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魔術師の原罪  作者: 卓麻呂


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第6章

GC320.7.6


宇宙の作業というものは、奇妙なほど静かだ。

マナドライブを駆使し、推進剤の炎を吹き出して何十メートルの岩塊を動かし、時には緻密な作業も要求される。しかし現場の空気は研究室のように落ち着いている。騒音も衝撃もない。


ステラ・ヴィアも、その例に漏れなかった。


小惑星の牽引は予定より時間こそかかったものの、結果としては理想的だった。直径およそ九百メートル。金属資源は豊富で、ドライアイスと氷も確認されている。推進剤の製造も問題ない。さらにマナコアらしき高密度反応もある。


宇宙開拓の観点から見れば、ほとんど「当たり」を引いたようなものだ。


フェイズアンカーは安定稼働。

資源調査も順調。

当面の補給問題は解決している。


あとは本星からの調査団が到着し、拠点建設が本格化する段階だった。


ブリッジでは、いつものように静かな作業が続いている。


航法席のシグは恒星航路のデータを確認し、補助航法士のノアは周辺天体の重力マップを更新していた。通信席ではマルコとリナがマナリンク通信の安定度をチェックしている。


レオンは中央席で報告書の確認をしていた。


外域拡張局への追加報告だ。

すでに本星側は大きく動き始めている。


マナドライブ製造設備まで送られる予定だ。


外域でマナドライブを製造する。

普通ならありえない判断だが、それだけこの宙域の価値が高いということでもある。


もちろん、楽観ばかりしているわけではない。

国家機密級の技術を外域に持ち出す以上、本星が何らかの管理手段を用意してくる可能性は高い。


だがそれはまだ先の話だ。


その平穏が崩れたのは、ほんの小さな警告音だった。


ピッ、という短い電子音。


大げさでも劇的でもない。

ただ、航法コンソールが新しいデータを拾ったときに鳴る普通の音。


だがその瞬間、シグの視線が止まった。


コンソールを見つめたまま、わずかに眉を動かす。


数秒。


そして彼は言った。


「……ワープ反応検出」


レオンが通信席のマルコを見る。

 

「OEDからの連絡は?」

 

