーー
アイ『異世界でメイドと言えば最強のお約束なのです』
ティナ『やだ、このポンコツメイド』
アリシア『この状況、私にどうしろと? あっ、お姉様の寝顔、眼福です』
作者『指パッチンの構えが個人的にパワーワードでツボってます』