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帰還

 月明かりを背に受けた小さな影が、格納庫にぶら下がる傘のついた白熱球の灯りに照らされてその正体を露わにする。中にいた技術者のふたりは大いに驚き、それとともに影の正体、友順のことを鼻で笑った。なにせ、現れたのは齢10歳の子供であったのだから。


「ははは、こいつは驚いた」

「…笑うな、…俺の友達を返せっ!」


 齢10歳ばかりのガキが戦地隔離堤防の向こう側、ベースキャンプに在する格納庫に乗り込んで来た。それだけでとんだ笑い話であるにもかかわらず、さらに輪をかけようとでもいうのか。ギヤマンのことを自分の友達だと言い始めたのだ。笑うなと言われて笑いを止められる話ではないと、技術者は腹を抱えて大声でけたけたと笑う。


「友達…? ぶふっ、おい聞いたかよ」

「ギヤマンってのは、人間の代わりに戦に出向いてくれる便利な木偶だ。

 それ以上でもそれ以下でもないんだよ。そいつに向かって友達だぁ?

 こいつらのおかげで人間が戦争にでなくて済んでるっていうのに。 

 何も知らないで大きな口を聞いてんじゃねえよ。帰りな」


 相手は子供だ。技術者は、友順の言葉など意にも介さない。よくできた冗談だとでも思っているのだろう。自分は他でもない、掛け替えのない大切な友達に会いに来たというのに。技術者は、ギヤマンは全て人間が安全に戦争の最中で平和ボケをしていられるように作られた道具としか考えていない。そもそも、そうとしか考えられないのだ。


「帰らないよ。約束…、約束したんだっ」


そんな分からず屋の技術者は、友順に対して失笑どころかもはや呆れの態度を取り始める。彼らからすれば友順の悪い冗談にも付き合いきれなくなったのだろう。呆れはやがて苛立ちに変わる。


「帰れと言っている。これ以上は軍務執行妨害にあたる」


 戦地隔離堤防の向こう側は自衛軍の関係者以外は立ち入り禁止だ、それを犯した上に自衛軍管轄下の施設に無断で侵入し、自衛軍所属の技術者に食ってかかる。大人であれば謹慎処分に値する罪状を、友順に警告する。


「ジョーを返せ!」

「聞いてなかったか? 軍務執行妨害だ」

「やだよ! ジョーは人殺しなんかじゃない!

 お前らの好きになんかさせてたまるか! ジョーは…ジョーは…」


だが、社会が決めた理にしたがうだけの技術者の言うことなど、友順が聞き入れるはずもなかった。友順の私情を法で切り捨てる技術者。技術者の並び立てる法なんかどうでもいい、ただ親友を助けたいと望む友順。もとより話がかみ合うはずなどなく、平行線を走るばかりになるのは目に見えていた。つまりは、逆上した方が負けを見ることになる。


「俺の大切な友達なんだっ!」


奥歯まで見えるほどに口をひん剥いて、血にまみれた拳で殴りかかろうとする友順。成人と小児、我慢比べの勝敗など最初から見えていた。それを見越して技術者のふたりは友順をわざと煽っていたのだ。待っていたぞとばかりに、ほくそ笑みながら友順の軟弱な拳を片手で受け止める。友順の小さな手を、握りしめる大きな男の手。握りつぶす大人の力と、それをこじ開けようとする小児の力。最初から勝負になどなるはずもない。


「ぐぁああっ!」


 右手の拳を鷲掴みにされた上にひじの関節をねじられる。友順の悲鳴がむき出しの鉄骨を何度も跳ね返って大きく反響する。痛みで隙が出来たところを、拳を掴み上げて引き寄せて、みぞおちに肘鉄砲ならぬ膝鉄砲を撃ち込んで壁に友順を貼り付けの状態にし、その額を今度は左手で壁に押し当てて、コンクリートの壁面に頭部をねじ込もうかという勢いでぐりぐりと圧迫する。