マルコがコンソールを確認する。


「ありません」


声は落ち着いていたが、その一言でブリッジの空気が変わる。


レオンが視線を上げた。


「距離は?」


シグはすぐにデータを表示する。


「フェイズアンカーからは約10万kmです。問題ありません」


スクリーンに立体マップが展開される。

星系外縁から伸びる航路ライン。その途中で、空間歪曲を示す小さな光点が点滅していた。


ノアがすぐに別の解析画面を立ち上げる。


「反応強度……」


少し間を置いて言う。


「かなり大きいです」


レオンが聞き返す。


「単艦じゃないか?」


ノアは首を振る。


「違いますね」


画面を拡大しながら言う。


「複数ワープの重なり方です」


つまり。


「船団規模です」


レオンは椅子の背にもたれ、腕を組んだ。


本星からの調査団。

それしか考えられない。


だが。


「……ずいぶん早いな」


その言葉は自然に出た。


ワープ航行では、予定というものはそれほど外れない。ワープ航法はそれなりに制約が多い。


本星を出たのは5月中旬頃。


通常の航路計算では、この宙域まで約半年。

細かい誤差はあるものの、大幅に変わる事はない。


今日は7月6日。


二ヶ月も経っていない。


ノアも同じことを考えているらしい。


「航路短縮……ですかね」


だが言いながら自分でも納得していない様子だった。


シグが静かに言う。


「ここまでの短縮は無理だろう。聞いたことがない」


今回は数ヶ月間の高次元空間航行を余儀なくされる予定だ。リスクが高く、一般的には禁止されている。技術的ブレイクスルーの情報は無い。


レオンは通信席を見る。


「通信状況はどうなっている?」


マルコがコンソールを確認する。


だが、すぐに答えは返らなかった。


数秒後。


「……現在、通信不能です」


レオンの眉がわずかに動く。


リナが横から説明する。


「マナリンクの乱れです」


彼女はセンサー波形を表示する。


「ワープ余波ですね」


マナドライブが空間を歪めると、周囲のマナ場が大きく乱れる。

その影響でマナリンク通信は一時的に機能しなくなる。


マルコが続ける。


「ワープ時の通信不通はよくある事ですが、今回のは変ですね。」


レオンはうなずいた。


今はワープ反応だけ。

実際の船はまだワープの向こう側にいる。


シグがセンサー解析を続けている。


そして、少ししてから言った。


「……妙だな」


ノアが顔を上げる。


「何がです?」


シグは波形を拡大する。


「ワープ痕の形」


ノアが画面を覗き込む。


数秒。


「……あ」


小さく声を漏らす。


レオンが言う。


「説明してくれ」


シグは簡潔に言った。


「減衰が荒い」


ワープが通過した空間には、歪みの痕跡が残る。

それは普通、滑らかに消えていく。


だが今センサーに映っている波形は、どこか乱れている。


ノアが補足する。


「終端が安定してないです」


レオンはスクリーンを見つめた。


どこの世界にも経験則というものがある。

現場の感覚が警告することがある。


予定より早すぎる到着。

通常より大きいマナリンクの乱れ。

乱れたワープ痕。


外域調査艦として数々のワープを繰り返してきたステラ・ヴィアのクルーにとっては不安材料の塊としか思えないのも無理はない。


だがまだ、結論を出す段階ではない。


宇宙はたいてい、人間の想像より複雑だ。

そして時々、人間の想像よりずっと厄介だ。


今はただ見守るするしかない。


シグが言った。


「ワープ終端、形成中」


メインスクリーンの宇宙が、ほんのわずかに歪み始める。


ガラスの向こうの景色が曲がるような感覚。

空間そのものが折れ曲がる現象だ。


ワープ出口。


ノアが緊張した声で言う。


「もうすぐ離脱します」


マルコが通信機を調整する。


「通信回復待機」


リナもセンサーを凝視している。


ブリッジの誰もがスクリーンを見つめていた。


レオンは静かに言う。


「確認次第、識別信号を取れ」


マルコが答える。


「了解」


空間の歪みは、ゆっくりと広がっていく。


ワープ離脱は一瞬ではない。

空間の折り畳みがほどけ、現実空間に戻るまでにわずかな時間がある。


その間、宇宙は奇妙な姿になる。


星が曲がり、光が引き伸ばされる。

重力センサーが暴れ、マナ波形が揺れる。


ノアが小さく言った。


「……やっぱり変です」


シグも同じことを感じていた。


「出口の形が歪んでる」


普通のワープ出口は、ほぼ球形になる。


