半年後
あの約束から半年の月日が経った。この半年で世界は大きく変わった。いや変わり果ててしまったと言った方がいいのかもしれない。友順の部屋は散らかっていて物であふれかえっており、少年の心が渇いてしまっていることを顕著に表している。油にまみれた工具や歯車がとっちらかった中に、ぼろ雑巾のようにくすんだ布を敷いてあおむけに寝転がる。ひび割れたコンクリート製の天井が目に入る。視界を変えないまま、耳を塞ぎたくて仕方ないにもかかわらずラジオの電源を入れる。けたたましいノイズが走るのを慣れた手つきで周波数を合わせるとざらざらとした音質で軍歌が聞こえてきた。
「本日も戦況をあなたのお茶の間にお届け! 毎日戦争のお時間です!
ねえ~、いやぁこの国の快進撃は素晴らしいです!
これで同盟国にも株が上がりますし、対立国は弱る一方。
ま・さ・にいいこと尽くめですね!」
軍歌が流れた後に女性が嬉々として話す。その内容はこの国が戦地でどれだけ活躍しているか。つまりはギヤマンがどれだけの数の人を殺してきたかを、まるでスポーツ選手のトロフィーの数を数え上げるかのように称え上げているのだ。死んでしまった親父の世代では、まだこの国が戦争を放棄したことを誇りとしていたのに。この国を焦土と化させた『悪魔の卵』と呼ばれる兵器が産み落とされる前の世界に逆戻りしてしまったかのようだ。
「なにがいいことだよ、…結局やってることは人殺しじゃないか。
なんでそれを分かってて、そんなに喜ばしいことみたいに言うんだよ」
グチグチと苦言を漏らしながら、天井を仰ぎ見る様はとても齢10歳の子供には似つかわしくない。
「また愚痴か? 小坊らしくできねーのか、ちっとは?
皆、戦況報道が流れるたびはしゃぎまわっているぞ」
そんなマセた友順の様子に明夫が苦言を漏らす。
ちょうど半年前、ギヤマンファイトと呼ばれる、今は戦争に使われている兵士たちが闘うプロレスのようなものを取り行う闘技場でふたりは出会った。そのときは明夫は戦争倫理会に属していたが、今は職を離れている。昼夜戦争に関する話題を耳元と目元で垂れ流しにされる様な血生臭い職に嫌気がさしたのもあるが、一番の原因は自分が無力なばかりに結局は戦争もギヤマンの出撃も止めることができなかったというものだ。
それからは、あれほど純粋だった友順が別人のようにスレてしまった。良くなったことはと言えば、孤児でろくに教育も受けておらず、漢字がひとつもかけなかった彼が小難しい歴史書や法律書を読みあさるまでに成長したことだろうか。正直言って、戦後の発展史をつらつらと読み解く友順の姿は子供らしいとは到底言えず、明夫は素直に喜べないでいた。ただただ、マセた友順の姿に呆れがちのため息をつくばかりだ。
「…うるさい、俺は嫌いだ…こんな世界…みんな戦争を
スポーツとでも勘違いしている…、なんで
人を殺した数が称賛されたりするんだよ」
「まあ、そうスレるなよ」
鼻にかけた笑みを漏らしながら温めたミルクを口に運ぶ明夫。そして懐から一本のビデオテープを取り出す。すると、先程までふてくされていた友順がどたばたと勢いよく明夫のもとに駆け寄り、そのテープを乱暴に奪った。
「これが、今日の映像か!」
「ああ、戦争倫理会の幹英から横流ししてもらった」
明夫は戦争倫理会を離れても、幹英と連絡を取っていた。幹英のもとに連日のように送り込まれてくる戦地レポートを、横流ししてもらって入手するためだ。それもひとえに戦地に出向くにあたって個体識別がなくなり、行方が分からなくなってしまったギヤマン。ジョーの行方を捜すためだ。早速テープを再生し、ブラウン管の画面を端から端まで1ピクセルたりとも見逃さないという勢いで、目を皿にしてくまなく探す。もう戦地に旅立って5か月となるジョーの姿を。初めて会った時の姿を思い描きながら。
ジョーに初めて会ったのは、2年前のこと。友順は生まれてすぐ、物心つくころには身寄りのない、天涯孤独の孤児の生活をしていた。家はなく、空き家を転々としながら、道端の草をはむ生活をしていた友順。宿無しでうろついていたときに、友順はとある古ぼけた工場にたどり着いたのだ。
「…なんだここ…」
施設としては大きいが、そのキャパシティの割に合わず、やけに人気は少ない。だがかすかに音が聞こえる。友順は好奇心に従うがまま、その音の鳴る方へと歩みを進めて行った。するとやがて、ひとりの年老いた男の鼻歌が聞こえてくる。それとともに音の正体が鉄を鎚で打つ金属音であることが判明する。
「お、なんだおめぇは…?」