「調子に乗るな、このガキが。国民、とくに児童は保護対象だから

 禁制を犯しても痛めつけないようにと言われているんだ。

 見逃してやろうと思ったのに、逆上して手を上げたんじゃ…

 軍務執行妨害の上に、俺達に正当防衛までも行使させるつもりか?」


「…か…え…せ…ジョーに…、ジョーに人殺しなんかさせるな…」


頭蓋骨がコンクリートと硬い手の平の間で挟まれて悲鳴を上げる。痛みで息が絶え絶えになりながらも、友順は必死に抵抗し、震えながら反論する。


「聞いただ…ろ…ジョーは…苦しんでる…

 ずっとゴメン、ゴメンって言ってる…」


「そんな記憶は戦場では無駄だ」

「……無…駄…?」


「戦場では、いかに相手を殺すか、自分がいかに生き延びるか

 ギヤマンに必要なのはそれだけだ、お前との約束など

 こいつにとっては、不必要な足かせ以外のなにものでもない」


 自分との約束は必要ない記憶。足枷でしかないと踏みにじられる。震えは苦痛をこらえるためのものから、湧き上がる怒りを具現化させたものへと変わっていく。だが悔しいかな。まだ右手は男に鷲掴みにされたまま。おまけに左腕まで右腕と組まされて固められた体勢だ。腹部には男の膝が突き刺さっている。四肢を動かすことはどうにも叶わない。


「…ジョ……ジョー…」


友順に唯一残された抵抗の手段は、声しかなかった。


「ジョォォオオオオッ!」


もはや声を上げるしか抵抗の手段がなくなり、それでも必死に喰らいつき、すがりつき叫ぶ友順。そのあまりにも無力な姿は良き嘲笑の対象となった。男は口元をひきつらせ邪な笑みを浮かべたが一方、もうひとりの技術者の男は背後から金属のきしむ音と近づく気配を感じ取る。


「お、おい! 後ろ…」


 振り返ったふたりは驚きのあまり硬直した。待機状態にして、脳回路もむき出しのままのB76機が蒸気をしきりに吹き上げ、近づいてくるではないか。そしてギラギラと潤滑油でてかった真鍮色の腕で、技術者の男ふたりを薙ぎ払った。男ふたりは小枝のように冷たいコンクリートの床に転がされる。その力の歴然たる差は、先程まで友順が見せつけられていた技術者の男との力の差に似ている。B76機が、ジョーが改めて兵器としてつくられたものであるということを見せつけられた瞬間であった。ここまでジョーを助けにやってきた友順もほんの少しだけ目の色を変えて怯えを見せる。だが、そんな友順に投げかけられたのは、初めて出会ったときと同じ、鉄でできた顔に似合わない優しい声だった。


「…大丈夫だよ…、ちょっと気を失っているだけだ」


兵器としての側面を垣間見た後に懐かしくも優しい声色が耳に入る。友順は安堵して険しい顔を緩めるとコンクリートの壁に沿って背中を滑らせ床にへたり込み、微笑みをジョーに投げかけた。


「…ジョー…良かった」


「…会いに来てくれて…ありがとう…でも、僕は…僕は…」


友順の笑みを返すように、ジョーも友順に微笑みかける。だがその笑顔は、どこか悲しみに歪んでいた。目線を合わすためか、ジョーはコンクリートの床にひざを折る。その背中には言いようのない哀愁が漂っていた。



「約束を…守れなかった…」



その哀愁は、彼が背負ってしまった罪、戦場で殺してしまった命。約束を破ってしまった負い目から来るものであった。


「…いいよ…ジョーは悪くない」


「……友順…頼みがある」


その負い目からかジョーは、友順と目を合わすことすらないまま、顔を俯けている。鉄でできた唇を動かして漏らされる声も、悲しみの色を帯びている。ジョーはそのまま頭を垂れて、無機質なコンクリートの床に視線を注ぎながら、友順にあることを頼んだ。



「…なあに? ジョー…」


「……、友順……」




「…友順、その手で…僕を…壊してくれ……」




それはあまりにも唐突な願いだった。


「……、え……、わからないよ、何を言ってるの…わからないよ」


 ジョーの言葉を受け入れられず、友順の目の中で瞳が遠のいてゆく。自分の目の前の世界全てを拒絶するように。聴覚も嗅覚もすべて一枚壁の向こうになったように感じる。脳が必死に残酷な現実を知覚させないためのバリアを張っているようだ。だが、そんなことで現実は変わってくれるはずもなかった。



「…頼む、お願いだ…」


ジョーの意思は頑なだった。



「…な…、…なんで…なんでだよ! ジョーは、ジョーは…」



その続きを言おうとした友順の口をつぐむように、ジョーは首を横に振る。



「…駄目だよ……、駄目なんだ、全部覚えているんだ…

 目の前で散っていった人間の顔も、自分が約束を破ってしまったことも

 …この手が…君の手を握ることさえできないほどに血で汚れていることも」


「違うよ! 全部この国が悪いんだ! 戦争なんてしないなんて大嘘ついて

 ジョーにひどいことさせるこの世界が悪いんだっ!