だが今スクリーンに現れている歪みは、どこか不規則だった。


裂け目のようにも見える。


レオンは短く言う。


「全員、状況監視」


ブリッジは静まり返る。


ワープ出口は、ゆっくりと開いていく。


空間が裂ける直前のような、奇妙な歪み。


船はまだ見えない。


ただ、宇宙が確実に変形している。


そしてその中心で。


ワープ反応は、まだ――

完全には終わっていなかった。


ブリッジの空気は、ゆっくりと張り詰めていった。


メインスクリーンの向こうで、宇宙が歪んでいる。

恒星の光が曲がり、背景の星々が引き延ばされている。空間そのものがねじ曲げられている証拠だった。


ワープ出口はまだ完全に開いていない。

それでも歪みの中心では、マナ波形が激しく揺れている。


シグの航法コンソールには、波打つようなデータが流れ続けていた。

ワープ離脱の最終段階――普通ならもう船体が見えてもいい頃だ。


だが、まだ出てこない。


ノアが小さく息を吐いた。


「……反応、まだ強いですね」


補助航法席のモニターには、空間歪曲の数値が跳ね上がったり落ちたりしている。まるで出口の形が安定していないかのようだった。


シグは静かにデータを追いながら言う。


「離脱途中だな」


レオンはスクリーンを見つめたまま口を開く。


「探査艇とリムを出せるようにしておけ」


その声は落ち着いているが、命令の重さは十分に伝わる。


マルコが振り向く。


「確認後すぐ出しますか?」


「状況次第だ」


レオンは腕を組んだ。


「トラブルの可能性もある」


今回の超長距離直接ワープは元々リスクが高い試みだった。


もし離脱した船に損傷があれば、外部確認が必要になる。

探査艇やリムは、そのための目と手だ。


ノアが通信席の方へ目を向ける。


「マナリンクは?」


マルコが首を振る。


「まだダメですね」


横でリナが通信波形を拡大する。


「余波が強すぎます。」


ワープによって乱されたマナ場が、通信の同期を邪魔している。

通信が回復するには、もう少し空間が落ち着く必要がある。


ブリッジは自然と静まり返った。


誰もがスクリーンを見ている。


宇宙の裂け目は、ゆっくりと広がっている。

それはまるで、透明な海に巨大な渦が生まれているようだった。


その中心から、船が現れるはずだ。


だがまだ、何も見えない。


時間にすれば数十秒。

体感ではずっと長く感じる。


その沈黙を破ったのは、通信席だった。


リナがぽつりと言う。


「……ねえ」


誰に向けたわけでもない声。


それでもブリッジの視線が少しだけ彼女に集まる。


リナはスクリーンを見たまま言った。


「爆発するとか……無いよね?」


一瞬、空気が止まる。


宇宙船乗りの世界では、縁起の悪い想像はあまり口に出さないものだ。

だが今の光景は、どうしてもそんな考えを呼び起こしてしまう。


ワープ出口の歪みは、確かにどこか荒れていた。


シグがわずかに肩をすくめる。


「理論上それは無いはずだ」


航法長らしい、冷静な声だった。


「ワープは高エネルギー放出が起きる構造じゃない」


リナは少し安心したような顔をする。


だがシグは続けた。


「攻撃される場合は別だけどな」


リナの顔がまた固まる。


シグは軽く息を吐く。


「今回はそんな心配は無用だろう」


その言葉は事実だった。


この宙域に敵対勢力はいない。

少なくとも、今のところは。


レオンは何も言わずスクリーンを見続けていた。


宇宙の歪みは、さらに広がっている。


星が曲がり、光がねじれ、空間がほどけていく。


ワープ離脱の終盤。


ノアが小さくつぶやく。


「……もうすぐですね」


シグもうなずいた。


「終端が閉じ始めている」


空間の裂け目が、ゆっくりと収束し始めていた。


出口が安定し始めた証拠だ。


その中心から――


ようやく、何かが現れようとしていた。


ワープの歪みが、ゆっくりと閉じていく。


引き延ばされていた恒星の光が元に戻り、ねじれていた星々が静かな配置を取り戻した。

高次元空間の裂け目は、まるで何もなかったかのように消えていく。


その中心に――影が残った。


ノアがモニターを覗き込み、低く言う。


「……ワープ離脱、完了」


シグの航法コンソールにも同じ表示が並ぶ。


「出口、閉鎖」


レオンは短く命じた。


「映像拡大」


メインスクリーンがズームされる。


だが最初の数秒、ブリッジの誰もそれが何なのか理解できなかった。


宇宙空間に、巨大な塊が浮かんでいる。

ゆっくりと回転しながら、こちらに船腹を見せていた。