年老いた男が友順の方を振り返る。目が合ってしまった。どうやら近づきすぎてしまったらしい。年老いた男は口のまわりに白髭を生やし、額には溶接用のゴーグルをつけている。人が好さそうとはお世辞にも言えない強面で、思わず友順は肩をびくつかせる。
「坊主、いいもの見せてやるよ」
男はそう言ってにやりと笑い、何かにこっちへ来いと手招きをする。すると金属のきしむ音がぎしりぎしりとコンクリートの床に木霊し、人の背丈ほどもある歯車や油圧パイプを組み合わせて作られた機械が二足歩行で友順の方に向かって歩いてくるではないか。
「わ、わぁああ!こ、こっち来るな!」
恐れおののく友順を見て男は恰幅の良い太鼓腹を抱えてガハハと大笑い。
「大丈夫だ、大丈夫。坊主、そいつは危害なんか加えたりしないさ」
そうは言われてもけたたましい金属音とともに蒸気を吹きあげながら近づいてくる奇妙な機械に恐怖心を抱かずになどいられるものか。すっかり強ばって固まってしまった友順を、その奇妙な機械は不思議そうな表情で見つめ、瞬きを3度したのち、そのごつごつとした真鍮色に輝く背中に友順を乗せて肩車をしたのだ。
「お、下ろせ! 下ろせよぉ!」
「ははは、怖がりだなぁ…男の子だろ?」
「…え…?」
ふと年老いた男の声でもなければ、自分のものでもない声が友順の耳に入った。そして、それはあろうことか自分を肩車している機械が発しているものだと気づく。見た目からすれば感情を持つかどうかも怪しい機械が、自分にむかって気さくに話しかけるなど夢にも思わない。
「せっかく高いところからこの工場を見せてやろうと思ったのに
降りたいのかい?」
機械の肩に乗せられて見た工場の中の風景はまた一味違っていた。工場の中には、友順が今乗っている機械と同じようなもの、またはそれの出来損ないか未完成品が山のようにあったのだ。さながら兵馬俑のように並び立つそれらに囲まれて激しく燃え盛る炉がある。年老いた男はその炉の中から真っ赤な鉄を火ばさみで取り出して汗だくになりながら必死に叩き上げている。そうして、鉄は曲がったり伸びたりしながら、次々と形を変化させていく。鉄板があっという間に丸いお椀のようになり、鍔がつけられる。それが水の中につけられ、蒸気とともに急速に冷やされると、機械の右手に手渡された。すると機械の右手は優しくそっと出来立ての鉄の帽子を友順の頭にかぶせた。
「わっ!」
鉄でできた帽子はまだ8歳だった友順には重すぎて、少しよろける。その様子を見てまた男は大笑いする。馬鹿にされたようで癪に障ったが、単純に嬉しかった。孤独だった自分を温かく迎えてくれた初めての場所がこの工場だった。気が付けば友順はふてくされた面を脱ぎ捨てて笑っていた。男が腹を抱えてそうするように。そしてまた、機械も鉄でできた眉や瞳、口を動かして笑っていた。
「そうだ、坊主。おまえ、そいつに名前を付けてやってくれよ」
「名前…?」
「ああ、俺と同じでお前のことが気に入ったらしい。
こ汚い親父につけられるより、お前さんにつけられた方が
そいつも喜ぶだろうさ」
「そっか…じゃあ…」
*****
「…じょ…ジョー…」
友順は、戦地から送られて来た映像が映るブラウン管の前で顎をすとんと落として膝から冷たいコンクリートの床に崩れ落ちた。ブラウン管の映像の乱れが脳裏に忍び込み、思考にノイズを走らせるとともに、身体中から言い表しようのない震えが込み上げてくる。
『でも僕は行かなくちゃいけないんだ。だから友順…
僕は約束するよ、僕は絶対に人殺しになんかならない。
そして、僕は必ず…必ず生きて帰ってくるよ』
友順の頭の中に半年前に交わした約束がプレイバックされる。そしてそれに合わせて自分がたった今見た映像の内容も。
「…ウソだ…ウソだ…」
まるでうわ言のようにしきりに呟く友順の顔は、失意に青ざめていた。
「…たじゃないか…、約束…したじゃないか」
映像に映っていたのは紛れもないジョーの姿だった。長年彼と兄弟のように接してきた友順には一目でそれが分かった。同じギヤマンでも使われている歯車や油圧パイプなどのパーツが少しずつ違うのだ。もっともそれを目視で、ましてや解像度の粗いカメラの映像から判断するなど、おそらく友順にしかなせない技だろう。だが、それ故に友順には残酷な事実が突きつけられた。
『僕は約束するよ、僕は絶対に人殺しになんかならない』
そこにいたのは銃を握りしめるジョーの姿。迷彩服を着た敵軍に機関銃の流れ弾を浴びせ、バタバタと倒していく。
「な…で…なんでだよ…」
手榴弾を投げたりバズーカをぶっ放す様子まで映し出されている。ジョーは戦地にいた。友順の友達としてではなく、ただ従順なひとりの兵隊として、人を殺していた。
「じょ…ジョーォォオオオオオッ!」