 約束なんか、ジョーは破っていない! だって、忘れさせられていたんだ!

 もう、…思い出しただろ? なぁ、約束は思い出したんだろ!

 なぁ!なぁ! …もう、帰ろう…一緒に帰ろう!

 ここから逃げて、おうちに帰るんだ! それが約束だったじゃないかっ!」


床にへたり込んでジョーを上目づかいで眺めていたのを今度は、請いすがるようにして床に四つん這いの姿勢になり、ジョーの肩を彼の自責をなだめるかのようにしきりに揺さぶる。



「……ごめん…でも、駄目なんだ…僕の思考回路には自害を避ける

 バイアスがかかっている。自分ではどうにもできない。

 それに、僕の身体はいずれ思考回路を交換されてまた使われてしまう。

 戦争が終わらない限り僕は、人殺しなんだ。…僕は人を殺してしまった…。

 たとえそれがこの国を救ったとしても、僕の罪に揺るぎはない。

 罪状を名誉で洗うことはできない。洗うことなどできやしないんだ」


「…やだよ…いやだよ…」



「…気にしなくていい…僕は…ただの約束を守れなかった鉄くずさ」

「…やだよ、やだって言ってるだろ」


「ほら、早く…」



突如としてジョーの動きが停止した。顔面からは表情が消え失せ、電源が切られたようになった。先ほどまで床に倒れていた技術者の男が、ジョーの脳回路を無理やり引き抜いたのだ。


「はぁ…、こりゃとんだ不良品だ。厄介な記憶が錆びついてやがる」


そう台詞を吐いて、もともとつながっていた脳回路を投げ捨てる。コンクリートの床に打ち付けられ、回路の真空管が割れて砕け散った。そして今度は新しく用意した脳回路をジョーにつなぎなおす。友順との約束など記録されていない、新しい脳回路だ。


「これで、他のギヤマンと同じように使えるだろ。

 身体のパーツに関しては文句のつけようのないものだったからな」


 だが、この際技術者は根本的なミスを犯していた。ジョーは先ほどまで待機状態から立ち上がって動いていた状態であった。そこで脳回路を引きちぎって、機能を停止させて熱源からのエネルギーが身体に送り込まれ続けて、機械が空回りしている状態を作り出してしまったのだ。そのまま動力を切らずに脳回路だけをつなぎなおせばどうなるか。


「お、おい…やめろ!やめろってば!」


 ジョーは、我を失って暴走し始めた。もとより友順との約束を交わした脳回路は無残な姿で床に転がるのみ。今のジョーは、すでに友順が知っているものではない。だが、たとえそうだとしても友順は、ジョーにこれ以上約束を破らせたくなかった。ジョーはもう、約束を破ったことに十分すぎるほど苦しんだのだから。



「ジョォォオオオオオオオオッ!」



叫びながら一思いに、ジョーの背中に、整備用のハンマーを振り下ろし、熱源との接続パイプを叩き壊す。ジョーはギヤマンにとっての心臓部分である熱源との接続を断たれ、倒れた。肩を上下させながら荒い息をした後、全身の力が抜けるようにして金づちを落とし、ジョーがそうしたようにひざを折る。冷たいコンクリートを掴み上げるかのように両の手の拳を握りしめ、背中を震わせながら灰色の地面に声を吐いた。





「…ジョ……、ジョー…、…ジョォォオオオッ!」





*****





 永い眠りから覚めると視界の中に、懐かしい少年の顔が見えた。少年はかつて自分が見た時よりも大人びた顔だちをしており、背も高くなっていた。だが、目を覚ました自分にむかって微笑んだその笑顔は、機械の油やすすにまみれてはいるものの、あの頃のものと変わらず純真で温かいものだった。少年の背後では、戦争終結の宣言をする声とともに、鎮魂歌が流れている。





「もう、大丈夫だよ。おかえり、ジョー」






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