ノアが眉をひそめる。


「……なんだ、これ」


外装はひどく損傷していた。

装甲板がめくれ、船体は全体的に捻れている。骨格フレームが露出し、あちこちが黒く焼けている。無残な姿だった。


リナが思わず声を漏らす。


「船……?」


シグが画面を見つめる。


「大型艦だ」


その声は落ち着いているが、わずかに緊張が混じっていた。


軍用艦艇であることは、形状を見ればなんとなく分かる。

装甲構造からして民間船とは明らかに設計思想が違う。


だが問題が一つあった。


マルコが通信卓を操作しながら言う。


「識別信号……出ていません」


ブリッジの空気が静まる。


軍艦で識別信号が出ていないのは、かなり異常だ。


マルコがさらにデータを確認する。


「IFF(敵味方識別)なし。艦隊識別コードも無し」


リナが小さく言う。


「幽霊艦?」


「外観はまんまそれだね」


マルコは首を傾げた。


「完全に沈黙してる。自動ビーコンすら出てないよ」


ノアが画面を拡大する。


「型式、分かります?」


シグは数秒データを見てから言った。


「分からん」


それは珍しいことだった。


軍艦のシルエットは基本的に登録されている。

少なくとも型式くらいは推定できる。


だがこの船は――


「損傷が酷すぎる」


シグは淡々と続ける。


「せめて型式が分かるものがあれば」


レオンは腕を組み、スクリーンを見つめていた。


船体はゆっくり回転している。

だが動力反応は見えない。


漂流している。


その少し後方に、もう一つの影が見えた。


巨大な構造物だった。


リング状のフレームと、大量のコンテナモジュール。

輸送構造体のようにも見える。


だが距離がありすぎて詳細は分からない。


ノアが言う。


「もう一つ何か出てます」


シグもデータを確認する。


「大型構造物……だな」


マルコがセンサーを切り替える。


「エネルギー反応なし」


リナがモニターを見ながらつぶやく。


「コンテナ……?」


だが誰も確信は持てない。


装備なのか、貨物なのか、ただの残骸なのか。

現段階では判断できない。


レオンが口を開いた。


「周辺スキャン」


ノアが即座に操作する。


「了解」


センサーが広域に展開される。


数秒後。


「……他に反応ありません」


ブリッジの空気がさらに重くなる。


本来、調査団は船団のはずだった。


だが今、ここにあるのは――


ボロボロの大型艦一隻と、正体不明の大型構造物。


それだけ。


レオンは即座に判断した。


「探査艇とリムを出す」


シグがうなずく。


「了解」


「まず安全確認だ」


レオンの声は低く、はっきりしていた。


「距離を保ったまま接近。敵性反応が無いか確認しろ」


ノアが作業手順を開く。


「探査艇、発進準備」


「私が行きます」


セレナが席を立つ。

 

「気をつけて。宜しく頼む」


レオンがセレナに声をかけるが、セレナは最後まで聞かずにブリッジを急ぎ足で出て行く。


マルコが通信回線を整える。


「近距離通信も試みます」


リナがモニターを見つめながら、小さく言った。


「……誰か、生きてるのかな」


誰も答えなかった。


スクリーンの中で、

傷だらけの軍艦が静かに回転している。


その横で、正体不明の巨大構造物が漂っていた。


レオンが短く命じる。


「医療班も負傷者受け入れの準備を」


その直後――


ステラ・ヴィアの発進ハッチが開き、

探査艇とリム2機が静かな宇宙へと飛び出していった。


探査艇のコックピット。


セレナは操縦桿を軽く握り、姿勢制御スラスターを微調整する。前方スクリーンには、ゆっくり大きくなっていく巨大な艦影。


左右には二機のリム。


エヴァ機とメイ機が、三角形を作るように並んで進んでいた。


通信は開いたままだが、誰もしゃべらない。


こういう沈黙は、宇宙ではよくある。

緊張しているわけでも、怖いわけでもない。ただ、まだ判断材料がない。だから無駄な言葉を出さない。


三人とも、最大望遠にした光学センサーに映る艦を凝視していた。


近づくにつれ艦の損傷がはっきり見え始める。


装甲の焼け跡。

捻れ裂けた船体。

えぐり取られたような巨大な穴。


ワープによる事故は稀に発生する。大概は高次元空間に閉じ込められて帰還不能となるケースだ。原因は今回のようにリスクが高い超長距離直接ワープであったり、ワープ先であるフェイズアンカーのトラブルが挙げられる。ワープによって艦が破壊されるなんて見たことも聞いたことなかった。


リムの中で、エヴァも同じことを考えていた。

 

だが彼女はそれを口にしない。観察を続ける。


沈黙のまま、さらに距離が縮む。


その時だった。


通信にメイの声が入る。


「……ねえ」


少し間があって、彼女は続けた。


「意外と中は大丈夫かもしれないじゃん」


軽く言ったつもりなのだろう。

だがその言葉は、妙に静かな通信回線にぽつりと落ちた。


誰も答えない。


セレナは操縦を続ける。

エヴァも黙ってセンサー画面を見ている。


メイ自身も、少しだけ気まずくなったのか、それ以上何も言わなかった。


更に近づく。


艦の巨大な側面が、ほとんど視界を覆う。

そのとき探査艇のセンサーに、別の巨大構造物が映り込んだ。


艦の後方。


壊れたフレームの向こう側に、もう一つの人工物が浮かんでいる。


リング状の構造体。

外周に並ぶ巨大ユニット。

そして中心に伸びる長大なフレーム。


セレナの眉がわずかに動く。


「……あれ」


エヴァも同じものを見ていた。


メイも。


まだ断言はできない。距離がある。


だが三人とも、同じ可能性を思い浮かべていた。


マナドライブ製造設備。


三機は、さらに静かに接近していった。


巨大な艦影が、ゆっくりと視界いっぱいに広がっていく。

探査艇と二機のリムは慎重に速度を落としながら接近していた。スラスターの小さな噴射が、宇宙の静寂の中で白いガスの尾を引く。


船体の損傷は想像以上だった。


装甲板はめくれ上がり、内部フレームがむき出しになっている。ところどころで爆発の跡らしき黒い焼け焦げが広がり、外部ハッチは歪んだまま半開きになっていた。


まるで巨大な生き物の骨格を見ているようだった。


探査艇のコックピットで、セレナは計器と外の空間を交互に見ている。

しばらく黙っていた彼女が、小さく言った。


「……マナが、だいぶ乱れてる」


通信回線を通して、その言葉が二機のリムにも届く。


メイがすぐに返した。


「副艦長は私達の中で一番魔術師レベル高いからね」


軽い調子だ。


「私にはそこまで感じられないや」


「私にも感じられない」


エヴァも続く。


リムのモニターには、普通のセンサー情報しか出ていない。

温度、放射線、電磁波、微粒子。どれも確かに多少の異常はあるが、宇宙の残骸としては特別おかしい数字でもない。


だがセレナは違う。


彼女は操縦桿に触れたまま、少し目を細めていた。


魔術師が感じる「マナの流れ」は、センサーに映るエネルギーとは少し違う。

電流や放射線が川だとすれば、マナは地下水みたいなものだ。見えないが、確かに流れている。


そして今、その地下水が妙に荒れている。


穏やかな海の潮流ではない。

乱れた渦。

何か巨大な機械が壊れた後に残る、不安定な流れ。


セレナは艦の後方に視線を向けた。


壊れた軍艦のさらに向こう。

さっき見え始めた巨大なリング構造が、徐々に姿を現している。


エヴァが静かに言った。


「センサーでも微妙な変動が出てる」


彼女のリムの表示には、空間エネルギーのゆらぎが細かく揺れているグラフが出ていた。


まだ距離はあるが、それでも規模が異様なのは分かる。

軍艦の倍どころじゃない。下手すると基地サイズだ。


「それってさ」


メイが言う。


「やっぱりマナドライブ製造設備かな?」


誰もすぐに答えない。


宇宙では、仮説は慎重に扱う。

想像で決めつけると、大体ロクなことにならない。


ただし——


その沈黙自体が、三人の頭の中で同じ可能性が浮かんでいる証拠でもあった。


セレナがゆっくり言う。


「……まだ分からない」


だが声は少し低い。


「でも」


彼女は壊れた軍艦の船体を見た。


これほどの損傷。

それなのに完全な爆散ではない。何かを守るように、艦の位置はリング構造の前にある。



艦の残骸の巨大な側面が、もうすぐ手を伸ばせば触れそうなほど近くなる。


その向こうには、あのリング構造。


三機はさらに減速しながら、壊れた軍艦の影へと静かに入っていった。


軍艦の裂けた船体の影で、三機はゆっくり姿勢を保っていた。

巨大な残骸は、近づくほどにその傷の深さを見せつけてくる。装甲は何層も剥がれ、内部フレームがむき出しだ。砲塔だったと思われる基部は根元から吹き飛び、代わりに巨大な空洞がぽっかり開いている。


探査艇のコックピットで、セレナは状況を整理していた。


目の前には損傷した軍艦。

その後方には、ほぼ無傷の巨大施設。


そして、マナの流れはまだ不安定だ。


セレナは通信を開く。


「エヴァ、メイ」


声は落ち着いている。副艦長のそれだ。


「生存反応の確認をお願い」


少しだけ間を置く。


「ただし内部侵入は禁止よ。」


「了解」


エヴァがすぐ答える。


メイも続く。


「りょーかい」


セレナは艦の外部スキャンを拡大する。

生命反応センサー、熱源、微弱電力の検出。どれも今のところ沈黙だ。


それでも確認は必要だ。

宇宙軍の基本原則の一つに、奇妙なほど頑固なルールがある。


生存の可能性がゼロになるまで探す。


宇宙では、奇跡がときどき起きる。

破壊された艦の奥の密閉区画で、何日も生き延びる例も実際にある。


セレナは続ける。


「エヴァ、左舷側を担当」


「了解」


「メイは右舷側」


「はいはい」


メイのリムがスラスターを吹かし、船体の裂け目に近づく。

歪んだ装甲の隙間は、リムならぎりぎり通れそうな幅だ。


彼女は機体を傾けながら中を覗き込む。


ライトが内部を照らす。


配線の束。

折れた通路。

宙に浮く工具。


そして、やはり動くものはない。


メイがぼそっと言った。


「……これさ」


少し間。


「もう無理なパターンじゃない?」


宇宙船には何層もの環境防御機能が備わる。特に軍艦では更に強固に設計されている。しかし、この損傷状態で生存者がいるとは到底考えられなかった。

 

「気密が保たれてるようには見えないんだけど」


メイが呟く

 

宇宙艦乗りにとって、一目見て分かる絶望感な破損状態だった。


だが通信の向こうから、エヴァの声が返る。


「まだ分からない」


彼女のリムは別の裂け目から内部を覗いている。

センサーは回し続けている。


「区画は広い」


少し間。


「密閉されてる場所が残ってる可能性はある」


メイは苦笑する。


「まあ、そうなんだけどさ」


それ以上は言わない。


その頃。


セレナは軍艦から少し距離を取っていた。

探査艇をゆっくり後方へ移動させ、あの巨大施設を正面に捉える。


リング構造が、静かに宇宙に浮かんでいる。


近くで見ると、規模がさらに異常だった。

外周リングのユニットは一つ一つが小型艦くらいのサイズだ。中央フレームには無数のパイプラインが絡み合い、巨大な生産機構を形作っている。


そして驚くほど損傷が少ないように見える。


セレナは画像解析を起動する。


構造パターン。


データベース照合が始まる。


数秒。


画面に一致率が並ぶ。


78%

89%

94%

97%


そして最終表示。


IDENTIFICATION CONFIRMED


セレナは静かに息を吐く。


通信回線を開く。


「……確認したわ」


エヴァとメイが同時に顔を上げる。


セレナの探査艇カメラが、リング構造をゆっくり映す。


「画像照合完了」


一拍。


「間違いなくマナドライブ製造設備ね」


そして最後に、はっきり言った。



通信回線の向こうで、しばらく沈黙が続いた。


エヴァが先に言う。


「……なるほど」


メイが小さく笑う。


「うわぁ。やっちゃったね」


その声には、半分呆れたような響きがあった。


「副艦長」


メイが続ける。


「これ、私たちとんでもない物拾っちゃった?」


マナドライブ製造設備は国家機密だ。それが何の枷もなく存在するということが何を意味するのか。

知らない者はいない。


「動くのかな?これ」


メイが呟く。


約2時間。


3機はすでに調査を一通り終えている。


軍艦の外部確認。

生存反応のスキャン。

そして後方の巨大施設の観測。


結果は、残念ながら厳しいものだった。


セレナは静かに言った。


「これは厳しいわね。帰投するわ」


エヴァが答える。


「了解」


メイも続く。


「りょーかい。正直ちょっとほっとした」


三機はゆっくり姿勢を変え、ステラ・ヴィアへ向かう。

破壊された軍艦の影を離れると、再びあの巨大リング構造が視界に入る。


マナドライブ製造設備。


文明の心臓の一つとも言える装置が、静かに宇宙に浮かんでいる。

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